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「stargazer」  作者: 熊翁
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歩くような速さで③

 昼前に出発できたのでよしとするべきかも知れない。


 荷車の天幕を畳むのも、おもちゃ箱の中身よりも酷い散らかり具合の荷物を片付けるのも全部アルシノエがハルカナに教えた。ハルカナは何故か嬉しそうにあの薄い本を取り出して、


「ベンキョウは得意なのでっ。忘れないように書いておきますっ」


 と猛烈な勢いでペンを走らせていた。


 停泊地の中から奇跡的に見つけたまだ動く単車に荷車をつないで、二人はようやく出発した。


 向かう先は、メムノンの天井街である。


 ここからだと大体二日の道のりになる、という話を大人たちがしていたのをアルシノエは覚えている。前に一度メムノンに行ったことがあるのも覚えている。とはいえそれはもう何年も前の話で、当時はまだ兄ちゃんの後ろにくっついていくことしかできないくらい幼かったので断片的な記憶しか残っていない。今でもはっきりと思い出せるのは、大きな大きな立体の迷路のような骨組みと、その上の大きな大きな天井の上に街があったこと、雲に届きそうなほどに高い塔と、びっくりするくらい人がたくさんいたことくらいだ。


 ここからの距離を考えても、街の大きさや安全度合いを考えても、逃げ出したアイルのみんなはメムノンへ向かったに違いない。アルシノエは一片の疑いもなくそう信じている。


 単車のハンドルを握るのはアルシノエの役目だ。ハルカナがこの辺のことを知ってるわけがないから当然だ。ハルカナはそれでもじいがどうとかじんこうがなんとかよくわからないことを言ってて、返事が来たら道わかりますとか言っていたがアルシノエとしては彼女に頼るつもりは微塵もない。


 視界が届く限りの瓦礫と鉄屑のこの鉄砂漠では、道案内は命に関わるほど重要なものなのだ。実際、アイルでは道を示すのは長老たちの役目で、彼らは地図などなくとも全ての地形を頭の中に叩き込んでいるという話だった。一人前のシーカーですらないアルシノエの脳内の地図はもちろん真っ白で、頼れるのは手書きの分かりづらい地図と方位磁針だけだった。


 目指すメムノンは、地図によればここから北北西。アルシノエは地図を片手に、ハルカナを後ろに乗せてメムノンへの最短の道のりを進み出す。


 最初のうちは気合いも十分で、話をする元気さえあった。ハルカナのことを色々と聞いた。彼女の故郷の話や、なんであんなところで砂の中に埋もれていたのか、といったことなんかも話してくれた。彼女が語った、空の上に浮かぶ大きな街や、船で地上に降りてきたなんていう話は、アルシノエの知る星の神様の言い伝えにとてもよく似ていた。つまらなくていつもうとうと聞いていた長老たちの説教だと確か、空の上に楽園があってシーカーはそこへ行くための手段を探して、鉄砂漠を渡り歩いてるのだとか。ハルカナはもしかしたら本当に、言い伝えの中にある空の上の楽園から来たのかもしれない。アルシノエは少しだけそう思った。


 昼近くになって、一度地図と方位磁針を確認してみたとき、大変なことに気付いた。


 進む方向がいつの間にかずれていたのだ。


 アルシノエは北北西に向かって単車を走らせていたはずなのに、知らないうちに北西の方角に曲がっていた。アルシノエはあっけなく思考を蒸発させて、なんでといつからをうわ言のように繰り返しながら無意味に地図と周囲に視線をさ迷わせた。現在位置を完全に見失っていた。せめて太陽の位置が正確に分かれば気付けたかもしれないのにとか、もっと早く確認しておけばとか後悔ばかり頭に浮かぶが今さらどうしようもない。どうしたのですかと心配そうに訊いてくるハルカナにちょっと黙っててと冷たく当たり、現在位置がどこであれとにかく北北西に進むしかないのだという結論に至るまで十分くらいかかった。


 次は目印を決めて進むことにした。


 進行方向の地平線付近にうっすらと見える、周囲よりも一段と大きな鉄屑の丘。それを正面に見据えて単車を走らせるようにする。同時に方位磁針も頻繁に確認する。時刻は昼を回ったが、遅れた分を取り戻したい一心からアルシノエは休憩も取らずに走らせ続けた。単車をこれほど長い時間運転し続けるのはもちろん初めてのことで、これほどまでに疲れるものかとアルシノエはぐったりする。ずっと同じ姿勢の全身はゴワゴワに強張って、鉄屑の丘を越える度に衝撃でお尻が痛い。何よりうんざりするのは、ずっと同じ景色が延々と続くことだ。知らず知らずのうちに脳みそが活動を停止していて、ぼーっと目の前を眺めているだけになる。もう話をする余裕も元気もなかった。


 ずいぶんと進んだ。


 地平線の辺りにあった小高い丘が、今は小さく小さくその姿を確認できるまでになった。ずっとそれを見据えて走らせてきたアルシノエは、着実に前に進んでいるという実感を覚えて少し元気を取り戻す。そこではっとなった。丘をぼんやりと眺めているだけになっていて、いつからか方位磁針を確認するのを忘れていた。慌てて取り出してまたもや絶望する。今度は北の方にずれていた。力が萎える。止まりそうになる。どうかしたのですかと声をかけてくるハルカナになんでもない、と怒ったように返した。二度目の失敗で気力をごっそりと奪われたが、一度目よりも冷静さは失わなかった。


 これでわかった。


 曖昧な目標はかえって迷うだけだ。


 目印となるものがほとんどない鉄砂漠を進むことの難しさをアルシノエはようやく理解した。最短の道のりで進むことは泣く泣く諦めて、数少ない目印を確実に辿ってジグザグに進むことにした。時間は余計にかかるだろうが、鉄砂漠のど真ん中で迷うよりははるかにましだと判断した。確かに、手書きの地図にも目印になる道標や「島」なんかが大きく描かれていた。それはつまり、そういうことなのだろう。アルシノエは進行方向をそのままほぼ真北に固定し、いままで見ていた小高い丘を目標に単車を走らせた。


 それから二時間あまり、今度こそ方向がずれることなくその小高い鉄屑の丘に辿り着くことができた。


 日はもう落ち始めているようで、周囲に薄暗さが混じる。ここからさらに先に進むとなると次の目印に辿り着く前に完全に夜を迎えることになるだろう。予定していたよりも進めていなかったのでアルシノエは気持ちではまだ進みたかったが、自分の疲労とハルカナの意見をくんで今日はここで野営をすることにした。


 単車を鉄屑の丘の天辺に停め、荷車に天幕を張る。食事は干し肉と豆のスープっぽいものを作って食べた。味付けの仕方などさっぱりわからず、食べ物の範疇にどうにか収まる代物、という出来だったが腹さえ満たされればいいと我慢する。


 機械のように食事を終えるなり、アルシノエは寝袋に潜り込んで十も数え終わらないうちに眠りについた。夢を見ることもなく泥のように眠った。

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