偵察局宙図作成班報告書
「スフェーン、探査ルーチン完了のチェックを頼む」
「了解しました。アジュールの探査は無人星系探査第三パターン:複数ガスジャイアントで実施。パターン採用の根拠OK。探査データに漏れはありません。アジュールの探査ルーチン完了を確認しました。」
「ありがとう。次はブラッディメアリーか」
「現在、ブラッディメアリーへのジャンプポイントへの進路変更完了しました。ジャンプポイントへの到着は80時間後を予定しています。ジャンプ用の燃料はアジュール-6にて取得済み。」
「ナビゲートをよろしく。僕は暫く休憩する」
汎用スクリーンには船外の様子が映っている。青色巨星アジュールとはこれで暫くお別れだ。ガスジャイアントが5つ。ハビタブルゾーンにあったE型惑星はいずれも水がなく植民レベルは最低。次の探査部隊が来る時に、鉱床チェックを行って使えるかどうか判断することになるだろう。これでジャンプポイントまではくつろぎの時間だ。
次の星系は赤色巨星ブラッディメアリー。これも同じ探査パターンになるだろう。幸い、赤色巨星にしては光度の揺らめきが殆ど無いだけに、スキャンかけて惑星チェックしたら終わり。簡単な仕事の筈だ。
「よろしいですか、ユーリ」
「なんだい、スフェーン。なにかあった?」
「アジュールの探査サマリーを作成しました。内容チェックをお願いします。」
「わかった。ジャンプまでにやっておく。」
「お願いします。」
★ ★ ★
「ブラッディメアリーへのジャンプ完了しました。パッシブ探査を開始します。」
スフェーンの声がコックピットに響く。船外を移すスクリーンを見ると、ブラッディメアリーが赤く小さく映っている。ここは、ブラッディメアリー星系の外縁部。ジャンプの起点も終点も恒星が作る重力場の影響が低いところでなければいけない。巨星であればある程、ジャンプできる領域は主星から離れなくてはならなくなる。
「固有速度はどっち?」
「幸いなことに主星方向となっています。短期噴射により接近速度を上げる予定です。」
「そりゃよかった。電磁波スキャナーに感は?」
「現時点では、ありません。通常の赤色巨星と同等と思われます。」
どうやら、ここも無人星系のようだ。まぁ、知的生命体との突発的な遭遇というのは普通ありえない。テクノロジーレベルの増加に伴い、文明というものは電磁波を垂れ流す事になる。銀河帝国偵察局の電磁波探査部隊の最新報告も確認したが、今回の探査予定にある4個の星系のどれからも異常な電磁波は流されていない。つまり、知的生命体がいても文明の曙のテクノロジーレベルの筈だ。
6時間後、一通りのデータを精査したスフェーンから報告が入る。
「黄道面検知しました。ガスジャイアントと思われる惑星を一つ確認。推定軌道要素を表示します」
「ガスジャイアントにしては近い、あぁ主星がでかくなったからか」
「ガスジャイアントの衛星を確認。反射スペクトルから水の存在可能性はいずれも低いと推定」
「荒れ果てた大地だね。ここもアジュールと同じ方法での探査で良さそうだな。」
「同意します。ドローンを使用した探査準備にかかります。」
そうスフェーンに指示して、ドローン4体を射出したその時だった。
【当方ハ、星系辺境領域警邏官ぎがんと=あいずデアル。次元跳躍ニヨリ、当星系ニ到来シタモノハ所属・姓名ノ申告ヲ行ワレタシ】
頭の中に叩きつけられるような声が響いてきた。
「スフェーン、今の通信の発信源がわかるか?」
「私の観測記録にユーリが行った通信に対応するデータは確認できません。」
「えっ、所属・姓名の申告を要請する通信を今受けなかったか?」
「確認します。電波通信および光通信記録、ともに存在しません。音声ログにもありません。」
「スフェーン、船外周囲の探査精度を上げて再チェックをしてほしい」
「了解しました。アクティブスキャンの許可をお願いします。」
「アクティブスキャン実施を許可する。」
【繰リ返ス。金属製ノ艦船ノ乗員ニ告グ。所属・姓名ノ申告ヲ行ワレタシ】
「スフェーン?」
「アクティブスキャンにて本船へ接近中の物体を確認しました。距離12km。接近速度から推測すると6分強で本船に到達します。」
「拡大表示出来るかい?」
「現在の距離では光量が不足と思われます。接近中の物体に通信すべきではないでしょうか?」
「同意する。所属及び艦名を連絡してくれ」
『当方、銀河帝国偵察局所属の探査艇オズワルド。貴艦の所属・艦名を連絡されたし』
【繰リ返ス。金属製ノ艦船ノ乗員ニ告グ。所属・姓名ノ申告ヲ行ワレタシ】
「ユーリ、応答がありません。」
おかしい、何が起こっている。
「スフェーン、接近中の物体をスクリーンに表示してくれ。」
「了解しました。」
スクリーンにぼんやりとした像が映る。球体の周囲に小さな球が10個ほど付いたような形に見える。スフェーンに指示して画像補正をかけると、球体の中央に巨大な目が浮き上がってくる。更に周囲の小球にもそれぞれ目があるように見える。見ている間にぐんぐん接近しているから、詳細はだんだんと明らかになってくる。表面は金属ではなく、生体素材を使った外壁?
