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「盗賊ギルドとひよっこシーフ・前編」

 ここはセアシェル大陸・・・、この大きな大陸には4つの大国が存在する。

今もなお神話の息吹きを感じさせるこの世界では、妖精や伝説上の魔物が実際に存在しているのだ。

だがしかし他と違うところ・・・、それは魔物に人間のような感情を持つ知性をもったものが現れたということだろう。

ほんの少し前ならば魔物といえば人間に害を為すだけの危険な存在であったが、近年では魔物の中にも自然の摂理の元に生態系に

深く関わりを持った重要性を持つものがいると判明したのである。

それに伴って、この大陸にはそんな魔物を保護するという団体が組織された。

人間に危害を加えない限り、その存在を守り救済・保護する団体・・・それがモンスターズ・ボランティアという組織である。

それを作ったのはまだ若干14歳の少女・・・。

黒髪、黒目で肌は象牙のように真っ白で、か細い体には宮廷魔術師すら凌ぐ魔力を秘めていた。

ほぼ全ての魔法を習得し、その知識も人並み外れている。

『黒髪の君』という異名を持つその少女の評判はすこぶる悪く、ある時は『黒い悪魔』、またある時は『銭ゲバ』、『混沌の申し子』、『金の亡者』などなど、実に様々な二つ名を・・・。


「ちょっと待ちなさいよっ!!

 世界観説明から何いつの間に他人の悪口に転換されてんのよっ!!しかも全部あたしの悪口じゃない!!」


「ユーリ・・・、頼むからプロローグに文句を言うのはやめてくれ・・・。」


文句を言った少女、この少女こそ冒頭で説明した銭ゲ・・・いや、この物語の主人公であるユーリ・エルロンその人だ。

そしてそんなユーリへのツッコミ担当である青年こそ、ユーリの下僕第一号にして純血のエルフのフィレミアム・カルテットである。


「ちょっと待て!!

 誰が下僕第一号だっ!!しかも別にツッコミを担当した覚えなど一度もないぞっっ!!」


「だからもうやめなってば・・・、話が進まないじゃん。」


 そんな二人は今、ある使命を抱いてこのラルヴァという町に辿り着いた。

前回二人は偶然にも妖精の村が襲撃される場面に出くわして、そこで唯一妖精でたった一人の生存者だった男の頼みを聞き入れたのである。

妖精が死ぬ間際に告げたこと・・・、それは村を襲撃した犯人が連れ去った娘を救い出して欲しいという最期の頼みだった。

ユーリ達はその言葉を聞き入れて、彼らを埋葬すると・・・すぐさま妖精の娘を追った。

村を襲撃した犯人を取り押さえることには成功したが、肝心の娘だけは・・・犯人達を裏切ったルファという名の女性が連れ去った後だったのだ。

二人はルファを追うべく、確かな情報を元にこのラルヴァへと到着したのである。


 ラルヴァ・・・、そこは各国を行き来する街道の中心に位置する町であり数々の冒険者や行商人、観光者などが必ず立ち寄ると言われる流通の拠点となっている場所となっている。

様々な店が軒を連ねて立ち並ぶ中、冒険者ギルド、盗賊ギルドなど・・・人の数が多い程、それだけ怪しい店やギルドが存在する。

ユーリは、ひとまず盗賊ギルドに顔を出すことにした。


「おい・・・、一般人が盗賊ギルドに入れるわけがないだろう!?」


フィルの心配を他所に、ユーリは相変わらずの不敵な笑みを浮かべて豪語する。


「ふっ・・・、このあたしを誰だと思ってるの!?」


どこからそんな自信が出てくるのか・・・、フィルは「そんなの知らん」という顔でユーリの言葉をスルーした。

盗賊ギルド・・・、名前からして盗賊団の巣窟と思われるが盗賊ギルドだけは正式に国から認められた組織なのだ。

国から依頼が来ることも多く、その活動は主に探索から発掘と・・・内容は様々である。

特殊な技能を有し、その技術面の高さから冒険者ギルドとはまた違った信頼度を持っている。

しかし危険で極秘とされる任務が多い為、その守秘義務は相当堅く、一般人にはギルドに入るどころか見つけることすら困難だ。

ユーリは町に到着するや否や、いきなり人気の少ない通りへとどんどん入って行く。

盗賊ギルドという位なのだから、やはり人目につきにくい場所にあるのだろうかとフィルは推測した。

次第に道端に倒れている酔っ払いや、野良猫がうろつくだけの通りに出て・・・ユーリは回りの建物に気を配って歩く。

ここは大通りにある歓楽街の裏道になっていた、そしてユーリはこの町で一番大きなカジノの裏口で足を止める。


「ユーリ、ここはカジノだぞ!?

