過去編前編・イミクイとキンディセ(花恋)
わたしが羽村空成くんに出会ったのは、Imitation Queenを結成した直後。
オーディション番組の放送終了後、アイドルグループを結成することになった私たちは、交流を深めるために、アイドルフェスを見学することになった。
そのアイドルフェスに、king deceptionのメンバーとして出演していた空成くんを目にしたのが、恋のはじまり。
空成くんのパフォーマンスは、パッとしなかった。
ダンスや歌がすこぶる秀でているわけでもなく、ヴィジュアル担当と呼べるほどイケメンなわけでもない。痩せ型の、どこにでもいそうな平凡な少年。
パッとしない、バックダンサーと呼べるのかすも怪しい、空気のような男の子。
どこにでもいそうな男の子が、キラキラ輝く王子様たちの中に混ざっていたら、誰だって不思議がる。king deceptionのコンセプトにそぐわない一般人。
Imitation Queenを結成する前の最終オーディションに残ったメンバー達からの評判だって、かなり悪かった。
「何なのあいつら。コンセプトは、王子と奴隷?」
「……言い得て妙です……」
「こらこら、納得しないの~。アイドルグループに失礼だよ!虹花ちゃんも、そう思わない?」
「私?どうかな……あの子だって、輝きを持っていないわけではないと思うよ?」
わたしがコメントを求めれば、虹花は当たり障りのないコメントを発した。
虹花はいつもそうだ。八方美人、誰かを悪く言うようなことがない。
焔華と切磋琢磨し合いながらも、1位の座は絶対誰にも渡さない所が、わたしはあまり好きじゃないんだよねぇ。一位様の余裕って感じ。
その点、焔華は裏表がなくていいよねぇ。
わたしは、虹花と焔華のどちらかを選び取る必要があるなら、焔華の味方をするかなぁ。
口調が荒かったり、冷たそうに見えるけど。焔華は焔のように熱い女の子だから。
「輝き、かぁ~」
わたしは最初に話をした時、虹花が空成くんの、どこに価値を見出したのかをよくわからなかった。
平々凡々な容姿、取り立てて特徴のないパフォーマンス。
アイドルとして輝くには、血を吐くような努力をしたって、挽回できるかどうかは怪しいものだ。
「花恋は好きそうだよ」
「え~?そうかなぁ。わたしはあんまり、好きなタイプじゃな……」
虹花の言葉を否定しようとしたわたしは、二の句を紡げなくなった。
パフォーマンス中の空成くんがメンバーと一緒になって肩を組み、笑顔を見せたからだ。
余裕なさそうな表情をしていた時は、どうしてあんなのがアイドルになれたんだろうって馬鹿にしてた。でも……。
仲間たちと肩を並べて、笑顔を浮かべる姿は……アイドルとしてキラキラ輝いている。
疑ってごめんね。
わたしは少しだけ反省した。
キラキラ輝く、最強のアイドルくんに心の中で謝罪する程度には、彼に心を奪われている。
「あんたって……ホントチョロいわね」
「焔華ほどじゃないよぅ」
「誰がチョロいって!?あたしはあんたみたいに、恋愛脳じゃないんだけど!」
「子どもじゃないんですから。大騒ぎしないでください。プロデューサーさんの名に傷が付きます」
「桜散、あんたは誰の味方なのよ!?」
「桜散はプロデューサーさんだけの味方です」
「まぁまぁ……落ち着いて……」
「これが落ち着いてられるもんですか!それから虹花!あんたにだけは慰められたくないんだけど!?」
まーた始まっちゃった。虹花と焔華のバトルが。
焔華は虹花の事が大嫌い。わたしたちは最終選考に合格したのが初めて顔を合わせたけれど、虹花と焔華は高校が一緒なんだって。それも犬猿の仲。
小耳に挟んだ話じゃ、一人の男を奪い合う仲なんだとか。
同じグループ内で、色恋沙汰は大変だよねぇ。
どんなに手を伸ばしても、添い遂げられるのはたった1人だけ。
虹花はみんなに好かれる天才だから、焔華の勝率はゼロに近いもんね。
虹花だけは、敵に回したくないなぁ。
早めに蹴飛ばしてわたしがナンバーワンになりたいけど、難しいよね。
虹花がアイドルとして活動するようになったら、虹花を目にしたファンたちが黙っていない。
虹花は誰よりもまばゆく輝く、最強のアイドルだ。
アイドルになるため生まれてきたと言われても、わたしは驚かない。
男を虜にすることだけは自信のあるわたしは、同性に嫌われやすいけど……虹花は老若男女問わず、虜にする自信があるみたいだもんね。
自信だけじゃなくて、結果もついて来ているのはオーディション番組内で不動の一位を守り続けていることから明らかだ。
