「妖精狩りと魔物嫌い・後編」
妖精の娘をさらった鷹派の連中を追ってザピスの町へやってきたユーリ一行。
ユーリ達は妖精の娘を無事に取り戻すことができるのか!?
ザピスの町、そこは旅人や行商人が誰もが一度は立ち寄る流通の通り道として少しは
栄えた町だった。
なぜなら、この先にあるラルヴァの町に向かう為の道が2種類あるからだ。
1つは、通常のこのザピスの町を経由してラルヴァへ向かうルート。
ラルヴァの町は商業に発展した町で、旅人や行商人が多く目指す町となるので、
その通行にザピスの町を経由し、ここで旅に必要な道具や食糧、疲れを癒す宿に泊まったり
する者が多いのだ。
もう1つは、サフィレスの森を通るルート。
こちらはザピスの森を経由するよりずっと短期間でラルヴァに辿り着けるのだが、この道を
選択する者は少ない。
なぜならこの森では磁石が効かず、迷いやすいからである。
それにこの森には昔から妖精が住むと言われていて、人々の間では妖精の魔法によって
迷わされる・・・と言われる程なのだ。
自分勝手な理由で、無謀にもこちらのルートを取る旅人も・・・たまにいたりする。
しかしその無謀な選択を取った旅人によって、ある暴虐な行為が明るみに出た。
サフィレスの森にあるという妖精の村が、何者かの手によって滅ぼされていたのだ。
それは攻撃魔法による爆発により、村は壊滅・・・生き残りも最後の一人の遺言を遺し
この世を去ってしまった。
彼らを看取り、埋葬した無謀な旅人・・・。
一人は黒髪のショートヘアで、透けるような白い肌をした黒い瞳の少女。
ユーリ・エルロンと名乗る少女は、破戒僧であり魔物を保護・救済する組織の創設者だ。
年齢は若干14歳で、魔物に関する絶対的な知識を持っており、当時わずか10歳の時に
「水の神官国・フォースフォロス」で白魔術を修得するも更なる知識を求める余り黒魔術
に手を出したことにより追放されてしまう。
その後は魔物保護のボランティア活動を主として、このセアシェル大陸を渡り歩いている。
もう一人はユーリのパートナーで、金髪のロングストレート、尖った耳が特徴のエルフ。
フィレミアム・カルテットは、最愛の妹を亡くした時に妹が夢見た「魔物と人間の共存」を
実現させるべく、ユーリと行動を共にすることになった。
精霊を使役する魔法と剣技と方向音痴を得意とし、状態異常耐性が人間以上に高い。
そんな二人は今、ようやくザピスの町に辿り着いた・・・。
自分達が最期を看取った妖精の、最期の頼みである攫われた娘を救うべくこの町に来ていた。
ユーリの推測では、妖精の娘を攫ったのはユーリ達魔物保護とは全く逆の・・・魔物を忌み嫌い
この世から排除しようと残虐非道を繰り返す強硬派・・・、鷹派の連中と踏んだのだ。
ユーリ達は、まず旅の常識・・・酒場で情報収集することとなった。
その酒場の地下に・・・、現在鷹派の連中が旅の拠点としていることも知らず・・・。
酒場に入っていくと、そこは相変わらず酒やたばこの臭いであふれていた。
まだ昼間だというのに酒場では、全員がグラスやジョッキに酒を注いで飲み干していた。
ユーリ達が入ったら酒場にいた連中の半分以上が、ギロリとこちらを睨んできた。
酒場では色んなドラマがある・・・。
親の仇を探す者、あこぎな商売で客寄せ目的に立ち寄る者、魔物討伐の任務で立ち寄る者、
中には宿敵同士だったり商売敵だったり・・・、色々な事情を抱えた者がこの酒場には
たくさんいた。
しかし、ただ酒場に入っただけでここまで睨まれるのは滅多にないことだ。
全員ユーリを見て人相を変えていた。
この世界では(セアシェル大陸だけかもしれないが・・・)、女性は髪を切ってはならなかった。
