(魔術師)悪役令嬢が(なぜか)婚約破棄される話
「ルドヴィカ・スフィーア」
名前を呼ばれて振り向くとキラキラしい一団が渋い顔をしてこちらを見ていた。その中に己の婚約者である第2王子の姿を認め、ルドヴィカは何事かと向き直った。
「ルイズ・ローに対する数々の暴挙は目に余るものがある。よってナナイ王国第2王子アンリ・ナインとスフィーア公爵家長女ルドヴィカ・スフィーアの婚約破棄を宣言する。代わってロー子爵家ルイズ・ローとの婚約を宣言する」
高らかに宣言される婚約破棄と新たな婚約。パーティーに集まっている人々の間にざわめきが走る。
主に「何言ってんだこいつ?」という疑問。
その疑問をルドヴィカはアンリに直接問いただしてみた。
「暴挙?とは??」
その質問にキラキラしい集団のほとんどが目をそらした。アンリも苦虫を噛み潰したような顔をしている。それでも、と顔を上げて問い詰める。
「ルイズ・ローに嫌がらせをしたな」
「いいえ」
「ルイズの羽ペンを盗んだ」
「いいえ」
「ルイズの授業の妨害をした」
「いいえ」
「ルイズに魔法陣を仕掛けて怪我をさせた」
「いいえ」
「ルイズを階段から突き落とした」
「いいえ」
暴挙とやらをあげていくが、ルドヴィカはすべてにノーを言い渡す。普通なら「そんな嘘をつくな」とか「証拠はある」などとなりそうだが、そうはならない。彼らも知っているのだ。ルドヴィカはその暴挙とやらに及ぶことが出来ないのだ。なぜなら、
「学園に来るのはおよそ半年ぶり。その前も魔術師としてほぼ国境戦線に遠征している私が、どうやってその暴挙に及べるのでしょうか?」
ルドヴィカが答えを渡す。
彼らも知っているはずだ。
ルドヴィカの魔術師の才能は抜きん出ている。本来なら学園を卒業し、各師団に所属し訓練をつんだ後、ようやく配置されるはずの国境戦線。隣国との国境争いは慢性化し、大きな戦がない変わりに小競り合いがずっと続いている。
そこに現れた魔術の天才・ルドヴィカ・スフィーア。彼女が国境戦線に特例として配置された。国境警備と境界魔術を確立させ3年かけて隣国との戦争を停戦に持ち込んだ。境界魔術は隣国の魔術師団をもってしても突破は不可能と判断されたのだ。停戦とはいうものの、双方賠償責任を負わないためのもので、事実上終戦である。
ようやくルドヴィカは国境から開放され学園に戻ってきたのだ。
「取り巻きにさせたのではないか?」
苦し紛れともとれる口調でアンリは語る。しかしそれもありえないとアンリ自身も知っている。
「学園に入学すると同時に国境戦線に借り出されていた私に取り巻きなどというつながりはありません」
「だが、スフィーア公爵家としてのつながりは学園に入学する前よりあるだろう。その伝手をつかってだな…」
ルドヴィカが大きくため息をつくとアンリはぴくりと肩を震わせて発言が小さく終わっていく。
「アンリ様、本気で仰られているのですか?」
「あ、ああ。もちろん…だ…」
自信ない。ルドヴィカは信じられないと首を振る。
「そもそもルイズさんとは誰のことでしょう?」
ほとんど学園に通っていないルドヴィカ。入学前より既知である令嬢たちはみな伯爵家以上の令嬢であり子爵家令嬢との面識はほぼない。まったくないわけではないがロー子爵家とはない。付け加えるならロー子爵家令嬢はロー子爵と平民の間に生まれた私生児で、1年ほど前に母親が亡くなり、子爵に引き取られたと聞く。3年前からほぼ学園にいないルドヴィカと接点などあろうはずがない。
「私との仲をだな学園にいる令嬢より聞き及んでだな、そして嫉妬してだな…」
「はっきりいいなさい!」
もごもごと話すアンリに一喝。アンリは口を閉ざしてしまった。
「膠着状態とはいえ戦場にいる人間に、そんなことに割いている暇はありません。そんなくだらないことを考えるくらいなら、境界魔術の構築を急ぎます。その僅かな遅れで大切な人が死ぬかもしれないのですから」
きっぱりと言い放つ。その姿に周りの人間からは感嘆の声が上がる。ここにいるのは自国に平和をもたらした英雄なのだ。
