「妖精狩りと魔物嫌い・中編」
森の中で迷子になったと思いきや、突然の爆発で大惨事に出くわすユーリとフィル。
駆けつけるとそこには、滅ぼされた妖精の村と、瀕死の重傷を負った妖精が横たわっていた・・・!!
金色の長髪をたなびかせて、男は走る。
森の中・・・、先刻までは静寂に包まれていた森が一瞬にして黒と赤に染まっていく・・・。
赤い炎がチラチラと木々に引火していると思えば、奥の方から真っ黒い黒煙が立ちこめており熱風と共に、男の行く手をさえぎる。
ただの山火事などではなかった・・・、大きな爆音と共に森が一瞬振動したかと思うと
爆心地と思われる場所から黒煙が舞い上がっていたのである。
「ユーリ!!無茶するんじゃない!!
これはただの山火事なんかじゃないんだ、爆発を起こした犯人がまだうろついているかも
しれないんだぞ・・・っ!!・・・ユーリ!!」
金髪のエルフ・・・フィルが、必死にユーリと呼ばれる連れを追いかけながら回りに注意を払う。
爆発の中心地に犯人がいるはずがない、それだと自身も巻き込まれるからだ・・・。
爆心地から一定の範囲内にまだ犯人がいるのかもしれない・・・。
森にこれだけの威力がある「攻撃魔法」を放ったのだ・・・、ただの人間でないことだけは
確かだった。
・・・と、一瞬空気が変わった。
さっきまで肌がジリジリする程の熱風があったが、一瞬空気がユーリの向かった方向に
吸い込まれるようにサァーーッと流れていってしまい、熱が冷めていったのである。
すると突然水分を含んだ霧状の空気が、吸い込まれていった方向を中心にブワッと弾けた
ように突風となって、周囲の温度を一気に急降下させた。
木々や枝葉に燃え移っていた炎は、先ほどの水分を含んだ突風にさらされたおかげで完全と
まではいかないが、くすぶる程度に鎮火した。
周囲が湿った空気で蒸していく中、木々の間から黒髪をした少女、ユーリが立っているのが確認できた。
すぐさま駆け出し、・・・そして今のこの現状をフィルは、愕然と見渡した。
「これは・・・っ!」
恐らくここが爆発の中心地であったのだろう・・・。
辺り一面焦土と化していたが、ところどころ「ここ」にあった物の残骸が目に入った。
小さく、確認しづらかったが「ここ」には確かに何かの生活の跡が・・・かすかに残っていた。
木の枝で作られていたであろう家・・・。
そしてあちこちには小さな何かが転がっていた。
よく見るとそれには羽根が生えており、どれも完全に焦げているか・・・半端に焼けた為に
重度の火傷の跡で皮膚が焼けただれている・・・妖精の死骸だった・・・。
「うっ・・・!!」
自分の足元に「何」が転がっているのか、ようやくハッキリと目で確認したフィルは焼け焦げた
臭いの中に、生き物が焼けた異臭が混じっていることに気付き・・・吐き気をもよおす。
「ユーリ・・・っ。」
ユーリは呆然としているのか・・・何かを探しているのか・・・、ずっと下をうつむいたままだった。
フィルがすぐ側まで近付いて・・・、ようやく口を開いた。
「・・・森が完全に炎で包まれる前に、水の魔法で辺り一面を吹き飛ばしたんだけど・・・。
爆心地に・・・、妖精の村があったこの場所まで来た時には・・・もう、手遅れだったわ・・・。」
「・・・そうか。」
それを聞いたフィルは、何と声をかけたら良いかわからず・・・ただ小さく返事をした。
すると、少し先でカタン・・・と物音がした。
「!!」
二人とも物音に敏感に反応すると、すぐさま駆けつけた。
生き残りがいるのかもしれない・・・!
