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「金髪エルフと精霊石」

これは私が高校生の時に考案して発表する機会のなかった長編小説「MOLOCHモレク」の前座的なお話です。本編とは違ってギャグ中心です。この前座なくしてユーリの性格破綻を語りつくせないので、どうぞ読んでみてください。そして感想や評価してもらえると幸いです。よろしくお願いいたします。

 ここはセアシェル大陸……。

 色々な種族が懸命に今を生きている、そんな時代のそんな場所。

 普通のRPG的な世界ならモンスターは人間の宿敵……のはずなのだが、この物語はそんな一般的なものじゃない。

 確かに数年前位なら、それがごく自然で当たり前の事だったのだが、現在では状況が一変している……。

 なんと、モンスターにも人間と同じ「心」が芽生え始めたのだ!

 そんな状況に気付く者……、知ったとしても今までと変わらない態度を取る者……様々いるが、中でも代表的な活動をしている人間がいた……。

 この物語はそんな人間たちとモンスターとの心の触れ合いを描いた感動ストーリーなのだ……。(一部……、いや、八割がた欺瞞あり……)



 セアシェル大陸の西部に位置するコロレオネという、ごく普通の町……はずれ。

 普段ではあまり人が入り込まない様な所から、誰かの叫び声がこだまする。


「待てぇーっ、モンスターめー!!」


 ……どうやら、モンスターを追うハンターか何かのようだ。

 しかし、何かが妙である。

 叫び声の正体は、十三歳位の少年に、まだ年端もいかぬ少女が一人。


「はぁ、はぁ……、ちっきしょう!! やっぱ眠ってる間にやられちまったみたいだ……、全然気配すらない!」


 悔しがりながら少年がぼやく。


「ひっく、えぐ……。ぢゃあ、もうみつかんないの!?」


「なっ、泣くなよ……しょうがないじゃないか。もう姿もないんだから……!!」


「うえええええええっ!!」


「ああもう!! とりあえず町に帰ろう!! もしかしたら父ちゃんが手伝ってくれるかもしんない……(たぶん)」


 そう言うと、二人は仕方がないという面持ちで町へと帰っていった。



 コロレオネの町……。

 農業が一般的に行われているこの町では、訪れる旅人も少ないせいか宿屋が一軒しかない。

 町を代表する遺跡や珍しいモンスターや、伝説に残るような高価なアイテムも存在しない町に訪れる人は少ない。

 言うなれば、静かに人生を生きたいという人にはうってつけの、のどかな町……という所である。

 しかし、そんな町に珍しく一人の女僧侶が足を踏み入れた。

 きょときょとと辺りを見渡し、今日泊まる宿を探す。


「このご時世に、こんな平和な町があったなんて……あたしもこんな町で生まれたかったなぁ!」


 少し大きな場所、おそらくこの町の中心の広場か何かであろう所へやって来た時、子供の叫びが辺りを響かせる。


「本当に本当なんだもん!! おばあちゃんの形見の精霊石を盗られちゃったんだもん!!」


 中央の噴水の端で、親子らしき人物が何か言い争っている(……って言ったらちょっと大袈裟かな)


「だから! 一体どんな人に精霊石を盗られちゃったって言うの!?」


 母親らしき人物の問いかけに、先程の十三歳の少年と幼い少女は口を揃えてこう言った。


「ウサギみたいに耳の長い人!」


 二人の証言をリアルに想像する母親は、……想像力貧困であった。


「そんな人間が、この辺りにいるわけないでしょ!! 今日はもういいから、手ぇ洗って夕飯を食べなさい!!」


 そう言い残すと、母親らしき人物はスタスタと(おそらく家に)行ってしまった。

 その光景を思い切り目の当たりにした黒髪の僧侶風の少女は、二人に話しかけた。


「ねぇ、その精霊石……このお姉ちゃんが取り返してきてあげよっか!?」


 含みのある邪悪な笑みが、二人の幼い兄妹に忍び寄る。


 冒頭文にあった人気のない森……。

 二人の子供に精霊石を取り返す……などと大見栄切った僧侶風の少女が、一人歩いて行く。


――つか、大見栄なんかじゃないっての!! 全く……、どうやら自己紹介が必要のようね……、いいわ。名乗ってあげる!!

 あたしの名前はユーリ、ユーリ・エルロンよ。モンスターの救命・介護するボランティア活動をしている、この世界でも第一人者の『モンスターズ・ボランティア』とは、このあたしのことなのよっ!!


