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線香花火みたいな恋

「ど、どーしよー!プロデューサー、怒るかなぁ?」


Imitation Queenのプロデューサーがどんな性格のやつか詳しく知らねぇから、俺に聞かれても困る。

大宮の所属するImitation Queenのプロデューサーは、業界では名が知れ渡っているほど有名人だ。

敏腕プロデューサーであると有名で、バラエティ番組にも引っ張りだこ。

俺は興味なんざなかったし、プロデューサーが男であることくらいしか知らねぇけどな。


「絶賛売出し中の商品が、ちょっと目を離している間に傷ついてたら、そりゃ怒るだろ」

「えー。怒られるの?やだなぁ……」

「色々考えるとめんどくせぇから、寸止めで済ませたのに……後先考えず欲望のまま行動したのは大宮だぞ」

「せ、責任は当然!わたしが取るよ!」

「やっちまったもんは仕方ない。謝り倒すしかねぇだろ。付き合ってやるから、まずは番組プロデューサーに……」

「ソラくん……!」


大宮はなぜか瞳を潤ませて、俺へ抱きついてきた。

番組プロデューサーへ謝罪をしようと立ち上がった俺を、カメラマンが映り込まないよう、手をひらひらと上下へ動かしていることに気づく。


このまま撮影を続行しろってこと……だよな……?


番組プロデューサーへ謝罪をする映像を撮影した所で、なんの面白みもない。

貴重な時間を使って放送できない動画を撮影するくらいなら、このまま大宮といちゃついている所を撮影したいんだろう。


「──?は、──した……」


俺は大宮が抱きついてきた理由を、すぐ知ることになる。


花火に夢中だった女性共演者の1人が、俺たちの様子を見に来たのだ。

俺と大宮が抱き合っている姿を見た女性共演者は、何かを大宮へ告げて花火に夢中な共演者達の元へ帰ってしまった。

大宮と抱きついているせいで、俺はスマートフォンの画面を確認できない。


女性共演者は、俺たちになんて言ったんだ……?


