これから君を、好きになる
「最低最悪な女だってわかってんのに」
「むぐぐ……」
「恋する気持ちを止めらんねぇのが、ムカついて仕方ねぇんだよ……」
恋はするものではなく、落ちるものだ。
俺の心に咲いた恋の花は、大宮への気持ちを自覚した時から大輪の花を咲かせ、存在を主張している。
もっと、愛して欲しい。愛したいと、大宮を欲する気持ちを簡単に失えたなら、苦労などしなかった。
「大宮の声が好きだ」
大宮の声だけがクリアに聞こえると知った俺が、どれほど喜びに打ち震えたか、わかるか?
一生音が聞こえなくなるかもしれない。
人間の声が聞こえなくなるかもしれない恐怖に怯えていた俺にとって、大宮の存在は救世主と呼ぶに相応しかった。
「大宮の、誰に対しても明るく元気に、色恋を振りまくその仕草が嫌いだ」
大宮は誰に対しても、別け隔てなく接する。
大宮の中では優先順位があるのかもしれないが、俺にとっては別け隔てなく均等に接しているようにしか見えなかった。
男女問わずベタベタとボディタッチが激しく、距離が近い。
大宮が俺に愛の言葉を囁いた所で、言葉だけでは彼女の抱く愛の重さが計り知れないのだ。それがとても不便で、少しでもいいから清純な所を見せてほしかった。
奥手で清純なタイプは、好かれるためにわざと俺を罵倒して、番組を大炎上させたりなんざしねぇけど。
「むむ……」
大宮は俺の手が唇を塞いでいるせいで、反論をしたくてもできない状態だ。
眉を顰めて俺を見上げる大宮は、さすがアイドル。とても可憐だったが、素直には喜べない。大宮のこういう所が、俺は嫌いだ。
口では俺だけだよなんて言葉にしておきながら、男に媚を売るための仕草が染み付いてしまっている。
大宮と俺がどうにかなった所で、その気がない大宮は無意識に面倒な男を釣り上げ、俺をヤキモキさせるのだろう。
男女関係でストレスを感じたくない俺は大宮へ抱く感情を、どうにか好意ではなく、憎悪に変化できるよう、必死に抵抗を試みている。
大宮の口を塞いでいるのは、声を聞いたら決心が揺らぎそうで、大宮を求めてしまうからだ。
そうまでしなきゃ恋心を捨てられないなんて、もう、手遅れだろ。色んな意味で。
人生に絶望を感じていた俺の心に咲き誇る花が枯れるには、長い時間が掛かるだろう。
たとえ俺の望み通り、恋の花が枯れたとしても。
心の奥深くに入り込んだ根っこまで根絶やしにするのは、簡単な話ではない。
好きになった時点で、俺の負けだ。
負けを認めれば、楽になれるのかもしれない。
勝手に期待して、落胆している俺は、大宮からして見れば恋奴隷と同列だ。
こうして俺があたふたしている間にも、好感度が下がっているかもしれない。
俺は大宮が好きとか愛しているではなく、真逆の言葉を紡ぐ姿を夢想した。
『ソラくんなんて、嫌いだよ~っ』
大宮は笑顔で毒を吐く。想像するだけでも胃が痛い。
冗談に聞こえるような声音や口調でも、その破壊力は計り知れない。
『ソラくんよりも、大事な人ができたんだぁ。ごめんね?わたしのダーリンは、ソラくんじゃなかったみたい』
期待させるだけ期待させといて、梯子を外されるのが一番嫌だ。
俺を期待させるなら、最後まで責任を取れよ。なぁ。
「大宮は、俺にどうして欲しい」
俺は大宮の唇を塞いだ手をゆっくりと離す。
彼女にも、間違いなく確認できたはずだ。俺の手が震えていたことを。
ダセェな、俺。ほんと、ダセェ。大宮に問いかけたのは俺のくせに、嫌いと言われたくなくて、今だけは大宮の声を聞けなくなってしまえばいいのにと、都合のいいことを考えている。
「わたしを、好きになってほしいなぁ」
大宮は笑顔で俺へ手を伸ばし、首筋に両腕を回した。
週刊誌にすっぱ抜かれでもしたら、間違いなく大騒ぎになる。
今はこれ君の撮影ではなく、完全なるプライベートだ。
いいわけのしようもないってのに……こいつは……。
「ソラくん。これ君、しよ?」
これから、君を好きになる。
これからわたしも、好きになってもいいですか?
