「鉄砂漠の渡り方」①
来ないほうがいいんじゃないか、と言われて素直に従うアルシノエではなかった。
あんたたちだけでなにができるの、と言い返し、この中でいちばん撃つのがうまいのはうちなんだからね、と納得させ、人数多いほうがいいでしょいろいろと、と最後にはうまくまとめて、サボットスラグ銃をひとつ引っつかんでガルバたちについていった。
どっちにしろ、停泊地に残っていてもまだ半人前のアルシノエにできる仕事はあまりない。あるとしても、道具の手入れだとか、自分よりも小さい子供のお守りだとか、見るからに面倒くさそうな雑用とか、アルシノエにとっては退屈に感じることばかり。そんなことはできればしたくない。アルシノエは早く父や兄のような一人前のシーカーになりたかった。そして、父や兄と一緒に「島」へ探索に出かけて、なにかすごい旧時代の遺物を発見するのだ。しかし、この前その話をみんなにしたら、まだ二年は早いと言われた。二年なんて、アルシノエにとっては想像もできない長さだ。何回寝ればいいんだろう。
ここ最近の探索が空振り続きだったこともまずかった。ひと月ほど前に「八重船」の街を出てから、今のところどの「島」からもまともな遺物ひとつ発見できていないし、新しい「島」の情報なんて滅多にない。シーカーは遺物を探し出して売るのが生業だ。なのに価値のありそうな遺物ひとつ見つけられなかったら、このまま次の街へ行ったところで売る物がない。何も売ることができなければ食料を買うことさえできない。アルシノエたちの家族団は中型履帯船八隻程度の小規模のものとはいえ、このままでは一週間と待たずに自分たちが遺物になっちまう。困ったもんだ。と大人たちが話していた。アルシノエもそんなのはいやだ、と思った。
今も大人のシーカーたちはみんな「島」を探しに鉄砂漠へと出払っていた。
残っているのは、女と、年端も行かない子供と、一人前のシーカーに憧れるそれより年上の子供たちだけだった。
行くとしたら自分たちをおいて他にいない、とアルシノエはそのとき思ったのだった。
◇◇
シーカーは目がいい。
そんな言葉をたまに耳にするが、それは逆だとアルシノエは思う。
目がいいシーカーしか生き残れないのだ。奴らが潜むこの鉄砂漠では。
少なくとも、見つけられるより先に見つけることができる程度の視力がなければ。
かくいうアルシノエも目はいい方だと自分では思っている。証拠ならある。街や「島」を見つけるのも早いし、大人たちだって目だけはいいといつも褒めてくれている。――なんだかちょっと引っ掛かる言い方だけれど。
そのアルシノエが目を凝らしてみても、鉄砂漠には本当に何もない。資源にもならない真っ赤に錆びた鉄屑と原型の影も形もない瓦礫に埋もれた世界が呆れ果てるほどどこまでも続いている。この無限とも思える量の瓦礫と鉄屑が、かつてはこの星の大地のほぼ全てを覆い尽くしていた積層都市の成れの果てだなんて、アルシノエにとってはほとんどおとぎ話も同然である。
見上げれば分厚い塵で白く濁った空が太陽の光さえ淡く遮っている。青い空なんてアルシノエは数えるほどしか見たことがない。
この景色に変化があるとすれば、勘違いのように崩れるのを免れた旧時代の積層都市跡の「島」がある程度だ。
アルシノエたちが今探しているのも、そういった未だ手付かずの「島」だった。
オレたちも「島」探しに行こうぜ、そう言い出したのはやっぱりガルバで、彼らが何かをしでかすときは大体いつもこうやって始まる。その一言に乗せられて停泊地に停まっている船団をこっそり抜け出したのはアルシノエを含めて全部で六人。ガルバとアルシノエの他にスラ、アムポ、レウコ、ナシカという、大人たちからはよく「いつもの」と言われている面子だ。その「いつもの」という言葉の響きには、どちらかというと「困った」とか「仕方のない」とかいったような意味合いが強いのが、彼らのまとめ役を勝手に自負しているアルシノエには少々気に入らなかったりする。
言い出しっぺだけあって、先頭を行くのはガルバだ。単車の扱いも手馴れたものだが、そのすぐ後ろに続くアルシノエも負けてはいない。二台に分かれた残りの四人は遅れがちだ。
長すぎて誰もが単車というが正式にはそれは車輪付き単線履帯といって、一本の履帯に座席と操縦桿とぶっとい車輪をひとつくっつけただけの実に単純な構造をした乗り物だ。しかしこの無限に続くかのような瓦礫と鉄屑の世界ではとても重要なもので、これを乗りこなせてシーカーは一人前だと言われるくらいだし、そう簡単には触らせてもらえるものでもない。