 はいはい……。

 というわけで、どうやらこのユーリには精霊石を奪った犯人に何か心当たりがあるようだが……?


――何シカトぶっこいてんのよ、今さり気にスルーしたでしょ……!?

 ……まぁ、いいわ。確かに、あの二人の証言に嘘はないわ。

 あの母親は、コロレオネの町が見向きされない位目立たない町だってことに理解があったから可能性を否定してたけど……、「ウサギのように耳の長い人」ってゆうのは、おそらくエルフ関係の者……。

 それが普通のエルフか、とても邪悪なダークエルフかどっちかはまだわかんないけど・・・恐らく前者の方だと思う。

 あの子たちの話の中には(あたしが話しかけた後、詳しく事情を聞いたから知ってるのよ!)、眠ってる間に盗まれたと言ってたわ。もしこれがダークエルフの仕業ならば、わざわざ眠りの呪文を使わなくても二人を殺して奪えば済むもの……(過激……?)でも眠りの呪文を使ったってことは、傷つける気なんてなかったっていうことになる。つまり、余計な争い事には首を突っ込まない前者のエルフの仕業になるわけね、分かった!?


 それがわかったとしても、そのエルフをどうやって見つけるか……だけど?


――ふっ、エルフが精霊石を奪ったってことは何か目的があるのよ。あたしの推測では、精霊石を何かの理由で必要としているか、ただのコレクターか……。

 どちらにしてもしばらくは精霊石を奪うことを繰り返すでしょうね……。

 となれば、こちらも精霊石をダシにしておびき出せばいいのよ。


 でも、精霊石を1個だけ必要としていたら(この時点でコレクター説否定前提)もう奪おうとはしないかも……?


――ふっふっふっ……、こういう問題には、回りの状況や第3者の態度を注意深く観察する事も必要になるのよ。

 あの母親は精霊石が奪われたというのに(ましてやおばあちゃんの形見)、すぐ諦めさせたでしょ?

 あの態度からして、盗られたっていう精霊石……多分ニセモノね。

 この世界で精霊石っていったら、そりゃもう高価なんてモンじゃないわ。

 精霊石は、身につける者の生命を守護する役割を第一として効力を発揮する代物。

 命を何者かに狙われている人物や、常に危険と隣り合わせの仕事をしている者達にとっては、喉から手が出る程の価値があるのよ。そんな物をすぐに諦めさせると思う?

  

 でもでも、実は子供達には心配かけないようにと、後で父親か誰かが取り返しに行くということは? ……必死で。


――多分、それも否定ね。さっきも言ったように、この町は平凡過ぎる程平凡な町……。

 つまり、この町の人全員が他所から誰かが移り住む……なんて考えないわ。

 来るとしたら、平和な余生を過ごす為に訪れる年金暮らしの普通の人間位……、あんな突飛な特徴をした人物がわざわざこの町にいる……なんて思ったりもしないでしょうね。

 ようするに、そんな突飛な特徴をした人物が出るのなら、その噂を聞きつけて観光客の一人位増えてもいいはず。

 しかし、そんな気配もしないのならイコール……そんな突飛な特徴の人物なんて始めからいない……。

 子供達が精霊石を失くした言い逃れの為の嘘……とでも母親は思ったのよ。


 なるほど……、あの母親はこの町周辺に人間以外の存在がいるなんて有り得ない事だと分かっていたからこそ、あの一瞬で「ウサギのように耳の長い人」の存在までも否定したんですねぇ……。

 わかりました……、それではどうぞ物語に戻ってください。


――そっちも状況説明、よろしくね!!



 話戻って森の中を突き進むユーリは、足を止めた。

 ……何かいる。そしてユーリは、子供達の話を思い出した。

 エルフは、眠りの魔法を使って精霊石を奪う……。

 恐らくこの気配はエルフのものと推定して、すかさず魔法反射の呪文の詠唱をする。

 その瞬間、どこからともなく呪文の名を叫んだ者が攻撃してきた!


「スリープ!!」


それに反応したユーリは、素早く呪文の名を叫ぶ!!