「皆さん。プロデューサーさんから、アイドルのファンサを勉強するために軍資金を預かりました。この軍資金は、特典会に参加するためのCDを購入するお金として、利用してください」
「一人あたり、いくら使えるわけ?」
「一万円です」
桜散は扇状に開いた一万円札を5枚見せびらかすと、ひらひらと揺らした。
焔華は1人あたり1万円と聞いて、ケチくさいと嘆いている。
ま、そーだよねぇ。シングルCDが1500円と仮定すると、6枚。3200円のアルバムだったら3枚しか買えないもんねぇ。
日本最大級のアイドルフェスに参加しているアイドルは、3日間で180組。
1日あたり60組も小さなステージから大きなステージに別れてパフォーマンスしているなんて、すごいなぁ。
「来年は私たちが一番大きなステージで、パフォーマンスをしているかもしれないね」
「虹花、気がはやーい」
「どこで誰が聞いているかわかんないんだから、軽率な発言は慎みなさい」
「私たちは、アイドル界の女王になる。誰がなんと言おうとも、成し遂げるよ」
虹花はどこのオーディションを受けたってやっていけるような気がするけど、一人よりみんなで一緒に活動した方が楽しいからと微笑んだ。
仲間意識とか仲良しごっこに感動して、虹花の信者になるような子は、オーディションに合格しなかった。
最終選考に残ったメンバーは個性的だ。
絶対的センターの七色虹花。
いつも怒っているように見えて、常識人な神奈川焔華。
礼儀正しいけど、プロデューサーのこと以外はどうでもいい坂巻桜散。
そしてわたし、男を虜にするスキルだけが一人前の大宮恋花。
わたしたちが一つのアイドルグループとして輝き始める、その日まで。
わたしたちは現役のアイドル達から、ファンの対応を学ぶ必要がある。
「虹花さんは、絶対に1人で行動しないでください。囲まれたら面倒なので」
「うん。わかった」
「特典つきのCDって、手売りだもんね~?レシートが出なければ、体験したってことにして懐に入るよねぇ」
「あんた、そんなことしなきゃいけないくらい金困ってんの?経費で落とすなら、横領になるわよ。やめときなさい」
焔華はやっぱり、常識人だ。
自分がアイドルとして輝くために、他のアイドルがファンと接する様子から学ぼうとするのを嫌がりそうなのに。
焔華は桜散からお金を受け取ると、参加しているアイドルグループのリストに丸をつけ始めた。
「あれ?焔華って、虹花に対抗してアイドル目指してたんじゃないの~?」
「……同じアイドルグループのオーディションに参加していたのは、偶然よ」
「そーなんだぁ。意外~」
「あたしは目をつけている所があるから、虹花のお守りなんてごめんよ。あんたらとは趣味が合わないし」
焔華が好むアイドルグループやファッションは、パンクロック系だ。
わたしは可愛いものが好きで、桜散は邦楽、虹花はなんでも聞くみたいだけど、アイドルっぽくないのが好きみたい。
焔華と虹花を二人きりにすると、目立つからなぁ。
虹花と行動を共にするのは、桜散かわたしのどっちかになるわけで……。
「花恋は、どこに行くか決まった?」
「わたし、さっきの子がいいなぁ。直接話をしてみたい」
「king deception?」
「うん」
「やっぱり。花恋なら、絶対気に入ると思ってたんだ」
虹花はキラキラと輝く笑顔を浮かべて、わたしを肯定した。
ステージの上ではなくたって、虹花はキラキラと輝いている。
虹花には、オンとオフが存在しないんだよね。いつだってアイドルモードで、媚を売って生活している。
疲れないのかなぁ。
わたしだって好きでもない男に笑いかけるのが癖になっているけど、虹花ほどじゃないなぁ。自宅に戻ればスイッチをオフにするし、同性と一緒に行動をしているときだってそう。
虹花は、自宅に戻った時だけアイドルモードをオフにしているのかなぁ。
「虹花は?どこのアイドルにするか決まった?」
「わたしは、どこでもいいかな。色んな所、見学してみたい。花恋、付き合って貰えないかな?」
まぁ、そうなるよねぇ~。
桜散はプロデューサー以外には刺々しく敬語で、棘がある。
誰とでも仲良くなれる虹花でさえも距離を取るくらい、心の壁が存在するのだ。
私達に与えられた自由時間は、2時間ほど。
ずっと無言なんて、耐えられないよねぇ。
「いいよ」
虹花と一緒に行動なんてしたくなかったけど、引き取り手がいないんだから仕方ない。
わたしはking deceptionの特典会へ参加する代わりに、虹花のお守りをすることになった。