「ユーリ、接近中の生命体を認識しました。」
「生体素材の船じゃないのか?宇宙空間に防護服もなく飛んでいる訳ないだろう。」
「データは生命反応を示しています。生命体と考えるべきです。飛翔中の生命体減速中。後1分で接触します。」
「はぁっ!」
「偵察局規定に従い、ファースト・コンタクト手順に従って行動すべきと進言します。」
ファースト・コンタクト手順を思い出そうとして戸惑っていることに気付いたか、スフェーンが手元の端末にファースト・コンタクト手順を表示してくれる。そ、そうか、今の自分は帝国代表外交官相当になるのか。
【金属でばいすノ乗員ガイレバ、応答サレタシ。応答ナクバ、無人艦船ト判断シテ確保スル】
頭の中に声が響く。だが、スフェーンの反応はない。まさか、このメッセージ精神感応とやらか?うちの船の管理AIたるスフェーンが周囲を認識するのに使っているのは、船が持っているセンサーになる。精神感応センサーなんぞ、このフネには搭載していない。スフェーンが認識できないのも当然。いや、これSFじゃないし。そんな事は・・・
「ユーリ。あの生命体はこちらの通信電波の周波数を認識してくれない。」
「電波を通信媒体として使用していないのか」
「普通の文明で電波を使用しない可能性は過去の記録では存在していない。周波数帯を変えて送信しているが」
船がガクッと揺れる
【無人艦船確保手順ヲ開始シタ。乗員ガイルノナラ、コノ帯域デ返答サレタイ】
「ユーリ、あの生命体に船が牽引されている。加速度の発生を確認した。敵対行動と認識する。早急な離脱行動を進言する。」
「いやまて」
ままよ、やらないよりまし。僕は自分の所属(銀河帝国偵察局所属、オズワルド号)と必死に思った。スフェーンが牽引を振り切って脱出するよううるさい。このでかい目は気付いてくれないんだろうか。
【おずわるどごう 君の申告を認識した。今、ギガント=アイにも伝える。】
別の声?
「スフェーン、他に接近中の物体はないか?」
「見当たらない。 いや、訂正する。先程まで認識できなかったが、距離4kmに接近中の認識不能物体が存在する。」
「はっ?認識不能物体の認識ってなんだ。スクリーンに出してくれ」
「了解。該当物体の識別はユーリに任せる」
AIが責任放棄って、何が起こっている。そう思ってスクリーンの映像を見た僕も絶句した。
宇宙空間を赤い鱗の翼竜にまたがった男の姿がそこにあった。
【本星系警邏部本部長、ク=イットと騎竜フローランスだ。銀河帝国偵察局 オズワルドゴウに挨拶を送る】
「スフェーン。牽引は?」
「停止されている。あれは一体?」
「現地の人らしい。」
「ゆーり、私は記録を残すことに専念するよ。この現象への考察は自我の崩壊に繋がる可能性が高いと、保守システムから指摘があった。」
これが、科学に頼らない文明との接触の第一歩だった。
★ ★ ★ ★
第二銀河帝国、偵察局記録
人馬宮方面第三管区 第三未踏星域 自転進行領域 第四回探査
第13班 偵察船 オズワルド 乗員 ユリアヌス・オーェン AI人格 スフェーン
探査対象
褐色矮星ブラウニー
青色巨星アジュール
赤色巨星ブラッディメアリー
黄色星 クリソベリル
クリソベリルへの植民可能性が第一目的だったが、その手前の星系ブラッディメアリーにて未知の文明と接触。現在、ブラッディメアリー星系文明との外交関係樹立の折衝が行われている。
スカイラークじゃないけれど、起こってしまったらそれは事実なのです。
小惑星の影からビホルダーがにゅーっと顔を出すイラストを思い出して、書きつらった。反省はしていない。
科学と魔法、魔法と超能力、超能力と科学はそれぞれ直行するので互いにセンサーでは感知できないことにしています。