「私との婚約を破棄したいならそれも結構。ならばくだらない言いがかりをつけずに破棄なさればよろしいのです。私としてもあなたのような軟弱な平和ボケしたくだらない王子など願い下げです」
ざわり、と会場にどよめきが走る。平時なら不敬罪で連行されてもおかしくないほどの王族への暴言だ。しかしそれを発したのは救国の英雄。彼女がいなければ隣国との争いが終わることはなかっただろう。膠着状態とはいえ国防費はかさみ、兵士たちは死んでいく。それを終わらせた功績は大きい。そして彼女がいなくなれば、せっかく構築された境界魔術がどうなるかわからない。いまやルドヴィカは国の守護を司っているといっても過言ではない。境界魔術がなくなれば、また隣国との戦争が始まることは想像に難くない。
「ではルドヴィカ、婚約を破棄してもらってもいいだろうか?」
おずおずとアンリが口にする。アンリとしてもルドヴィカの魔術の才は認めている。ここで怒らせて、攻撃魔術を使われてもアンリには防げない。一国の王子としてなんとも情けない姿であることには違いない。
「国王さまと議会の許可が必要になります。アンリ様。あなたはもっと王族としても責務を考えて行動なさるのがよろしいかと」
「何よ!アンリは王子様なのよ!王子様が言ってるんだから皆従うのが当然でしょ!」
今まで黙っていたルイズが癇癪を起こした。
「私がアンリの近くにいるのが嫌だったんでしょ!取られちゃうと思ったんでしょ。私の大事な羽ペンを盗んだけどアンリは新しい羽ペンをくれたわ。魔法の授業ではカードをなくしちゃったけどクリス君が新しいカードをくれたわ。隠し魔法陣で怪我をしかけたときはデビッドが助けてくれたわ。階段から落ちたときはリチャードが抱きしめてくれたわ。勉強が分からなければジェフが教えてくれた。みんな私を好きでいてくれる。あなたより私を優先してくれるのが悔しかったんでしょ。妬ましかったんでしょ。だから私に嫌がらせをしたんでしょ。自分が学園にいないから疑われることがないと思って油断してたのよね。取り巻きまで使ってなんで心の狭い卑しい女。そんなあんたより私の方がアンリにふさわしいわ。王子妃になるのは私よ!!」
ピンクのふわふわした髪を膨らませてルイズはルドヴィカの前でまくし立てる。なんだか怒った猫がじゃれてくるみたいだ、と歴戦の戦士でもあるルドヴィカは思った。
「残念ながら」
ふーっと威嚇してくるルイズに憐れみの視線を送る。
「私がアンリ様と婚約したのは親同士の意向であって私の意思ではありません」
「嘘よ!王子妃になれるのよ!贅沢できるのよ。あこがれない女はいないでしょ」
「王子妃の務めは贅沢をすることではありませんよ。国のためにその身を捧げることです」
「知ってるわ。だから私、孤児院にお金を寄付したり教会で炊き出しをしたりしてるもの。ちゃんと王子妃できるわ」
胸を張るルイズにルドヴィカは内心でため息をついた。
なんだか話の流れが変わってきているが、王子妃の役割を軽視しているようにしか見えなかった。候補とはいえ幼い頃から王子妃になるかもしれないと勉学、魔術、礼儀作法を始め貴族間のつながりや他国との関係性などさまざまなことを学び、身につけてきた。
その中にはもちろん隣国との争いと停戦の重要性も含まれる。それを成し遂げたルドヴィカをねぎらいこそすれ糾弾する人間が王子妃になるとは気が重い。そもそも、
「では初対面の人間には挨拶をしましょうか。通常、身分の下のものから名乗りを上げるのですがここは平等をうたう学園です。私から名乗りましょうか。スフィーア公爵家長子、ルドヴィカ・スフィーアと申します」
綺麗な礼をするがルイズはそれに反発する。
「何よ、私は王子妃よ。私のほうが身分は上よ」
ふん、と胸を張りアンリの腕を掴んだ。アンリはしょうがないなぁと頬を赤らめてルイズを見ていた。
そのまま沈黙。
ルドヴィカとしてはルイズが名乗るのを待っていたのだが、そんな気はないようだ。もう帰ってもいいかしら、と本気で思った。
「それでは、ルゥ。私と婚約してくれますか?」
突如乱入してきた男性の声。数少ない愛称で呼ぶことを許している人。
「アレク様!」
この国の第1王子、そして王太子様のご登場。会場は喚声に包まれる。
