過去編後編・握手会ループ(花恋)
「アルバムを3枚買ったら、特典会にも3回参加できたら良かったのにぃ」
シングルは1枚1500円で歌あり2曲とインスト2曲の合計4曲、アルバムは1枚3200円で、歌あり12曲入りが主流だ。
特典会の参加権は金額換算ではなくCD1枚あたりの金額なので、損した気分になる。
フェスのいい所は、同じCDを何枚も購入する必要がないことかなぁ。
通常特典会に参加するための券は、新譜に参加権をつけて、販売枚数をかさ増し目的がある。ファンサービスが強いアイドルがメンバーにいれば、そのアイドルからファンサービスを受けたいファンは、特典会の参加権目当てに同じCDを山程買う。
余ったCDは大抵値段がつけられないから、ゴミとして処理されるのが主流だ。
アイドルとして活動するなら、そうした売り方は見て見ぬふりをしなければならない。
アイドルに必要なのは、歌唱力じゃないんだよねぇ。
ダンスは曲に合わせて完璧に披露しなきゃいけないけど、歌はダンスが激しければ激しいほど口パクで構わない。
アイドルの基本的なお仕事は、生歌をファンのみんなに届けるんじゃなくて、疑似恋愛がメインだ。
声音さえよければ、歌は加工でどうとでもなる。
アイドルって残酷だよねぇ。
歌がうまいと売り出されるアイドルは、アイドルにしては歌がうまいと言われ続ける。
誰も唸らせるような歌声を持っているなら、アイドルを志したりしないもんね。
歌がうまくて弾き語りができれば、シンガーソングライターになるもん。
アイドルグループに所属する人間は、大抵が事務所のお荷物。
彼もきっと、そうなんだよね。
「何回か、ループしてもいいかなぁ?」
「いいよ」
「やった」
物販は比較的空いていて、混雑している時も2、3分並べばすぐにCDを購入できる程度の人数しかいなかった。
特典会にファンが参加するまで暇を持て余しているアイドル同士が、仲良さげに絡んでいるくらいだもん。
虹花から許可を貰ったわたしは、シングルCDを1枚買うと、目当てのアイドルに突撃した。
「初めまして」
「初めてパフォーマンスを見たんですけどぉ、おすすめのCDってありますか?あれば何回かループします!」
「マジで?俺なんかの為に、金なんか使わなくていいのに」
俺なんかのために、だって。自尊心低いなぁ。
わたしはわたしのことを好きって伝えてくれる人に、お金使わなくていいよとは伝えられないから、びっくりしちゃった。
「でも、ありがとな。何度か会いに来てくれるって、伝えに来てくれて嬉しい」
特典会1枚に付きアイドルとお話できる時間は、30秒から1分が主流だ。
大人気アイドルになると5秒とか10秒になるけど、アイドルが暇を持て余している時間があるくらいだもん。
1分間程度お話していても、後ろに並ぶ人がいないせいでスタッフからストップの声が掛からない。
こういうのやられると、初見は嫌がるんだよね。
時間過ぎてるのに、仲良さそうに長々話しているって。
後ろに並びにくいなぁ、とか。あれこれ考えちゃうの。
大人気アイドルを推してるタイプはハマっちゃって、抜け出せなくなっちゃったりもするかもだけどね。
「買ったのって新譜?」
「はい。一番新しいの買いました!」
「俺たちの曲をたくさん聞いて、気に入る曲を見つけて欲しいから、アルバムがおすすめだな。シングルだったら、アルバムに入っていないシングルがいい」
空成くんは、シングルのタイトル候補を3つほどわたしに告げたあと、もうすぐ新しいアルバムが出る頃だから、金銭面の負担を考えたらシングルを無理に買う必要はないとわたしを気遣ってくれた。
優しい人だなぁ。
それが、空成くんに対するわたしの第一印象だった。
「ありがとうございます!じゃあ、アルバムとシングル、買ってきますね!」
「1万近くするし、5分も俺と話すことないだろ?ほんとに無理すんなよ?」