「アンチマジック!!」


 ユーリが放った魔法は、寸分の狂いもなく相手の魔法を跳ね返した。


「ぐわっ!!」


 ザザザザザザザザザッッ。


 自分が放った魔法がまさか跳ね返されるとは露とも思わず、まともに食らった為、短い悲鳴を上げると木の上に隠れていたのか……、真下へと落ちて行った。


 長い金色の髪……、その髪で見え隠れする長く尖った耳……、正真正銘エルフに間違いはない。

 ユーリの勘は当たった……と同時に、なぜか少し動揺していた。エルフはそこらのモンスターとは違って、剣技は上位クラス……魔法もそこそこ使えるというかなりの実力を持つ。そんなエルフ相手に、女の……しかもただの僧侶であるユーリでは歯が立たない。更に付け加えるとエルフの魔法防御力はかなりあって、補助魔法(眠りや毒など)はあまり効果がないのだ!

 勿論力で適うわけはないし……、ユーリは正体を見破っても倒す方法にまでは考えがなかったようだ。

 しかしあの子供たちの精霊石が偽物とはいえ「取り返す」と約束したからには、何とかして取り返さなければならない!! 

 エルフが商談の通じる相手かどうかはわからないが、とりあえず話し合いを持ちかけようとした。


「ねぇ、ちょっと話を聞いてくれないかしら!? 悪いようにはしないわ、約束する……」

 

 ユーリは両手を上に挙げて降参の合図を示した。エルフは少しためらったが、ユーリの態度で覚悟を決めたのか、話し合いに応じた。


「話とは、一体何の話だ!?」


 話し合いに応じてくれたという安心感で、ユーリは思わず微笑む。


「まずは自己紹介ね、あたしの名前はユーリ。あてのない旅をしている一介の破戒僧よ……。ここへはたまたま訪れただけで……危害なんか加える気ないわ」


 ……大ウソだった。


「……あなたの名前も教えてくれる?」


ユーリをジッと観察して……、それから答える。


「……フィレミアム、他の奴らはフィルと呼ぶ」


「そう、フィルね……。早速だけど、あたしがついさっき知り合った友達がエルフらしき人物に精霊石を奪われたって言ってたんだけど……。何か心当たりはないかしら!? 何か知ってたら教えてほしいんだけど……」


 ユーリの回りくどい問いかけに感づいたのか、フィルは鼻でフンッと笑った。


「心当たり!? お前は犯人が俺だと知っててこの森に入り込んだんじゃないのか?」


 小さな溜息をもらすと、話を続けるユーリ。


「真犯人にしか今の質問の回りくどさには気付かない……、やっぱりあんたが精霊石泥棒なのね。なぜそんなことを?」


 フィルは少し間を置いてから話を続ける。


「まぁ、俺のしたことは確かに泥棒だ……、それは認めよう。だが、俺が精霊石を集める理由を話さなければならないのはなぜだ? お前達人間には関係のないことだろう」


「関係なくはないでしょー、こちとら被害者なんですからね。それ相応の理由がないと、ハイそうですかってわけにはいかないのよ。それにおばーさんの形見だっていう話だしね……」


 すかさずフィルが嘲笑する。


「はっ、あれが形見だと!? あんな偽物を後生大事に形見にするなんて……、全くもって迷惑なのはこっちの方さ! お陰でとんだ無駄足だ……、こんなもの……ノシつけて返してやるよ!!」


 カチン……。

 フィルの暴言に激怒したのか、ユーリはずんずんとフィルのいる方向へと向かって歩き出した……。

 バシィッッ!!

 ユーリの平手打ちが、鮮やかな音を立てて響き渡る……。


「なっ、何をする……っ!!」


「あんたらエルフの間じゃどうだか知らないけどねぇ、あたし達人間の間では言っていいことと悪いことってゆーのがあるのよ!! あんたに何の目的があるのかは、あんたが話してくんないから知らないけどね。そりゃあ、あんたにとっては迷惑な話かもしれないわ……、でもあの子達にとったらあれが本物だろーと偽物だろーと……とてもとても大切だったおばーさんの形見の品なのよっ!! あんたは故人の遺した遺品に対して、侮辱する行為をしたのよ!!」


 ついさっきまで下手に出ていたユーリが一変して、得意の説教をたれた!!

 その態度に腹を立てたフィルは、殴られた頬に手を当てながら反撃に出る。(やめとけ……口で奴には勝てないぞ!?)