そんな希望を持って走り寄ると・・・、そこには小さな妖精が・・・外見上、人間でいえば
40代後半位だろうか・・・少し老けた妖精が全身大火傷で必死に自分の上に乗っかっている
木の枝をどかせようともがいていた。
フィルは急いでその細い木の枝を片手で掴んだ瞬間、ジュッと手の平が焼ける嫌な音がした。
「・・・くっ!!」
それでも構わず掴んで木の枝を放り投げると、妖精の男を手で拾い上げたらいいものか・・・、
どうしたらいいのかわからず、指でそっと触れながら「しっかりしろ、大丈夫か!?」と声をかけた。
介抱に困るフィルを見て、ユーリは「どいて」と言うとすかさず「回復魔法」を妖精に施す。
ユーリの手の平からまばゆい光が優しく立ちこめ、その光は妖精を優しく抱きこむように包んだ。
回復魔法が徐々に効いてきているのか、男はゆっくりと目を開けるとユーリ達を見て声を出した。
「たの・・・む・・・。」
体の小さい妖精だ・・・、その声も耳をすぐ側まで近付けないと聞き取れなかった。
ユーリは魔法をかけるのに手一杯だった為、フィルの大きく尖った耳を妖精に近付けようとした。
・・・が、ユーリの方をチラリと見ると目で合図され、暗黙に悟ってフィルはそっと妖精を
手の平に包んだ。
こうすれば地面に横たわらせたままよりは、耳を近づけることによって魔法の邪魔にならずに
済んだからだ。
「たのむ・・・、娘だけ・・・はっ。
娘の命・・・だけは・・・っ、助けてやって・・・くれ・・・。」
息絶え絶えな男の願いに、フィルはもっと詳しく聞くため妖精を見て囁いた。
「その娘というのはどこにいる!?
安心しろ、俺達はたまたまここを通りがかった旅人だ、お前達を襲った輩などではない!!」
「あたし達は生物保護のボランティアをしているの!!
安心して話してちょうだい、その娘さんを必ず助けてあげるから・・・、だから今どこにいるの!?」
ユーリは魔法に集中しながら、出来るだけ妖精の男が安心できるように優しく声をかけた。
フィルに対する態度とは雲泥の差がある・・・(あり過ぎるといってもいい・・・)
ちなみに「魔物保護」ではなく「生物保護」と言ったのは、妖精は厳密に言えば「魔物」の分類には
入らず、しかも妖精のそのほとんどが自分達を「魔物」呼ばわりすることを極端に嫌っていた。
余計なことを口走り、ただでさえ瀕死の状態を更に悪化させることはない・・・と判断したためだ。
「娘は・・・っ、鷹・・・派に・・・・・・。」
そう言い残すと・・・妖精の男はフィルの手の平でそっと・・・、静かに息を引き取った・・・。
「ただの回復魔法じゃ・・・、全身80%以上の火傷を完全に治療することが出来なかった
みたいね・・・。」
まるで他人事のようなセリフだったが、ユーリの表情は明らかに苦渋で満ちていた。
回復魔法を扱えるのに、癒し、復活させることができない・・・という無力さ・・・。
それをまざまざと痛感しているのは、他の誰でもない・・・、ユーリなのだ。
それがよくわかっているからこそ、フィルもあえてそれ以上は何も言わなかった。
「あたしに神聖魔法が使えたら・・・、救えたかもしれなかったのに・・・っ。」
あまりにか細い囁きだったので、フィルにも最後の言葉は聞き取れなかった。
フィルは妖精の亡骸をそっと地面に置くと、途方もなくユーリに訊ねた。
「どうするんだ・・・。
ここで亡くなった妖精は20体やそこらじゃないぞ・・・、全部埋葬するには時間がかなり
かかってしまう。
その間にも、この妖精の娘ってやつを助け出さなけりゃならない・・・」
しばらく考え込むと、ユーリは深いため息をついて提案した。
「埋葬はきちんとしなきゃ・・・。
