3
週末も深夜12時を過ぎた。明日は土曜だし、まだ道場に行くつもりもない。少し夜更かししてゆっくり本でも読もうか思っていたら、ディスプレイにメッセージを告げるふきだしがポコンと浮かんだ。
僕は画面を見て、深いため息をついた。
留衣ちゃんと遊びに行く約束はいつも急だ。
夕べ『明日遊園地。9時集合、キャンセル不可。弁当4人前持参』て、電報みたいなラインが来て決定。キャンセル不可ってこっちの予定は完全無視なのが留衣ちゃんらしいといえばらしい。
強引なんだけど、一人になりたくない時に限って誘ってくる留衣ちゃんを実は嫌いじゃない。最近は時間が空くと色んなこと考えちゃうし。
それにしても、4人分て何? ……つか、みんな自分の分は自分で持ってくればいいと思うんだけど!……と、心の中で叫んだところで届かないわけで、仕方なし僕は6時に起きお弁当を作るのだった。
僕と、留衣ちゃんてことは後は留衣ちゃんの彼氏と、宮田さんかもしれないな。じゃあ、と僕は早朝に近所の24時間営業のスーパーに走り材料を買った。
サンドイッチと唐揚げ、小分けに詰めたポテトサラダとピックで刺したウインナーやブロッコリーをタッパーに入れた。
ああ、多分途中で買うんだろうけど、水筒にあったかいコーヒーも用意して。
誰も持ってこないだろうからレジャーシートも持って、暑くなりそうだからみかんのゼリーを寒天で作ったのを、ガッツリ保冷剤をいれたクーラーケースにいれて、準備完了!
やっと自分の身支度を整えて待ち合わせの時間を待った。
「おはよーす、久しぶり」
待ち合わせ場所には留衣ちゃんの彼氏、友治くんが一人で立っていた。気負いのないシャツとジーンズがよく似合う、背の高い男前だ。
「おはよ、相変わらず留衣ちゃん遅いね」
「あー、なんか留衣んちで宮田と衣裳合わせしてからくるらしーよ?」
「ははは」
古今東西、女の子の準備は時間がかかるのだ。かかるってわかってるなら逆算して始めればいいのに何てことを言ったら戦争になるので世の男どもは黙って待つのだろう。
それから待つこと20分。留衣ちゃんと宮田さんが到着した。宮田さんは、このあいだ買ったワンピにレギンスをはいていた。
「素足でいいって言ってるのに、レギンスはくって聞かないんだから」
「だ、だって遊園地とか、まくれちゃうよ……」
──留衣ちゃん、それはさすがに僕らは困ります。
友治くんが荷物を半分持ってくれて僕たちは電車に乗り込んだ。
「すげーなー、弁当。噂には聞いてたけど、好きなの料理?」
友治くんは僕のことも留衣ちゃんから聞かされていて、それでも普通に接してくれる。
例えばこうして料理が得意だっていうことを知っても、特別変わった反応はしない。留衣ちゃんの友達だからって無理してるんじゃなかと気にしてた時期もあったけどそうじゃないみたい。
そもそもおおらかで、細かいことは気にしない性格らしくて、だからこそ留衣ちゃんは好きになったんだと言っていた。
「ううん、別に好きじゃないけど僕がしなきゃって時が多いから。まぁ、夜中に急に弁当作って来いって要請にも対応出来るから、役にはたってるよね」
「えー! 誰がそんなお願いしてくるのー?」
「……お前だろ、留衣。あんまり紗月に頼んなよ。むしろ教えてもらえ」
「えー、友治、料理なんてできなくてもいいって言ったじゃーん!」
留衣ちゃんはいつもの毒舌をちょっと押さえた話し方で僕の方が緊張してしまう。ボロがでないように、2人から少し離れた。
「おはよう、紗月くん」
「おはよう、宮田さん。ワンピ、似合ってる」
「あ……ありがと。あのね、あたしは紗月くんのこと留衣から聞いてたから勝手に『紗月くん』なんて最初から呼んじゃってるんだけど。あたしの事も名前で呼んでくれると嬉しいな」
うつ向いて、一生懸命話す和海ちゃんはなんとなく僕のひじあたりに視線をさ迷わす。
「和海、ちゃん?」
「……うん」
……ひゃーーーーー!!