「どうしてここに?」
ルドヴィカの覚えている限り、アレクは国境戦線で停戦条約の調印に向けて動いているはずだ。
ぽやぽやと平和ボケした学園にいる第2王子と違って、王太子は戦場で活躍し実務にも長けた優秀な王子だ。
「おおむね準備は終わったからね。国王様に調印までの日程を報告に来たんだ。少し時間が出来たからルゥの顔を見ようと思ってきたんだよ。それにしても面白いことをしているね」
「あ、兄上」
優秀な兄にコンプレックスを抱く弟はそれを言うだけで精一杯。
勉強も運動も魔法も容姿も何一つ勝てたためしのない完璧な兄上。
「アンリ。隣国との戦争を終わらせる要であるルドヴィカを手放すことがどれほど国益を損なうか考えたことがあるか?」
「い、いえ」
「だろうな。お前はお前の気持ちを優先させすぎだ。我ら王族は国のための駒でしかないと常々言い聞かせていただろう」
「そんなのかわいそすぎます!王族だって、王子様だって一人の人間なんです!」
ルイズが異を唱えるのをアレクは視線で黙らせようとしたが、ルイズは黙らない。そして淑女の礼である名乗りも挨拶もやはりしない。
「アレク様だって一人の人間なんです。国にとって大事だからって好きでもないルドヴィカさんと結婚する必要なんてないはずです。アレク様が望むなら私が王太子妃になっても」
「私はルゥが好きだよ」
ルイズがあほなことを言い出したのでアレクはスパッと言い切った。疑いの目で見るルイズにアレクは当然だろう、とルドヴィカを見る。
「公爵家の令嬢で王子妃になるための教育をされてきているから王太子妃としの教養も身についている。魔法の才は言わずもがな。そして民を守るために身を粉にして働く姿を私は間近で見てきたからね。ルゥのことならアンリよりも知っていると思うよ。幸い、私に婚約者はいないし」
アレクの婚約者は半年ほど前に病気で亡くなっている。ルドヴィカとも既知の令嬢で身体の弱い人だった。
「その女は嫉妬に狂って私に嫌がらせをしてきたんですよ!」
「ありえない。彼女がこの学園にいないことは明白。仮にもし君に嫌がらせをした人がいるとして、それは別の人物だよ」
「いいえ。ルドヴィカさんです。私が証人です」
一筋のためらいもなくルイズは言い切った。王太子であるアレクをにらみつけている。不敬罪で捕縛されても文句は言えない。それこそ王子様が言っているんだから従ってほしい。
アレクはため息をつきながら頭をかく。王子としてはあまり誉められたものではない。このまま引き下がるなら何も咎めずにおこうと思っていたのに。アレクはルドヴィカを見た。ルドヴィカは「仕方ありませんね」と苦笑いを浮かべている。
「ありえないよ」
アレクは再度告げる。ルイズが否定しようと口を開く前に話しだす。
「羽ペンを盗まれたんだっけ?」
「ええ」
「今の時代に羽ペンを?」
羽ペンを使用する人は少ない。インクも持ち歩かなければならない羽ペンは自宅で使用することはあっても学園で使用するものではない。
「お父様からいただいた大切なものですわ」
「ロー子爵は羽ペンを使用していなかったと思うけど」
「昔、お母様にいただいたものだそうです。お母様が亡くなって落ち込んでいる私にお父様がくださいました」
すらすらとよどみなく答えていく。
「そんな大事なものなのに、諦めが早いね。アンリに新しいのを買ってもらってその後探していない」
「ルドヴィカさんに盗まれたのなら諦めるしかないじゃないですか」
「ルゥは盗んでないけどね」
怒りをぶつけようとするルイズ。苦笑するアレク。どこまで行っても平行線かと思われる議論。しかし唐突に終わりを告げる。
「ではこれは?」
タイミングよくアレクの従者が持ってきた羽ペン。それは確かにルイズのなくした羽ペン。
「まぁアレク様、ルドヴィカさんから取り戻してくださいましたのね!」
都合のいい解釈をして笑顔を浮かべ、アレクに抱きつこうとする。それをかわす。
「いや。これはね、君の机の中からもってきてもらったものだよ」
「え?」
疑問符。
「私の手のものだけでは信用ないと思ってね。キュリオ男爵令嬢とホーランド侯爵令嬢、それからエミヤ伯爵令息とラミリア子爵令息に一緒に行っていただいたよ。あぁ、ホーランド公爵令嬢とエミヤ伯爵令息は君の取り巻きの令息方の弟妹方だね」