 カジノに用があるんだったら、なぜ正面から入らないんだ。」


ユーリは回りに誰もいないことを確認してから、フィルに耳打ちするような小声で教えてやった。


「フィルってばさぁ、結構世間知らずだったりする!?

 ヤバイもん程、目立つところに隠すモンなのよ!!盗賊ギルドに侵入したがる連中や、犯罪の依頼をしたがる連中は

 たくさんいるからね、そんなやつらから身を隠す為に盗賊ギルドはあちこちに拠点を移動させるのよ。」


「つまり・・・、今盗賊ギルドが拠点としている場所がこのカジノというわけなのか!?

 そんな情報、どこで得るんだ・・・。」


呆れた顔で、フィルが聞く。


「これも他言無用だかんね!?

 昔盗賊ギルドに恩を売ったことがあってね、VIP扱いを受けてんのよ。

 だから拠点が変更される毎に、逐一あたしのところまで情報が流れるような仕組みにしてもらってんの。

 あ・・・、その方法はさすがに教えられないから。」


「・・・別に知りたくもない。」


つくづくこの女は何でもアリだな・・・と、フィルは呆れた顔のままユーリについて行く。

裏口のドアを3回、1回、3回というリズムでノックすると、ドアに付いている細長い覗き窓が開いてそこから男の両目が現れて

ユーリの姿を確認する。


「何の用だ!?」


ドスの聞いた声で、質問される。

ユーリは慣れているのか、元々怖いもの知らずなのか、全く臆せず堂々とぺったんこの胸を張りながら答える。


「ピザの配達に来ました〜〜!!」


・・・フィルは倒れるように、前のめりに突っ伏した。

するとドアが開き、男がユーリを迎え入れるように招いた。

ユーリはそのまま何事もなかったかのように建物の中へ入って行く、倒れこんだままのフィルの姿に不審な眼差しを向けた男がユーリに向き直って指をさす。


「あ、それは大丈夫!あたしの連れだから。」


『それ』・・・って!!

しかしそんなフィルに、もはやツッコミを入れる気力が残っていないせいか、よろよろと起き上がると力が抜けた状態のまま男の前を通り過ぎて行く。

中へ入って行くと、そこは厨房になっていてコックさん達がものすごい勢いで料理を作っている真っ最中だった。

どこからどう見てもただの厨房・・・、どこにも盗賊ギルドを思わせるようなものは何ひとつない。

疑いの眼差しのままユーリに黙ってついていく・・・、しかしそれよりも一番気になるのはフィルの後ろをさっきの大男がいかつい

目線を向けたまま一緒について来ることだった。

フィルはちらちらと後ろを気にしながら、なぜだか肩身の狭い思いをしながら歩いて行く。

厨房から更に裏手の方へ進んで行くと狭い通路を進んで行き、倉庫のような所に出てくる。


「ユーリさん、少々お待ちを。」


低い声でそう言うと、男は倉庫の中にある木箱やら荷物やらをどかしていく。

一体何をしているのかフィルが黙って見ていたら、ユーリが退屈そうに説明した。


「この倉庫に地下へ続く階段が隠されてんのよ。

 ほら・・・、長い間使われていないように見える倉庫なのに荷物をどかしても埃ひとつたたないでしょ!?

 客やギルドメンバーが来る度にこうやって移動を繰り返しているからね。

 見た感じただの倉庫を装っていないと、侵入者を騙せないからこうゆう仕組みにしてるんだけど・・・。

 ねぇ、埃くらいは仕込んだ方がいいんじゃないかしら!?

