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The ability  作者: 不破陸
The ability
5/112

5.バーズ・クィンファルベイとツェン・フォーカスの話(仮)

「忘れ物はないか?」


 事務所に集まった五人にバーズが告げる。


「本当に俺も一緒に行くのか? 火器等は現地調達になるが」


 ログの言葉にバーズが答える。


「私と共にいる限り、そのような心配をすることはない。気楽に旅行を楽しんでくれ。それと必要な装備があれば自由に持ち込むといい」


「どういうことだ?」


 青眼の男の言葉に訝しげにログが問う。


「税関等は通さない」


 バーズの答えにログが再度問いかける。


「不法入国するつもりか? ここから東国までは8000km以上あるが、正規の手続きを踏まずに飛行機以外の手段を使うのなら時間がかかるだけだろう? ならば表面上は旅行ということでいいと思うが」


「国連に専用のジェット機を用意させる。6時間もあれば着くだろう。君達の入国の処理についてもその中で済ませておく」


「は?」


 バーズの言葉に三人が固まった。


「どうしたんだ? 先生」


 皆が何に驚いているのか一人分からず、エルがシルファの肩をつついて問いかける。


「国連……?」


「専用ジェット機……?」


「スケールが大き過ぎるだろう……?」


 疑問を聞き返す各々にツェンが答えた。


「普段は公安と名乗っちゃいるが、俺達ぁ肩書だけは結構偉いのよ。世界の何処でもフリーパスだぜ?」


「ごめん、意味が分からない」


 赤眼の色魔の言葉に無表情となったシルファが答えた。


「先生でも分からないことがあるんだな」


 そう告げるエルの頬を両手で摘まむと、微笑みながらシルファが言う。


「エル君はこの世界が一つの大陸なのは知っているわよね?」


「ひらねぇ」


 頬を摘ままれているため不明瞭な言葉でエルが答える。


「その中にいくつもの国があることは知ってる?」


「ふにっへなんら?」


 弾くようにエルの頬を放すとシルファが言った。


「……2年前に戦争が終わったことは?」


「戦争って何だ?」


 エルの言葉に眼の光を失ったシルファが答える。


「ごめん、説明ができない」


「実物を見りゃちったぁ信じてもらえると思うぜ。ぼちぼち出発するとしようか」


 そう言ったツェンがバーズとログ、二人の巨体を見て再度言う。


「と思ったが、俺の車には全員乗りそうもねぇな」


「俺は自前のバイクでついていく。一人なら後ろに乗せてやれるが?」


 一瞬リネアを見てログが言った。


「俺乗りたい」


 眼を輝かせてこちらを見る少年にログは何も言えなかった。




「時速60kmだか80kmだかの車から手を出すとよぉ、おっぱいを揉んでるのと同じ感触がするってのは本当なのかねぇ?」


 運転をしながら窓から手を出したツェンがその手で風圧を受け止める。


「温もりがねーや」


 後部座席からその様子を見たリネアがシルファに問いかける。


「あの人、いつもあんななの?」


「気にしないで下さい。頭はおかしいけれど良い人ですから」


 そう告げたシルファを胸に抱き、リネアが告げる。


「悪い男にすっかり毒されちゃったのねぇ」


「やめっ! 止めて下さい!!」


 豊満な胸に顔を埋められたシルファがジタバタと暴れる。


