第8話 交錯する思惑
久々の投稿です。
サイランス王国暦五二六年十二月二三日。
アルティスの外出許可が下りる少し前。
「はぁ・・・・・・」
執務室の一角。
少し高価に思わせる書机、その前の椅子に腰掛け、一つの報告書と向き合っている者が小さくため息を吐いた。
彼の名は、グラウス・フィールド。
ハーマス平野という小さな領地を嘱託されている貴族である。
「どうしたものか・・・・・・」
グラウスが任されているのはサイランス王国の北端。
そこ何も無い平原に、海沿いに広がる大きな森林があるだけの変哲のない土地だった。
一つだけの例外を除けば。
森を越え、更に海を越えた先には北方魔族大陸がある。
北方といえば第二の魔王が収めている大陸で、その方面からは地を震えさせる程の轟音が鳴り響くことがあるのだとか。
それが関係していてか、森の奥地には魔物が大量に生息して、森は黒く染まっていた。
そんな土地へ飛ばされて、領地開拓をしていかなければならないのだから苦労は絶えないだろう。
元々、グラウスは冒険者であった。
冒険者は危険な稼業ではあったがリターンは大きく、そのことから腕に自信がある者にとって人気職の一つなのである。
彼は若いながら、中でも高位に位置する上級冒険者まで上り詰め、功績も多く、勲章を授かる程の実力を持ち合わせている天才であった。
そのおかげか、爵位を授かる機会を得たグラウスは、既婚していることから危険な冒険者稼業を降り、安寧を求めて貴族の末端へと成り上がったのだ。
しかし現実は甘くはなく、任された領地は安泰とは程遠い、常に危険が付きまとうと思われる危険地域だった。
そんな中でも開拓は順調に進んだ。
当初は、魔物が襲来するのを警戒していたのだが、何故か森から出て来ることはなく、こちらから立ち入らなければ襲ってこなかったのだ。
だが、開拓する上で資材は欠かせない物であり、手配するにも手間も時間が掛かり過ぎてしまうために現地調達を行うのが最善手と誰もが思うだろう。
森の開墾は必然であった。
もちろん一人で行くなどという慢心はせず、立ち上げて間もない集落から貴重な労働力である若者を集い、森への進入を決行した。
当然、開墾は困難を極めた。
開拓が優先なのはもちろんだが、若いとはいえ魔物との戦闘経験が無い者がほとんどであるからだ。
なので、グラウスは討伐隊を組織し、魔物の知識取得と戦闘訓練を並行しながらの開墾となった。
そのうえ森に生息する魔物も雑魚ばかりではなく、時にはトロールの様な巨体で強力な魔物も出現したりする。
冒険者でも集団で当らないと討伐できないほどの強敵だ、創設して間もないぱっとでの討伐隊では歯が立たなかった。
だが、それも最近になって安定してきた。
今では討伐対の数も100人規模まで増え、経験を積み、村周辺の警備に回しながらの討伐隊編成も行えるレベルまで整っている。
強力な魔物が出現した際は、近くの冒険者ギルドに要請依頼を出したり、グラウス本人が向かうことで事足りた。
開墾はそこそこ順調と言えた―――のだが、ここにきて異変が起きた。
既に魔物討伐の件は部隊長に一任している。
その者は、グラウスの冒険者時代の知人であり、実力はこの目で見ているため信頼を置いている人物だ。
だがそんな彼いわく、最近魔物との遭遇頻度が極端に減っているとの報告を受けたのだ。
最初は良いことだと思い、気にも留めていなかったのだが、それが何度も続くため違和感を感じるようになったのだ。
冒険者への依頼も出していないし、それ以外に変わった報告も受けていない。
人を恐れて奥地に篭ったのか・・・ただ移り変わっただけなのか。
「(一度調査に赴いた方が良いかもしれないな・・・)」
そんなことを思案していると、執務室の扉が開かれた。
入ってきたのはドレスを身にまとった美しい女性、グラウスの妻、カサリア・フィールドだ。
カサリアとの出会いは冒険者時代。
共に長く死地を渡ったことで徐々に惹かれ合い、爵位を得る前に婚姻した人生の伴侶である。
「ただいま戻りましたわ」
「おかえりカサリア、舞踏会はどうだった?」
カサリアには主に外交面を任せている。
グラウスは未だに常務で忙しく、周辺貴族との親睦を深められていないため、名だけでもとカサリアを送り出しているのだ。
それに彼女は元々貴族の生まれで、貴族相手の舞踏会などの作法は身に付いているし、人付き合いも上手いため、グラウスは自分よりも向いていると思っている。
「あんなの疲れるだけよ・・・あなたも、たまにはご一緒して欲しいのですけれど」
「はは、ごめんね。まだ忙しくてそちらには回れそうにないかな」
