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ブラコンと女狐2号の悪だくみ(立晴)

 おれの兄さんは、不器用だ。


 おれと兄さんは年子だけど、誕生日が同学年に収まる為、双子同然の扱いを受けている。

 おれは年齢が一つ下だけど、兄さんと同じかそれ以上を求められ、兄さんは常に兄として相応しい行動を強いられていた。

 兄さんはいつも、不出来な兄として両親のサンドバッグになっている。

 兄さんがもっとうまく立ち回れたら、兄さんがいる場所にはおれがいたかもしれない。

 表向き兄さんはおれを嫌っているけど、兄さんは優しいから。

 兄として弟を守るのが当然だと考えているのだろう。

 おれにもう少し手を抜いてくれと頭を下げてくれたら、不出来な弟を演じてあげるのに。


 兄さんはなんでも一人で抱え込み、一人で解決しようとする。


 兄さんは幼少期、両親から大人に頼るなんてありえないと突っぱねられたことがトラウマになっているのだろう。

 迷子の子どもみたいに彷徨い、社会の不条理を知った兄さんは、誰かに頼ることを諦めてしまった。

 ずっと一人で、孤独に生活していた兄さんの人生が変化したのは、アイドルグループに所属するようになってからだ。

 高校の同級生、水都くんに誘われて受けたオーディションに合格した兄さんは、かけがえのない仲間に出会って毎日楽しそうに練習していた。

 アイドルなんてくだらない、バカバカしいと吐き捨てていた兄さんの変わりように、おれも驚いたものだ。


 兄さんが一人ではなくなったのなら。


 いつかおれも弟として、家族として受け入れて貰えるのではないかと淡い期待を抱いた頃だ。

 兄さんの輝きが、みるみるうちに薄汚れていったのは。

 目に見えて暗い表情を見せるようになった兄さんは、おれの呼びかけにすら答えなくなった。

 兄さんがおれのことを嫌っているのは今に始まったことじゃないけど、おれを無視するようなことだけはしなかったのに。その兄さんが、何度声を掛けても反応を示さない。


「兄さん?」

「空成!立晴(たつはる)が声を掛けているでしょ!?返事くらいしなさい!」


 痺れを切らして怒鳴り散らしたのは、母さんだった。父さんも兄さんへ思うことがあるらしく声には出さないが、高圧的な視線を向けている。


 兄さんは反応を示さない。

 無視されているのは、おれだけではなかった。

 心が軽くなったおれは、ぼーっと前を見つめてぼんやりしている兄さんの顔を覗き込み、手を振って存在をアピールした。


「兄さん、ど」

「……お前、今。なんか話しかけてる?」


 どうしたのかと声を掛ければ、目を見開いた兄さんがおれに声を掛けてきた。

 その返答は、なんだかおかしい。


「空成!」

「何度か呼んだけど……」


 母さんの絶叫など一切気にした様子もなく目を見開き続ける兄さんへ言葉を重ねれば、ばつの悪そうなか細い声が聞こえてきた。


「……聞こえねぇんだよ。もう」

「え……」

「声、聞こえねえの。今、俺が口に出した声だってわかんねぇ。ちゃんと声、出てるか?文字で教えてくれ」

「文字?」


 おれが首を傾げれば、兄さんはスマホを指差してくる。

 耳が聞こえないけど、目は見えるから……スマホに文字を打ち込んだ方が、意思疎通はし易いのかな。


『発話は問題なさそうだよ』