 その身を抑えながらリネアが静かな声で告げる。


「あの男を良い人だなんて思わないであげて。ログ以上の人殺しなのだから」


 抑えつけられながらも胸から顔を上げ、リネアの眼を見ながらシルファが言った。


「大戦の時に何があったかは知りませんが」


 リネアの体を押し退けてシルファが告げる。


「今は私の家族なの。侮辱しないで」


「侮辱してるつもりはないわぁ。ただの事実よぉ」


 そう告げたリネアから顔を背けると、シルファが言う。


「事実かどうかはともかく、そう伝えられることが私には不愉快です」


「プリンセス。俺のために怒ってくれるのかい?」


 そのやり取りを聞いていたツェンの言葉に困惑したようにブラウンの瞳の少女が答える。


「そういう訳じゃないの!」


「俺のために女の子同士が争わないでくれよ」


 その言葉に無表情になったシルファが再度告げる。


「そういう訳じゃないの」


 助手席に座るバーズは、並走しているバイクの後部座席に乗っている笑顔の少年を眺めていた。



 軍の施設の前に辿り着くと、門を守る二人の兵士に行く手を遮られた。


「ここへの一般人の立ち入りは認められていない。そのままUターンしろ」


 アサルトライフルを車に向けながら兵士が告げる。


「私の名前はバーズ・クィンファルベイ。司令官のアライという男がいるだろう?何も聞いてないのか?先ほど連絡はしたのだが」


 車の窓から連絡先を兵士に手渡しながらバーズが言った。


「確認してくる。待っていろ」


 司令官の名前を出されて無下にする訳にもいかず、兵士が守衛室から電話をかける。


 電話を切ると兵士が走って戻ってきた。


「大変失礼致しました! 只今ご案内致します!」


「後ろの二人も私の連れだ。通してやってくれ」


「了解致しました! 前方のバイクが先導致します!」


 施設の門が開かれるとバイクに跨っている別の兵士がゆっくりと走り出した。


 ツェンが車でそれに続き、その後をログが追う。


 その後ろからもう一台、兵士が運転するジープがついてきた。


「さすがに厳重だな」


「げんじゅう?」


 ログの言葉にエルが問う。


「俺達のことなど信用していな……」


 思案したログが言い直した。


「厳しいという意味だ」



 白亜の館のような建物に通された六人が歩を進める。


「お待ちしておりました。一等書記官殿」


 金髪碧眼の若い男が一礼をしながら青い髪の男にそう告げた。


「大戦終了時の締結を知っている君にこの国での肩書で呼ばれても皮肉でしかないな。何も知らない表の兵士に連絡くらいしておかなかったのか?」


「それは失礼致しました。何分昨日の今日に1フライト100万ウォル(バーズ達の住んでいる国の通貨名:約一億円)は下らないジェット機の手配をされましたもので。下への伝達より上やら横へやらの報告に手間がかかったのですよ」


 バーズの言葉通り皮肉めいた表現でそう告げる男に青眼の男が言う。


「ツェンと全世界との調停役でしかない国連への報告など、私の一報でどうにでもなるはずだが?」


「本当に国連へご一報されました? 世界平和のために身を削っている国連は、1ウォル程も払いたくない様子でしたが」


「いいや。私と国連との仲介役、それがこの国での君の仕事だろう? 世界平和を謳ってはいるが、その実ツェンと敵対したくないだけの連中に私がわざわざ連絡してやる義理はない」


