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18stein: ティム・パワーズ『The Stress of Her Regard』

Let the mad poets say whate’er they please

熱狂する詩人達には、好きなように喜びの言葉を語らせておこう。

----------------------------------------------

Of the sweets of Fairies, Peris, Goddesses,

妖精、ぺリ、女神達の恋のそれを。

There is not such a treat among them all,

そんな喜びはどこにもない。

Haunters of cavern, lake, and waterfall,

洞窟や湖、滝に現れる怪物達には。

As a real woman, lineal indeed

直系の本物の女性が味わう様な喜びは

From Pyrrha’s pebbles or old Adam’s seed

ピュラの石やアダムの種子から生まれた。

----------------------------------------------

Thus gentle Lamia judg’d, and judg’d aright,

こうして優しいレイミアは正しい事を考え、決断した

That Lycius could not love in half a fright,

半ば怖がられていては、リシアスに愛されないと。


John Keats "Lamia" Part 1 328-335 line 

ジョン・キーツ 『レイミア』 第一部 328-335行


棒線部 329- 333行は、"The Stress of Her Regard" 第一巻 第一章 冒頭でも引用




 今回、紹介するのは、ティム・パワーズの『The Stress of Her Regard(邦題:石の夢)』です。


 以前紹介した『ゴシック』に限らず、『フランケンシュタイン』が生まれたディオダディ荘の怪奇談義を扱った作品は数多くあります。その中で、史実のシェリーやバイロン、キーツ等の活躍を魅力的に描いたのがこの作品です。


 著者は、K・W・ジーター、ジェイムズ・P・ブレイロックと共に、サイバー・パンクに対抗して、スチーム・パンクを作り上げた一人です。

 サイバー・パンクのウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングによるスチーム・パンク『ディファレンス・エンジン』でも、ロマン派詩人はちらほらと出てきますが、異なった歴史における群像劇と言った側面が強くなっています。

 一方、こちらは詩人個人にフォーカスしており、産科医の主人公がイギリス・ロマン派詩人と共に怪物ネフィリムと戦うという史実と虚構が絡み合ったものとなっています。




1.作品中の怪物像


 この作品の主人公達の敵である怪物は、バイロン、ポリドリの吸血鬼をベースに、メアリーのフランケンシュタインの”怪物”、キーツの蛇女レイミア、旧約聖書のネフィリムなどの物語や伝説を組み合わせた存在です。


 ただ、その一方で、Siを骨格にした別の知的生命体というSF的な設定付けもなされています。

「最初は4つ足、次は2つ足、最後は三つ足の生物は何か? 」という有名なスフィンクスの問い(一般的な答えは人間)を、この作品では、足は価電子の個数であり、Si(価電子数4)を骨格としたネフィリムとCa(価電子数2)を基本にした人間、そして、三つ足の存在は、ネフィリムと人間の間に生まれたパーシー・シェリーの事をさしています。




2.冒頭の詩との関係


 怪物像の設定のベースは吸血鬼が多いものの、キーツのレイミアの要素も強く、作品の冒頭に引用されているのはキーツの同名の詩の一節です。

 怪物ネフィリムの存在を暗示する様な詩の引用の直後には、


Thus gentle Lamia judg’d, and judg’d aright,

こうして優しいレイミアは正しい事を考え、決断した

That Lycius could not love in half a fright,

半ば怖がられていては、リシアスに愛されないと。


とレイミアがリシアスに愛されるために決断した行が続きます。

 原作の詩の重要な部分でこの作品とも関連が強いですが、その直前で引用がカットされているのは、物語の展開を読ませない為かもしれません。



 蛇女と人間男性の悲恋を描いたレイミアがベースなら、この物語でも怪物ネフィリムと人間の恋が描かれてもいいでしょう。

 ただ、残念な事に作中では怪物と登場人物が最終的に結ばれる事はありません。シェリーはネフィリムと人間の間に生まれた設定ですが、最後は人類の側に立ってネフィリムと戦って散っていきます。

 怪物の扱いとしては個人的な不満が残るのですが、後述するように、それを補って余りあるほどロマン派詩人が魅力的に描かれています。



また引用部の直前328行では、


Let the mad poets say whate’er they please

熱狂する詩人達には、好きなように喜びの言葉を語らせておこう。


となっています。

 詩の中のmad poetsは、原作者のキーツ自身を暗示するばかりか、Mad shelleyと呼ばれたシェリーや"Mad, Bad and Dangerous to Know"と称されたバイロンをも連想する様な言葉です。

 キーツがこの二人を意識して書いたかはわかりませんが、1819年に『レイミア』が書かれた頃には、バイロンの噂は耳にし、シェリーとは面識があった事は事実です。

パワーズがこの直後の行から引用しているのは、彼らMad poetsを主役にしたからこそあえて隠している可能性もあります。


 ある意味では、この冒頭の詩だけでも、この小説の本質を突いているとも言えるかもしれません。




3.ロマン派詩人達の真実と虚構


 ネフィリムという架空の存在を主にしたフィクションですが、シェリー等の実在の人物がただ登場するだけでなく、彼らの史実を上手く組み合わせている点も魅力です。


 ロマン派の詩人達が短命だった理由も怪物によって命をすり減らされる代わりに詩の才能を得たとしています。

 キーツの「Here lies One whose Name was writ in Water」の墓碑銘や、嵐に巻き込まれたシェリーの水死は、ネフィリムの弱点に関連付けられています。

 また、シェリーの心臓が燃えずに残った伝説はシェリーが人間とネフィリムの間の存在だった事が原因となっており、その心臓は、主人公達によって怪物を封印するのに必要なグライアイの目を捕まえるのに使われます。

 ギリシャ神話の同名の魔女に由来するこの目は、全てを決定するラプラスの目のようなもので、その目が無いときはコインを投げても重力の法則に従わず変な所に落ちたり、弾丸が変な方向に飛んだりする量子力学的不確定性が支配する世界となってしまいます。

 怪物の封印を終えた後、シェリーの心臓は目が入ったまま妻であるメアリー・シェリーの元へ送られ、その影響で彼女が黙示録的な"The Last Man"を書いたという結末となっています。


 レイミアの注視の圧力(The Stress of Lamia's Regard)に始まり、グライアイに引き継がれ、最後は、The Stress of Mary Shelly's Regardになったのでしょうか。


 


 キーツにも劣らない豊かなNegative Capabilityで史実と虚構をまとめ上げたこの作品を読んで、Mad poets達のTruth Beauty(真と美)を体験して頂ければ幸いです。

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