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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

追放された王宮魔術師、俺だけが使える複製魔法で魔王にスカウトされたので、戻ってきてくれと言われても、もう遅い

「ヒバナ、貴様の様な無能の役立たずの王宮に入り込んだドブネズミは追放だ。貴様はこの気高き王宮には不要だ!」


 勝ち誇った表情でドヘロは俺を睨んでいる。




 俺、ヒバナ・リンとドヘロ・ロードは、王宮魔術師だ。


 俺の親は田舎の農家で魔法とは無縁だった。


 しかし、幼い頃に魔法の才能がある事が発覚する。


 農家だから学校には通えず、独学で魔法を勉強した。


 ある時、俺の魔法を偶然ヘンリー王が見ることになった。


 ヘンリー王はこの地域一帯を治めるアーゼン王国の王だ。


 ヘンリー王は俺に王宮魔術師になる様に勧めた。


 王宮魔術師は、決まりがあるわけでは無いが、貴族や名のある魔法使い、王宮魔術師の血筋しかなる事は出来なかった。


 そんな中、王の推薦のおかげで、大臣や他の王宮魔術師からの反対はあったが、俺は平民で初の王宮魔術師になった。


 そして、王宮魔術師になって数年が経ち、反対していた奴らも次第に認めてくれる様になってきたある日、


 王宮魔術師のトップ、魔術師長が引退し、王の推薦で、俺が候補に選ばれる事になった。


 22歳で候補に選ばれる事は異例中の異例で、それも農家の出身で平民が魔術師長の候補になる事に反対する者は少なく無かった。


 それでも、王の推薦は強く、俺が魔術師長になる事が決定と思われた。


 奴が立候補するまでは。




 ドヘロ・ロードは大臣の息子、貴族の中でも上流の貴族の坊ちゃんだ。


 俺みたいな身分の低い平民を人とも思っていない。


 王宮魔術師になったのも大臣の父親のコネで、奴に魔法の才能は全く無い。


 その上、失敗は他人に押し付け、手柄は横取り。


 ろくでなしの最低のゴミクズでも言い足りないくらいだ。


 だが、奴が立候補した事で流れは変わった。




 候補が複数いる場合は、王宮魔術師の多数決で決まる。


 奴に魔術師長になって欲しいと思う奴は居ないが、俺に魔術師長になって欲しくない奴は居る。


 そういう奴がドヘロを応援し始めた。


 その上、奴の父親の大臣は賄賂を渡し始めた。


 結果、僅か1票差でドヘロが勝ってしまった。




「ヒバナ、貴様の様な無能の役立たずの王宮に入り込んだドブネズミは追放だ。貴様はこの気高き王宮には不要だ!」


 魔術師長に選ばれたドヘロの一声目がこれだ。


 魔術師長の任命式も兼ねていて、王や大臣が居る中、こんな馬鹿げた事を言える面の厚さに感心さえする。


 ふざけているとしか思えない。


 しかし、魔術師長の言うことは絶対だ。


 王は俯いている。


 大臣達は、次々と賛辞を声高に述べている。


 王でさえ魔術師長の決定を覆す事は、非常時以外あってはならない。




 今まで真面目に必死に頑張ってきた。


 それが、こんな、ふざけた、終わり方なのか?