「私からの言葉だけでは何分信じていただけませんもので」


「必要なら向こうから私に確認すればいいだけの話だ」


 嫌味の応酬になった二人の会話を聞いていたエルがシルファに問いかける。


「国連って何だ?」


「私にだって分からないことくらいあるのー」


 拗ねた表情でそう告げるシルファに笑いながらエルが言った。


「先生、意外と馬鹿なんだな」


 その言葉に静かな笑顔でエルの両頬をつねるとシルファが言う。


「100年続いた戦争の話すら知らない君に国連のことなんて説明できないけれど、簡単に言えば世界を平和にしましょうという機関……人達よ」


「俺もそのような認識だが、バーズの口振りからはとてもそうは聞こえないな」


 子供達のやり取りを見ていたログがそう告げた。


「あの人がそんな突拍子もないことを言うとも思えないし……ねえ、ツェン、貴方なら何か知ってるんじゃないの?」


「悪いが俺からは答えられねぇなぁ。聞くなら飛行機の中でバーズに聞いてくれ」


 シルファの問いにツェンがそう答える。


「バーズさんの許可があれば貴方も何でも答えてくれるということかしらぁ? 借りは返すものよねぇ?」


「へぇへぇ、答えられる範囲でなら答えますよ」


 話についていけずにエルがシルファの手を頬から外すと、こう言った。


「結局どういうことなんだ?」


「今度君に小学校で習う歴史でも教えてあげる。今のままじゃ掛け算も知らない人に方程式を教えるようなものだもの」


「掛け算って何だ?」


 エルの言葉に背筋が凍りついたシルファは、少年が父親の首を絞めている姿を思い出して寂しげに呟いた。


「教えてもらわないと、知ることもできないものね」



 滑走路に用意されたジェット機に目を輝かせたエルが走っていく。その後ろを三人の男女がついていきタラップを上がっていった。


「それでは行ってらっしゃいませ。一等書記官殿、三等書記官とお連れの方々」


 タラップを踏むツェンがアライに向かって腕を薙ぐと、その後ろにある柱の上部が消し飛んだ。


「俺達を肩書で呼ぶな」


「それは失礼致しました。シェン・サーカス様」


 その言葉がツェンの感情を逆撫でさせたのか、タラップを降りて金髪碧眼の男に告げる。


「いちいちイライラさせるヤツだなぁ? 次に俺の名前を間違えてみやがれ。テメェごとこの国を更地にしてやる」


「今はバーズ様達も住んでいる国ですが?」


「関係ねぇよ」


 アライの胸倉を掴んだツェンがその体を柱に叩きつける。


「止めろ。その男と話していても無駄な時間を過ごすだけだ。早く乗れ」


 タラップの最上段からバーズがツェンにそう告げた。


「そういうことです。時間の無」


 言葉の途中でツェンがアライの鳩尾に拳を突き立てた。


「死ぬか?」


 そう言った赤眼の男が金髪の男を地面へと叩きつける。


「忘れるなよ。俺はただ戦争を辞めてやっているだけだ。次バーズに舐めた口叩いてみろ。テメェが原因で世界が滅ぶぞ?」


「望むところですよ」


 アライの言葉にツェンはその体を蹴り飛ばし、次いで直径10mはあるコンクリートの柱を蹴るとそれを粉砕した。


「今の俺は温厚なんだよ」


 壁際に横たわる金髪の男に駆け寄る兵士たちにそう告げたツェンがタラップを上がっていった。



「飛行が安定したので機体はオートパイロットで運転している。チェックには行くがしばらくここで寛ぐとするよ」


 操縦室から青眼の男と赤眼の男が出てきてそう告げた。


「で、俺に何か聞きたいことがあったんじゃねぇの?」


 広い客間のソファに座るとツェンが言う。


「さっきバーズが言ってたけど国連はツェンとの調停役という話は本当なの?」


「面倒臭い、パス」


 シルファの言葉に赤眼の男が腕でバツ印を作った。


「それでも聞きたきゃ、さっさも言ったがバーズに聞いてくれ。俺は勝手には喋れねぇんだよ。そういう約束なんだ」


 そう告げるツェンの言葉を受け、シルファが青い眼をした巨漢を見る。


「お前が話せる範囲でなら話していい」


「ほー?」


 バーズの言葉に肩の荷が降りたかのようにツェンが声を上げた。


「今のシルファの質問だがよ、その話は本当だ。俺が世界に喧嘩を売って国連がそれを調停する形になっているのが現状さ」


「どうしてそんな面倒臭いことをしたのかしらぁ? その話が本当なら貴方が世界を治めておけばよかったんじゃないのぉ?」


「その辺はバーズに聞いてくれ」


 リネアの言葉を受けてツェンが青眼の男を見やる。


「薄々感づいているとは思うが、この男は人間とはかけ離れた力を持っている。人類を滅ぼそうと思えば一日もかからないであろう力をな」


 そう言ったバーズが一息吐くと、こう告げた。


「ただ俺達は世界を支配したい訳ではない。人類が人類の判断であの大戦のような悲劇を起こさず繁栄できることを目的としている。大戦を終わらせるためには世界が手を組んでツェンと争っている図式が好ましかった」


