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「stargazer」  作者: 熊翁
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「鉄砂漠の渡り方」⑤

 瓦礫と鉄屑の丘が両側に迫った細い谷のような場所を、アルシノエはひとりとぼとぼと泣きながら歩いていた。


 もはや泣き声を隠すこともしない。迷子の幼子のようにしゃくり上げながら、足を止めるのを恐れるかのように歩き続けた。


 ここが一体どこなのか、考えるだけ無駄だった。どうやってここまで来たのかなんてさっぱりわからなかったし、この先に何があるのかなんて知ったことではなかった。帰り道やガルバたち、ファイバのことなんて考えたくもなかった。


 疲れていた。


 どこかで休みたかった。


 でも、足はまだ歩け歩けと急かしてくる。


 ――どこまで行けばいいの……。


 なんの理由もなく選んだ右側の丘をよろめきながら登る。登り切ったところで、視界が開けたと思った途端足場が崩れた。


 アルシノエは為す術もなく向こう側に転がり落ちる。


 重力にされるがままの勢いでアルシノエはめちゃくちゃになって斜面を転がり、平らになった瓦礫の上にボロ雑巾のように投げ出された。


 目を開ける。


 空が見えた。相変わらずの、息苦しいくらい白く濁った空だった。アルシノエはこんな目に遭っているのに、その相変わらずの変わりようのなさに八つ当たり以外の何物でもない怒りを覚えた。「うぅぅぅぅぅっ!!」涙声で、獣のように唸る。それで変わる現実なんて、なにひとつない。


 アルシノエが落ちてきた斜面が見える。綺麗な弧を描いた斜面だった。そこは、とんでもなく大きな円形の窪地の中だった。ファイバの巣があったところもそうだったが、不規則なうねりの続く鉄砂漠の中でこの窪地の円形は今更ながら不自然に感じる。


 アルシノエはそれをしばらくぼんやりと涙越しに眺めたあと、力なく目を閉じた。


 身体が、鉛のように重かった。


 もう、立ち上がれなかった。


 頭の中にあの空のような白く濁った空気が入り込んできたかのようで、なにひとつはっきりと考えることが出来ない。


 両腕で顔を覆う。


 涙だけが、治らない古傷から流れる血のように、じわじわと溢れてくる。


 このまま眠ってしまえばいい、と思った。


 いやなことなんて全部忘れてしまおう。そうしたらきっと、次に目が覚めたときはいつもの船の中で、お兄が隣でまだいびきをかいていて、いい匂いにつられて寝台から這い出たら、お母さんが火にかけた鍋の前にいてお父さんはそのすぐそばで道具の手入れをしているのだ。そしてお母さんがアルシノエに気付いて笑ってこう言う。「おはよ。昨日の夜すごくうなされていたけど、怖い夢でも見たの? 涙の跡が残っているわ」アルシノエはきっと恥ずかしそうに拗ねたフリをして「ち、ちがうしっ、これは、あれ! そうっ、目にごみが入って痛かったのをずっとがまんしてたのっ、そうなのっ」目元をごしごしとこすりながらそう言うはず。今日も、昨日も、一昨日も、その前も、そのずっとずっと前も迎えた朝を、明日も迎えるのだ。


 ――現実はどこまでも残酷で、容赦がなかった。


 振動を感じた。


 アルシノエは目を固く閉じて、両腕で必死に頭を抱え込んでその現実を拒絶した。


 再び、振動。また、振動。さらに振動。


 我慢できなかった。


「いやだぁぁぁっ! もうやだよぉぉぉっ!!」


 声を上げて泣いた。


 一番大きな振動。ほぼ真上だった。


 目を開けるべきではなかった。


 六つ目の、見たこともないほど大きなファイバ。


 斜面の上にいたそいつと、目が合った。


 凶器のような耳鳴り。歓喜の色を帯びた電磁波の叫び。


 心が、バラバラに砕けた。


 腰が砕けて立ち上がることも出来ず、アルシノエは獣のように無様に這いずって逃げる。


 嗚咽は止まない。


 アルシノエの頭にふと浮かんだのは、今日の夕飯はなんだったのかな、なんていう場違いなことだった。


 だから、


 掌に感じた小さな小さな違和感にも、


 微かに上がった電子音にも、


 気付くことができなかった。


「……だれか……たすけて……」


 アルシノエの口から、雫のような呟きが零れ落ちる。



 三万二千六十一回分の夢の扉が、ゆっくりと開いていく。

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