 茫然とし、体の力が抜け膝をつく。


「そいつは、禁忌の魔法を使った。大罪人だ。捕らえろ!」


 ドヘロの言葉で、憲兵が俺を囲み、槍を突きつける。


「……何故知っている?」


 魔法には、使ってはいけない禁忌の魔法が存在する。


 俺は、王と前魔術師長の命令で秘密裏に研究していた。


 その事を知っているのは3人だけのはずなのに、何で知っているんだ。


「待て! それはわしが……」


 王は無理矢理口を塞がれ王の玉座から運ばれていく。


「どういうつもりだ、王に手をあげるなど……」


「ああ、嘆かわしい。王に錯乱魔法をかけるなど」


 大臣はニタニタ笑っている。下品極まりない。


「国を乗っ取る気か? いや、貴様らもう……」


「そうだ。貴様さえ排除すれば完全にこの国は我々の物だ」


 政治には疎く、今まで関わってこなかった事が災いした。


 ほぼほぼ禁書庫に篭っていたので、奴らの動きを知らなかった。


「下衆が……」


 怒りを噛み殺す。


 今暴れれば奴らの思う壺だ。


「下衆は貴様だ。薄汚いドブネズミが王宮にまで入り込み、王を誑かすなど、言語道断だ」


「無能だから、いつ俺にその座を奪われるかビクビクしてた癖に」


 悪態を吐く。


 憲兵達に肩を掴まれ押さえ込まれた。


 こいつら後で覚えておけよ。


「奴をすぐに処刑しろ」


 憲兵に両肩を担がれ運ばれる。




 憲兵は俺を担いで、地下牢に向かっている。


 周囲を観察する。


 ここは2階の廊下か。


 誰も居ないし、来る気配が無い。


 今がチャンスだ。


 カキンッ


 ポケットから落ちた指輪が音を鳴らして憲兵の足元に転がった。


 憲兵の視線は指輪に吸い込まれる。最初は拾おうとしなかったが、遂に拾い上げた。


「あ、狡いぞ、お前」


 拾えなかった憲兵が文句を言う。


「うわっ、凄え、こんなデカい宝石見た事無いぜ。どうせ処刑されるんだし、俺が貰っておいてやるよ」


 指輪を拾った憲兵は下品な笑みを浮かべている。


「サウンドボム」


 魔法を唱えると指輪から凄まじい衝撃音が鳴り響く。


 爆音を耳元で受けた憲兵2人は気絶し、倒れた。


 賄賂を受け取る様な欲深い奴なら宝石のついた高そうな指輪を拾う事は容易に想像出来る。


 罠だと知らずに拾う馬鹿っぷりに感謝して、指輪を拾いポケットに戻す。


 逃げよう。


 今は逃げて、熱りが冷めるまで待つしか無い。


 厄介な事に相手は貴族、こちらはどうあがいても逆賊にされてしまう。


 逆賊となれば何処の国でも誰も受け入れてくれはしない。


 最低な奴らの為に人生を棒に振りたく無い。


 悔しさを噛み締めながら、城の窓から外に出る。


 草の上に着地し、窓の下に隠れる。


 人の気配は感じない。ひとまず安心だ。


 借りている部屋に戻り、大事な物だけでも回収したい。


 周囲を見渡して、人が居ない事を確認して、城の塀を登る。


 塀を登ると城下町が見えてくる。


 レンガ造りの同じような建物が並んでいる。


 道端を猫が呑気に歩き、露店で買い物している人も居る。


 普段と変わらない賑わいだ。


 まだあの騒ぎは民衆には知られていないのか。


 それは好都合だ。


 自警団や冒険者ギルドに動かれると厄介この上ない。


 何も悪い事してないのに、何でこんなにビクビクしないといけない。


 下唇を噛む。


 ああ、面倒くさい。




 茂みを出て走る。


 行き交う人も猫や犬も無視して走る。


 自分の心臓の音しか聞こえない。


 子供が口を開けて何かを言っていたが聞こえない。


 無妾夢中で走り続け、住んでいる建物の前までたどり着いた。


 こんなに走ったのは久しぶりだ。


 息が切れて、膝に手をついたまま動けない。


 周囲を見渡すが追手らしき人物は見えない。


 少し安堵する。


 流石に追って来てまで殺しには来ないか。


 ドアに手を伸ばす。


 ドアノブから少し熱を感じる。


 疑問に思いながらも、ドアを開けた。


 ドアを開けると熱く眩い白い世界が待っていた。


 罠だ。


 凄まじい高音の炎に弾き飛ばされ、道に仰向けに倒れる。


 建物から吹き出る炎は向かいの建物まで届き、焼き尽くしている。


 炎から異様な匂いがする。


 人の焼ける匂いだろう。


 住人を皆殺しにして、罠を仕掛けた、といったところか。


 あまりにも許されざる行い。


 平民の命を何とも思っていない貴族様らしいやり方だ。


