人間卒業
「こっちに逃げましたわっ! 追えっ! 絶対ににがすんじゃありませんわよ」
くそっ、もう追ってがきたか。街から逃げ出したのは夜になったばかりの頃。俺は藪の中で身を潜めていた。すぐ目の前を屈強な男が何人も通り過ぎる。
俺は盗賊だ。別に盗むことが悪いなんて俺は思っちゃいない。生きるために、人のモノを奪う。当然だろう?大金持ちの屋敷には宝石が両手でかき集めても足りないくらい、腐るほどあった。一つ監禁すれば、いったい何年遊んで暮らせるだろう。考えてだけでも、わくわくするね。
ライトで照らされて俺は森の奥へと走っていく。周囲では男どもの叫びがひっきりなしに続いている。
「このクズ野郎!」
「さっさと死ね!」
なんて物言い。俺は落ち込むどころかむしろ快楽を感じていた。なんとでもいってくれ。この世は金だろ。地位も名誉もゴミ箱に投げ捨ててしまったよ。今の俺にあるのは今日を生きる。ただそれだけだ。
道路が敷かれているのは街につながる証。当然、そこには警備の者たちが待ち伏せをしているだろう。追ってから逃げながら少しだけ俺は焦りが出始めているのを感じた。
その時、一匹の巨大なスライムが俺の行く手を阻んでいた。
「どけっ!」
魔物に何を言っても無駄だ、というのはギルドで一番最初に教わる事だ。彼らは人をだます事や、そもそも会話が成立しない場合が多い。魔物と仲良くなるなんて所詮はおとぎ話、そんな事するくらいなら戦った方がましだ。
俺は短剣をスライムの心臓めがけて突き刺した。鈍い感触、まるでゼリーを斬っている時のようだ。そのスライムは俺に近づくと、
「食べまーす!」
あろうことか喋り始めた。さすがの俺も状況を忘れて腰が抜けてしりもちをついてしまう。サキュバスが誘惑する目的で喋るならともかく、最弱のスライムが喋るだと聞いた事がない。その時、どうしてか俺は戦おうという気が全くしなかった。スライムが大口を開けてゆっくりと近づいてくるのをただ見つめるだけ。それが俺の人間としての最後となった。
△
「ああもう、どこに行きましたの……あらっ?」
「ピー!」
「まぁかっわいいですわ! 名前はなんといいますの」
スライムに何を聞いてやがる。こいつ馬鹿か? ってどうなってんだーー! なんで俺スライムになってんだよ。俺が宝石の盗んだ家の娘だろう、さっきまで俺を追いかけまわしていた女が黄色い声を上げた。ああ、うるさい。
「私、これ飼いますっ。って、ここに宝石がっ!? 貴方賢いスライムですね。名前はムーちゃんに決めましたっ! ムーちゃんこれからよろしくですわー」
ええい、頬を引っ付けるな。うら若き女のぷにぷにの肌があたる。どうやら俺、スライムになったようです。