「ですわよね・・・」
カサリアは「はぁ・・・」とため息をつくと中央に置いてある応接用の長椅子へと腰を下ろした。
舞踏会で酒でも飲まされたのか、いつにもなく遠慮がない。
普段は弱いこともあり、好んでは飲まないのだ。
「(僕はそんな彼女も好きだけどね)」
グラウスが微笑みながら他愛のないことを考えていると、カサリアの視線がこちらに向いた。
「何を見ているんですの?」
「ああ、報告書だよ。最近北にある森での魔物遭遇が少ないらしくてね」
「あの森林ですか・・・それは良いことでしょう?」
「うーん、そうなんだけどさ」
「考え過ぎではありませんか?」
カサリアも冒険者だ。
安全第一なのが一番であると考えているはずだろう。
けど、だからというか、小さな不安も抱えたく無いのだ。
降りかかる火の粉は払わねばならない。
調べるに越したことはないし、何も無いならそれはそれでいいだろう。
グラウスはこの案件に対して調査隊を編成することを決めた。
「そうだね。この件は適当に済ませておくよ」
「はい。ところであなた」
「うん?」
カサリアが半眼を作りながら問いかけてきた。
何か不快にさせたのかと額に冷や汗が浮かぶ。
「もうそろそろ六時ですけれど・・・身仕度は出来ていますか?」
「あ、もうそんな時間か!」
「ええ、早く帰らないとまたエリスが心配しますわよ」
エリスとは僕達の愛娘のことで、もう一人将来有望な息子、アルティスもいる。
まだまだ幼いが、二人共自慢の我が子だ。
贔屓目に言って、共に聡明叡知。は言いすぎだが、賢いし覚えが早い。
時々、物思いに耽っては悟ったような顔をする不思議な子達でもあるが。
我が家では『夕食はみんなで』を家訓にしている。
なので普段、十九時には一家で食事を取ることを決めている。
使用人を雇っているので彼女らも、と毎回誘ってはいるのだが、家令が断固として応じることがなく、使用人の方々はいつも近くで立っているだけだ。
人に見られながらの食事ってあまり気が休まらないんだけど・・・とは思うものの、一日で一番の楽しみであるので不快に思うことはない。
二人から聞く一日の出来事。
アルティスから聞くエリスの微笑ましいところ。
エリスから聞くアルティスのダメなところ。
彼らにとっては一日一日が思い出であり、人生だ。
もちろん皆そうであろうが、僕達にとっては何よりの幸せであり、生きがいである。
これからも見守り続けてあげたい。
「ごめん。すぐ支度を整えるから待っていてくれ」
「まったく、早くしてくださいね。私は外で待っていますので」
そういうとカサリアは退室していく。
グラウスは書類の整理を済ませ、それを見送ると大急ぎで着替え始めるのであった。
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北方魔族大陸南端、岩山地帯。
周辺には草木一つ生えておらず、見渡す限りゴツゴツとした岩群しかない。
土壌は極端に痩せていて、全て干し上がってしまったのか水場すら見あたらない。
そんな大陸一、悪質を極めた土地マルゲイト地方。
カルヴァート大陸に面する海沿いの岩壁、その上に一人の大柄な男が腕を組み佇んでいる。
その者は海の先、一点を瞬きをすることもせずに見つめ続けていた。
「・・・・・・」
何も浮かぶことのない無表情に精悍な顔立ち。
髪は短く整えられており、節々から厳格な性格が滲み出ている。
身長は優に二メートルを越え、無骨だが威厳の感じられる鎧を身に着けていて、誰が見てもかなりの実力者であることが窺える。
その男が暫く佇んでいるとそれは幻覚か、まるで白昼夢であるかのように背後から人影が現れる。
「ここに居られたのですか・・・」
その声は女のものだった。
背中まで伸びた、目に染み渡る程に深い紫紺のウェーブの掛かった髪に、優しく閉じられた目元。
控えめな鼻梁を下れば、酷く柔らかそうな薄い唇の両端が笑みをたたえている。
整えられた体型は起伏のある滑らかな曲線を描いていて、儚くも大人びた印象を受ける。
男は女性を一瞥すると再び水平の彼方へと視線を向けた。
「――様。ついに、始まるのですね」
女は、ふいに流れた風になびく髪を押さえながら、男の隣まで歩み進む。
「ああ、随分と待たせてしまった」
「そう、ですね」
「我々が大義を成す時は近い。お前も、十分体を休めておけ」
「いえ、私はあなたと共にありますので。離れる訳にはいきません」
「・・・・・・そうか」
海沿いであるというのに大陸側から乾いた風が吹きつける――――まるで意気を後押しするように、後戻りを許さぬように轟々と荒れ舞い続けていた。