 魔法で火を抑える。


 もう建物全体に火が回っていて、完全に消火は出来ない。


 周りの建物にも延焼し始めている。


 火を抑えながら、2階の自分の部屋に入る。


 何処もかしこも焦げた匂いで充満していて、真っ黒だ。


 部屋の隅に置いてある小さな金庫を魔法で解錠する。


 中の物は魔法で守られているので無事だ。


 お金と大事な魔法道具を取り出し、部屋を出る。


 何処の国に逃げよう。


 寒いのは嫌いだから南にしておくか。


「あいつだ! あいつが魔法で放火したんだ!」


 驚きで声が出ない。


 建物を出ると男が居て、いきなり俺を指差し叫び始めた。


 こんな男さっきまで居なかった。


 ここまで、綺麗に仕組まれていると少し感心してしまう。


 悪い事はよく思いつく物だ。


 印象は最悪。


 これでこの国の誰からも敵と思われるようになったわけだ。


 憲兵に冒険者、自警団が俺を捕まえようと四方八方から走ってくる。


 街の外へとにかく走る。


 捕まったら人生終わりだ。


 魔法を使い憲兵の間を通り抜ける。


 憲兵達は魔法で早くなった俺に追いつけず、どんどん距離が開いていく。




 無我夢中で走った。


 町を出てから何処をどの方向に逃げたのか分からない。


 つまるところ、ここが何処なのか分からない。


 町はもう見えない。


 長閑な平原と小さな森が見える。


 やっぱり此処が何処か分からない。


 まあ、追手も見えないし、少し休もう。


 体に付いた煤を払う。


 肌も焦げ跡だらけで痛々しい。


「可哀想に、酷くボロボロじゃな」


 年寄臭い言葉とは裏腹に、若い女の人の声が聞こえる。


「しまった……こほん、お兄さん、大丈夫?」


 声は森の方から聞こえる。


 水色の髪の綺麗な若い女性が木の後ろから出てくる。


 着飾らず、化粧もしてないのに、凄く美しい。


 呆気に取られていると、女性は近づいてきて、頬撫でてきた。


「私、少しですが、魔法を使えるんです。今治療しますから、動かないでくださいね」


 女性の手から暖かい光が出る。


 暖かい光に触れた所の傷が癒えていく。


「王宮魔術師のヒバナ様ですよね?」


 頷いて答える。


 いや、もう追放されたんだった。


「ファンなんです。以前、魔物から助けていただいてから、ずっとお慕いしております」


 女性の言っている事が記憶に無い。


 こんな美人を助けたのなら記憶に残っていてもおかしくないのだが……


 だが、忘れたとか、記憶に無いとか言えない。


 流石にそれは失礼過ぎる。


 魔物退治自体はしているので忘れているだけだろう。


 たぶん……


「大変でしたね。こんなにボロボロになって」


 体を優しく撫でられ、体が跳ねる。


 服を脱がされ、体の焦げ跡や傷を魔法で丁寧に癒している。


「大丈夫、大丈夫」


 彼女は優しく安心させるような声で耳元で囁く。


 そして、優しく抱きしめてきて、背中の傷を癒やし始めた。


 髪からも花の良い匂いがする。


 彼女の毛先が視界に入る。


 髪の色が紫色に変色している。


 彼女が手を離した隙に彼女と距離を取る。


「どうかしましたか?」


 彼女は不思議そうな顔で俺を見ている。


「本当の目的を教えてもらえませんか?」


 彼女の顔が曇った。


「私は本当に癒したいだけです」


 戸惑い気味に言葉を紡いでいる。


「正体を隠してまでですか?」


 髪の色を魔法で変えるなんて普通はしない。


 紫色の髪は魔族に多く、人間は忌避している。


 彼女は自分の髪の毛を手に持って見る。


 そして、口元を邪悪に歪ませた。


「ふっ、なるほど。妾とした事が気を抜いておったわ」


 邪悪な笑みを浮かべ、腕を組んだ。


 髪は全て紫色に変化し、角が生える。


 彼女から大量の禍々しい魔力が放出される。




「まさか……」


 魔王という言葉が頭に浮かぶ。


 協力無比な魔力を持ち、魔物を統べる存在、魔族の王、それが魔王。


 そんな大物が何でこんな所に。


「なんじゃ、知っておったのか。なら、話は早い」


 魔王が近づいてくる。


 後ずさるが、木にぶつかり追い詰められる。


 魔王は木に手をつき、顔を近づけてくる。


 紫色の透き通るような綺麗な瞳が俺の目を見つめている。


「妾は魔王アスタロト。ぬしの力を見込み、直々にスカウトきたという訳じゃ」


 ス、スカウト!?