「まるで自分達が人間ではないかのような口振りねぇ?」


 リネアの言葉にバーズが答える。


「人間の範疇には収まらないとだけ答えておこう」


「私達を保護してくれたのも、その目的のためなの……?」


 ポツリとシルファが呟いた。


「ああ、以前にも説明した通り君は放射線への完全な耐性を持っている。そのために君を回収した」


「そう……」


 寂しそうに告げるシルファにツェンが言った。


「こいつはこんな言い方しかできねぇけどよ、今は四人家族だってこいつも思ってるんだぜ?」


「あまり余計なことを言うな」


 その言葉にシルファが声を上げる。


「余計なことって何よ!! 私だって家族だって思ってる! 回収とか人を物みたいに言わないで!」


「物扱いしているつもりはない。今は君の幸せを思い、そう行動しているつもりだ」


「取り繕っているようにしか聞こえないわぁ」


 目線を下に落としたまま何も言わないシルファを見て、リネアが言った。


「そう聞こえたならそう思ってもらって構わない。私が子供達の幸せを思って行動していることは事実だ」


「子供扱いしないで!」


 俯いたままそう言ったシルファを見てツェンがバーズに告げる。


「お前さん、何か今日ちょっと言葉がきついぜ? さっきの男だとか東国のお偉いさんと会うのにピリピリしてるのかもしれねぇけどさ、あんまシルファを悲しませんなよ」


「俺は自分が優先すべきことをしているだけだ」


 項垂れているシルファを見てバーズが言う。


「だがお前の言う通りだな。操縦席で頭を冷やしてくるとしよう」


 青眼の男が操縦席へと姿を消していった。


「アイツはたまにあんなんだけどさ、君のためを想っているのは本当だ。俺が言っても説得力がないかもしれねぇけど、それだけは信じてくれよ?」


「分かってる」


 むくれた顔をしたシルファがそう言った。


「そんだけ元気がありゃ心配ねぇな。じゃあご質問タイムを再開するとしますか」


「先生は何で怒ってるんだ?」


 そう訊ねるエルの首根っこを掴んだログが客間の奥の部屋へと姿を消した。


「あいつ等意外と仲良いな。これじゃ俺がハーレムじゃねぇか」


「変なことは考えないでねぇ? あり得ないから」


 そう告げるリネアの肩を抱いたツェンが言う。


「間違いなんていつだって起こるものだろう?」


「撃ったところで貴方は死なないのかもしれないけど、意志表示だけはしておくわぁ」


 ツェンの額に拳銃を突き付けながらリネアが言った。


「そいつは失礼を。まあ、聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ」


「冗談だと思っていたけれど、前に言っていた『俺は不死身なんだよ』って言葉はそのままの意味だと思っていいの?」


 ブラウンの瞳の少女の質問に赤眼の男が答える。


「例え今リネアに頭を銃で撃ち抜かれても俺は死なないねぇ」


「私がいた研究所を貴方が歩き回っていても、被曝の心配もないように振る舞っていたのも?」


「死なねぇからな。ああいうのは周りに説明するのが怠いんだよ、それはバーズも思っている」


 銃を下ろしたリネアがツェンに問う。


「東国で200年前に死刑判決を受けたのも本当なのかしらぁ? その時も生きていたのかもしれないけど、そんなことしそうな人に見えないのよねぇ」


「俺が人と関わるようになったのはおおよそ20年くらい前からだ。よく覚えてねぇが200年前は何処かで空でも眺めて暮らしてたと思うぜ」


 そう告げるツェンにシルファが問う。


「貴方いくつなの?」


「さあな、忘れちまった。形式上は二十歳だけどな」