「貴様、誰に口をきいているっ!? 俺は死んだ奴にそもそも興味などないんだ、勿論死んだ奴の事をいつまでもウジウジとしてるような人間を見るのもヘドが出るね!!」


「あーそうね、あたしも同意見だわ。でもそんなエラソーなことばっか言ってると、いざあんたがおっ死んだ時には誰も悲しんではくれないわよ!? 故人を慈しむ心が大事なことだってわからないあんたは、死神よりもタチが悪いわ」


 バチバチバチバチバチッ!!

 両者の間で火花が散る。

 火花が散って数分が経つ頃……、フィルはようやく本来の目的を思い出したのか、急に態度を変えた。


「ハッ……、シェーラ……!!」


「……!?」


 フィルが視線を逸らしたかと思うと、今度はユーリをジッと見つめてきた。


「な……何よ!!」


 ユーリはときめいたのではなく、凝視された目つきで見られたのが不快に思って言ったようだ。


「お前……、自己紹介で破戒僧といっていたが……、僧侶であったことに変わりはないんだろう!?」


 突然、質問されて戸惑いながらも、つい素直に返事をしてしまうユーリ……。


「まぁ、僧侶だった事は僧侶だったけど……、それがどうしたっていうのよ!?」


「精霊石もあるし、僧侶もいれば何とかなる……。今までの事は水に流してやるから、ちょっと来てくれ!!」


 意外にも素直に従うユーリには考えがあった。どうしたのかはわからないが、ひょっとしたら精霊石を集める目的が明らかになるのかもしれない……そう踏んだのだ。

 このまま黙ってついていけば彼が話さなくとも、自動的に理由が見えてくる。そうゆう企みを考えている間に、目的地に着いたようだ。今まで獣道を歩いてきたが、その先には小さく切り開いた土地と、小さな家が一軒だけ建っていた。

 きちんとした道を作らなかった所を見ると、おそらく誰にも踏み入れてほしくないという考えがあっての事だと思った。

 まさしくここは、身を潜めるにはうってつけの立地条件がそろっていた。

 辺りを物見遊山のように眺めているユーリを他所に、フィルは家の方へと走っていく。


「シェーラ!! 安心しろシェーラ、これで助かるんだ……その苦しみから今すぐ解放してやるからな!!」


 ユーリは外にいたからわからなかったが、どうやら名前からして家の中には女性がいるようだ……。


「おい、さっさと来ないか!」


「はいはい……」


 仕方ないという風にユーリは家の中へと足を踏み入れた。


「――っ!!」


 ユーリは自分の目を一瞬疑った。鼻を突くような異臭が家の中に立ちこめて……、まるで死体の山にでもいるような錯覚を起こしそうな感じにさせる。いや、それよりも……目の前の光景が信じられなかった。

 部屋の隅にたたずむ一人の少女……いや、果たして人であるのかも疑わしい姿をしていた。

 まるで高熱でできた火傷のように肌はただれ、膿が身体中をどろどろにし、ところどころにはウジがわいて膿を貪っている。

 そんな状態が身体中……、顔にまで至っている。ユーリは瞬間、死体が座っているのだと思った程、その光景は想像を絶するものだった。


「こいつは僧侶の上に、あの精霊石も持っているんだ……だからお前の病気もすぐに治る!!」


(病気……!? こんなもの病気なんてものじゃない。一体どうやったらこんな事に……)


 この凄まじい光景を見れば誰だってそう思うだろう。しかもフィルは僧侶……もしくは精霊石の力をもってすれば治ると信じている……。ユーリにとってその誤解がたまらなかった。

 こんな状態にまでなってしまったら……例え大僧正の力を持ってしても治すことはできないだろう。

 それよりもユーリは、なぜこんなことになったのかの理由を聞くことにした。

 原因がわかれば、治す方法もあるかもしれない……!!

 フィルは一刻も早く治してほしい気持ちで一杯だったが、ユーリに何か考えがあるのだと思い、ゆっくりと話し始めた。


「あれは……そう、俺達がまだ放浪しながら傭兵をしていた時のことだった……。そんなに昔の話じゃないさ。人間にとったら長い年月かもしれないが……エルフにとっちゃそれ位の頃だ」




 忘れはしない……、あの町の名はサルトという……大きくも小さくもない町だった。俺達は次の仕事を求めて酒場を探した、こういう仕事をする者は町に寄ればまず酒場と相場は決まっているからだ。

 しかし、この町には割のいい仕事なんてなかった。


「うーん、なかなか簡単なのってないねぇ兄さん」


「仕方ないさ。こういう町には俺達みたいな傭兵がゴロゴロしてるからな、いい仕事は早い者勝ちなのさ」


「あるっていったら今この町を騒がせてる奇病の話だけだけど……」


「そういうのには首を突っ込むな、シェーラ。そんな話が一番ヤバイんだ。成功すれば多額のギャラがもらえるが失敗すれば奇病をもらってアウトだからな」


 俺はこの町では仕事が見つからないと思い、明日の朝にでも出発するはずだった。

 今思えばすぐにでも立ち去るべきだったのだ!!