なんか、なんなの、このむず痒さ!お互い顔赤くしちゃって、イヤーーーーー!
ハニカミながらモジモシしてる間に、遊園地の最寄り駅についた。
夏休み前の土曜日。お手軽な行楽地はやっぱり人が多いなぁ。チケットを友治くんにお願いして、僕らは入口近くで待っていた。
揃って園内に入ると、心なしテンションが上がる。恥ずかしい様な気もしたけど僕たちは園内に向かって走り出した。
遊園地は入場すると長いエスカレーターに乗って小高い丘の上に運ばれる。すこーんと抜けた空の中に導かれていくようなそれは、もうすでにアトラクションに乗っているようだ。
僕たちはお約束で後ろを向いて小さくなる街をながめながら、エスカレーターで丘の上についた。
ここは僕たちが小学生のころ、遠足などで訪れる定番遊園地。結構改装しているから必ず新しいアトラクションがあって、いつ来ても飽きないんだ。
ロッカーにお弁当を入れて僕らは午前中を人気のアトラクションに力を入れる事に決めた。
心配なのは和海ちゃん。ほら、ファミレスにもあまりいったことないって言ってたから、遊園地なんてどうかなって。
「乗り物、大丈夫?」
「……うん、多分」
「とりあえずさ、少し優しめのに最初トライしてみて、駄目なら和海ちゃんが乗れそうなの探そうね!」
「あ、ありがと」
なのに。
最初は留衣ちゃんのイチオシのバイキングスタイルの乗り物に乗ることになり。
うーん、これはどうだろうなあ。お尻が浮いちゃうのは、スリルがあって楽しいんだけど、苦手な人は駄目だよねー。
因みに僕は大好き! 早いのも高いのも回るのも落ちるのも、全然平気。
和海ちゃんも好きだといいんだけど。
……………
「――――!!!!」
隣に座った僕の手をガッツリ握りしめて、もう片方は胸に回った安全バーから手を離せずに和海ちゃんは声にならない悲鳴をあげていた。
やー、困ったぞ。泣いちゃうかな。
僕は自分のバーは既に手放して、和海ちゃんの僕を掴む手の上からシッカリと握っていた。
「和海ちゃん、声出した方が怖くないよ!」
「―――!」
顔も僕の肩に押しつけて景色も楽しめる余裕なんてない。
「~~~~~!!!!」
「……ん、なに?」
「さ、紗月く……こ、こわ……」
「うん、こわいーって言ってごらん。おっきい声で!」
「こ、こ、……こ、わいーーー!!!!」
当然、和海ちゃんはフラフラで。アトラクションから離れるときも生まれたての子羊のように足を震わせていた。
「あー、僕らその辺で休んでるから、留衣ちゃん、友治くん遊んでおいでよ」
「いいのー、紗月? じゃあ、行こうか友治?」
「ああ、大丈夫か?」
心配そうな顔で友治くんは和海ちゃんに話しかける。
「……」
声もでないのか無言で首をコクコク動かした。
僕は和海ちゃんを近くのベンチに座らせると近くで冷たいお茶を買って渡した。
「飲めたら飲んで? ホントは横になったらいいんだけど、どうする? あっちの木陰、あんまり人いないし」
和海ちゃんはまた首をコクコクさせて、立ち上がった僕についてきた。僕は和海ちゃんの肩を支えて木陰に誘導する。
そのまま芝生の上に座らせた。
「ちょっと待っててね」
ロッカーからお弁当一式を取って戻ると和海ちゃんは青い顔でボンヤリと座り込んでいた。
木の影になっている所にレジャーシートを敷き、和海ちゃんに横になるようにすすめた。着ていた上着を丸めてまくらにして、頭の下に突っ込んで、ゼリーの中から保冷剤を出してタオルでくるんでおでこに乗っける。
「少しスッキリするでしょ?」
「ごめんね、紗月くん……せっかく来たのに……」