切っても必ず肩より長く伸ばさなければいけないというのが常識だった。
しかしユーリは、右側だけは肩に近い位の長さがあるが・・・そこ以外は完全なショートだった。
髪をショートにする女性は女性とはみなされない・・・、つまり異端に近い行為なのだ。
ここでは女性が髪を切る行為には、特別な意味を示していた。
それは、髪を肩以上に短くすることで自分はすでに女を捨てた・・・という意味。
そして、一生結婚することがない・・・尼僧の戒律に近い意味もあった。
ユーリはこういう視線で見られることに不快感を感じるどころか、完全に無視をしていた。
慣れているのだろうか・・・?と、フィルは思ったがそれとは少し違っていた。
むしろ、器の小さい輩に用はない・・・という見下した態度から出たものだと思った。
睨んで来ても、別に絡んでくる様子もない・・・。
フィルは少し怪訝になりながら、ユーリの後をついて行った。
ユーリはカウンターにいるマスターに話しかける。
「ねぇマスター、ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
ユーリがカウンターに寄りかかってマスターを見ると、マスターの顔色が少しこわばる。
「これはこれは・・・、まさかこの町に『黒髪の君』が現れるとは思いませんでした・・・。
何せこの町はラルヴァ程、大きなギルドがなければ闇市場もない・・・ごく普通の宿場町
ですからね・・・。
貴女の悪名・・・あまねく轟いておりますよ・・・。」
そう言うと、畏怖を込めた眼差しでグラスにルートヴィアを注ぐと、そっとユーリに出した。
ユーリはグラスを手に取るが、口は付けずにジッとマスターを見ているだけだった。
「そう、それなら話が早いわね。
あたしのことを知っているというのなら、あたしの質問には素直に答えた方がこの町の為だって
ことを忘れないでちょうだい。」
ニヤリと脅しをかけたその笑顔には、さすがのフィルも背筋が凍る。
しかしフィルの場合は、このマスターが知るユーリの恐ろしさとは全く別のものだった。
この数日間の旅の中で、フィルは散々ユーリのワガママや暴力や暴言に悩まされていた。
それが走馬灯のように思い出されたからなのである。
フィルはそもそも、ユーリが『黒髪の君』と呼ばれていることも悪名のことも知らなかった。
ひとつだけユーリが他と違っていると感じていたこと・・・、それは冒頭にも説明したように
短髪の少女を見たのは初めてだったのと・・・、このセアシェル大陸で黒髪の人間を見たのは
生まれて初めてだったからだ。
それ程、黒髪・黒い瞳をした人間は稀だった。
フィルのことは全く目に入っていないユーリは、マスターに質問を投げかけた。
「実はあたし達ここに来る前にサフィレスの森にいたんだけどさ・・・、情報通のマスターの
ことだから最後まで言わなくてもわかると思うけど、妖精の村が壊滅されてたのを目撃した
のよねぇ〜・・・。
そこで最後の生き残りだった妖精の話では、あるモノが盗まれたって聞いたんだけど・・・
何か知らないかしら?」
ユーリは『妖精の娘』と言わなかった。
何か考えあってのことだとは思うが、確かにここでは人の目や耳があり過ぎる。
あった出来事をそのまま全て吐露するのはあまり利口ではないと、フィルも納得した。
マスターはユーリから視線を逸らして質問に答える。
「ええ、確かについさっき入った情報ですね。
さすがは『黒髪の君』でいらっしゃる・・・、まさか滅ぼしたのは貴女・・・というワケじゃ
ありませんよねぇ・・・?
魔物の保護を目的としている貴女に限って・・・。」
そうマスターが言うと、酒場にいた殆どの連中が一斉に大声で大爆笑した。
「魔物の保護だとぉっ!?