 勘の鋭いヤツだと、この部屋が定期的に整備されてるって気付かれるから、この方法見直した方がいいわよ!?」


荷物をどかしながら、男が素直に返事をした。

外見上は力自慢の大男に見えるのに、やけに態度は従順なヤツだと・・・フィルが男に対して情けない・・・と思った。

しかしその理由は、この後すぐに理解することになる。

大男が荷物をどかし終えて、ユーリ達に向かって一言「どうぞ」と言って道を譲る。


「御苦労さん。」


ユーリはそう言って、現れた地下へと続く階段を下りて行った。

フィルもその後をついていく、こつこつと中へ進んで行くと次第にランプの灯りで明るくなっていき・・・中の様子が分かって来る。

そこは何かの事務所のようになっていて、机には秘書らしき女性が笑顔で出迎える。

回りには装飾品や、発掘で見つけた宝物なのか・・・色んなものが飾られていた。


「これはユーリ様、今回はどういったご用件で?」


メガネをかけた美人秘書がユーリに会釈すると、用件を聞いてきた。


「悪いけどギルド長にアポ取ってくれないかしら?

 しばらくこの町に滞在するけど、出来るだけ早くにお願いするわ。」


そう告げると秘書は眉根を寄せて、ギルド長のスケジュールが書かれていると思われる手帳を素早くめくって調べる。

1分も経たない内に秘書はアポを取り付けた。


「では、今から12分後に面会出来るように手配いたします。

 それまで・・・ユーリ様さえよろしければ、こちらでご自由におくつろぎください。

 それでは私は失礼いたします。」


そう言って深々と頭を下げると、奥の扉の向こうへと消えて行った。

ユーリは部屋の隅にあったソファに座って、言われた通りにくつろぎだす。


「ユーリ・・・、ギルド長とはそんな簡単に面会出来るもんなのか!?」


ソファの背もたれに思いきりもたれながら、ユーリは殆どのけぞる形でフィルの続け様の質問に答える。


「普通なら早くて一週間後とかになるわね〜〜。 

 しかも予約も取らず突然の訪問の場合だと・・・、20日から一か月はザラなんじゃない!?」


「お前・・・、どんだけの恩を売ってるんだ・・・。」


なんだか頭が痛くなってきた。

ユーリのこういうところを見て、つくづく思う。

自分はついて行く人間を間違えたかもしれないと・・・。


適当にソファで時間を潰していた二人だが、12分という時間はあっという間に過ぎていた。

奥の方からこてこての成金趣味のような固太りの男が、どしどしと足音を立てながらこちらに向かってくる。

そんな男に向かってユーリは片手を振って挨拶する・・・、ものすごく適当に。

しかし成金男はそんな態度など全く気にしていない様子で、ユーリの姿を確認するなりニカッと金歯を見せて微笑んだ。


「おお、本当にユーリじゃねぇか!随分久しぶりなんじゃねぇのか!?

 3年前のリヴァヴィウス鉱石発掘以来か・・・、あん時はお前の魔術と知識とハッタリに助けられたもんだ。

 ん・・・?

 なんだ・・・、お前も遂に男をはべらせるようになったのか・・!?」


葉巻を吹かしながらフィルの存在に気付くギルドマスターに、ユーリは満面の笑みを浮かべながら気さくに全面否定した。

ソファから立ち上がると、ユーリは早速本題に入る。


「そんなことよりさ、ギルドマスターに依頼があって来たんだけど聞いてくれる?」


葉巻を肺活量最大で吸い込むと、そのままユーリがいる方向とは正反対の方に顔を向けて思い切り吐き出すと再び笑顔になる。


「お前の方から頼み言なんて珍しいじゃねぇか・・・、今度は一体どんな問題抱えてやがるんだ?」


ユーリはくだんの精霊襲撃事件について、かいつまんで説明した。

というのも、ギルドマスター程の人間ならばその程度の情報は既に耳に入っているものだろうと見透かしてのことだった。

案の定事件に関して殆ど知り尽くしている様子だった為、話は早い。


「・・・で、そのルファって女の居所が知りたいってわけだな?