多分それ程時間はかからないはずよ、この村はざっと見てそれ程大きくないみたいだし。
それに埋葬した後でも、妖精の娘は・・・多分そう遠くへは行ってないわ。」
「どういう意味だ?」
「この妖精はさっき{鷹派}って言ってた・・・。
鷹派っていうのは、魔物討伐を生業・・・いいえ粛清と称して残虐な行為を繰り返す連中の
ことを言っていたのよ・・・恐らくね。
{娘の命だけは・・・}{娘は、鷹派に・・・}っていう言葉から察するに、この妖精の娘だけ
連れ去られたっていう可能性があるわね。
その娘だけ連れ去られたってことは、殺す以外の価値を見出したか、売り飛ばす気にでもなった
のか・・・、その目的まではわからないけれど・・・とにかく奴らの現在の居場所だけなら
とっくに見当がついてるわ。」
ユーリの意外な答えに驚くフィル。
亡くなった妖精が最期に遺した言葉の中に、これだけの意味が込められていたこともそうだが、
その推理力とでもいうべきか・・・、時々ユーリの頭の中はどうなっているのだろう・・・と
思う時がある。
しかし今はそんなことに感心している場合ではない、フィルは言葉の続きを急かした。
「何か心当たりがあるのならば早く言え、俺達には時間がないことに変わりはないのだろう!?」
「ザピスの町よ。」
「は・・・?お前が経由するのを拒んだ町のことか?」
「ラルヴァまでの道程に、ザピスを経由するのが面倒だったのもあるけどね・・・。
本当は今ザピスの町は鷹派の連中が旅の拠点にしているってのを、情報屋から聞いてたのよ。
活動内容からいってあたし達と鷹派の連中は相容れない存在同士なわけじゃない?
いちいちもめるのも面倒だったから、この森を突っ切るっていう無謀を選択したって・・・。」
「やっぱり無謀覚悟でこの森突っ切るつもりだったのか!!」
ユーリの本音を聞いて、途端に激昂するフィル。
この森に入る前から嫌な予感がしており、入るのを拒んでいた張本人だからだ。
「今はンな些細なことで論議している場合じゃないでしょ!!
さっきも言ったように今のあたし達に残されてる時間は数少ないってことを忘れないで!!」
・・・と、さっきの失言を忘れさせようとしているような言い回しに多少の疑念を抱きながら、
反論はしなかった。
時間がないっていうのは本当だからだ。
爆発の高温で燃え尽きた妖精がほとんどだったためか、14〜5体程の焼け焦げた妖精の
遺体を集めてきて、ユーリ達は恭しく妖精達の亡骸を埋葬した。
「妖精」という位だから何か特別な埋葬方法でもあるのかと思いきや、至って人間の時と大差なかった。
埋葬が済むと、ユーリはわき目も振らず森の出口へと突き進んでいった。
ついさっきまで森で迷子になった人間とは思えない早足だった。
ユーリいわく、妖精の村があった場所が目印となり、現在地と森の出口への方角を確認できたらしい。
目的地は急きょ、ザピスへと変わり歩を進める。
ユーリだけではなくフィル自身にも、言い知れぬ緊張が徐々に増していた。
妖精の森をあそこまで徹底的に破壊してしまう程の、鷹派の連中・・・。
フィルは一度もその存在すら知らなかったことなので、想像するしかできなかったが・・・この先の
展開の予想は大体ついていた。
妖精の娘を取り戻すには、間違いなく鷹派の連中とまみえることになるはずだ。
場合によっては戦闘になるのかもしれない・・・。
魔物相手ではなく、人間相手と殺し合うことにもなりかねない。
そういった緊張が、ザピスの町が見えてくるに従って・・・鼓動が高鳴っていくのがイヤでもわかった。
暗く、少し陰気な宿屋の地下室にロウソクの火だけを灯して男達が酒を酌み交わす。