「禁忌の魔法の力、妾の元で活かしてみぬか?」


 魔王は有無を言わさず、グイグイ顔を近づけてくる。


 魔王が発する魔力に当てられるだけで頭がクラクラする。


「妾の国には、くだらぬ政争もつまらぬ貴族主義も無い。なにせ妾という最高で永遠の統治者が居るのだからな」


 魔王の甘く蕩ける匂いが鼻腔をくすぐる。


「それとも、誰かに仕えるのは、もう飽きたか?」


 魔王の勧誘は続くが、俺は魔王について、魔族の王という事しか知らない。


 流石に仕える相手の事を知らなければ、仕えられない。


 それに仕えたいと思うほどの何かが無い。


「ん〜、まだ妾に一目惚れする程のカリスマは無いか。仕方あるまい」


 魔王は3歩下がる。


「それでヒバナよ。何処に逃げる気じゃ?」


 腕を組んで俺を見守るような眼差しで俺を見ていた。


「人の国に行くのは勧めん。もうじき包囲網が出来るであろう」


「包囲網?」


 俺を捕まえる為に国々が包囲網を作るとでも言うのか。


「ヘンリー王が……いや、それは少し正しく無いな、操られたヘンリー王が各国に協力を求めておる。まあ、従わん国も無かろうて」


 魔王は興味無さそうに毛先を弄って遊んでいる。


「大軍隊が来るじゃろうな」


 頭にクソ重い魔導書を叩きつけられたような衝撃をうける。


「ひとつだけ安全な国がある」


「魔王の国……」


 言葉の意味を噛み締める。


 それは人類に敵対するという意味だ。


「ぬしを殺さんとする人類の方が大切か?」


 魔王の問いに言葉が詰まる。


 家族やヘンリー王とドヘロや大臣、2つの感情が頭の中を渦巻いている。


「ならば、ぬしが人と魔族の架け橋になれば良いだけの話よ」


 魔王の顔は堂々としていて良い笑顔だ。


 魔族は人を誑かす存在と言われているが、魔王を見るとそんな風には思えない。


「何じゃ、惚けた顔をしおって。妾に惚れたか?」


 魔王は悪戯っ子のような優しい笑みを浮かべた。




「何で俺をスカウトする? 俺はそんな大層な人間じゃ無い。血筋だって……」


 少し間を置いてから、話を切り出す。


 ヘンリー王が俺を王宮魔術師に勧誘した時も俺は同じ事を言っていた。


「そう卑屈になるで無い。血筋を重視し過ぎた結果がこのザマじゃろ」


「それは、まあ、そう……です」


「それに、自らを卑下する事は、わざわざぬしの力を求めて来た者も愚弄する事になる。そんな愚かな事をしたい訳じゃなかろう?」


「……まあ」


 正論を叩きつけられ、正気に戻る。


 言い訳になるが、酷い事ばかりで心が弱っていた。


「ぬしは禁忌の魔法について研究しておったであろう?」


 何故禁忌の魔法の研究をしている事を知っているのか。


 魔王は剣を抜き、俺に見せる。


 黒い刃に真っ黒な装飾の剣、見るからに魔剣だ。


「魔剣デュランダル……」


 魔王の持つ剣デュランダルは強力な呪いをかけられた剣だ。


 呪いをコントロール出来なければ命を吸い取られるという。


 古の魔王がこの剣を使い世界を征服したという伝説もある。


 そして、同じ物がもう1本あったと言われている。


「片方は勇者に破壊され、本来の10分の1すら力を出す事が出来なくなってしまっておる」


 そして、魔王の支配を2度と起こさないように複製の魔法は禁忌として封印された。


「……これを複製しろと?」


「この剣は最初は片方だけだったのだが、何を血迷ったのか知らぬがこの剣を作った者は複製した」


 デュランダルを複製し、剣を作った鍛冶屋は失踪した。


 一説によれば自らが剣にかけた呪いに耐えられず闇に自ら身を捧げたと。


「安心しろ。妾が持っている間であれば、呪いは封じておる」


 剣の刃に触れる。


 禍々しい呪いの魔法が剣に絡み付いている。


 これを複製……


 絡み付いている数多の魔法を読み解く。


「ぬしよ。ぬしよ」


 魔王が呼んでいるが無視する。


 魔法が多過ぎて読み解くのに集中しなければならない。




「なるほど」


 時間はかかったが、デュランダルを理解した。


 完全に寝ていた魔王が目を開ける。


「理解出来たのか?」


 寝ぼけ眼の魔王は目を擦る。


 寝ながら魔剣をコントロールしていたのか。


「まあ、なんとか」


 デュランダルに触れる。


複製(コピー)


 宙に浮いた魔力が剣の形になり、魔力の中からデュランダルが現れる。


「ほう」


 魔王が複製されたデュランダルを手に取る。


「素晴らしい。重さも手触りも完璧だ」


 魔王がデュランダルを振る。


 そして、満足して、剣を納めた。


「そうだな、ぬしにも褒美を与えんとな」


 魔王が近づいてくる。


 褒美?