「んー? しゃべんないでいいよ。僕は大丈夫。こうしてぼんやりしてるのも楽しいから」
僕がそう言うと安心したように、和海ちゃんはどこかを見ていた。
それはどこでもない、僕には見えない所のようだった。
「紗月くん、あのね」
どこだかわからないところから目は離さず和海ちゃんは喋りだした。
「あたし、駄目なの。人と仲良くできないの。仲良くしたくて頑張るんだけど、やっぱり駄目なの」
「………」
「2年になってから留衣が強引に話しかけてくれたから、友治くんとも普通に話せるようになったけど、やっぱり駄目で」
あぁ、和海ちゃんの目はいつも僕を見ていなかったな、つまり僕の事も怖かったんだ。
「僕には普通に話してくれるよ?」
「留衣にね、紗月くんは大丈夫だからって言われたから。ちゃんとあたしのこと解ろうとしてくれるからって言われて、あの日」
和海ちゃん、僕は。和海ちゃんが考えるような出来た人間じゃあないよ。自分でも自分のこと、嫌いになるときがある。
どうして普通に女の子を好きになれないんだろう。自分がこうだって決めたなら胸を張って堂々としていられればいいのに、それもできない。自分のことを自分ですら認められていないっていうことだ。
大祐に守られ、留衣ちゃんに甘えてやっと立っていられている。
でも、どうしてかな? 和海ちゃんのことは僕のこの手で少しでも楽にしてあげることができたらなぁって思うんだ。
半人前がなに言ってんだか、だけど。
「母さんがね、人にはどうしようもないことがあるんだって言ってたよ。無理をすると回りの人も不幸にするんだって。なるようにしかならないことが必ずあって、それは努力でどうにかなるものじゃないんだって。でもそれって、そのままでも良いってことでしょ? 和海ちゃんが、誰とも仲良くできないならそのままでいい。友達なんて多けりゃいいってもんでもない。だけどいつか、絶対に仲良くなりたい人が現れたら、手を離しちゃだめだよ」
僕の話を和海ちゃんは静かに聞いていた。風が動いてビニールシートのはしっこをパタパタとならす。
ふと、視線をずらして和海ちゃんを見たら、彼女も僕を見ていた。びーだまみたいにきれいな瞳は、初めて僕を正面から捉えた。
「僕は、怖くない?」
「うん……」
「じゃ、良かった」
横を向いた和海ちゃんの顔にかかる前髪を指で払う。少しビクッとしたけれどそれきり動かなくなった。
和海ちゃんの不安は、少し前の僕の不安だ。僕には留衣ちゃんがいて大祐がいて、支えてくれる家族がいる。
僕が和海ちゃんのそれになれればいいのになんて願うのは、おこがましいかな。
「あたし、こんなで、いつか王子さまが来てくれるのかな。」
「……」
「前にね、王子さまに会えたと思ったら違ったの。その時はあたし、髪の毛も長くって、ちゃんと女の子みたいだったんだ。だけど、その人が王子さまじゃなくて、そしたら回りの人も怖くなって。もう誰も、好きになれないんじゃないかって思うと、悲しい。誰にも好きになってもらえないんじゃないかと思うと、悲しい」
和海ちゃんの目は限界ギリギリまで涙が膜を張っていてちょっと触れると溢れてしまいそう。
言えないけど、その気持ちは痛いほどわかる。彼女の過去になにがあったかは分からないけど、あぁ、僕がきみの王子さまになれたらいいのに。
───あれ。僕、今なにを?
和海ちゃんの、王子さまになりたいの、僕?
そのまま、初夏の風に吹かれた僕らは、時間が経つのも構わずにどこでもないところを見つめていた。
───そこは何だか今暮らしている世界より物事が簡単に回っていそうな気がしたから。
明日もよろしくお願いします♪