はっ、本気でそんなことしてるヤツなんざ初めて見たぜ!!」
「頭がイカれちまったんじゃねぇのか!?魔物なんか百害あって一理なしだぜ!!」
回りから浴びせられる悪口雑言の数々・・・、いつものユーリなら口で叩きのめしているところだ。
・・・しかし、ユーリの顔には笑顔が保たれていた。
「マスター?質問の答えになってないわよ?」
「そうでしたね・・・申し訳ありません。
私の情報に寄れば、サフィレスの森が何者かの魔法によって吹き飛ばされた・・・というのは
聞いていますが、妖精の村だというのは初耳です。
先ほど国の兵士たちが状況確認と事態の収拾に駆けつけているところです。
盗まれたモノについては・・・、存じません。」
ふ〜ん・・・と言って、ユーリは酒場を見渡した。
じろじろと嫌な視線でこちらを見てくる男連中は放っておいて・・・、何かを探すように目ざとく
ユーリは視線を配った。
そして、ふぅっと溜息をつくや否やユーリは「それじゃ」とルートヴィアの代金を支払って酒場から
出ていこうとした・・・、が。
「おうおう姉ちゃん、帰るのが随分と早いじゃねぇか・・・。
俺達とちょっと遊んでいけよ・・・、楽しいぜ。」
・・・と、筋肉の固まりの大男がユーリの行く手をさえぎる。
ユーリは見上げると、面倒臭そうな態度で大男の横を通り過ぎようとする。
しかし大男は行かせなかった。
「無視するこたねぇだろ・・・、クソアマが・・・この俺様がかわいがってやるって言ってんだ。
ちったぁサービスでもしろや!」
そう言うと、ユーリの腕を無理矢理掴もうと手を伸ばしてきた・・・、しかしその手を止めたのは
フィルの細腕だった。
大男の腕がそこで止まる、ぷるぷると腕が震えて、苦痛に表情がゆがむ。
「い・・・っででででっ!!は・・・っ放しやがれ・・・この野郎がっ!!」
そう言われ、フィルはぱっと手を放すと大男はあまりの激痛に掴まれた腕を逆の手でさすった。
しゃがみこんだ大男に向かってユーリが不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「このあたしに逆らうってことは、この下僕第1号君を敵に回すってこと・・・忘れないでね。」
「誰が下僕第1号だ・・・!!てゆうか今後も増やす予定かっ!?」
聞き捨てならないフィルがユーリに反論、が勿論言いくるめられてしまう。
酒場を再び出ていこうとしたその時、ユーリはふっと・・・扉の端に何かを見つけた。
しゃがみ込んで左手の手袋を取って、スーッと扉の端に付いているものを人差し指でふき取った。
じっとよく見ると、何かキラキラとした粉のようなものが付いているのが肉眼で確認できた。
「なんだ・・・?」と聞くフィル。
「鱗粉よ・・・。」
「鱗粉って・・・、蝶や蛾の羽についてる粉のようなものか?なんでそんな所に落ちてるんだ?」
「さぁ〜、なんでかしらね?」と、あからさまにマスターに聞こえるようなワザとらしい大声で
そう言い放つと、ユーリはそれ以上マスターを突っ込むこともなく、酒場を出て行った。
ユーリの行動に、マスターの額に汗が滲み出る。
呼吸を荒くしながら、マスターは酒場の奥にある個室に3回ノックすると中から男の返事が聞こえた。
「ここはもうダメだ・・・、さっさと勘定払って出て行ってくれ・・・!!
これ以上はかばいきれん!!」
怯え・・・焦りの混じったマスターの声を不審に思ったか、中にいた男がドアを開けて顔を出す。
この戦士風の男は鷹派の一味の一人であった。
「なんだ一体・・・、どうしたっていうんだよ!?」男は言う。
「さっきここにあの『黒髪の君』が来た・・・、明らかにお前達を探していたぞ・・・っ!!
悪いことは言わん・・・、盗んだモノをとっとと返してずらかるんだな・・・。
あの女に目をつけられたらもう、生きてこの町から出ることかなわんぞ・・・っ!!」
大袈裟な・・・とでも言いたげに、男は中にいるリーダーらしき男に告げる。
するとリーダーの男の目つきが変わった。
「あのバカな組織を立ち上げた女がこの町に来ている・・・だと!?
上等だ・・・、今こそ粛清の時だ・・・!!
全員武器を持ってついてこい!!馬鹿な理想を掲げた愚か者を狩りに行くぞ!!」
そう言うと、中から返事は返ってこなかった。
「どうしたっ!?返事が聞こえないぞ!!
ラルハルム!?」
ラルハルムと呼ばれた魔術師の男は顔面蒼白になり、持っていた杖をガクガクと震わせている。
「ラルハルムっ!!?」
「コウエン・・・、そいつだけはヤバイ・・・。ダメなんだよ・・・っ!!」
震える声でラルハルムが告げる。
「たかがガキ一匹だ、何を怯える必要があるんだよっ!?」と、これは戦士風の男。
「お前・・・何も知らないのかゲラルク!?
『黒髪の君』の悪名を知らないのか!?『金の亡者』というのは一般的な悪名だがな・・・。
その本性は世にも恐ろしい・・・っ!!