 俺達が宿に部屋をとって、夕食を頼もうとしたその時だ……。


「あんたたち、凄腕の傭兵と見たが……違うかい?どうだ、俺の話に一枚噛んでみないか!?」


 その男の話というのは、さっき見た奇病の件だった。


「悪いが、そういう依頼は受けないようにしているんだ。他を当たってくれないか」


「そんなっ、じゃああんたはこの町がゴーストタウンになってもいいって言うのか!? この町の奴らはみんな例の奇病に怯えて生活をしている。そんな暮らしにウンザリしている者だって後を絶たない!!」


 その男の話によると、奇病を振りまいているのはモンスターの仕業らしい。

 昔この町を開拓しようとした連中が見かけぬ岩をどかしたのがきっかけでモンスターを解放したそうだ。

 岩はモンスターの活動を制御する封印みたいなもので、その封印を解いてしまったためにモンスターが奇病を撒いた。

 以前まではモンスターの領土に近づく者のみに奇病を与えたそうだが、今では町全体を襲う気でいるらしく、奇病をこれ以上増やさないためには、モンスターを退治するしかないと悟ったのだ。


「今まで多くの傭兵達が挑んだが全て返り討ち、もう後がないんだよ!! でもエルフならそういう抵抗力も人間より優れているし、何よりも強い。だからこの仕事はあんた達でないと無理なんだ!」


「言ったはずだ、そんな依頼受ける気はないと!!」


「兄さん!!」


「シェーラ、放っておくんだ」


 俺は部屋へ戻った。だが、シェーラには人間を見捨てることができなかったのだ。


「あの……あたしで良ければ、そのモンスターを退治するのに協力できますが」


「本当ですか、ありがとうございます!! では早速ですみませんが……」


 俺は何も知らず、部屋で呑気に眠った。やがて朝になり、シェーラが部屋に戻ってないことに気付いたのは、起きてすぐのことだった。俺はまさかと思った、そして夕べの奴を必死になって探しだした。


「おいっ、シェーラはどうした!? お前まさか、あの依頼をシェーラにやらせたのかっ!? どうなんだ、答えろっっ!!」


「あ……ああ、でもきっと大丈夫だって。あんたの相棒を信じてやれよ。多分今頃はモンスターの首でも落としているところ」


 俺は呆れた。こいつと一緒にいてもラチがあかないから、俺はシェーラ自身を探した。そして、シェーラを見つけた時にはすでに昼近くになっていた。


「に……、兄……さん……」


「シ……ッ!!」


 俺がもっとしっかりしていれば、目を離さなければ……こんなことにはならなかったのかもしれない。




「結局は……、俺がいけなかったんだ。全て……、何もかも……っ!!」


 フィルはひざまずき……、肩を震わせた。


「でもあたしの知っている限りだと、奇病をふりまくモンスターっていうのは……」


「デタラメさ」

「え――」


 ユーリは驚きの色を隠せなかったが、大体の予想はついていた。


「確かにステータスに異常をきたすモンスターは存在するが、シェーラのような症状を出させるモンスターなどいないって、とある専門家に言われたよ。専門家の話によると、魔法の研究や実験に失敗したらこんな作用を起こすものがあるんだと。しかも人体に異常を与える失敗例には――町の発展の為の合成獣キメラを作る時によく起きるんだそうだ。詳しく問いただしたら奴はこう言った。町の外れに住んでいた魔術師が合成獣キメラを作るのに失敗して、その気体を吸ったらシェーラのような状態になるんだと。その気体には限りがあって、ある一定以上の人数が吸い込めば自然に消滅するらしい。事態を把握してる町の者が気体を吸うはずがない……となれば、賞金に目が眩んだ傭兵達を誘いだして吸わせれば自然に気体もなくなっていくと考えたんだそうだ。このことが世間に知れ渡れば、間違いなく極刑だ。だから町のごく一部の者だけがこんなバカげた行為を繰り返していた。世間に漏らさず、あたかも気体を吸った者はモンスターの奇病にやられたんだと見せるためにね。気体にやられた者は言葉すら不自由になってしまう。それも計算に入れてのことだったんだっっ!!」


