自分らしさ
毒にも薬にもなりません。「お前は何を言ってるのw」くらいのテンションで読んでください。
窓の外を見てユウは溜息をついた。仲良く早々に下校している生徒達が羨ましく思えたのだ。
対して彼は1人で教室掃除をしている。クラスメイトの頼みを断れなかった自分が悪いとは言え、下校する生徒達の楽しそうな姿が目に入れば羨ましく思えるというもの。
彼は早々に掃除を終えて疲れた体で屋上へと向かった。
疲れると彼は屋上に来るようにしている。疲れたら屋上なんて発想が貧困だと思われるかもしれないが、彼にとって屋上が1番落ち着く場所なのだ。開放的で学園内で良い風が吹く。何より不思議なことに人が全く来ない。
フェンスの近くのベンチに座り、来る途中で買ったジュースの蓋を開けて1口。それから物思いにふけるまでがいつもの流れだ。
今日のテーマは『自分らしさ』について。
品行方正を心がけているわけではないが、衝突を避けて生きていると不思議とそんな風になってしまった。周りの人々曰く、「真面目で優しい」というのが彼に対する評価らしい。本当はそんな人間ではないのに。
この魔法世界でどんな魔法が使えたとしても、社会で生きている限り仕方ないことなのだろう。いくら自分の思い通りに生きても、結局は周りの評価を受けて自分で自分を歪めてしまう。
彼は思わず溜息をついた。本日何度目だろうか、さっきも溜息をついたが3回目以降からは数えるのをやめた。
そうして感傷にふけっていると突然頭上から声がした。
「どうしたんだい? 溜息なんてついて」
上を向くと、そこには腰掛けるように箒に乗った少女が居た。
ユウは彼女のことを知っていた。いや、むしろこの学園の生徒ならば知らない人の方が少ないだろう。
クリス・コールディー。短い黒髪に中性的で整った顔で女子生徒を中心に人気が高く、女性でありながら学園の王子と呼ばれている。おそらく、今の彼女の姿を見たら白馬に乗ってきた王子と見間違うことだろう。
彼女は箒から飛び降りユウの前に降り立つと、小脇に抱えていたバスケットから紫色の花を差し出した。
「君に暗い顔は似合わないよ。ユウ君」
「あぁ、えっと……すみません……?」
キメ顔で言う彼女にユウはただ謝るしかなかった。反応を求められても、どうして良いか分からない。加えて、ユウは彼女のことを良くは知らない。声をかけてもらえる理由もわからなかった。
「おやおや、今日はつれないな。2日前は言葉を交わしてくれたというのに」
「すみません。でも、あれは聞かれたことに答えただけですよ?」
寂しそうにするクリスにユウは求められた通り言葉を返す。しかし、そんなに知らない相手に対して即座に友好的とはいかない。
確かに薬学の授業で偶然クリスと一緒の班になったことがある。その時は最低限の会話しかなかったし、言葉を交わしたと言われても一度や二度質問に答えたくらいだ。
不思議そうにしているとクリスはユウに断って持っていたバスケットと箒を脇に置きユウの隣に座った。
「ふう、ここは風が気持ちいいね。疲れも吹き飛んでしまいそうだ」
「……もしかして薬草取りの帰りですか?」
「驚いた。良くわかったね」
「すみません。ハブファンカの花を持っていたので、そうなのかなと思って」
驚いているクリスにユウは申し訳なさそうに言う。詮索するつもりはなかったが、魔法薬に使われる植物を持っていたの見て裏山に行って摘んで来たことまでは予想がついてしまった。
するとクリスは今日の成果だとバスケットに山盛りの薬草を見せてくれた。
そして続けてこう言った。
「ところで君はここで何をしていたんだい?」
「僕は、その……」
突然尋ねられてユウは困ってしまった。感傷に浸ってましたなんて恥ずかしくて言えない。おまけに曇った表情を見られてしまっている以上、下手に言い訳しても怪しまれるだけだ。
そうして悩んだ末にユウは何も言えなくなってしまった。
「……すみません」
「構わないよ。誰しも人に言えないことの1つや2つあるものさ」
「人に言えないこと……?」
「ああ、ボクだってそうさ。例えば……」
クリスが話しながら正面に手をかざすと屋上真ん中に魔法陣が浮かび上がる。
「屋上に人払いの結界を張っているとかね」
「これは……」
ユウは目の前の光景に驚きを隠せなかった。屋上には何度も来ていたが、何の魔力も感じなかった。それほど魔法の精度が高いということだ。
しかし、ユウの脳裏にふと疑問が浮かんだ。
どうしてクリスが屋上に人払いの結界を張ったのか。人気者の彼女が人目を忍ぶ理由は何だろう。
そんなことを考えているとユウの考えを見抜いたようにクリスが言った。