 まさか、死……


 そう考えると、魔王の笑顔が怖くなってくる。


 目を開けていられず、手に力が入る。


「褒美じゃ。受け取れ」


 暖かい。


「やはりぬしは出来るでは無いか。妾の言った通りであったろう? ふふ」


 優しく抱きしめられ、頭を撫でられていた。


 俺、魔王様に一生ついていこう。


 魔王様の役に立ちたい。


「今はこれくらいしかやれんが、妾の国には金銀財宝が……」


「俺、これだけで充分です」


 本意だ。魔王様に褒められるだけで俺は生きていける気がする。


「じゃが、生きていくにはお金も必要じゃろう」


 驚いて目を丸くしている。


「あ、まあ、それはいるんですけど。でも、魔王様に褒められる方が嬉しいというか……」


 恥ずかしくなって最後まで言い切れない。


 良い大人が褒めて欲しいなんてちょっと言い辛い。


「なんじゃ、愛い奴よのぉ」


 少し乱暴に撫でられ、髪の毛をぐしゃぐしゃにされる。


 多幸感が凄い。


 喜び叫びたくなるのを我慢する。


「という事は、ぬしは妾の国に来てくれるのじゃな?」


 返す言葉はもう決まっている。


「俺で良ければ仕えさせてください。何でもします」


 抱きしめられながらというのが様にならないが、誠心誠意を込めて答える。


「うむ。うむ。よく言った」


 魔王様は笑顔で抱き締める力を強くする。


 凄く幸せ……




「ふむ。せっかく良い所なのに、邪魔したい者がおるようじゃな」


 突然、茂みから矢が飛んでくる。


 魔王様は飛んできた矢を掴む。


 森の中から軍隊が出てくる。


 それを契機に四方八方から何万もの軍隊が魔法で現れ、俺達を包囲した。


「包囲軍じゃな。まあ、下がっておれ」


 魔王様は不敵に笑い、デュランダルを取り出した。


「ヒバナぁ! この薄汚い放火魔が逃げられと思ってんのか!」


 忌々しい声が響く。


 ドヘロと大臣とヘンリー王が軍隊の中から出てくる。


「あやつが総大将じゃそうじゃ」


 ドヘロが総大将だと!?


