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「stargazer」  作者: 熊翁
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翼のない天使②

 地上にある建物群と比べて柵で囲われた敷地面積はやりすぎなくらい広大で、柵を越えても建物群までは一キロくらいある。二人はおまけのようなその一キロをゆっくりと歩いていく。


 この基地がどうやらもう機能していないことを、ハルカナは知っていた。この基地の話を聞いたその日の夜から、何度も通信を試みてきたからだ。しかし何度やっても応答はなかった。少なくとも、こうしてやってきたハルカナたちを出迎えてくれるような人間は、ここにはいない。


 ハルカナを前にして、二人は基地の中を進んでいく。


 この基地に関する情報を、ハルカナの記憶野はかろうじて覚えていた。この基地が作られた目的や設備のことも、残された数少ない記憶野のデータの中に入っている。そこから得られる基地の重大な目的や驚異的な設備の情報と比べると、地上にある施設は目を疑うくらいに地味で規模が小さく、むしろ普通さの点で驚異的な建物ばかりだった。崩れかけの倉庫群、明らかに人がいそうにない兵舎、どうにか形を保っている管制棟、がらんどうの格納庫、廃墟と化した司令棟。どうにかそれらしいものといえば、基地内のどこからでも見えるほどに巨大な、斜め四十五度の角度で地面から突き出したマスドライバーのカタパルトバレル先端部と、その周囲に三基ある、小さなビルくらいの大きさはあるレーザー発振器格納ドームくらいだ。


 それでもアルシノエにとってはすべてが興味津々で、今にも涎を垂らさんばかりの表情で忙しなく首を巡らせている。


「……ここってさ、ファイバの支配領域だからさ、あんまり人入ったことないんだよね。うちもはじめてだし」


「ハルカナも。ハルカナもです。はじめてです」


 アルシノエがあちこちに目をやりながら、


「うん知ってる。 ……ファイバ、いない、ね。いない?」


 ハルカナは音響センサーと電磁波センサーに意識を集中し、


「――、いないです。少なくとも近くには。巣があるとしたら、おそらく地上ではないでしょう」


「そっか。なら……ちょっとくらいなにか探してきても、ってそんな場合じゃないよね。 ……でもなにかありそう。ないかな? あそこの倉庫みたいなとことか探してみたい。あっちの建物の中とか」


 アルシノエはすでに遺物を求めるシーカーの顔になっている。今にもその辺の建物に駆け出して行きそうだが、そこを我慢できるくらいの理性は残っていたようだった。


 ハルカナはアルシノエをなだめるように、


「大丈夫なのでっ。『メガホイール』に上がればもっとすごいのがありますのでっ」


「そっか……、そうだよね。だって楽園の星だもんね。 ……んー、でもさでもさ、もしかしてこん中のどっかにハルカナを直せるものとかあるかも……」


 アルシノエが未練がましく理由を上乗せしてくるが、残念ながらそれは無理だった。


 ハルカナは特別過ぎるのだ。


 だから、この辺にあるような部品が、例えそれがまだ使用できたとしても、ハルカナの機体に使える、なんてことはほぼないだろう。


 といったことを、ハルカナはアルシノエに伝えることができなかった。それをそのまま伝えても、彼女を悲しませるだけだと思ったからだ。


 返したのは微妙に異なる言葉だ。


「大丈夫です。『メガホイール』に帰れたらハルカナもちゃんと直してもらえますので」


「そっか……、そうだね。さっさと楽園の星に行けばいいんだよね。うちもみんなに早く会いたいし」


 ようやく遺物に対する未練を断ち切ったのか、アルシノエが実に眩しい笑顔を浮かべた。


 それを聞いたハルカナは、


 表面上は表情を変えないまま、内心で首を捻った。


 アルシノエの言う「みんな」が誰のことなのか、今のハルカナにはわからなかった。


 残されたメモリのどこをどれだけ引っくり返しても、該当する情報が記憶野の中には存在しなかった。


 ハルカナは考える。アルシノエにも、宇宙で暮らす仲間がいるのだろうか。いや、そんなはずはない。ハルカナは即座に否定する。アルシノエはこの大地から離れたことはないはずだ。じゃあもしかして、アルシノエの言う「みんな」っていうのは、ハルカナの仲間のことなのかもしれない。ハルカナは覚えていないが、いつかどこかでハルカナの仲間の話をアルシノエにしていたのかもしれない。それを聞いて、アルシノエはハルカナの仲間たちに早く会ってみたくなったのかもしれない。きっとそうだ。それならつじつまが合う。そうに違いない。


 ハルカナはひとり納得した。


 アルシノエとの、いくつかの思い出も忘れて。


 その、忘れたことにすら気付けないまま。


 早くみんなに会わせてあげたいと、無邪気にそう思った。


 ◇


 目的もなく基地内をうろついていたわけでは、もちろんない。


 何をするにしても、まずは基地の機能をある程度回復させる必要があった。そのためには、基地への電気の供給源を復活させなければならない。


 天文学的数値の電力を消費していたこのジョバルド基地には、自前の核融合型原子力発電所が備えられている。いや、いた、と言うべきだろう。今はもうその発電所の機能は停止している。今からその発電所を復活させるだけの時間的余裕も資材・道具も専門知識もないので、ハルカナは管理棟と呼ばれる建物を探し出した。その、コンクリートと四角だけで構成された味も素っ気もない無味無臭の建物は、この基地を維持する上で必要な機械・設備を管理する、その名の通りの建物である。ハルカナたちは廃墟と化したその中を捜索し、約十分後、地下の予備電源室へ降りる階段を発見した。管理棟の地下の大半を占めるその部屋は広さも高さも相当なもので、その中央にはこれもまた桁外れな大きさの地熱式の発電機が、真っ暗な中でも存在感たっぷりにででんと鎮座していた。アルシノエの持つ投光器の明かりだけを頼りに、凝り固まったかのような暗闇の中ハルカナはその発電機を弄繰り回す。見たところ、どこも壊れてはいないようだった。ハルカナはスターターをプル、起動用エンジンが意外なほど軽快に回り出し、それにつられるように重低音の唸りが発電機全体から上がり出し、次第に部屋全体を揺るがす雄叫びに変わり始めた。この部屋を起点に、建物全体、さらには基地内すべてへ電気の唸りが駆け抜けていく。


 数十年ーーもしかすると一世紀以上ぶりに、基地が目を覚ました。


 ハルカナはしばらく、基地が目覚めるその感触に浸っていた。


 思えば、ハルカナも数十年ぶりにアルシノエによって起こしてもらった身なのだ。そのハルカナが、今こうして別の機械たちに数十年ぶりの火を入れてあげている。そう考えると、何とも言えない思いが感情野の中に自然と沸き起こった。ハルカナにはその感情に明確な名前を与えてやることはできなかったが、ひとつ役割を終えた、そんな思いがふと人工神経回路網内に浮かんだ。


 ハルカナは我に返る。いつまでもこうしている場合ではなかった。

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