8stein: ケン・ラッセル 『ゴシック(Gothic)』(映画)
On the night of June 16th,1816,
1816年6月16日の夜
two legends were born.
二つの伝説が生まれた。
Ken Russell "Gothic" Opening
ケン・ラッセル『ゴシック』冒頭
今回は、 ケン・ラッセルの映画『ゴシック』 をご紹介させていただきます。
2016年は、『フランケンシュタイン』と『吸血鬼』を生み出すきっかけとなったディオダディ荘の怪奇談義から、200周年に当たります。
有名なこの怪奇談義をテーマにした映画『ゴシック』について、史実との関係と時間SFとの関係の二点について語りたいと思います。
1.史実との関係
1816年6月、スイス・ジュネーヴのディオダディ荘に、ジョージ・ゴードン・バイロン、パーシー・ビッシュ・シェリー、ジョン・ポリドリ、クレア・クレモント、メアリー・シェリーの5人が集まります。
5人は、ドイツの怪奇話を収録した『ファンタズマゴリアーナ(Fantasmagoriana)』を読みます。その際、この作品では、怪奇話をただ読むのではなく、5人が登場人物として現れる幻想として映像で表しています。
史実では、コールリッジの『クリスタベル』の朗読をした時に、シェリーが発狂していますが、そのシーンはカットされています。
怪奇話を読んだ後、バイロンが、自分達でも怪奇話を書こうと提案しました。
ここから、ポリドリの『吸血鬼』とメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』という二つの伝説が生まれました。
ちなみに、メアリーが『フランケンシュタイン』の発想を得たのは、1816年6月16日の午前2-3時頃と考えられています。
メアリー、ポリドリらの手記や手紙等の文献では、正確な日時に齟齬が生じています。
その矛盾を解決する為、テキサス州立大学物理学教授のDonald Olson氏は、 実際にディオダディ荘に行って月の満ち欠けを調べて、日時を特定しています。(私もいつか行きたい!)(下記参考文献参照)
映画の方では、この後、バイロンが冗談半分で、髑髏に手をかざして、死者召喚の儀式を行います。
しかし、メアリーは亡くなった子供の事を思い出し、シェリーがクレアの乳房に目がついた幻想を見たり、クレアは何かに憑りつかれてしまいます。
死者かは分かりませんが、何か(悪夢)を呼び出してしまったようです。
バイロンは呼び出した悪夢を消そうと、再び怪しい儀式をシェリーと共に行います。
一方、メアリーはその儀式に疑問を持ち、参加を拒否した挙句、儀式の最中に髑髏を壊してしまいます。
儀式が成功したのか、髑髏を壊したせいか分かりませんが、悪夢は、メアリーに残酷な未来を見せて去りました。
悪夢が怪物の様な形で実在したのか、それともアヘンを服用したりしていた彼らの狂気の産物なのかはっきりとしていません。
そう言った点もあり、ホラーに分類される作品ではあるものの、5人の各々が悩みを抱えており、人間ドラマの要素もあります。
悪夢をきっかけに、それぞれの悩みが表に現れ、互いに衝突します。
退廃的なバイロンや、雨の中、裸で稲妻を讃えたりするシェリーなど、個性的な4人の中で、メアリーだけは、大人しく冷静に描かれています。
しかし、メアリーの内面の悩みは、他の4人に劣らず深刻なものでした。
初産の子供が生後11日で亡くなり、それから子供の夢を見ていて、子供を蘇らせようと願う自分が怖いと語っています。
この子供の存在が『フランケンシュタイン』の発想に影響を与えた事は、実際に指摘されています。
2.時間SFとの関係
映画の終盤で、メアリは一人、悪夢から逃げ続けます。
逃げる途中、母親を求めて叫ぶ息子ウィリアムの声が聞こえ、メアリーは扉を開けます。
そこには、幼いウィリアムの遺体がありました。
その後、メアリーは、5つの扉の部屋に閉じ込められます。
それぞれの扉の先には、
・メアリーの子供達の死
・ポリドリの自殺
・バイロンとクレアの子クレアラの死
・シェリーの溺死
・ギリシャでのバイロンの病死
という5人の悲劇的な未来が待っていたのでした。
未来の悲劇を知ったメアリーは、未来を変えようとして飛び降り自殺を試みます。
しかし、飛び降りる寸前で、「嵐は過ぎた」といって、夫のシェリーが止めました。
史実では、シェリーが嵐に巻き込まれて亡くなりますが、意図的にこの言葉を選んだのでしょうか。
錯乱気味とはいえ、メアリーが悲劇的な未来を見たくない為にではなく、未来を変える為に死のうとする点は、時間SFの、時間改変的な考え方を感じます。
(『失楽園』のイヴの自殺未遂に近いともいえますが)
また、悪夢から目覚めたメアリーは、「残酷な未来を怪物に見せつけられた」と独り、鏡に向かって呟きます。
ここでの怪物は、未来は変えられない決定論を具現化したラプラスの悪魔の様な、SF的な存在かもしれません。
映画の最後では、舞台が現代に移り、観光客へのアナウンスが流れます。
メアリーが見た数々の悲劇が現実になった事を淡々と語ります。
そして、最後にメアリーも亡くなったが、『フランケンシュタイン』はまだ生きていると語り、エンディングを迎えます。
最後の場面で、一気に舞台が現代に飛んで、後日談を語る点も時間SF的な描き方といえます。
メアリー等の背景を知らずに見た人は、悪夢が現実化した事に驚きます。また、背景を知れば知るほど、細かい描写の意味が分かって楽しめる深い作品です。
ディオダディ荘の怪奇談義から200周年の記念すべき機会に、『フランケンシュタイン』、『吸血鬼』と共に、この作品もご覧ください。
But something created that night 200 years ago live though
しかし、200年前のあの夜に創られた怪物は
still haunting us today.
今でも私たちを脅かし続けている。
Mary Shelley's Frankenstein.
それは、メアリー・シェリーのフランケンシュタイン。
Ken Russell "Gothic" Ending modified
ケン・ラッセル『ゴシック』末尾 改
参考文献
・ディオダディ荘の怪奇談義の日時を調査した論文
K.Schnarr, D.Olson. et al. "The Moon and the Origin of Frankenstein"
Sky & Telescope;Nov2011, Vol. 122 Issue 5, p69
https://digital.library.txstate.edu/handle/10877/4177
・WEB上で見られる解説記事”Frankenstein’s Moon”
http://exhibitions.nypl.org/biblion/outsiders/frankenstein/essay/essayfrankensteinsmoon