「妾の臣に何か用か?」


 魔王様は冷たい表情でドヘロを見下す。


「はぁ? 薄汚い魔族が邪魔する気かぁ? その魔族も殺せ」


 兵達が魔王様に剣を向ける。


 ドヘロの言葉に心の底から怒りが込み上げてくる。


 魔王様が腕で俺が動くのを制した。


「そうじゃのぅ……妾は人とも仲良くしたいと思うておるのじゃがな」


 魔王様はため息を吐いて、憐れみの目でドヘロを見ていた。


 魔王様の反応にドヘロは怒りで顔を真っ赤にする。


「下等生物が! 嬲って殺せ、慰めものにしても構わない! 奴らを蹂躙しろ!」


 ドヘロの指示に兵が突撃してくる。


 大臣は勝利を確信して笑っていたが、ヘンリー王は怯え腰を抜かしていた。




「デュランダル」


 魔王様が2つのデュランダルを振る。


 黒い斬撃が包囲軍を蹴散らしていく。


 たった一度振っただけなのに、包囲軍は半壊した。


 包囲軍は、黒い斬撃に飲み込まれ吹っ飛ばされた者と、


 運良く当たらなかったが魔王様の凄まじい力に怯え戦意喪失した者に分かれた。


 斬撃に当たらなかった兵は阿鼻叫喚になりながら逃げていく。


「他愛無い」


 呆気に取られたドヘロと大臣とヘンリー王しか残らなかった。


 大臣は一目散に逃げ出した。


「ふん」


 魔王様がデュランダルを振り上げ、大臣に狙いを定める。


「ま、待て、待て! 金でも何でも……」


「くだらん」


 魔王様は一蹴し、デュランダルを振り下ろし、黒い斬撃を生む。


「あ、あ、ああ! ああああ!」


 逃げる大臣を黒い斬撃は飲み込み、叫び声だけ残して、跡形も無く消し去った。




「まさか……魔王アスタロト」


 声の主は腰を抜かしているヘンリー王だった。


「ほう。ヘンリー王だったか」


 魔王様はヘンリー王と向き合う。


「頼む。ヒバナと民だけは手を出さないで欲しい。わしの命は好きにしてくれて構わん」


 ヘンリー王が頭を下げて地につけた。


 魔王様は呆れた顔でそれを見ている。


「ヘンリー王、頭を上げよ。一国の王として民を思う気持ち、大義である。その頼み、聞いてやろう」


 魔王様はヘンリー王の横を通り抜け、逃げようとしていたドヘロの前に立つ。


「王を置いて逃げる気か?」


 ドヘロが止まった。


「いや、その……」


 ドヘロは魔王様に睨まれ口籠る。


「こんな大軍隊に囲まれても妾を信じ逃げなかったヒバナを少しは見習ったらどうだ?」


 いきなり名前を出されてびっくりする。


「ヒバナとは……」


「妾の魔術師だ」


 魔王様の言葉に嬉しくなる。


「そ、そんな奴より俺の方がっ」


 ドヘロは腹を蹴られうずくまる。


「貴様の声を聞くのも嫌になってきた」


 魔王様が剣を振り上げた。


「た、頼む、ヒバナ! 助けてくれ! やっぱりお前の方が魔術師長に相応しかった。金も何でもやるから! 頼むから!」


 この期に及んで命乞いをし始めた。


「もう遅い。お前は死ななきゃ、その腐った性格は治らない」


 魔力を高める。


 人1人くらいなら、俺でも殺せる。


「ヒバナ」


 魔王様に呼ばれて、魔法を撃つのを止める。


「同族の血でぬしの手を汚しとうない。妾に任せておけ」


 魔王様は優しく笑いかけてくれる。