身じろぎすらできず、大宮と密着したまま呆然と立ち竦んでいれば、彼女が身体を離す。

俺のポケットから手慣れた手付きでスマートフォンを取り出した大宮は、カメラに向かって笑顔を向けた。


「ソラくん!手持ち花火しよー!」


思い思いに花火を楽しむ共演者達と合流した大宮は、迷いのない動作で線香花火を手に取る。

インパクト重視で、こよりがついた手持ち花火は真っ先に消化しきってしまったらしい。


「線香花火って、じっとしてなきゃなんねぇからめんどくせぇよな」

「そう?わたしは好きだよー!パチパチって大きな花が咲くの。3本同時に火をつけて、パチパチ弾ける前に一つの大きな玉を作ると、もっと大きな花が──」

「お茶の間に放送されるんだから、危険な遊びをやろうとすんな。カットされるぞ」

「ええ~。楽しいのに」


線香花火は、1度に一本利用する想定で作成されている。

3本同時に火をつけ、一本の大きな花火にするなど危険すぎる発想だ。

楽しいからとやってはいけないことをやり続ければ、いつかは大怪我をする。

線香花火に火をつけたまま、じっとしてられるタイプには見えねぇけど……。


「ソラくん!同時に火をつけて!」

「いいけど……」


大宮の声だけが聞こえることは、番組スタッフに伝えていない。

線香花火中に大宮から話をされても、大宮が口にする話の内容がわからないことになっている。


どうすっかな……。


耳が聞こえないのは嘘など、大騒ぎされては堪らない。

俺はスタッフと相談し、ビール瓶の空き箱を複数個重ねた上にスマホスタンドとスマートフォンを置くことで対応することになった。


「わたし、線香花火みたいな恋はしたくないなぁ」

「……どんな恋だよ」

「ぱっと咲いて、ぱっと散る恋」


耳が聞こえないと、会話のテンポがズレる。


大宮の声は問題なく聞こえるので、気を抜くと普通に会話をしてしまう。

俺は声を出すタイミングに気をつけながら、大宮の言葉を待った。

ジィジィと音を立て、火の付いた線香花火の先端が赤く膨張していく。

俺にはその音は聞こえねぇけど、パチパチと弾け始めたら、終わりが近づいている合図だと認識していた。


「わたし達は恋をして、最終回に気持ちを確かめ合うでしょー。ほとぼりが冷めた頃に別れる。そういう無責任なことは、絶対したくないんだー」

「……無責任って……」

「ファンを裏切ったあと、やっぱりわたしの恋人はファンの皆でしたなんて、切り替えられないよ。ソラくんと結ばれたら、わたしはソラくんのお嫁さんになりたい」


熱烈な告白にも程があるだろ。

これ君として、俺の見せ場がないのは大変な問題だ。

耳が聞こえないアイドルに恋した、押せ押せな国民的アイドルにソラはタジタジなどとキャプションをつけられておかしくない。

パチパチと弾け終えた線香花火の先端が、ぽとりとアルファルトに落ちる。


「あーあ。終わっちゃったぁ~」

「まだあるぞ。やりたいなら、好きなだけやればいいんじゃねぇの」

「わーい!ソラくん太っ腹~」


太っ腹なのは俺じゃなくて、番組スタッフだ。

大宮の笑顔を見ていると、不思議で仕方ない。どうして俺なのかと。

俺じゃなくたって、大宮ならいくらでもいい男を探せるだろ。

金持ちとか、性格いいやつとか、イケメンとか。


「ソラくんー!スタッフさんが、打ち上げ花火に火をつけてくれるって!」


都会のど真ん中。

ビルの屋上で簡易の打ち上げ花火とか、大丈夫なのか?

小心者の俺はビビり散らかしながらも、大宮の隣で花火を見つめる。

花火が打ち上がる特徴的な音が聞こえないせいで、女子たちが思い思いの男性陣に怖がって密着する姿を見つめ、一人だけ違うリアクションをしてしまった。

やべぇな。いい画が取れてたのに。俺のせいでぶち壊しちまった。


「ソラくん?大丈夫ー?なんか、顔色……」


ストレスでハゲそうな気持を味わいながら、じんわりと汗が滲む。

俺の様子を覗っていた大宮は、真っ先に異変へ気付き、声を変えてくる。

俺は声では大丈夫だと取り繕いながら、震える手を後手で隠す。


「ソラくん。心配なことがあるなら、わたしを頼っていいんだよー?わたしはいつだって、ソラくんの味方だからね!」


大宮は太陽のように光り輝く国民的アイドルだ。

本来ならば俺の手が届かない所で、眩い光を放っている。

俺は空に成ると名付けられたけど、空になれなかった。

なんの憂いもなく、晴れ渡る空。

弟は晴れの名が表すように、うまく人生を歩んでいるのにな。

人生ってのは、ままならねぇ……。


「……大宮は、優しいんだな」

「んー?ソラくんにだけ、優しいんだよ!わたしはソラくんのことが、大好きだから!」


そんなことを言われたら、もっと好きになってしまう。

これ以上好きになったら、大宮を離せなくなるだろ。

三馬鹿のことだって、馬鹿にできないほど入れ込んじまったら。

俺は俺でなくなってしまう。


人間を愛する意味が、俺には理解できなかった。


愛はするものではなく落ちるものだ。

一度好きになってしまったら、その気持ちをコントロールするのは簡単なことではない。


「ありがとう」


大宮に出会えてよかった。

お前のことが好きだと告げるのは、今じゃない。


「どういたしまして!」


俺は大宮へ優しく微笑みお礼を告げるだけに留めると、握りしめていた拳をゆっくりと開き、手を差し伸べてきた大宮と指を重ね合わせた。

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