「そうか……」


 文字を確認した兄さんは、小さな声で言葉を紡ぐと、耳を抑えてふらふらと自室へ戻ってしまった。

 両親が兄さんへ怒鳴り散らすが、全く気に留めた様子がない辺り、どうも耳が聞こえなくなったのは事実のようらしい。

 兄さんは耳が聞こえなくなった理由を、家族へ話そうとしなかった。

 両親が仮病だと大騒ぎしていれば、打ち明ける気にもならないのは頷ける。

 おれは兄さんの耳が聞こえなくなったことを素直に受け入れ、せめて学内では力になろうと努力した。

 兄さんは何かと世話を焼こうとするおれのことが鬱陶しくてたまらないようで、おれが何をするでも嫌そうな顔しかしなかったけど……。

 おれは学内で兄さんを守っているつもりだったし、ゆくゆくは兄さんの信頼を勝ち取る唯一の男になるつもりだった。


 どうやら兄さんの回りには、目障りな女狐が彷徨いているらしい。

 おれがそのことを知ったのは、兄さんが出演する恋愛リアリティショー……これから君に恋をする……通称これ君の、第5話が放送されてからだった。

 おれと兄さんは家族なのに。兄さんと縁もゆかりもない番組視聴者と同時に耳が聞こえくなった理由を知るなんて、血の繋がる弟として恥ずかしい。

 所属するアイドルグループ内の恋愛沙汰に巻き込まれた兄さんは、ストレスによって聴力を失っていた。

 おれは兄さんの聴力を奪った女狐と、アイドルグループに所属するアイドル達が憎たらしくて仕方がない。

 あいつらのせいで、兄さんが聴力を失った。しなくてもいい苦労をする羽目になった苦痛は、いつか必ず百倍にして返してやる。


「ソラくんの、弟くん?」


 おれが人知れず心の中で恨みを募らせれば、見知らぬ女性から声を掛けられた。

 テレビの中では見覚えのある顔だが、面と向かって会話をするのは初めてだ。

 彼女の名前は、よく覚えている。おれが女狐の次に、兄さんの幸せを考えるならば排除しなければならない相手だからだ。

 彼女は兄さんが出演するこれ君の共演者。兄さんを狙う、女狐2号だった。


「はじめまして、大宮花恋です~。突然なんだけど、弟くんって、ソラくんのことが大好きなんだって?えへへ。わたしとお揃いだね!」


 大宮花恋と名乗った女は、おれに作り笑いを振りまく。

 お揃いだから、どうした。番組内で兄さんといい関係だからって、調子に乗るなよブスといってやりたくなる気持ちを抑えながら、おれは引き攣った笑みを浮かべる。


「この世で一番兄さんを理解しているのは俺だよ」

「さすが弟さん!でもわたし……ソラくんから弟がいるって話は、聞いたことがないなぁ。ソラくんを世界一理解しているって豪語するなら、ソラくんにも信頼されていないと、おかしいよね~」


 この女は、笑顔で痛い所をついてくる。すぐにおれの心は、同族嫌悪でいっぱいになった。この女は、駄目だ。女狐一号は論外だけど、2号はもっと駄目。

 兄さんには相応しくない。兄さんにはもっと、外見だけではなく内面も砂糖菓子のようにふわふわとした人が相応しいだろう。

 やっぱりおれが、さり気なく安全な女を兄さんに紹介しないと駄目だ。

 兄さんが女狐の毒牙に掛かって、取り返しのつかないことになる。


「わたしはこれから、撮影中の番組を通じて、ソラくんの彼女になる予定なんだ。その前に、目障りな女狐をソラくんに二度と近づかないようお灸をすえてやりたくて。弟さんに協力を要請しにきたんだ~」