 フィルの怒りがユーリにも痛い位に伝わってくる。ユーリは不憫に思えてならなかった。ユーリも仕事上、シェーラと同じようになる可能性だってあるからだ。


「フィル、これだけは言っておくわ。あたしは医者でも魔術師でも何でもない……、ただの破戒僧よ。でもあたしの出来る限りのことを……あたしの持てる力全てを使ってシェーラを救ってみるわ。でも期待だけは……しないでちょうだい」


 フィルは話し終えて、そしてユーリの言葉を聞いてようやく顔を上げた。たくさんの涙を流しながら……。


「頼む。シェーラの苦しみだけでも、取り除いてやってくれ……!」


 ユーリはシェーラの状態を見て、最も有効な魔法が何なのかを考えた。これは病気と呼べるものじゃない……となれば、体の治癒能力を最大にして膿を消し去ることができれば何とかなるかもしれない。

 ユーリは魔法力の全てを回復魔法につぎ込んだ。


「ヒーリングフォース!!」


 部屋中が明るくなる程の凄まじい魔法が、数時間にも及ぶ位、長く長く続いた。外が闇に閉ざされる頃、遂に魔法力に限界が来たのか、ユーリが倒れこんだ。


「はぁ……っ、はぁ……」


 言葉もかけられない程に疲労しきっているユーリは、息をするのが精一杯だった。


「おい、どういうことだ!? シェーラの体から膿は消えていないぞ!? 治してくれるんじゃなかったのかっ!?」


 もはや治癒魔法では追いつかない位、シェーラの体は進行していたようである。ユーリは疲労をこらえて再び魔法をかけようとしたが、遂に体を起こす力までなくなってしまっている。そんな状況を見て、フィルはいてもたってもいられなくなったのか、ユーリの首にかけていた精霊石を奪ってシェーラに与えた。


「――っ!!?」


 ユーリは声が出なかった為、止めることすらできなかった。


「ほら、シェーラ……精霊石だ。これさえあればどんな病気だろうと何だろうと治せるんだ。もう安心していいぞ。そうだ、最初からこうすればよかったんだ。ユーリには悪いが、なりふり構ってる暇なんかないんだ!」


 ユーリはフィルの言葉に唇を噛み、目を閉じた。精霊石に何の変化もない。


「……!? 何だ、なんで何も起きない。まさかこれも偽物だというのか!?」


 頭が混乱したフィルは精霊石を見つめて、ただ首をかしげるだけだった。すると、ようやく話せる段階にまで落ち着いたユーリがゆっくりとワケを話した。


「それは正真正銘、本物の精霊石よ。シェーラに精霊石を渡したって何も起こりはしないわ。それは死んだ者を生き返らせる為だけにしか力を発揮しないのよ、だからシェーラのような症状には何の反応もない。精霊石なんか……、何の役にも立たないわ」


 ユーリの言葉にショックを隠せないフィルは、精霊石を落とした。


「そんな……、じゃあ俺は一体何のために!? 今まで一体何をするためにここまで来たんだ。盗みまでして、一体……っ!」


 フィルの心が痛い位にわかるユーリには、傷心のフィルに慰めの言葉すらかけることができなかった。


「ごめんなさい、シェーラの体の進行は想像以上に進んでいて、あたしの魔法力……いえ、もはや魔法すら効かない状態にまでなってしまっていて……」


「それじゃあ、シェーラは……もう……」


 絶望だけ残った二人が、己の無力さを痛感していたその時……。


「兄……さん……」


「――っ!!」


 二人はシェーラの方へ視線をやった。


「兄……さん、もう……シェー……ラは、十分です……」


「シ……、シェーラ!!」


 フィルは急いでシェーラの傍らまで走って行き、彼女の手を取った。


「話せるのか、しゃべれるんだなシェーラ!!」


 ユーリは思った、あの長時間の魔法は決して無駄ではなかったと。体の組織はボロボロになっていて治癒させることはできなかったがその代わり、声帯の組織だけはまだ生き残っていたので魔法の効果が現れたのだ。