戦士風の筋肉質な男に、陰険な目つきをした黒魔術師風の男、部屋の隅でムスッとしながら
腕組みをして壁にもたれかかっている、中性的で男とも女とも判別しにくい人物・・・そして
この中の、恐らくはメンバーの中心である野心的な顔つきをした男が・・・笑いながら酒を飲む。
「今回はたっぷり仕事をやりきったって感じだなぁ、おい!!」戦士風の男が言う。
「この俺の魔術にかかればどんな森も一瞬で消し炭さ・・・」と、自慢しながら黒魔術師が笑う。
「全部粛清してやってもよかったんだがなぁ・・・。
そろそろ金が底をつく頃だ・・・、これだけ若い妖精なら結構な値で売れるはずだぜ。」
野心的な男が鳥かごを左右に乱暴に振りながら、指を中に突っ込もうとした。
・・・途端、鳥かごの中から怒声と同時に思わぬ攻撃を食らう。
「いってぇ・・・、この野郎がっ!!生意気なゴミ虫がっ!!逆らうんじゃねぇ!!」
怒鳴ると鳥かごを壁に向かって思い切り投げ飛ばした。
「あっ・・・!!」
鳥かごの中から苦痛の悲鳴が聞こえた。
その悲鳴を聞いて、誰か哀れに思って駆け寄るのかと思いきや下品な笑い声が部屋中に響き渡った。
「いっちょ前に痛がってんのかぁ!?がはははははっっ!!」
「おい、傷だけはつけるんじゃねぇぜ。高く売れなくなっちまう。」
大声で笑う3人を他所に、中性的な人物が鳥かごを拾い上げると酒樽の上に置きなおした。
「ルファ、そんな虫は放っといてお前も飲めよ。」
「オレは酒は飲まない。・・・空気が悪いから外の空気でも吸ってくる・・・。」
言うと、上へと続く階段を上りかけて振り向きざま釘をさす。
「それからその妖精・・・ぞんざいに扱うんじゃねぇよ。
傷があったり、不健康だったりするとそれだけで値が落ちるんだ・・・気をつけろ。」
それだけ忠告するとさっさと上へあがって行った。
扉がバタンと完全に閉まると、さっきまでの笑いがかすれていった。
「へっ、あいつも生意気さに磨きがかかってきたんじゃねぇのか!?」
「女の癖しやがって男の真似ごとなんざ・・・。でもまぁ、確かに役には立ってるがね。」
酒をちびりと飲むと、魔術師の男が渋りながらつぶやく。
「そう言うな、女であろうと生意気であろうと・・・我々と志を同じくする者なんだ。
必要以上に仲良くしろとは言わないが、チームワークは乱すんじゃない。」
野心的な男がなだめるように言う。
「あいつは心底魔物を憎んでやまない・・・。
魔物に最愛の家族を殺されて・・・全ての魔物をぶっ殺そうとしてるんだ。
立派な同志じゃないか・・・。」
そう言うと、男達は再びジョッキに酒を溢れる程つぎたすと、それを一気に飲み干した。
宿屋の2階にあるテラスまで来た「ルファ」と呼ばれた中性的な顔をした人物・・・女性は
テラスに寄りかかって、遠くの森を眺めていた。
遠くの森・・・、妖精の村があったサフィレスの森を・・・。
その目には、悲しみと憎しみが入り混じった感情しか映っていなかった。
ゆっくりと両目を閉じて・・・、そしてまたゆっくりと両目を開く。
その目には、・・・悲しみと後悔が映し出されていた。
「父さん・・・、オレ・・・。
・・・あたし、間違ってなんかいないよね・・・。」
一言そう呟くと・・・、ルファはそのままテラスにあった椅子に腰をおろして・・・テーブルに
顔をうずめた。
前後編のつもりが、終われませんでした・・・。
どうしても読んでくださる方にわかりやすく表現しようと思ったら文章が長くなってしまいまして・・・。
次回こを第2話完結のつもりで、執筆頑張ります。
わざわざ読んでくださった方、よろしければ次回も読んでくださるととても嬉しいです。よろしくお願いいたします。