 おれにとっては、大宮花恋だって女狐にカウントされているんだけどな……この女には自分が女狐である自覚がないらしい。

 女狐2号はおれがだんまりを決め込んでいるからだろうか。

 当然のように女狐の置かれている状況を話し始める。


「葛飾真凜は、ソラくんが所属しているアイドルグループの男を3人誑かして、お姫様気取り。目障りな女狐のせいで、ソラくんは耳が聞こえなくなってしまった……」

「おれに、何をして欲しいの」

「三馬鹿はわたしが誘惑するから、弟さんは目障りな女狐の注意を引き付けて欲しいんだぁ~」


 大宮花愛はおれがアイドルではなくたって、兄さんの弟であることを強調すれば簡単に誘惑できるはずだと告げた。

 たとえ演技でも、兄さんを傷つけた女狐におれが言い寄る姿を想像するだけでも反吐が出る。この女狐2号だってそうだ。

 兄さんに好意を見せておきながら、裏では兄さんを裏切ろうとしている。


「君が馬鹿を誘惑する姿を見たら、兄さんは傷つく」

「それって、嫉妬?ソラくんがわたしに好意がある証拠だよねぇ~。うれしいなぁ~。そうなればいいよねぇ~。ソラくん、わたしが口づけた後に、なんて言ったと思う?プロデューサーさんに怒られるぞ、だよ~?もう、情緒もへったくれもなくって」


 兄さんと、女狐2号が口づけた?

 一体何の話だと女狐2号を睨みつければ、この女はうっとりとした笑みを浮かべ、おれを見上げる。


「わたし、ソラくんが欲しいの。幸せにしてあげたいんだぁ。なんの憂いもなく、ソラくんが過ごせるような環境を作ってあげたいの。弟さんは、ソラくんを守りたい。利害は一致しているよね?」


 女狐は論外だけど、女狐2号は気に食わない。いくら兄さんの憂いを晴らすためだとはいえ、堂々と3股すると宣言するなんて、気が狂っている。頭がおかしい。

 女狐を誘惑している姿を兄さんに見られたら、兄さんが傷つく。

 傷つくだけならいいけど、おれの好感度も下がるだろう。

 一度地に落ちた好感度を上げるのは、簡単なことではない。


「女狐と馬鹿をどうにかする為に、兄さんを傷つける事になったら本末転倒だ」

「一時的に傷つけたとしても、ケアはきっちりするよ~。ソラくん、今すっごく楽しそうに撮影しているんだよ。よく言うでしょ~?守りたい、この笑顔って。わたし、ソラくんの為なら何でもする。大嫌いな男に笑顔で言い寄ることだって、造作もない。弟くんだって、できるでしょ?」


 この女は危険だ。

 兄さんに相応しくない。わかっているのに、おれは悪魔の囁きから逃れる術を持ってはいなかった。

 おれとこの女が手を組めば。兄さんはなんの憂いもなく、幸せに暮らせる。

 馬鹿と女狐をどうにかするには、おれ一人の力では厳しいものがあった。

 口が固くて、兄さんのことが大好きな女に協力を要請し、同時に誘惑しなければ。

 あの歪な逆ハーレムを崩壊させるのは難しい。


「1週間で3人。完落ちできたら、協力してあげてもいいよ」

「1週間は長すぎるなぁ~。わたし、4日で3人誑かしてくるよ。弟くんは、2日目から3日間使って虜にすること!」


 3日なら、兄さんに異変を悟られることなく動けるかもしれない。

 兄さんにバレることなく、兄さんを地獄に突き落とした女を誘惑して、こっぴどく振る。兄さんの幸せを最優先に考えるなら、悪くはないな。


「わかった」

「契約成立だね~」


 おれは女狐2号と連絡先を交換し、早速行動に移る。

 女狐はおれが偶然を装って声をかけたら、すぐその気になった。

 おれが兄さんの弟を騙った詐欺師なら、どうするつもりだったんだろう。

 騙されやすい女狐にころっと誘惑されて、兄さんを苦しめている馬鹿どもはどれほど頭が足りていないのか。


「マリン、ハルくんのお家にお邪魔したいなぁ」


 どさくさにまぎれて兄さんの生活環境を確認したいのが見え見えだ。

 本当はこんなやつを家に招きたくなかったけど、おれが女狐に惚れているのだとわかりやすくアピールするのは、とても重要なことだから。おれは仕方なく、女狐を自宅に連れ込んだ。


「ねぇ、ハルくん。マリンと──」

「──なんで、いるんだよ……!」


 おれは女狐を自宅へ連れ込んだことを、すぐに後悔する。

 女狐によって床に押し倒され、襲われそうになっていたおれを、兄さんが恨みを籠もった瞳で見つめていることに気づいたから──。

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