「何故、ボクが人払いの結界を張ったのか気になっているね?」
「え、あぁ、はい……」
「良いよ。少しだけ教えてあげる」
クスクスと笑うと彼女は話し始めた。
彼女は周りから求められて王子様キャラを演じていた。そしてキャラ自体は自分でも気に入っている。最初は自分も周りも満足するならそれで良いと考えていたが、時々キャラを演じるのに疲れてしまうことがあった。
しかし、彼女は学園の人気者。どこに行っても人の目がある。だから魔法を使ってでも1人になれる場所が欲しかった。
そう彼女は語りかけるようにユウに話した。
「……まあ、こんなところかな。どうだった?少しは楽しんでくれたかな」
「クリスティーヌさんにもそんな悩みがあったんですね。すみません。そうとは知らず入ってしまって」
「気にしないでくれ。ボクの魔法が未熟だったというだけさ。……それよりも、また驚いたな。ボクの本名を知っているなんて」
ユウが名前を呼ぶとクリスは驚いた表情で口に手を当てる。
「すみません。クラス名簿で偶然名前を見たんです。不愉快でしたか?」
「いいや、そんなことない。ただ久しぶりに呼ばれたものでね。……ふん、クリスティーヌか」
ユウが尋ねるとクリスは首を横に振り、それから噛み締めるように自身の名前を繰り返す。
そして、唐突にユウの目を真っ直ぐ見つめて言った。
「君とはここで出会う運命だったのかもしれないな」
「え?急にどうしたんですか?」
「考えても見てくれ。今まで誰も通さなかった結界を君だけが破った。そして君もボクと同じ悩みを持っている。違うかい?」
「僕にはクリス……さんほど深刻な悩みなんて……」
そう言ってユウは俯いた。クリスの話を聞いた後だと、いかに自分の悩みが小さいものか分かってしまう。
そう考えているとユウは急にクリスに体を引き寄せられ手を握られた。それはまるで御伽噺に出てくる姫のように。
「そうかい? 君も他人に求められることに疲れたんだろう? 真面目なユウ君」
「そ、それはどう言う……」
クリスの大胆な行動に驚きつつもユウは言葉を返し、高鳴る心臓の音を抑えつつ彼女の話に耳を傾けた。
彼女が言うには、ユウは仕事を頼みやすい便利な奴だとクラスの友達から聞いたらしい。
それを聞いたユウは落胆した。
本当は知っていた。でも知らないふりをして自分を誤魔化していた。そのせいか改めて現実を突きつけられたショックは大きかった。
そこにクリスは追い討ちをかけてきた。
「ボク……いや、私達は似た物どうしだ。そうだね?」
「ひゃっ……!そう、言われると……そうかもしれません……」
クリスの声が耳元に響く。引き込まれるような甘い声にユウの心臓は鼓動が速くなり、胸が苦しくなった。おかげで考えることも出来ず流されてしまい、首を縦に振ってしまった。
しかしながら、返事に満足してくれたのかクリスは手を放してくれた。ユウはもはや王子というより甘言で惑わす悪魔のようだと思った。
「フフフ、少しいじわるだったかな。悪く思わないでくれ。少しだけ君の本音が聞きたかったんだ」
「そ、それならもう少し普通に聞いてください!」
悪戯っぽく微笑むクリスにユウは赤くなった耳を抑えながら言葉を返す。同時にクリスのことを恐ろしい人だと感じた。
それから満足したのかクリスはベンチから立ち上がった。
「さて、私はもう行くよ。この薬草達で作ってみたいものがあるからね。人払いの結界はそのままにしておくが、君はいつでも使ってくれてかまわないよ。久しぶりに有意義な時間を過ごせたからね」
「はい、ありがとうございます」
クリスは手を振って別れを告げる。屋上は学校の施設だろうと思ったが自分も1人になれる場所があるとありがたいので黙っておいた。
ユウは少し頭を下げ、クリスを見送ったが彼女は屋上のドアに手をかけたところで急に動きを止めた。
「そうそう言い忘れていた。屋上では私のことをクリスティーヌと呼んでくれ」
「え? 良いですけど何故です?」
「その方が『私らしい』からさ。ボクらしさじゃなくてね」
それだけ言い残して彼女は屋上を去った。最後は何を言いたかったのか分からなかったが、ユウは彼女のように自分らしさなんて自分で決めて良いような気がした。
それからユウは残りのジュースを飲み干して屋上を後にする。そして帰路についたとき、不思議と気持ちが軽くなっていることに気づいた。
ユウは深呼吸をして1歩ずつ、ゆっくりと歩みを進めた。
お疲れ様でございます。久しぶりの投稿というにはあまりにも長い時間が空いてしまいました。
ラヴィラビという生き物はこのような習性があります。今後も同じようなことが多々あると思います。広く生暖かい心で見守ってください。