 その答えにシルファが告げた。


「少し混乱してきた。バーズに謝ってくる」


 そう言ってシルファは操縦席へと姿を消した。


 二人切りになるとツェンがリネアに問う。


「サラは生きてるのか?」


「ええ、健在よ。お母さんの名前を知っているということは、やっぱりあなたが私の父親なのかしら?」


 黒いカラーコンタクトレンズを外すと、赤い眼を現したリネアが言った。


「その眼を見せられて確証がねぇとは言わないが、血の繋がりがあるってのは何となく分かるんだよ」


「東国に着いたらお母さんに会ってくれる?」


 リネアの問いにツェンが答える。


「会いたくないねぇ」


「さすが娘さえ口説こうとする女たらしの色魔の言葉ねぇ。お母さんは今でも貴方のことを口にするのに。とっても良い人だったって」


 ツェンが薄く笑うと告げる。


「惚れた女に会っちまったら離れたくなくなるだろ。今は世界が平和になるようにバーズと約束を交わしていてな。だから会いたくねぇんだ」


「貴方の言葉だけでも伝えておくわぁ」


 微笑みを浮かべてリネアが言った。



「さっきはごめん」


 操縦席の扉を開けたシルファが言った。


「こちらこそ悪かった。君が謝る必要はない」


 その言葉を聞き副機長席に座ると、眼前に広がる景色を見てシルファが言う。


「綺麗ね」


「そうだな」


 しばらく沈黙が続いた後、バーズが告げる。


「これは俺以外にはツェンしか知らないことだが、俺の能力や生まれについて話しておこうか?」


「ツェンがオカルトみたいな話をするから頭を休めたくてここに来てるの。似たような話なら後で聞かせて」


 バーズが少しの沈黙の後、シルファに告げた。


「飛行機に乗るのは初めてか?」


「学会に行くのやお母さんの仕事についていくのに何度も乗ってる。コックピットに入ったのは初めてだけれど」


 眼前に広がる雲海と青空を見ながらシルファが答える。


「エルもここに連れてきてあげたら?こんな景色を二人占めするなんて勿体ないわ」


「そうしたいのはやまやまだが、飛行中の計器類を弄られそうで呼ぶに呼べん」


「それもそうね」


 笑いながらシルファが言った。



「あのね」


 しばらく談笑が続いた後にシルファが言う。


「貴方は私を幸せにしようだとか、そういうことは思わないで。こうして一緒にいられることが今の私の幸せなんだから」


「しかしそれでは君はいずれ不幸になる。俺はそう長くは一緒にいられないんだ」


 困惑したシルファが問いかける。


「どういうこと?何か病気とか……?」


「そういう訳ではない。先ほど話そうとした俺の能力や生まれの話が関わってくる」


 雲海を抜け、一面の緑と空の青が開けた世界を見ながらシルファが答える。


「聞かせて」


「俺は視界に映る者の記憶を読むことができる。その気になれば記憶を改竄したり削除したり、言ってしまえば他人を完全に操ることが可能だ」


「それが貴方がいなくなる理由と何の関係があるの?」


「七年前、今と変わらない姿で俺は生まれた。いや、生まれた訳ではないな。顕現したとでも言っておこうか」


 シルファが頭を押さえながら言う。


「よく分からないけれど、まるで大戦を終わらせるために現れたみたい」


「その認識は正しい。云わば俺は大戦の終了を、平和を願う人類の願いや祈りそのものだ」


 シルファは黙ったまま聞いている。


「その能力を使いツェンと共に俺達は大戦を終わらせた。本来ならば大戦が終わった時点で俺も消えるはずだった。しかし今もこうして生き長らえているということは、人々がまだ救いを求めているということなのだろう」