 さっき闇オークションのリストを調べてみたが、妖精の娘っていう商品はなかったな・・・。

 だとしたらその妖精をまだ手元に持っているか・・・、あるいは既に殺して捨てているかのどっちか・・・だが。」


ユーリは手で口元を押さえながら考え込むと、後者の可能性を否定した。


「多分手元にまだ持っている可能性の方が高いわね・・・。

 もし最初から殺すつもりでいたのなら、大きな危険を冒してまで妖精を連れて逃亡するなんて考えにくいわ。

 殺すつもりがないか・・・、何か特別な恨みを持っているのか・・・。」


「わかった、とにかく闇オークションの方には新たに商品が入荷されていないか随時チェックしておく。

 お前達は今日のところは宿に泊まってけ、男に扮装した赤い髪のハンターなら相当目立つからな。

 部下にこの町を徹底的に洗わせる、この町から出て行く人間も厳重に見張っておくから安心しておけ。」


面会時間終了なのか、ギルドマスターはそれだけ言うと踵を返して奥の方に戻ろうとしていた。

ユーリはまだ用事があるのか、ギルドマスターを呼び止めるとある人物の紹介を依頼する。


「あ・・・っ、ねぇ!!

 探し物ならシルヴァ・アトラスに依頼するのが早いと思うんだけどさ・・・、彼って今いないの!?」


シルヴァ・アトラスという名を耳にした途端、ギルドマスターの表情が曇る。

大きく溜め息をつくと、振り向き様に一言漏らしただけだった。


「・・・奴なら消えた。

 今まで派手に仕事をやらかしてきたからな、今じゃすっかり賞金首にされちまって逃亡中だよ。

 奴の所在を掴もうにも・・・シルヴァは盗賊ギルドの中でも最高の盗賊だ、見つけるのは至難の業だろうなぁ。

 そのルファって女を見つけるよりも骨が折れるさ、・・・だからシルヴァのことは諦めな。」


伸ばした手をがっくりと落とすと、ユーリはすぐに諦めた様子だった。

そのままユーリも踵を返して盗賊ギルドの事務所から出て行こうとした、・・・その時だった。


「じゃんじゃかじゃん、じゃんじゃ〜じゃん、じゃんじゃかじゃんじゃーーん・・・。」


どこからか奇妙な歌が聞こえてくる・・・。

とても胡散臭く、怪しさ満開で、どこか気が抜けるような・・・そんな間抜けな歌が。

フィルは辺りを見回すが気配を完全に消しているせいか、自分達以外の存在を見つけられないでいた。


「なんだ・・・、どこから聞こえるっ!?」


きょろきょろと律儀にも歌声の主を探そうとするフィルに対し、ユーリは呆れた表情でその行動を遮った。


「やめときなさいよフィル、今の歌声聞いたでしょ?

 馬鹿のすることにいちいち構っていたら人生無駄にするわよ、ほら・・・さっさと宿に行ってチェックインして来る!!」


「オレの役目っ!?」


「お〜〜〜い、せっかくの登場シーンを無視しないでもらえるかなマドモアゼ〜〜〜ルっ!?」


若い男の声が聞こえて、ギルドマスターは呆れた顔で声を荒らげた。


「その声はラークか!

 ふざけてないでさっさと仕事に行って来い!」


ギルドマスターの怒声にラークという男は観念したのか、事務所の天井にぶら下がっている大きなシャンデリアから飛び降りて来て

見事な着地を披露した。

金髪のおさげに真っ赤なバンダナ、緑を基調としたラフな格好をしており腰にはダガーを2本装備している。

顔は幼く、まだ15歳かそこらであろう。

ラークという少年はにっこりと紳士的な笑みを浮かべながらユーリの目の前にひざまずき、右手を取ってそっとキスした。

そんな挨拶のされ方に慣れていないせいか、ユーリはキスされた途端に全身に走った寒気で顔が引きつっている。

ゆっくりと立ち上がると、ラークは頼んでもいないのに何の前触れもなく勝手に自己紹介をしてきた。


「初めまして美しいレディ、オレの名前はラーク。

 この盗賊ギルドの期待の新人として名を馳せる予定の、そんな凄腕シーフなんだぜ・・・!?