ないはずなのだが、ではなぜ今ここに四台もあるのかというと当然拝借してきたのだ。もちろん無断で。バレたらまずいとアルシノエも思うが、同時にバレる前に返せば大丈夫なんじゃないかな、とも思っていたりする。このへんがやっぱり「いつもの」六人の一員なのだろう。アルシノエもガルバも大人のシーカーと遜色ないほどに単車を扱えるのも勝手に持ち出して乗り回すということを日常的にやってきた賜物だったし、変化の乏しいシーカーの旅路においては、アルシノエたちの格好の遊びなのだった。こうして操縦桿を握り、瓦礫と鉄屑を掻き分けながらいくつもの鉄砂漠のうねりを乗り越えていくだけでも自分も一人前のシーカーになったような気がして、アルシノエは訳もなくくるくると踊り出したくなるような気分になるのだ。
――いけないけない。
アルシノエは楽しさに緩みがちになっていた口元をん、と引き締めた。アルシノエはみんなのまとめ役なんだから、ちゃんとしなきゃ。
アルシノエは自分の考えるところのちゃんとした行動をとった。具体的には、真面目くさった声を作って前を行くガルバに問い質したのだ。
「ねえちょっとガルバ、どこまで行く気?!」
ガルバがちらっとアルシノエに視線を投げてよこした。
アルシノエよりもちょっとだけ背が高くて、アルシノエよりもちょっとだけ力が強くて、アルシノエと同じくらい気の強そうな顔をしたガルバは、よく言えば行動力に溢れたやつだ。今回の探索を言い出したのもそうだし、探索服のあちこちの物入れがパンパンに膨れるほど望遠鏡や薬やナイフなどの小道具、予備の弾薬に閃光音響手投げ弾なんかまでちゃっかりと持ち出してきているのも実に彼らしい。アルシノエでさえサボットスラグ銃だけにしたのに。しかし同時に、その自信満々な行動には往々にして根拠がなかったりするのもまた、ガルバなのだった。
今も、ふいっと視線を前に戻し、知ったふうな口調で、
「どこまでってお前、後ろ見てみろよ! まだ「鉄柱」余裕で見えるじゃんか! 少なくとも、あれが見えなくなるところまでは行かなきゃな!」
ガルバに言われてアルシノエが背後を振り返ると、果てしない瓦礫と鉄屑の丘の連なりのはるか向こうに細長い構造体がちょこんと頭を覗かせていた。結構な距離がある、とアルシノエなんかは思う。
ガルバに向き直り、
「もう十分離れてると思うんだけど! 見えなくなっちゃったら道標の意味なくない?! みんなのとこに戻れなくなるし!」
変化の乏しい鉄砂漠においてはあの「鉄柱」のような構造物の名残や「島」、街などの特徴的なものを道標にしていかないと数キロも行かないうちに迷ってしまう。
ガルバがアルシノエを見て、ふふんと鼻で笑った。
「なにお前?! もしかしてビビってんの?!」
その言い方にアルシノエはちょっとカチンときた。
「なに言ってんのこんくらいでビビるとかないしまだ余裕だしでももう二十分くらい走ってんのよ大人だって近くにいないしこのへんだって探してないかもだし見えなくなるまでってどこまでよなにか当てはあるわけ?!」
一気に言われてガルバはあっさり面倒くさくなって、放り投げた。
「あーうるさいうるさい、スラあとよろしく!」
アルシノエはギロリとスラを振り返る。スラが、こっちに飛び火した?! という顔をしていた。
「あー、えっと、アルシノエの言うことはもっともで、大人たちもそう考えてると思うんだよね、」
「ほらねほらね!」
アルシノエは勝ち誇った顔でガルバを振り返るが、スラが続けて、
「あ、だからさ、このへんも誰かが探索に来るか、もうされてるかもしれないわけで、っていうことは、「鉄柱」からもっと離れたところはまだ誰も探索してない可能性が高いんじゃないかと……」
なんだかもっともらしい意見を言われて、アルシノエは咄嗟に反論もできない。
スラの後ろに乗っていた最年少のナシカが、ぱっと表情を輝かせて甲高い声を上げた。
「あ、そしたらさ! なにかいいもの見つけたらさ! ぼくら一人前のシーカーにしてもらえないかな!?」
「お、それはもしかしたらあり得るかもだな!」
ガルバが無責任に賛同する。
「ほんと?!」
「どれくらいのもの見つけたらいけそうかな」
「動くエンジンとか? 武器でもいいな。機関銃とか大砲とか強力なの」
アムポとレウコが乗る単車も近付いてきて、一緒になって盛り上がる。
そうなったらうれしいな、と心の中では望みながら、それはない、とアルシノエは頭の中でわかっていた。
「そんな簡単に一人前のシーカーになれるわけないじゃない! それに、あんたたちわかってんの?! うちら勝手に出てきて、しかも勝手に単車四台も持ち出してきてんのよ?! ほかにもいろいろ持ってきてんでしょどうせガルバのことだから! 怒られるに決まってるじゃない!」
「だからさ!」
ガルバがニヤリといたずらっぽく笑う。
「なんとしてでも、まずは「島」を見つけなきゃ、かっこわるいじゃん!」
「カッコいいとか悪いとか、そんなことはどーでもいいのよ」
アルシノエは呆れたように呟いた。
確かにガルバの言うことにも一理はある。どちらにしろ怒られるのは避けられないにしても、最低でも「島」、出来るならなにかいい遺物を貢ぎ物として差し出せば少しは説教の時間を相殺してくれはしないだろうか。
とはいえ、ガルバの意見には素直に頷けないアルシノエであった。