ルイズの取り巻きである王宮近衛騎士団長の息子、リチャード・エミヤ。
そして現宰相閣下の孫であるジェフ・ホーランド。
彼らの身内を加えたのは不正を疑われる可能性を下げるため。男爵令嬢や子爵令息は学園内で位が低いルイズに近い人間をそろえてみた。彼らはそろってルイズの机から羽ペンが出てきたことを告げた。
「それはきっとルドヴィカさんが私の机に入れたのよ」
「ルドヴィカはどうやって君の机を知ったのかな?」
「そんなの!それは…誰かから、聞けば…」
ルイズの勢いが削がれる。
ほぼ学園にいないルドヴィカにルイズの机を知るすべはない。クラスも違えば、席替えだってしているのだ。
「なくしたと思っていたものが後から出てくることって良くあるよね」
アレクはにっこり笑った。
それにルイズは安心してしまい、「そうですわね」と笑って同意をしてしまった。
「魔法のカードをなくした」
魔法を使用する際にはカードを使用する。昔は長ったらしい呪文を唱えて使用していたが、10年ほど前にカードに呪文の一部を刻むことにより呪文の簡略化と威力の増大が図れることが分かってから急速に普及し、今ではカードを使用することが一般的となっている。
他人が刻んだものでも使用でき、力の強いものが刻んだカードは高威力を発揮できるが、制御できずに暴走することもあるので注意が必要になる。そのため、学園では自分自身で刻印を刻み使用することを徹底している。自らの魔力を高め、制御するために一番良い方法だからだ。
「また、なくしたの?」
羽ペンと同じようになくしたのかと優しく、とても優しくアレクは聞いた。
「ええ。そうなんです」
その態度に自分になびいていると感じたのかルイズは俯きながらアレクにしなだれかかろうとした。すっと距離をとる。
「魔法のカードだよ?」
「なくしてしまったんですもの」
「ありえないね」
急に声を低くするアレクにルイズは驚いて見上げる。
「危機管理がなってない。魔法カードの管理は厳重に行わなければならない。悪用されたらどうするの。そしてまたもなくしたカードを探していない。これこそありえない。信じられない」
呆れてものが言えない、と首を振る。
「そしてやっぱり君の机からでてくるんだな」
従者と先ほどの4人がカードを差し出す。
それにはお粗末としかいえない刻印がされていた。これではたいした魔法も使えまい。そのカードを会場の皆に見えるように手に持ち高々と掲げた。皆驚いている。まるで初心者のカードだ。
「これでは悪用もできないか」
アレクの言葉に周りから失笑が漏れる。
「さてはて隠し魔法陣で怪我を?カードは机から出てきたよ。何かの拍子で魔力が流れてカードが発動したと考えるほうが自然だよ。そして階段から落ちた。突き落とすことは不可能なのはルドヴィカが学園にいないことから分かるよね。勉強も魔法もルドヴィカは学園で学ぶ事はほとんど終えているから必要ない。さて、ルドヴィカが君に嫌がらせをした証拠はあるのかな?」
「私の魔力が封印されました」
問い詰めているのはアレクのはずなのだが、ルイズはルドヴィカを睨み付ける。
「魔力の封印なんて国一番の魔術師であるルドヴィカさん位しか出来ないことでしょう?」
「あぁそれ言っちゃうんだ…」
アレクはもう一度ルドヴィカを見た。
ルドヴィカは「仕方ありません」と今度は悲しげな表情を浮かべた。
そのやり取りの意味が周囲の人間にはわからない。
特に問い詰められているルイズの怒りを増長させた。
「何ですか!やっぱりルドヴィカさんの仕業なんでしょう!どうやってごまかそうか考えているなら無駄ですよ。触媒を使わず封印できる方法なんて無いんです。それが出来るくらいの魔力を誇るのがルドヴィカさんの唯一の取り柄ですもの!」
顔を真っ赤にして攻め立てる。
「ルゥの取り柄は他にもたくさんあるけれど、まぁ封印術に関しては君の言うとおりだね」
アレクに肯定されてルイズは鬼の首を取ったように笑う。
「そうでしょうアレク様。だからそんな女よりも私を」