 君さえ良ければこのジェントルマン・シーフなオレが・・・、君の願いを叶えてあげても・・・。」


「パスっ!!」


すぐさましゃ・・・っと片手を上げて断りの合図を送ると、ユーリはそのまま素早く踵を返して出て行く姿勢を取った。

思ってもいない態度を取られて慌てるラークは、ユーリを追いかけようと手を伸ばしかけるが・・・その手は残念にもギルドマスターにつかまってしまう。

びくっと振り向いたラークの目には、ひくひくと恥をかかされた顔のギルドマスターが映っていた。


「ラーク・・・、お前はウチの上客相手にフザけたことしてんじゃねぇ!!

 さっさとメルズ遺跡に行ってお宝でも探して来いって言ってんだ!!」


だがしかし、ラークは意地になって命令に背くような・・・反抗的な眼差しに変わると真っ向から反発した。


「おやっさん!!

 オレはあのシルヴァ・アトラスの息子なんだ、そんなケチな盗賊に成り下がるのなんてまっぴらごめんなんだよっ!!

 一流のシーフは遺跡を荒らしたりなんかしない・・・、依頼人の願いを叶える為にどんな難題にも立ち向かって行くもんなんだ!

 オレは・・・そんな親父みたいな・・・、立派なシーフになりたいんだよっ!!」


「ばっっっかもーーーん!!」


ギルドマスターの喝が飛んだかと思ったら、大きな宝石のあしらわれた指輪をたくさんはめている手で思い切りゲンコツされた。

腕の力による威力よりも、硬い宝石が見事頭を直撃してブシャーーーッと大量に出血する。

脳天に食らった衝撃によりその場に突っ伏して・・・目の前に立ちはだかるギルドマスターを、貧血状態のラークが見上げる。


「お・・・っ、おやっさん・・・!?」


「ラーク・・・、シーフってモンはな・・・。

 結局のところは単なる盗賊でしかねぇんだよ、上も下もありゃしねぇ・・・。

 お前の親父だってな・・・その仕事ぶりが目立ち過ぎて、敵をたくさん作っちまった結果・・・こんなことになったんだよ。

 わからねぇのか・・・!?

 盗賊ってもんはそれだけ危険な仕事を生業としてるんだ・・・、お前みたいなひよっこがシーフのなんたるかを語ってんじゃねぇ!

 ワシは逃亡する前のシルヴァからお前のことを任された・・・、だからワシにはお前を立派に育てる義務があんだよ。

 お前がシーフになりたいって言うからこのギルドに入れてやった・・・、だがそれはお前を死地に送る為なんかじゃねぇ!!

 しっかり下積みして・・・シーフとしての力を十分に育成する為だ、その為にお前には簡単な任務からこなすように言ってある。

 ・・・悪いことは言わん、ユーリの依頼だけは死んでも受けるな!!」


「ちょっと・・・、断ってんのはこっちなんだけど!?」


背後で実にクサイ小芝居が繰り広げられているのはわかっていたが、どうしても聞き捨てならない台詞が耳に入ってしまい思わず

つっこんでしまうユーリだった。

うんうんと感慨深く頷くフィルはともかく、ユーリはすっかり気分を害された。


「まぁ・・・あたしが世間でどう言われてるのかなんて今更追及する気はさらさらないんだけどさ、そこまで言われちゃさすがの

 あたしでも黙ってらんないわ。

 今は特に命の危険に関わるような展開には陥っていないから、そこにいるひよっこシーフ・・・。

 このあたしが使ってやろうじゃない、・・・勿論正式な依頼ってわけじゃないからノーギャラになるけど構わないかしら?」


ユーリの申し出にラークの瞳はキラキラと輝いているが、ユーリの後ろでフィルが慌てて・・・沈黙したまま首を大きく左右に振って注意を促していた。

願ってもない展開にラークは、頭からドクドクと流血したまま立ち上がってギルドマスターの許可を求める。


「おやっさん、いいだろっ!?