2年前の大事件位、お前も耳にしたことはあるだろう、砂漠の大国ブレイズで起こった
ドラゴンロードの話を・・・!!
あの大陸の英雄王マッシュですら手こずったドラゴンロードを、世界で唯一倒したといわれる
伝説の女魔術師・・・っ!!俺達黒魔術師ですら扱いが難しい古代語魔法をいとも簡単に
マスターし、その魔力は宮廷魔術師の域を超えているとすら云われている・・・!!!」
興奮したラルハルムが更に続ける・・・、流れ出た冷や汗でローブはぐっしょり濡れていた。
「魔物保護とは仮の姿さ・・・、ヤツは魔物と言葉を交わし従わせている魔族だという噂だ!!
その証拠があの黒髪・・・っ!!このセアシェル大陸で黒髪を持つ意味は『破壊の女神』を表す。
この世界を混沌に陥れた伝説の破壊の女神エルバ・カーティスの転生した姿だと云われているんだ!!
だからあの女が修学していたフォースフォロスにある魔術学校の最高峰『セストラル』を追放させ
られたんだ・・・っ、フォースフォロス出身の魔術師の間じゃ有名な話だ・・・。」
そう一気にしゃべると、喉が渇いたのか、自分を落ち着かせる為か・・・酒の残ったグラスを飲み干した。
ゲラルク・・・と呼ばれた戦士風の男が、半信半疑で口をはさむ。
「でも、お前の話・・・全部噂話の領域じゃねぇか・・・。」
しかし鷹派のリーダー、コウエンは頭ごなしに疑ったりはしなかった。
「確かにラルハルムの言葉は少々オーバーに聞こえるが、それ程恐れることもない。」
「なんでだ・・・っ、あんたはあの女の魔力を知らないからそんなことが言えるんだ・・・っ!!」
「オレの聞いた話では、そいつは今・・・女を捨てたそうじゃないか・・・。
つまり・・・、髪を短く、バッサリと切り落とした・・・そういうことだ・・・。」
ニヤリと含み笑いを浮かべるコウエンに、意味がわからないとでも言いたげな表情でゲラルクが首を傾げる。
しかしコウエンの言葉の意味を察したのか、ラルハルムはハッとなる。
「そうか・・・、髪は魔力の源・・・。
元来・・・魔力の源は、長く伸ばした髪に宿るといわれている・・・!!」
「しかし今のヤツは、・・・短髪だ。」
ラルハルムの言葉の続きをコウエンが引き継いだ。
「・・・納得したなら、さっさと武器を持ってついてくるんだ・・・。」
男達は武器を取り、個室を出て行った。
彼らのやり取りを部屋の隅で聞いていたルファは、無表情に弓矢を手にするとコウエンに従った。
一方ユーリ達は買い物をしていた。
値切りするユーリの姿に、さすがに苛立ちを覚えたのかフィルが我慢しきれずユーリを怒鳴る。
「おい何ノンキに買い物なんてしているんだ!!妖精の件を忘れたのか!?
早くしないと奴ら、次の町に向かってしまうぞ!!」
イライラするフィルを他所に、ユーリは薬草や毒消し草など旅の必需品を補充していた。
「わかってるわよ、そう焦らなくたって向こうの方からやって来るんだから・・・慌てないの!!」
「・・・どういう意味だ!?」
緑色に鈍く光る鉱石を手に取って眺めながらユーリが答える。
「さっきも言ったでしょうが、あの酒場のマスターは鷹派の連中とグルなのよ。
あたし達が酒場を出て行った時には、もうあいつらにあたし達のことを知らせているわ。」
「だったらなおさら・・・っ!!」
「だから〜大丈夫なんだってば!!鷹派の連中の目的はこのセアシェル大陸に存在する全ての魔物の
せん滅を目的とした団体なのよ。
そんな連中が、魔物保護を目的としたあたし達がこの町に来たことを知ったらどうすると思う?」
「・・・あ!」
「そう、あいつら確実に相反する思想を持った敵を倒しに、血気盛んにやってくることでしょうね。」
余裕そのもののユーリを見て、フィルはめまいがした。
「それじゃオレ達がヤバイっていう意味なんじゃないのか・・・?
