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しばらくの間お付き合いいただけると嬉しいです。よろしくお願いします!
───いつか王子様が迎えに来てくれるんじゃないかって、思ってたんだ。
こんないびつな自分の事だって、たくさんのひとの中からだって必ず探しだして連れていってくれるって。
だからいつも正しい生活を送って綺麗にして、王子様が誰かと間違えたりしない様にって、ずっとずっと、待ってたんだ───
「の、はずだったのに! どういう事なの!? 留衣ちゃーん!」
「んなこと知るかボケ」
「留衣ちゃんつめたい」
「だってアンタ、顔合わせればいつもそれじゃん! あたしだって休みの日は予定があんのよ」
「留衣ちゃんは彼氏と学校も一緒なんだからいいじゃん。僕なんて……僕なんて……」
ヤバい、本当に 泣きたくなってきた……
「……ほらー、紗月。泣かないの。今日はアンタが無理矢理付いてきたんでしょ? 勝手に盛り下げないでよねー」
文句をいいながら涙を拭いてくれる留衣ちゃん、優しい……無理矢理ついてきたとか容赦ないけど……
僕は長沢 紗月。男子高に通ってる三年生。今、一緒に話してたのは柳田 留衣ちゃん。
僕とは中学が一緒で、実は卒業の時留衣ちゃんが告白してくれたんだ。だけど僕は断っちゃって……でも、ずっと仲良しでいてくれて、僕も留衣ちゃんが大好き。もちろん、友達としてだけど。
「あーところでさ、今日の友達に見た目の事とかあんま言わないでね。凄く気にしてるから」
「んー、ブサイクちゃんとかおでぶちゃんとか? 気にしないよ。僕が一番人のこと言えないしね」
「違うよ馬鹿。逆なの、良すぎんの。それがコンプレックスっつー人だから絶対言っちゃだめだからね!」
良すぎるなんて、羨ましい。僕だって、もう少し可愛い顔だったら王子様だってスグに見つけてくれるかもしれないのに……
それにしても留衣ちゃんはボケとか馬鹿とか、本当に僕のことを好きでいてくれたことがあるんだか疑わしい。まあ、慣れてるけど。
あ、僕は男の子が好きなんだ。ゲイっていうの? そういう人のこと。
初恋の小学校の先生から始まって好きになるのは全部、男。両親も知ってて、弟が可愛い嫁さん連れてくるのが夢だって言ってた。
「あ、来た。カズミー、こっちー!」
留衣ちゃんがその手を振る先に、僕より少し背の高いちょっと眉をしかめた顔が見えた。一瞬、僕の心臓がいつもとは違う動きかたをした。例えるなら、直接、素手でパンチを入れられたみたいに大きく跳ねる。
留衣ちゃんが呼ぶ声に彼はゆっくりとこちらを向き、僕と目があった。
視線に触れることができるなら僕の頭は、今きっと射抜かれていたと思う。
言葉も交わすことなく……僕は、恋に落ちた。
「この子は長沢紗月、あたしと同中。こっちは安田和海、おんなじクラスなんだ。和海ー、今日はごめんね。このアホが連れてかなきゃ玄関に犬のウンコ置くとか言いやがるから……」
「ああああー! 留衣ちゃん僕そんなこと言ってない! 言ってないからっ」
留衣ちゃんたら、僕の王子様かもしれないのになに言っちゃってんの! ギリっと睨みつけると、王子様がくすくす笑った。
わー、笑った顔もかっこい。
なんていうの。目は二重なんだけど涼しげで、鼻すじがすーっとしてるから冷たく見えるんだけど、笑うと口元がキュッとあがって可愛い印象になるんだよね。
洋服もさりげないんだけど重ねたTシャツと靴がなんとなく同じ色だったりとかキュンキュンする。髪型だって今どきまっくろでワックスでも使ってるのかな? 所々ふわっとしてるの。
ぎゃー! 何にも言わないなんて無理だよ、留衣ちゃん! かっこいい! かっこいいってわめき散らしたいっっ!
「気ぃすんだ、妄想? 帰って来なさい」
「……はい」
「今日はよろしく、紗月くん」
……こ、声まで素敵……ハスキーなんだけど少し甘い。耳元で名前なんか呼ばれた日には昇天しちゃいそう……どうしよう、僕、緊張してきちゃった……
留衣ちゃんと安田くんは洋服を買いに行くんだって。留衣ちゃんは彼氏に怒られないのかなー。
二人は目指すショップに着くとすぐ、洋服を物色しだした。安田くんは留衣ちゃんの後に付いてシンプルなワンピを何気に見ていた。
彼女にプレゼントかな──そっかぁ、そうだよね。安田くんほどの男の子に彼女がいないわけないもんね……
いきなり失恋な雰囲気に、引っ込んだはずの涙が又、出てきちゃいそう……
「和海ー、それいいじゃん?」
「う、うん……。でも似合うかな、こんな短いの」
「何言ってんの。世のやろう共に和海の美脚見せびらかせっつの」
……安田くんはモジモジしながら試着室に入って行ったけど……あれ、留衣ちゃん? 僕は根本的な所で間違ってますか?