 メルズ遺跡の探索は単なる新米シーフの試練ってだけだから、時間的に急いでるわけじゃないし。

 彼女にオレの実力を認めさせることが出来れば、おやっさんも認めてくれるんだろ!?」


ギルドマスターの表情は困惑していた、無理もない・・・。

眉間にシワを寄せながら考え込むが事務所の奥の方から、次の予定が迫っていることを知らせに来た美人秘書が現れて遂に考える時間がなくなってしまった。


「・・・ワシはこれから談合に行かねばならん。

 そうだな・・・、可愛い子には旅をさせろとも言うし・・・。

 わかったわかった好きにしろ! 

 ただしユーリ・・・、ラークはまだガキなんだ・・・命の保証はしてくれるんだろうな!?」


にっこりと嘘笑いを浮かべると、ユーリは左手の親指を突き立てて了解サインを送った。

いまいち信用に欠ける・・・というような疑わしい顔になりながらも、美人秘書に促されるままギルドマスターは了解せざるを得なかった。


「それじゃラークよ、せいぜい頑張れよ。

 お前が納得するまで旅をしたら・・・いつでも戻って来い、だが戻って来るにはメルズ遺跡のお宝を持って来てからだ。

 それじゃあな。」


「・・・ありがとう、おやっさん!!」


深く深くギルドマスターに頭を下げると、額をつたっていた出血が床にぼたぼたぁーっと滴り落ちて行った。

美人秘書に連れられ、ギルドマスターは誰にも聞こえない程度の小声で・・・独り言を呟いた。


「・・・若い内の苦労は金を出してでもしろって言うが、どうやら金をはたかなくても殺人的苦労を体験できそうだな・・・。」


「・・・・・・?」


うっすらと美人秘書の耳に届いたようだが、余計なことを口にしないのが有能な秘書だった。

事務所のホールから姿が見えなくなって・・・遂に3人だけが残されてしまう。

ラークは出血多量で足元がフラついていたが自覚がないのか、へらへらと能天気な笑みを浮かべながらユーリに礼を言った。


「ありがとう美しい人、君のおかげでこの辛気臭いギルドからほんの少しだけ解放されたよ!

 でも今言ったことは本当のことだからね、オレは立派なシーフになる為に全力投球で頑張るからさ!!」


そう言って握手を求めたが、差し出された手を白い目で見つめながら・・・ユーリは握手に応じないまま事務所を出ようとする。


「ラーク・・・だっけ?

 自主的にあたしの所に来た勇気だけは褒めてあげるけど、勘違いしないでよね。

 あんたは丁稚奉公でっちぼうこうとしてあたしの元に来たことになってるんだから、『仲間』とは少し扱いが違うのよ?」


展開の流れに戸惑ったラークは、頭の中に?マークがたくさん浮かんでいた。


「・・・え、あれ?そうだっけ・・・?

 確か君の方がオレを仲間に入れてくれるって話じゃなかった・・・?」


くるっと勢いよく振り向いたユーリは、びしぃっと指を差して思い切り訂正した。


「ちっがぁーーう!!

 あたしはあんたを仲間にするなんて一言も言ってないわよ!?

 あたしはあんたを使ってやるって言ったの、しかもノーギャラで!!オッケー?

 つまりあんたはこのフィルに続く下僕第2号になったってことなのよ、おわかりかしら?」


どくどくと・・・、頭の出血がラークの思考を鈍らせる。

不憫に思ったフィルがラークの肩を優しくぽんっと叩いて、憐れに満ちた表情で現状を説明してやった。


「お前はまんまとユーリにはめられたんだよ・・・。

 確かさっき・・・、盗賊ギルドの中で一流のシーフと言われたシルヴァ何とかってヤツの息子だって言ってたよな・・・!?

 お前はそこに目を付けられてしまったんだ、しかもノーギャラで。」


笑顔がひきつる・・・。

勿論、出血多量のせいだけではない・・・。


「さぁ〜〜、妖精を取り戻したらしばらくの間は資金稼ぎの為に遺跡を荒らしまくるわよぉ〜〜!!」


ゴーサインを元気よく発したユーリとは裏腹に、ラークはそのまま出血多量でぶっ倒れてしまった。

だからやめとけって言ったのに・・・という表情でフィルは、倒れたラークを伏し目がちに見下ろしている。



親父・・・、オレ・・・、立派なシー・・・フに・・・っ!!



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