「それじゃ世界を安定させればさせる程、貴方の存在は終わりに近づいていくだけじゃない……」


「だから、長くは一緒にいられない」


 シルファが椅子に凭れかかり青い世界をぼんやりと見つめながら言った。


「大戦は終わったんだから、そんなのもう放っておいて私と一緒にいてよ」


「君のことは大切に思うが、俺は俺の存在意義に背くつもりはない」


 その言葉にシルファが椅子から立ち上がりバーズの首に腕を回して告げる。


「私を不幸にしないで。それが貴方の存在意義にはならないの?」


「君が強く願えば、あるいは」


 シルファはバーズから手を放すと椅子に座り、ただただ青い風景を眺めていた。



「先生は何で怒ってたんだ?」


 食堂でアイスを頬張りながらエルが言う。


「自分をないがしろにされたとでも思ったんじゃないか」


 バーボンのオンザロックを作りながらログが答える。


「ないがしろ?」


「大切に思われていないとか、そんな意味だ」


「俺にはそんな風には聞こえなかったけどな」


 そう言ったエルにグラスを傾けながらログが問う。


「どう聞こえたんだ?」


「必要だから迎えにいったとか、そんな風に」


「間違ってはいないな」


 グラスを置くとログが告げる。


「自分を必要とされるにしても捉え方があるだろう。ただ自分が生まれ持ったものを必要とされたのか、それとも自分が築き上げて……やってきたことを認められて必要とされたのか」


「よく分からねぇ」


「例えば金が大事だと思う人間は金を必要とするが、それを大切に想って扱っている訳ではないだろう?」


「先生は金ってことか?」


 バーボンのグラスを呷るとログが言った。


「お前と話すのは疲れる」


「俺も酒飲みは嫌いだ」


 アイスを平らげたエルが次いで言う。


「でもアンタは親父みたいに暴れたりしないし、ちゃんと答えてくれるんだな」


「お前を護るという契約だからな。ないがしろにはしない」


 少し意地悪な笑みを浮かべてログが言う。


「じゃあ俺達の関係なんて契約上の関係じゃねーか。それってないがしろ?にされてない」


「どうしてお前はそう偏った言葉ばかり知っている」


「先生に読んでもらった漫画に書いてあった」


 物欲しそうに容器を差し出すエルに、器を手に取るとアイスを盛り付けログが答えた。


「そうか」




「ツェンって名前はサラがつけてくれたんだ」


「突然どうしたの?」


 客間のソファに座り、リネアと二人切りの空間で赤い瞳の男が言う。


「俺達の馴れ初めでもしておこうと思ってな」


「両親ののろけ話を聞かされてもねぇ」


 黒眼の女を見ながらツェンが答えた。


「そいつもそうか」


 何処か落ち着かない様子でソファに座っているツェンの耳に、シルファの声が届いた。


「そろそろ着陸するみたい。エルとログを呼んできてくれない?」


「仰せのままに。プリンセス」


 足早に食堂へと繋がる扉を開けたツェンが言う。


「どうしたの? あの人」


「私を口説けなかったことが口惜しいんじゃない?」


 端正な顔立ちと豊満な胸を見てシルファが無表情で答えた。


「そうね」




「宿の手配は済ませてある。お前達はここへ向かってくれ」


 バーズがログに地図を手渡すとそう告げた。


「私もついていくわぁ」


「君の宿は取っていないが、泊まるなら泊まっていくといい。費用はこちらで負担する」


 一瞬思案したリネアが答える。


「宿まではついていくけど今夜は自宅に帰るわぁ。色々やることがあるのよぉ」


「ではここで一旦解散としよう。俺達は大使館に用がある。明日の10時にお前達の泊まっている宿で待ち合わせるとしようか」



 四人の背中を見送ったツェンが言う。


「さてと、嘘吐き共をぶち殺しにいくとするか」


「あまり物騒なことを言うな。大使館は関係ない」


 ツェンが空に向けて腕を薙ぐと突風が吹き、空を飛ぶ雲が切れた。


「俺の力欲しさに娘を人質にするような真似した連中を俺は許さねぇ」


「そのことを含めて話し合うためにこの国に来たんだろう」


「そうだな」


 深い青い瞳と、真紅の瞳をした二人の男が歩き出した。

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もしかしたらとはおもったけど!娘でしたか…!
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