「いや、嫌だ! こんな所で俺は死にたく無い!」


「最後の言葉はそれで良いか?」


「黙れぇ! こうなりゃ道連れだ!」


 ドヘロが突如魔法を放つ。


 ドヘロに魔法の才能は無いが持つ魔力の量は尋常じゃない。


 適当に魔力を放つだけでもかなりの威力になる。


 魔王様の前に出て魔法のバリアを貼る。


「全く愛い奴じゃ」


 魔王様が俺に当たらないように剣を振るとドヘロの魔法は消えた。


「そんな……」


 魔王様に傷一つ与えられずドヘロは絶望の面持ちになる。


「力の差すら分からないとは、救いようの無い愚か者だ」


 魔王様がデュランダルを振り、黒い斬撃でドヘロを跡形も無く消し去った。


 何万も居た軍隊は居なくなり、残ったのはヘンリー王ただ1人だった。




「さて、行くかの、ヒバナ」


 魔王様が剣を納め歩き出した。


「待ってくれ、ヒバナ」


 ヘンリー王に呼び止められる。


「すまなかった。わしの力不足でこのような事になった」


 死に際のような弱った声で謝ってくる。


「戻ってきてくれんか? この通り、頼む」


 魔王様が足を止めた。


 しかし、何も言わなかった。


「それは無理です」


 ヘンリー王の方を見ずに言い切る。


 頭を下げているのを見たら同情してしまうかもしれない。


「もう遅いです。だって俺には一生を捧げても良い素晴らしい王がいますから」


「そうか……それはすまなかったな」


 全てに諦めがついたような力無い返事が聞こえる。


「今度はこんな事が無いように、国をお願いします」


「ああ、分かった」


 ヘンリー王は少しだけ声に力強さを取り戻した。


「良いのじゃぞ。人の世に居ても。妾の国に人は居らんとは言わんが、魔族ばかりで辛い思いをするかもしれん」


「覚悟の上です」


「ふむ。ならば、妾の為に全力で尽くすが良い。ぬしの力があれば、世界を手に入れる事など容易い事、じゃが、それだけで妾は終わらぬ」


 魔王様は俺の方に振り向いた。


 昔、デュランダルを手にした魔王は世界征服こそ成し遂げたもののすぐに勇者に討たれている。


「妾の民を世界一幸せな民にする。今まで誰も成し得無かった。じゃが、ぬしが妾に尽くすというのであれば、叶わぬ事でも無い」


 壮大な野望を語る魔王様はカッコ良くもあり美しくもある。


 まさに物語の中で活躍する理想の王だ。


「期待しておるぞ。ヒバナよ」


 魔王様は堂々とした表情で笑う。


「全身全霊で応えてみせます」


 魔王様の後を追う。


 この人なら俺の魔法も上手く活かしてくれる。


 晴れやかな気分で魔王様についていく。


「楽しみなのは良いのじゃが、国まで徒歩なら七日は掛かるぞ?」


 七日……足が止まる。


 一瞬気を落としそうになるが持ち堪える。


 七日、歩くくらい何ともない。


「さあ、行くか、ヒバナよ」

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[一言] ヒバナとヘンリー王の絆が、薄っぺら過ぎる気が… 別にヘンリー王は、ヒバナを裏切った訳でもないし平民のヒバナを、見出だしてくれた人やのに… 助けに行こうともしなかったし…
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