昔のお話。小さな村の幸せ一家
温かい日差しが降り注ぐ窓辺に一人の女性は、編み物をしながら外で遊ぶ1人の少年を眺めていた。
「お母さんお母さん!見てこれ!」
「あらあら!綺麗な花ね」
玄関から勢いよく扉を開け入ってくる少年は白い歯を見せながら女性に花の束を差し出す。
女性をもまた優しげな、温かい笑みを返しその花を受け取った。
その空間には極々普通の、否応なしに幸せとみてとれる親子がいた。
「ねぇお母さん!さっきお父さんがね!大きくなったら僕に剣と魔法を教えてくれるって言ってた!」
「そう、それはよかったわね。」
少年は身振り手振りで戦う様子を見せる。女性はクスクスと口に手を当てて笑う。
「それでねそれでね!僕ね!お母さんを守れるような凄い英雄になるんだ!」
「…そう。楽しみに待ってるわ、ユウ」
「うん!!」
女性は少年、ユウの頭に手を乗せ優しく撫でる。
ユウは目を閉じ気持ちよさそうに笑っていた。
ここはナレフ村。およそ50程の他の村と比べても小さな村だが農作物が盛んでみずみずしく、とても美味しいと評判が良い。
そんなナレフ村は住民達も仲が良く、月に一回は全員でご飯を食べる。他の村ともよく交流し、とても充実した村であった。
「エネサさんおはよう」
「あ、フェノンさんおはようございます」
近所の挨拶もごく自然のありふれた風景。子供達が遊ぶ声も大人達の痴話話も。
そして少年、ユウは母に花を渡した後、勢いよく友達の元へ走っていった。
「エネサさん家のユウ君。本当に元気が良くて活発で何よりすごく親想いで良い子ですよね」
ピクピク。
エネサは隣から聞こえる会話に耳が反射的に傾く。
洗濯物を干しながら聞き耳を立てバレないようにチラチラと視線を傾ける。
そこから聞こえる子供の評判にエネサはニヤけが止まらず機嫌も急上昇で上がっていく。
それも仕方の無いことだろう。子供を褒められ嬉しいともわない親がどこにいようか。
エネサはニヤける顔を抑えず、鼻歌交じりに家へと入る。そしてまだ途中だった編み物を手に取り、椅子に座る。
「今日はなんて良い日なんだろう」そんな事を思いながら椅子を揺らしながらゆっくりと編んでいった。
暫くすると家の外からゴトゴトと音を鳴らし家の前で止まると扉が開く。
「おっ、何だエネサ。今日はやけに機嫌がいいじゃないか。何かあったのか?」
「セルガ!聞いて聞いて!ユウがね!親想いの良い子って褒められてたのよ!」
セルガは爛々と目を輝かせズイっとよってくるエネサを諌める。
そして肩にかけた斬った木を下ろして椅子に座るり、もう何度目とも分からない子供の、ユウの自慢話に苦笑しながら微笑む。
「そしたら、ユウったらお母さんを守れるような凄い英雄になるんだって言ってね…」
「そうかいそうかい」
「もうセルガったら!ちゃんと聞いてるのかしら!」
「その話しさっきからずっと聞いてるんだよ…」
かれこれ1時間、違う話しになってはまた戻ってユウが守れるような…という話になる。
セルガも父親として誇らしいし何より凄い嬉しい面もある。
だがしかし、同じ話を同じ体勢でずっと聞いているのは中々堪えるというもの。
さっきまで仕事をしていた部分もあり腰が少し痛い。
セルガは一息つこうと紅茶を取り出し自分とエネサのコップに注ぐ。
「ユウは何でも吸収が早くていつかきっと凄い子に育つと思うの」
「あぁ、そうだな」
感慨深げに窓の外に広がる村、ユウと子供達が遊ぶ風景を眺めながら顔を綻ばせる。
きっと、大きくなったら本当に凄い英雄になっているかもしれない。偉い王様になってるかもしれない。もしかしたら結婚して子供を見せに来るかもしれない。
考えたら止まらない幸せの光景。
そして、そこに写る笑顔のユウを見てまた笑顔が咲いてしまう。
セルガはエネサの隣に座り、エネサの肩に手を置き抱き寄せる。
「楽しみね」
「あぁ、きっと俺達のド肝をぬくような事をしてくれる凄い子に育つよ」
「…そう、それと。今日は何の日か分かるわよね?」
「忘れるわけないだろ?」
エネサは立ち上がると何か思いついたと手を叩きごにょごにょとセルガに耳打ちする。
セルガは「エネサらしいな」と笑い同意した。
その夜はお肉にお肉にお肉の、お肉パーティー、ユウの好きな物づくしになった。今日ぐらいお肉だらけでもいいだろう。そう言い、鼻を鳴らしドヤ顔で自分の料理を誇らしげに出すエネサ。
そしてお皿、コップを出しながらテーブルに並んでいく肉達をみて目を輝かせるユウとせこせこと料理を運ぶセルガ。
「ちょっと多すぎないか?」
「いいのよ!今日はパァっと奮発しないと行けない気分だったのよ」
「お肉!お肉!」
「しょうがないな…」と苦笑し席に着く。
テーブルに彩られた料理の数々は3人の空腹の腹を満たすのには充分で祝うにはもってこいの品々だ。
そしてエネサ、セルガは少年、ユウに向けて言葉を贈る。
「「誕生日おめでとう!!」」
「うん!ありがとう!!お母さん!お父さん!」
それからテーブルに乗せられた料理はみるみるうちに無くなっていく。
がっつくなと言われても肉があれば手が出てしまうのが男の性、かもしれない。
エネサはそんなユウの頬に手を伸ばす。
「ユウ。もし将来、すっっごく辛くてもう嫌だ、助けてーって思う日が来たら…私達じゃなくてもいいの、ユウが信頼できる人にちゃんと相談するのよ?…でもユウは何でもこなせる子だから大丈夫かな?」
そしてセルガももう一方の頬に手を伸ばし語る。
「ユウが大きくなって凄い子になったら…いやならなくてもいつかお父さんと一緒に剣を交えてくれな!約束だぞ」
ニカッと笑いまた肉にがっつくセルガ。
家族の団欒に温かく心地よい雰囲気。そうしてカミノギ・ユウは9歳を迎えた。
「……」
村に静寂が流れる、寝静まった真夜中。
ふと目が覚めたエネサは隣で寝ているユウの頭を優しく撫でる。
可愛らしい寝息を立てて眠りに入るユウは本当に可愛く、その温もりは自分達の子だと実感させる。
「なに…?」
そんな時、外から奇怪な、聞いた事の無い唸り声が聞こえた。
瞬間
「モンスターが来るぞ!!!!みんな裏山へ逃げろ!!!」
突如張り上げられた声に一瞬で目が覚めるセルガは既に起きているエネサに声を掛ける。
まだ何もわからない。そう答え外を見ると明かりがついており、数人の村の住民が何かを話している様子だった。
「何かあったんですか?」
「あぁ、それがな、隣村にモンスターが現れたらしい。それも数が多くてほとんどのやつが…」
グルァァァ!!!