相手は一人や二人じゃないんだろう!?しかもサフィレスの森をあそこまで破壊する魔術師がいる
ってことなら、相当にヤバイ連中を相手にすることになるんだ・・・。」
「ま、ここで戦闘になれば・・・確実に無関係の一般市民まで巻き添え被ること
この上ないでしょうね。」
「お前・・・っ、本気でそんなこと言ってるのか・・・!?」
突然フィルの脳裏に、さっきの酒場でのマスターの言葉が甦ってきた。
ユーリは先ほど手にしていた緑色の鉱石を5個程購入すると、バッグに大事にしまい込んで立ち上がる。
「・・・来たわね。」
ユーリの言葉に、・・・え?と振り返ると後ろにはショートソードを構えた男、戦士風の男は斧を・・・。
そして後方には杖を構えた魔術師風の男が身構えていた。
周囲が彼らの武装した姿を見て、悲鳴を上げながら家に、店に、避難しようと散り散りになっていった。
ユーリが買い物をしていた露天商の男も、オロオロと慌てながらすぐに店をたたんで逃げて行った。
ショートソードを構えた男が開口一番物騒なことを言い出した。
「よう、お嬢さん。
悪いが死んでもらうぜ?」
「んなこと言われて、OK〜・・・とでも言うと思ってんの?」
腰に手を当てて仁王立ちするユーリは、ひるむことなく男に向かって言い放った。
そして呪文の詠唱に入ろうと身構える・・・が。
「おっと、呪文の詠唱はさせないぜ!?
お前達からはわからないだろうが、こっちには魔術師の他に遠距離攻撃を得意とした弓使いがこの町
のどこかでお前達を狙っている・・・。
妙なマネをすると、お前達めがけて矢が飛んで来るぜ・・・。」
ユーリの表情から笑顔が消える。
フィルも身構えるが、武器に手をやるとどこから矢が飛んで来るかわからないので、柄に手をやること
すら出来ない・・・。
「そうそう、そうやってお前達は何も出来ずに俺達に殺されりゃいいんだよっ!!」
そう言って斧を持った戦士が、ユーリ達めがけて斧を振りかざしてくる。
その一瞬、ユーリが叫ぶ・・・。弓をどこかから構えている人間にも聞こえるように。
「あんた達は自分達の理想を追い求める余り、大きな間違いを犯していることに気付いていない
みたいねっ!!」
そう叫ぶと、戦士は少し意表を突かれて斧を持った手が止まる。
「どういう意味だ・・・?」と、メンバーの頭らしき男がショートソードの刃先を下に傾けて問う。
「あんた達は魔物討伐という名目で、各地で魔物を惨殺してきた・・・。
中には人間に対して全く無害な魔物に対しても・・・、同じように抹殺してきた。違う?」
ユーリの言葉に男は、へっ・・・と笑うと素直に答えた。
「魔物はみんなこの世界には必要のない害虫だ。
オレ達はこの世界を綺麗にするために、争いのない平和な世界にするために戦ってるんだよ!!」
男の言葉に、ユーリの表情に微かに嫌悪感の入り混じった感情が表れ、眉間にシワを寄せる。
しかし相手の挑発に乗らないよう、あえて男のセリフの内容には触れないように努めた。
「熱心なこと・・・、でもね。今回だけはマズかったわね。」
挑発に乗ってこないユーリに、男は「なんだと?」と聞く。
「あんた達の目的は魔物のせん滅なんでしょ?でも今回あんた達がやった行為はただの虐殺行為よ。
この大陸全土で統一された法律に記されてる内容によると、妖精はね・・・『魔物』の部類には
当てはまらないのよ!?
だから悪魔に分類される妖精以外の、森の妖精なんかは数が少なくなってきたために希少保護動物
に指定されていて、むしろ人間の手に触れてはならない生物のランクに入っているわけ!!
それを侵したらどうなるか・・・、無期懲役ならまだしも・・・、最悪極刑ってことになるわね。」
それを聞いた連中の顔に、少し焦りが滲んだ。
「デタラメを言うな!!」苦し紛れに叫ぶ戦士・・・。
「そもそも魔物討伐には条件があってね、人間に実害を与えた場合以外、魔物には関与しないように
法律が改定されているのよっ!?