「そうだ、この調子で回復魔法をかければ体の方も少しずつ回復していくに違いない!!」


 喜びで一杯のフィルは興奮する、しかしシェーラはフィルの言葉に首を振った。


「兄さん、それはできない……できないの。あたしの体はもう、全ての細胞が死んでいて再生することさえ敵わない。自分でわかるもの。でも、声だけは取り戻すことができたわ、ユーリさんのおかげで。最後にお別れの言葉を言えるなんて、きっと神様が与えてくれた慈悲なのね……」


「なに……言ってるんだ、シェーラ!?」

「お願い聞いて。あたしはもうこのまま死を待つことしかできない。けど兄さんには、これからがあるわ。あたしの代わりに、全ての命の手助けをしてあげて、全ての生き物が共存できる――あたしの理想の世界を。噂によると……そんな世界を作れるのはこの世で一つ、生き物を分け隔てなく介護する組織……。その組織に入ってあたしの理想を現実のものにしてほしいの。お願い……次に生を受けて大地に立つ時は、そんな世界に生まれたいの」


 小さなか細い声で、彼女はそう言った。

 ゆっくりとフィルにもたれかかり、そして彼女は最愛の兄の腕の中で息を引き取った。

 フィルは肩を揺らしながらシェーラを強く、強く抱き締めた。

 やがて空の色は明るい光に照らされていく、まるで空へと昇る彼女を讃えるかのように……。




 ユーリが目覚めたのは、彼女が亡くなった日の昼過ぎであった。


「あ……、いつの間に寝たんだろ」


 きょろきょろと辺りを見渡すと、回りには何もなかった。フィルもいなかった。ゆっくりと立ち上がると、側に落ちていた精霊石を拾い上げた。そしてフィルの行き場所がどこなのかがわかった。


「あ……、そっか……彼女の……」


 精霊石を首にかけるとユーリは外に出て、足を止めた。目の前には、盛り上がった土に木の棒が刺さっており、その前にフィルがひざまずいていた。ユーリはかける言葉が見つからないので、ただ黙ってフィルの後ろ姿を見つめていた。