鳴り響くモンスターの叫声。それはすぐ近くで聞こえ村に響くには十分すぎる恐怖の訪れだった。
「話は後だ!エネサ!早く逃げろ!」
「セルガはどうするの?」
「街の住民の避難が全員確認出来たら俺も直ぐ逃げる!大丈夫だ!」
その時のセルガの顔は既に覚悟を決めていた。
「ユウを、頼んだ」
エネサは頷き家に戻るとまだ眠っているユウを揺すりながら声を掛ける。
起きたのを確認すると必要最低限の物を持ち裏山へ手を握りながら走る。
村は既にパニック寸前にまで陥っており、泣き叫ぶ者も多くいた。
「お母さん、なにかあったの?」
「少し怖いモンスターが村にやってきたからお父さん達が退治してくれるまで裏山に逃げるのよ。大丈夫、直ぐに終わるわよ」
エネサは手握る力を強める。大丈夫、心配ない。そう心に大きく示すように、ユウへの恐怖が和らぐように。
「お母、さん…あれ」
だがそんなエネサの思いは儚く砕け散る。
ヨダレを垂らし、ジリジリと距離を詰める四足歩行のバケモノがそこにはいた。
悲鳴をあげ、逃げる村の人は次々と現れるモンスターに無残に追い回され鮮血を散らした。
その光景はたった9歳の子供には痛く、受け入れ難い恐怖を植え付けた。
「ユウ!!逃げなさい!!」
心に叫ばれたエネサの声は衝動的にユウの体を突き動かした。
それでもモンスターの群れはその悲願の声を聞いてはくれなかった。
獲物を見つけたモンスターは真っ直ぐに、地を踏み、真っ直ぐに、少年、ユウに向かっていった。
ユウの目にはその瞬間がスローモーションのように遅く写りそして自分を庇いモンスターの攻撃を受けた、受けてしまった…エネサを捉えた。
「ごふっ…」
「お母さん!!!」
ユウを抱きしめモンスターの攻撃全てを一身に受ける。華奢な体からは血飛沫が飛び、吐血する。
悲鳴すらあげることが出来ない少年の体、思考はただただ守ると、自分が守ってあげると言った母が弱っていく絶望を見つめることしかできなかった。
「ユウ!!エネサ!!」
「お父、さん…」
セルガは目の前に横たわる最愛の女性に抱き寄せる。
「セ…、ルガ…?」
「あぁ…」
既にモンスターは姿を消し周りは血の海と数人の死体だけが残った。
エネサはセルガへと手を伸ばし、力なく笑う。
「ご、めん…なさい…、ね…」
「本当にな…っ…大好きだったよ…」
セルガは片方しか無い手でエネサの頬を擦る。
「ユウ、一緒に…い、られ…なくて…ごめん、、ね…」
「お母さん…お母さん…!!」
とめどなく流れ出る涙に目元は赤く腫れあがっていた。
その涙を止めた冷たく、赤く染まった優しい手を少年は握りしめる。
「今まで…も、…これ、からも…ユウを、、みて…る、…から、…ね、…」
「お母さん!!!」
「大好き…、、」
最期に思い出したのはいつもの朝、おはようと起きるユウ、セルガの姿。
そして、カミノギ・エネサは笑って少し高い空へとのぼっていった。
「…っどこまで神様っていうのはクソなんだ…」
悲しみに落ちるセルガは片方しかない手で剣を握る。
そして最愛の女性との子供。最愛の子ユウに優しく笑いかける。
「ユウ、もっと話して、楽しい思い出を作りたかったな。」
「なんで…?お父さんも、いなく、なっちゃうの?、」
最早周りを正常に見られる程ユウの精神状態はよくなかった。
2人を囲むように唸り声をあげるモンスター数十匹すら目に入らぬほどに。
瞬間、少年の体は宙へと舞っていた。
セルガはユウを突き飛ばし山の下に落としたのだ。
それは最善手、少年が生きるであろう最も高い確率の決断だった。
「ユウ、俺とエネサはお前の傍にずっといる。だから、だから…」
セルガは止まらぬ涙を強引に吹き飛ばし最愛の子に言葉を紡ぐ。
「…大好きだぞ、ユウ」
そしてカミノギ・セルガはこの世を去った。