その言葉を互いに了承し、誓いの口付けを交わすことでカップルが成立する。
それは番組を撮影中の話で、今はプライベートだ。
番組通り告白したって、なんの意味もない──はず、なのに。
「あれ、なーんだ?」
大宮は目線だけである場所を見遣り、目配せをした。
大宮が見つめる視線の方向を確認すれば、見覚えのあるスタッフ達に取り囲まれていてぎょっとする。
これ君のスタッフ……なんでいるんだ……?
フルメンバーの撮影ともなれば大御所だが、二人だけのシーンを撮影する際は、必要最小限の人数で撮影を行っていた。
弟と大宮が結託して、俺から自発的に告白させようと仕向けたのならば、とんでもない話だ。ドッキリ大成功のパネルを掲げて笑顔を振りまく大宮の姿を確認することになったらどうしようと怯えながらも、俺は大宮へ不貞腐れた。
「俺は道化かよ」
「ごめんね?後でちゃんと説明するから、拗ねないの。さぁ、どーぞ?」
小言をちくちく紡いだ所で、大宮は傷つかない。
持ち前の明るさでケラケラ笑いながら、俺へ続きを促した。
「……これから、俺は君を好きになる」
「これからわたしも……。わたしも、ソラくんを大好きになる。枯れない恋の花、咲かせ続けようね!」
だから、スピンオフのこれわたじゃねぇんだって。
告白の権利は大宮じゃなくて、俺にあるってのに……。
大宮は押せ押せドンドンとばかりに俺へ口づけようとするので、俺からするにはがっついているようにしか見えない口づけを、交わさなくてはならなかった。
マジで一生の恥なんだけど。一番感動するシーンで、情緒もへったくれもねぇって、どうなんだよ……。
「ソラくん、やっと終わったって顔をしているけど、これからが始まりだよ?」
俺はいつドッキリ大成功の声が聞こえてくるのかと内心怯えながらも、唇を離してその時を待つが、いつまで待ってもその時は訪れなかった。
俺がほっとしていれば、大宮が俺の耳元で囁く。
どうやら、安心している所をばっちり見られてしまったようだ。
「番組はこれで、撮影終了だろ」
「みんなの告白シーンを、予定通り固唾を呑んで見守らなくちゃ!あとね、これはとっても大事なことだよ。よく聞いてね」
番組のメインイベントを撮影し終えたのだから、俺の仕事はもう終わりだと息を吐けば、大宮はこれから俺に大事なことを説明するからよく聞けと発言した。
一体何のことだと訝しげに見つめれば、大宮は俺に念押しをする。
「わたしとソラくんは、彼氏彼女だよ。番組が放送終了しても、有耶無耶になんかさせないぞっ。結婚を考えた真剣交際だよ~。これからも、末永くよろしくね!」
真剣交際、結婚を前提に、末永くよろしくねと挨拶するよりも、他にやることがあるだろ。後で説明するって俺に話したこと、俺は忘れてねぇからな。
「大宮。それはいいけど、ちゃんと説明しろよ」
「えへへ~。結婚前提に、末永くよろしくすること、了承してもらっちゃったぁ~」
大宮は嬉しそうにしている。
そうじゃねぇだろ……説明しろって言ってんのが聞こえねぇのかよ。
有耶無耶には、しねぇからな。
俺は大宮と結ばれたことにより、弟と馬鹿女がそういう関係になっていたショックすら忘れて、大宮から事情徴収するタイミングを覗った。