人間に実害を与えて、凶暴かつ今後の被害も予想され、その生態や種類、色々な審査を通って初めて
正式に魔物討伐の認可が決定されるわけ・・・。
それもせずにただやみくもに、見かける魔物を次から次へと殺していけば、ただの殺戮者よ!!」
ユーリの迫力ある理論に、誰一人として反論できずにいた。
加えてユーリが続ける。
「国の兵士がサフィレスの森の状況確認に行ったのはガセネタじゃなかったようね。
今頃、妖精の村を襲撃した犯人を突き止める作業に入ってる頃だと思うけど・・・?」
「・・・くっ!!!」
男が周囲に目を配る・・・、町に兵士がいないかどうか探ったのだ。
「・・・妖精の娘をさらったでしょ?
売り飛ばすつもりかどうか知らないけど、大人しく渡しなさい。
だったら、あんた達のことは見逃してやってもいいわよ?」
ユーリの意外な言葉にフィルが激怒する。
「何を言っているユーリ!!こんなヤツらにチャンスを与える必要はどこにもないだろう!!」
「渡すの?渡さないの!?」
ユーリの詰問に、男たちは戸惑っている。
「もうダメだ・・・、国から指名手配されたらオレ達・・・行き場がなくなる!!
あんな妖精、もうどうでもいいだろっ!?オレはもうたくさんだ・・・っ!!」
魔術師の男、ラルハルムが弱腰になって降参を促す。
「よくわかんねぇけど・・・、全大陸指名手配の悪人にされたらオレ、母ちゃんに合わせる顔が
なくなっちまう・・・。」すっかり覇気の抜けた戦士、ゲラルクが肩を落とす。
二人の士気が完全に下がったのを見て、リーダーの男、コウエンは苦虫を噛み潰した顔になる。
「ちっ・・・、仕方ねぇ・・・。
ルファに合図を送れ・・・、妖精をあいつらにくれてやるって・・・。」
コウエンがそう言うと、ラルハルムが右手に持った杖を振り上げて、左右に2回空を書いた。
恐らくそれが合図なのだろう・・・と、ユーリは満足そうに微笑んだ・・・がフィルは不満そうだった。
だがしかし、5分待ってもそのルファという者が現れる気配がしない・・・。
不審に思ったユーリは「どういうこと!?」と詰め寄る。
コウエンはもう一度合図を送るように指示すると、ラルハルムがさっきと同じように空を書いた。
しかしそれでも誰かが現れる気配が一切なかった。
「まさかあいつ・・・、オレ達を裏切ったんじゃないだろうな・・・っ!?」
そう勘繰ったコウエンは、ゲラルクにルファを連れてくるように命令するとドスドスと走って行った。
ユーリにイライラや不満が次第に募っていく。
しばらくしてゲラルクが困った表情で戻ってきた・・・、勿論誰もつれずに・・・。
「どうだった!?」とコウエンが聞く・・・、ユーリは見ればわかるだろう!と、顔をピクピク痙攣させた。
「ルファが配置してた場所にこんなものが置いてあった・・・。」
息を切らしながらそう言うと、コウエンに一枚のメモを渡した。
それを声に出して読むコウエン。
「お前達の勝手極まりない無秩序なやり方には嫌気がさした。
オレはオレのやり方で魔物を狩る、お前達とはここでお別れだ・・・。
それとこの妖精だが、お前達の手元にあれば殺しかねない。こいつはオレがもらっていく・・・だとぉ!?」
ルファという者の裏切り行為により、妖精まで奪われてしまったコウエン達。
「あのクソアマがっ!!最後の最後で裏切りやがった!!」
「どうするんだコウエン・・・!!妖精がいなけりゃ・・・っ!!」と、最後まで言いかけて殺気に気付く。
嫌な汗が背筋をつつーっと流れ落ちる・・・。
ゆっくりと振り返ると・・・そこには、もはやどこで自分達を狙っているかわからない弓使いに怯えることなく
正々堂々とぶちのめす準備が出来たユーリと、レイピアを構えたフィルの姿があった・・・!!
