44.分水嶺
「花が咲くってのはいいもんだねぇ」
花屋で作業の手伝いをしている赤眼の男が赤毛の女に告げた。
「大家さんにそう言っていただけると仕事の励みになります」
「ハナってこれのことぉ?」
長い黒髪の女が赤眼の男の鼻を摘まむ。
「アンタの鼻、さっきからひくひく動いてイヤらしいのよぉ」
「香り立つ花の匂いが俺をそうさせているのさぁ」
恍惚とした表情を浮かべたツェンを、リネアがバックヤードに連れて行った。
「本当に面白い人達と暮らしているんだね」
「赤の他人だ」
オープン前の店で棚の位置を調整しているログが答える。
「あの子達がいつかの自分を見ているようで楽しくて」
脚立を支える栗色の髪の少女が金髪の少年に指示している様を横目で見やったルーチェが言った。
「あの頃とは立場が逆だが」
女の視線を捉えた男が告げる。
「もう私も子供じゃないし」
青い目を伏せてルーチェが百合の花を手折り答えた。
「手伝いは終わったか?」
裏口から突如として姿を現した彫りの深い顔の男に青目の女が反応する。
「あの、全然まだなんです。すみません、手間取ってしまって」
「君に言っている訳ではない」
そう告げて黒混じりの青髪の男がログに視線を戻した。
「店を開く気があるならアイツ等をどうにかしろ」
青い眼を光らせる男がその横を通り過ぎエルとシルファの元へ向かった。
「怖いオーナーさん」
「かもな」
ログの返事に無言で作業を続けるルーチェの背後で子供達の笑い声が響いた。
「お手伝いありがとうございました!皆様のおかげで開店準備が間に合います!」
整えられた店内で5人の男女を前に赤毛の女が元気よく笑顔で礼を言う。
「花言葉、また教えて下さい」
「いつでも言ってね」
栗色の髪の少女に青目の女が微笑んだ。
「エル君もありがとう」
金髪の少年を前に屈んでルーチェが謝礼を渡す。
「俺、ちゃんと手伝えてたか?」
「うんうん、とっても助かった。これはお礼です」
眼の前に差し出された袋をエルが手にした。
飴の香りがする袋を金眼の少年が赤眼の男に手渡す。
「ありがと。後で喰う!」
「飯の前の間食を止めさせてるんで」
袋から飴を数粒取り出して口に入れた赤眼の男が告げた。
「自分だけ食うなよ」
「俺はいーの」
「何だよそれ。卑怯だろ」
袋を取ろうとした金髪の少年の頭をリネアが抱く。
「エル君が今お腹いっぱいにしちゃったら、作った料理をどうしたらいいのかしらぁ?」
「アイツは食ってるだろ」
その答えにリネアが、ツェンの持っている袋から一粒取り出してエルの口の前に持っていった。
「食べるぅ?食事を残したらバーズさんが何て言うかしらねぇ」
「全部食う」
答えを聞いたリネアが手にする飴をエルの唇に押し当てる。
「食べたことは伝えておくわよぉ?」
「やめ」
口を開いた金眼の少年に黒髪の女が飴玉を押し込んだ。
「これは黙っておいてあげる」
笑みを浮かべるエルの隣で、シルファが憎らし気にそれを見ているのを気付いたルーチェが声を掛ける。
「お客さん用にお土産の飴を取り寄せたんです」
「営業が上手くいくといいですね」
暗い表情を見せる栗色の髪の少女に赤毛の女が告げる。
「待っててね」
ルーチェが店頭へ戻り鉢植えを手にした。
駆け戻ってくる女の手にある花をシルファが見つめる。
「リフォーム祝い?って変かな?」
「リビングが寂しかったので丁度良かったです。ありがとうございます」
差し出された白百合の鉢植えを受け取るブラウンの瞳の少女が、赤毛の女に礼を告げた。
「服に花粉が付くと取れなくなるから、その向きで持ってってね」
浮かない顔で階段へ向かうシルファにルーチェが声を掛ける。
「お手入れの仕方とか、分からなかったらいつでも呼んで!」
振り返った少女が微笑み、階段を上がっていった。
その姿を見て赤眼の男が赤毛の女に告げる。
「これから夕飯なんだが、ルーチェちゃんも一緒にどうだい?」
「はい!頂きます!!」
声を張り上げてそう告げた青目の女が、顔を真っ赤にし狼狽えながら言葉を続けた。
「すみません、すみません。お手伝いしていただいた上にご馳走されるなんて図々しいにも程があります」
「そんな遠慮しないでくれよ。俺が誘ったんだ。近所のよしみってヤツさ」
視線を外しているログを見た女が答える。
「残務に一時間ほど掛かるので、それでも大丈夫ですか?」
「丁度いいくらいさ、これから作るんでね」
夕暮れの中、ツェンがそう告げる。
「食べられないものとかあるかい?」
「特にはありません。食後に甘いものが欲しいです」
ルーチェの返答にログが言葉を挟む。
「図々しいな」
「だって作ってくれるって言うから・・・ああ、ごめんなさい!!」
赤眼の男に謝罪する女の姿を見てリネアがログに問う。
「あの娘、いつもああなの?」
「会うのは10年ぶりだ。大分明るくなったようだが」
黒目の男の返事を疑問に思った女が質問を重ねた。
「10年ぶり?あの娘いくつなの?」
「17、8くらいだと思う」
「だと思うって・・・」
不審な眼差しを向けるリネアにログが答える。
「大戦時に戦地で拾ったんだ。正確な年齢は分からん」
「10年も経ってるのにお互いの顔は分かるものなのねぇ」
店へ戻っていく赤毛の後姿を目にした男が告げる。
「お前にも忘れられないものはあるだろう?」
「7歳の女の子を忘れられないって、結構ヤバイ台詞に聞こえるけど」
表情を変えずに黒目の男が言葉を返した。
「ルーチェにも俺にも、忘れられない存在がいる。そうでなくてもアイツが首に下げていた認識票を見れば誰かは分かる」
「さすがは元軍人さん。小さい子にしか興味がない訳じゃなくて安心したわぁ」
リネアの言に男が顔を顰める。
「冗談よぉ。ロリコンだなんて思ってないから」
「もし俺がそうなら青眼の悪魔に始末されている。それとな」
事務所に戻ろうとリネアに背を向けた黒目の男が告げた。
「俺達は軍人ではない」