僕はそおっと留衣ちゃんのそばに近づいて、他の誰にも聞こえない小さな声で聞いた。
「留衣ちゃん、安田くんは女装癖があるの?」
………
ボクッッッ!
るっ、留衣ちゃんのパンチが垂直に肩直撃。
「い、痛い」
「当たり前でしょ! 和海の前で言ったら殺すからね! 和海は女の子!」
「……」
「ホントにこの子は馬鹿なんだから! 女の子なのに男性アイドル並にルックスがばっちりだから、コンプレックスなの!」
「うそお」
僕は本当に信じられなかった。
中性的ではあるけど、ジャミーズの中に混ざっててもたぶん普通にファンがつくよ? 月九ドラマとかでたら、リアタイした上にBOX買うよ? 悩みがあるんだけど君にしか相談できないなんてメールが来たら張り切って課金しちゃうよ?
頭の中でぐるんぐるんとさっき見た宮田くんが回り、衣装をチェンジしたり髪型を変えたりしてみたけど、どう頑張っても女の子の制服を着せられない。
僕が留衣ちゃんのパンチを受け止めた肩をさすって脳内変換を続けていると、おずおずと試着室のドアが開いた。中から静かに安田くん……もとい、安田さんが恥ずかしそうに出てきて、留衣ちゃんが歓声を上げた。
「和海、チョーかわいー! すっごい似合うよー」
淡いブルーのふわふわとしたワンピース。さっきまで隠れていた脚は確かに女の子のそれだ。細くてすんなり伸びている。
襟元から入ったギャザーは裾まで流れてヒラヒラと踊った。それを軽く手で押さえ、安田さんが困ったような顔をする。
揺れるすそのそばで動く手首も、さっきまでとは違うように見える。華奢ではかなげな、女の子のそれ。
……僕は、安田さんが女の子だってわかっても、やっぱりドキドキしたんだ。だけどこれはきっと、最初に見たとき男の子だと思ったからで、女の子にドキドキなんてあり得ないわけで……だって、ルックスは僕のストライクど真ん中だし、洋服のセンスも好きだし、声も、髪型も……
「……紗月、感想は?」
「ドキドキして死にそうなんでトイレ行ってきます」
そんな感想あるかって話だけど、顔が熱くなって来ちゃったし。冷たい水で顔でも洗って落ち着かないと。
これはきっと勘違い。
安田さんは女の子なんだから。僕の王子様じゃないんだから。
なんでも安田さん宅はお父さんが厳しくて、そんなミニのワンピなんて買って帰ると殺されちゃうんだって。だから留衣ちゃんと買い物に来て留衣ちゃんちに持って帰ってもらうんだって。
やっぱり留衣ちゃんはやさしいなあ。
「で、荷物は全部僕が運ぶんだね」
「じゃなきゃ、アンタ何のために来たのよ、あ? ボケが」
「いつも思うんだけど留衣ちゃんて彼氏の前でもその口調なの?」
「んなわけないだろ、このドアホ」
「そうなんだ、良かった」
「……留衣は、教室では明るくて優しいよ? クラスでも人気者だから、友治くんも内心ヒヤヒヤしてるんじゃない?」
「そんなことないと思うけど……。あたしは友治大好きだからそんなこと考えたこともなかったよ」
友治くんは留衣ちゃんの彼氏。僕も何回か会ったことがあるんだけど、なかなか優しくて男前なんだよ。
そんな話をしながらご飯を食べようといってたファミレス到着。みんなでメニューを開いてどれにしようか悩むこと数分。
「僕、トマトの冷製パスタとイチゴパフェ!」
「でたよ、パフェ。お前は女子供か。男ならガッツリ肉を食え、肉を」
「えー、暑かったしパスタ好きだしパフェが僕を呼んでるし」
「呼んでないよ馬鹿……和海はなにする?」
安田さんは困ったように笑ってメニューを戻した。あれ、食べたいもの無かったかな?
「え……っと、紗月くんと同じで」
「わ、安田さんも、パスタ好き? パフェ仲間?」
ついついキラキラした顔で摺り寄ったらなんか、照れ笑いした安田さん。やっぱりかっこいいなー。
「ファミレス……ってあんまり来たことないからなに頼んでいいかわからなくて、先に言ってくれて良かった」
まだ、少しほっぺを赤くしてうつ向く安田さんは本当に可愛くてかっこよくて……
みんなのオーダーをウエイトレスさんに伝えると、留衣ちゃんがまた勢いよくしゃべりだした。
留衣ちゃんと安田さんは2年から同じクラスで、おとなしいんだけど芯のしっかりした安田さんは留衣ちゃんの暴言を知る数少ない友達なんだって。
留衣ちゃんて結構小柄で可愛らしいルックスなんだけど、この口の悪さによく安田さんがドン引きしなかったなーって感心しちゃうよ。
安田さんは僕より3㎝背の高い、173㎝。羨ましいのに、それもコンプレックスなんだって……世の中、うまくいかないもんだね。
どうもありがとうございました。
明日も23時頃に更新します。