「はーい!」
わたしは一度空成くんと別れ、残金6800円を握りしめてオススメされたCDを購入する。アルバム1枚、シングル4枚。
残金700円じゃ、缶バッジを1個買えるかどうかなので、余ったお金は桜散を通してプロデューサーへ返却することになりそう。
「買ってきましたー!」
「マジか。すげーな……」
購入してきたCDを扇状に広げて空成くんへ見せれば、彼はドン引きしていた。
ほんとにCDを購入するわけがないと思っていたみたい。
そういうの、アイドルとしては失格だよね。お金出してくれたファンにちゃんと感謝の気持ちを伝えてくれなきゃ。
「今から5分?マジで?俺、あんま話したいこととか、ねぇけど……。あー。質問してくれたら、答えるぜ」
「なんでもいい?」
「大抵のことは、答えられるけど……」
「じゃあ、名前から!」
空成くんはあまり話す方じゃないみたい。
わたしはこれみよがしに、質問攻めした。
「羽村空成」
「そらなり?変わった名前だね」
「俺、自分の名前、好きじゃないんだ。みんなにはソラって呼んで貰ってる」
「わかった。これからは、ソラくんって呼ぶね!」
「ああ。そうしてくれると助かる」
ソラくんは自分の名前が嫌い。
メンバーカラーは黒、好きな服装はシンプルな服、自分を動物に例えるなら狼──5分もあれば、いろんなことを聞ける。
わたしが質問攻めにしたら、ソラくんはだんだん遠い目をし始めた。
なんか、すごく嫌そう。
「ソラくんって、思っていることがすぐ顔に出るタイプ~?」
「あー……まぁ、そうだな……。俺、アイドルに向いてないんだ。取り立てて目立つような所とか、何もねぇし……」
あれま、自覚あるんだ~。
驚いちゃったなぁ。自覚ないと思ってたから。
ソラくんは自分が不人気であることも気にしているみたいで、バツが悪そうに暗い表情をしている。
そんな顔されたら、勇気づけたくなっちゃうよねぇ。
「ソラくんは、メンバーと一緒にわちゃわちゃしている時が、一番輝いてた!」
「あいつらと?」
「うん。キラッキラに輝いてた!一人でパフォーマンスするより、みんなと一緒にパフォーマンスしたら、もっとファンが増えると思うよ~!」
「そうか……?」
ソラくんには自覚がないみたいなので、ゴリ押ししておいた。
一目惚れした側としては、推しにはキラッキラに輝いて欲しいもんねぇ~。
「わかった……積極的にあいつらと絡めるよう、足掻いてみるわ」
「うん!頑張って~!わたし、ずっと応援しているからね!」
ソラくんとの特典会が終了したあとは、待ってくれていた虹花と合流していろんなアイドルを見て回った。
虹花は有名なアイドルグループには目もくれず、数えられる程度の人数しか観客がいないステージを見学し、パッとしないアイドル達に声掛けていた。
「虹花、青田買い~?」
「これから蹴落とすアイドルの売上を、伸ばすわけには行かないから……。絶対芽が出なさそうな子たちに声を掛けたの」
「性格悪いねぇ、相変わらず」
「2人だけの秘密だよ?」
虹花はわたしに向かって微笑むと、あるステージの前で歩みを止める。
ステージの上では、アイドルとして名乗るのはかなり厳しい年齢の女性たちがパフォーマンスをしていた。
そろそろ芽が出ないと、アイドルすら名乗れなくなりそうな感じの。
まー、悪く称すれば、オバサンってやつだよねぇ。
「虹花?また見つけちゃったの~?」
「うん。あの子と、一緒にパフォーマンスがしたいな」
「えっ」
あの子なんて称するような年齢じゃ、なさそうなのに、虹花ったら正気なのかなぁ?
わたしたち、デビューは決まったけど、アイドルとして本格的に活動するのはまだなのに、もう引き抜きとか、ないでしょー。
わたしはパフォーマンス終了後に特典会へ参加し、堂々と見知らぬアイドルを引き抜きに掛かった虹花の姿を、呆れた様子で眺めた。