 するとユーリの気配に気付いたのか、フィルから話しかけてきた。


「……よく神父とかがやる手向けの言葉を、シェーラにもしてやってくれないか」


「ええ、わかったわ」


 ユーリは司祭の言葉を真似て、シェーラに最後の別れの言葉を捧げた。




 供養も終えて、そろそろ出発しなければならなくなったユーリは、フィルに今後どうするのかを聞いた。


「とりあえず、しばらくはシェーラの言葉に従うつもりだ。種族全てが共存できる世界にするため、そしてそんな世界に転生できるように……」


 シェーラの死を受け止めたフィルに、ユーリがさりげなく組織のことを話す。


「そのぉ、シェーラさんが言ってた組織についてなんだけどね、多分『モンスターズ・ボランティア』の事を言ってたんじゃないのかなって、思うんだけど……」


 フィルから視線を逸らし、あくまでシラを切った言い方で話し続けるユーリ。


「ああ、あんたさえよければ入ろうかと……」


 フィルが言い終わる前に、ユーリは歓喜に溢れた口調で答える。


「ああそぉなのー、いやー実に運がいいわねー!! 只今、我が『モンスターズ・ボランティア』は人手不足で人員募集していたところだったのよ!!」


 ユーリはさっきまでとは打って変わって、馴れ馴れしい態度で応対する。しかしフィルの方は、シェーラに関してだいぶ世話になったのでお構いなしといった様子である。


「……よろしく、頼むな」




 事を終えたユーリとフィルは、ようやくコロレオネの町に戻ってきた。するとユーリは、もともとの目的が終えたことを伝えに子供たちの家へと向かう。


「わぁっ、おばーちゃんの精霊石だぁー! ありがとうお姉ちゃん!!」


「いいのよ、それよりお母さんはいる!?」


「台所にいるよ」


「そ、ありがとね」


 子供たちに精霊石を返したユーリは(この間、フィルは耳を隠して変装している)、台所へと急いで行く。


「すみませ~ん、子供たちが失くした精霊石を見つけた者ですけど……」


 突然の訪問に驚きながらも、何とか対応する母親。


「え? はぁ……どうもありがとうございます。わざわざご親切にどうも……」


「いえいえ、こんなの苦とも思っていませんわ。ところでギャラの方ですけど、だだっ広い森の中を一日中探し回ったので少し値が張りますけど、ご了承くださいねっ!」


 母親とフィルの目が点になる。


「は?」


「精霊石探しは正式にお子さん達から依頼を受けたので、それ相応のギャラを頂くのは当然でしょう!?」


 慌てて言い返す母親。


「でも、そんなもの私は知りません!!」


「知らなくても、報酬を支払う保証人はあなたになっていますので、これを拒否すると役人に引き渡す事に……」


「そんなっ!! それってあんまり……っ」


 母親に続いてフィルも反撃に出る、ただしユーリに向かって。


「お前はボランティアだろ!! こんなことで金を要求するのか!?」


「あのねフィル、基本的なことを忘れてない? あたし達は『モンスターズ・ボランティア』なのよ? つまりモンスターに関する事にはお金を要求してはいけないんであって、こういったノーマルな仕事には報酬を要求しても全然ノープロブレムなのよ、わかった!?」


 呆れて物が言えないフィルは、ただ母親と一緒に呆然とする他なかった。


「それで、いくらになるんですか!?」


 諦めた母親は早く出て行ってほしいため、金額を聞いてきた。


「えっとですね、一日中歩き回った分と、魔法力を使いきった分、それに手数料込みで……3万パルになります」


「ちょっと待ってください、その魔法力の分って何なんですか!?」


 母親のツッコミにも冷静に答えるユーリ、ここまでくるとプロである。


「あら、お子様から聞きませんでした? この精霊石探しの件には、あの強敵・エルフも絡んでいたって……」


 シ――――ン。

 ユーリの笑顔に似合わない卑劣な手口に泣く泣く従う母親の姿は、悪徳訪問販売で脅される新妻の姿とダブるものがある。その傍らで、何かが違うと必死になって言い聞かせるフィルの姿が涙ぐましかった。


「毎度ありがとうございます、またのご利用をお待ちしております!!」


「二度と頼むかぁ――っ!!」


 母親の涙で歪んだ顔がフィルの脳裏に焼きついた。誰だってこんな地獄、味わいたくないものである。ぜぇぜぇと息を切らす母親を他所に、帰り際で何も知らない子供たちにお別れを告げるユーリの姿には、誰もが殺意を覚える瞬間ではなかろうか。

 その合間にもフィルは、自分の選んだ道が本当に正しかったのかどうかわからなくなってしまっている姿も笑える。

 しかし、そんな事にもお構いなしなユーリは宿へ帰る間にもフィルに「モンスターズ・ボランティア」の実態について話してくれるのであった。

 しかしそれがこれからの人生、あまりにも過酷で苦しいものになるとは今のフィルには想像のできないものであった。


「あたし達のあるべき姿は、常にモンスター第一に物事を考えること! 人間などといった言語の通じる相手は完全に無視することね、あたし達は言語不通のモンスターを対象に仕事をするの。あと、モンスターに関する知識は必要だけど、今から勉強する時間はないから全てあたしの言う通りに行動するのよ? 決して、人間の私情や欺瞞に惑わされてはダメ。今のこの時代に存在するモンスターの中で、凶暴なものはごく一部にすぎないの。だから、資金も心も感情も肉体も全てモンスターに捧げるのがあたし達、ボランティアの理想の姿なわけね!」


 ユーリの説明を聞いて、フィルは少しばかり疑問と恐怖を感じた。

 本当にこの組織に入って良かったのだろうか?

 果たしてシェーラの魂が再び大地に還る時、シェーラが望む世界にできているのだろうか。自分で入るといった時とは裏腹に、今では取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと不安だけが募るばかりだ。


「なぁ、俺達って……ちゃんと人権はあるのか!?」


 きょとんとしながらフィルの方を見つめ、そして当然のように言い放つユーリ。


「何言ってるの、そんなのあるわけないでしょ?」


 恐怖のあまり顔のデッサンが狂うフィル、しかしそんなこともユーリにとってはお構いなしなのだ。

 帰りたい……、できるものなら今すぐにでも帰りたいと本気で願う青年は、夜の町を悪魔のような少女と歩いて行く。

 「モンスターズ・ボランティア」のコンビが誕生した瞬間だった……。


――終わり……!?――




この第1章は1998年に書き下ろしたものに、少し手を加えて書いたものです。もともと文才がないので矛盾や読みにくい点が目立ちますが、その辺は当時のまま残してみました。私の未熟さを堪能してください。

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