「あの時に行った『見逃す』という言葉の意味はこういうことだったのか!?」と、フィル。
「ええ、妖精は任意で鱗粉を放つことができる上に、補助魔法を得意とする種族・・・。
鱗粉で自分の居場所を示すことができるし、密接した距離ならば補助魔法で相手の人間を眠らせたり
麻痺させたりすることも可能なわけよ・・・、でもあいつらにそんな気配はどこにもなかった。
ということは、魔法を封じる籠か何かに入れられてる可能性が高いってわけ。
その籠を今持ってないとしたら、あたし達を遠くから狙っている弓矢使いが持ってるかもしれないってこと。
こっちが優位であることを示して、妖精を渡せば見逃すって言って、向こうがそれに従ったなら
こっちのもんよ。
妖精を連れて来てくれるどころか、同時に見えない遠距離攻撃にビクビクすることもなくなるってね!!」
ユーリの思惑にまんまとハメられたコウエン達は、それがどうしたと言わんばかりに武器を構える。
・・・が。
「遅い・・・っ!!」
フィルが風のようにレイピアを振りかざし、武器ががちゃんっと地面に落ちる。
慌てて魔法の詠唱に入るラルハルムだが、ユーリの詠唱速度に全く敵わなかった。
ユーリは敵を麻痺させる補助魔法を唱えて、3人共金縛りにあったように地面に倒れ伏せ、ピクピクと
全身を痙攣させている。
顔には、仲間に裏切られた悔しさと、ユーリにしてやられた怒りが入り混じっていた。
しばらくすると、国の兵士が住民の通報で駆けつけてユーリ達に武器を構える。
状況を説明したユーリは、そのまま鷹派の連中を兵士に引き渡して報奨金をもらった。
「・・って、え?・・・報奨金?」フィルがユーリを凝視する。
「言ったでしょ?妖精の村を襲撃した時点で彼らは犯罪者になったって。
犯罪者は即刻ブラックリストに載せられて懸賞金がかけられるんだけど、今回はリストが作られる前に
捕縛できたから、その報奨金・・・。」
もらって当然という悠然とした態度で、ユーリは言い放つ。
「まさかこれも計算ずく・・・ってワケじゃないだろうな・・・!?」
「妖精を取り戻せなかったんだから、計算通りってわけにはいかなかったわね・・・。」
そう愚痴ると、ユーリはこれからどうしたものかと頭を悩ませた・・・。
すると、野次馬の人混みの中から酒場のマスターがこちらに視線を送るのが見えた。
ユーリは含んだ表情をすると、マスターに従って歩いて行った。
「ラルヴァへ向かったって!?」
酒場の奥の一室で、酒場のマスターはユーリ達に情報を流した。
「はい、赤髪のショートヘアをしたルファと呼ばれていた弓矢使い・・・。
魔物に深い憎しみを持って鷹派に加わったようです、彼女がカウンターで飲んでいた際、うわ言のように
『ラルヴァ』と、何度も呟いていました・・・。
それ以上は・・・、うわ言だったのでハッキリとは聞き取れませんでしたが・・・。」
ひそひそと、まるで誰にも聞かれないようにしているマスターの態度は明らかにおかしかった。
「なぜそのことをオレ達に教える・・・!?何か企んでいるのか!?」
「いえ・・・滅相もない!!私はただ・・・お二人の旅の手助けになれるならと・・・!!」
手を左右に振って、慌てて否定する姿がますますもって怪しかった。
しかしユーリはすでに、マスターの本心を見抜いていた。
「わかったわ、その情報料として・・・、あんたが鷹派をかくまっていたこと・・・兵士達には黙っていて
あげる。」
そう言うと、「さすが『黒髪の君』は話がわかる」とおだてて今日の酒代はおごりだと言い残すと
カウンターへと戻って行った。
「なんか腑に落ちん・・・!」と、歯がゆそうにするフィルに対し・・・。
「世の中ってのはこういうモンよ、自分だけがかわいいの!」と言って、ルートヴィアを一気に飲み干す。
「さ、妖精の娘とやらを取り戻す為にラルヴァへ急ぐわよっ!!」
「・・・なんか、こんなやる気満々なユーリは初めて見た気がするな・・・。」と、フィルがぼやく。
「な〜に言ってんの!?
あたしはいつだってやる気満々よ!?」
勢いよく立ちあがり、ユーリ達は次の町へと目指すことになった。
鷹派の連中を裏切ったルファという人物についての情報はあまり多くないが、一応は揃っている。
赤髪、弓使い、魔物を心底憎んでいる、そして妖精を連れてラルヴァへ向かっているということ。
ザピスで得た収入で、更に旅に必要な備品や食糧を買い込むと、ユーリ達は早々とザピスの町を
後にした・・・。
ようやく鷹派との決着がつきました。
妖精は取り戻せませんでしたが・・・。ユーリの過去がほんの少し明かされた今回。これからも出来るだけ読者の方にわかりやすくできるように執筆頑張ります・・!!