「封印術じゃなかったら?」
すりよるルイズに優しく微笑む。
「隣国との停戦に先立って両国で共同で行ったことがあるんだ。何だと思う?」
「え?」
話題の転換についていけず小首をかしげるルイズ。アンリならばかわいいと評するだろうが、あいにくアレクには通用しない。
しばらく時間を与えても答えが出てこないので同じ問いをアンリにしてみる。
「兵の撤退、ですか?」
おずおずとアンリが答えた。
「それは各国が行うことで共同で、とは言わないな」
まぁ無言のルイズより答えが出てきただけマシだろう。これでも王子なのだから当然だ。
「答えは『密輸ルートの撤廃』」
長らく戦争状態にあった両国だが、最近の小康状態もあいまって密輸が横行していた。
この国の豊富な食料が隣国へ渡り民衆の胃袋を満たし、隣国の貴重な宝石を強力な魔術具に加工し国境戦線に投入されてきた。それらを適性ルートで取引しようということになったのだ。
食料や嗜好品は取引をしていた商家に免状を与え、相応の関税を課すことでおおむねそのまま正規ルートとして承認することにした。
しかしそのまま取引を続けるわけにはいかないものもある。
戦力になりうる魔術具や魔法書や貴金属類。武器弾薬の類は国家が主体となり取引を行う。
そして問題は、違法とされる品々。
例えば人間。それも魔力の高い人間は高く取引されていた。魔法使いとして訓練を受けたものならなおのこと。
例えば薬物。筋力を高めるもの、魔力を高めるもの、睡眠を必要としなくなるもの、恐怖を感じなくなるもの。さまざまな薬物はこの国でも隣国でもさまざまなものが開発され、そして厳重な管理の下で使用されている。
副作用がありすぎるからだ。しかし一時のことに管理を外れて手をだす人間は絶えない。
今回両国において管理外でそれらの薬物を取り扱う商家や集団を取り締まった。国家間で取引があるのだからこちらを探せばあちらにつながり、あちらを探せばこちらにつながる。そうやっていくつかの違法集団を解散させた。
さてなぜこんなことを長々と話してきたかわかるかな?予想はできたかな?
「今回壊滅させた集団の取引先にロー子爵家があった。取引内容は主に魔力を高める薬の売買。さてはて使用していたのはいったい誰だろう。まぁ集団が壊滅したことで取引は出来なくなった。もう薬を摂取できていないから本来の魔力量に戻っていてもおかしくはないよね」
ルイズに視線が集まった。
「この件に関して取引していても使用していても罰せられることはないから安心するといいよ」
「わ、私は!」
黙って下を向いていたルイズが顔を上げる。
「そんなもの使用していません。今の状態はルドヴィカさんに魔力を封印されているだけです」
拳をぎゅっと握り締め涙ながらに訴える。
ならばとアレクは最後通牒を渡す。
「これは薬を感知するカードだよ。魔力の増幅がなくなってからも大体1ヶ月くらいは分かる優れものだ」
従者から差し出されたカードを掲げた。魔法を使用するためのカードとは違い薄っぺらい。端に指のようなマークがされておりそこを握ると判定できるようになっている。
「なにもなければそのまま変わらない。薬を感知すると赤く光る。お手軽だろ」
ペラペラのカードを渡されて意を決して握ってみる。
ぴっかーと赤く光った。
こんなのうそよ、とアンリに押し付ける。
アンリも同じように握ってみたが何も変わらない。まさかと他の人たちも握っていくが変わらない。
もう一度ルイズが握るとぴっかーと赤く光った。
ルイズは床に視線を落とし、ぎゅっと唇をかみ締めている。
「ル、ルイズ…」
黙りこむルイズにアンリが声をかけるが反応がない。
ルドヴィカもアレクもルイズをここまで問い詰めるつもりはなかった。
公衆の面前で断罪をするほどのことをしていない。
魔力増幅薬に関しても、服用自体が犯罪になるわけではない。アレクに対する不敬罪でさえ、学園内という特殊な場所であるからと不問にするつもりであったのだ。
途中で止まる場所はいくつかあったし、止める場所もいくつかあった。それなのにここまで突き進んでしまったのはルイズ自身だ。
ルドヴィカの冤罪が晴れた以上、アレクがここにいる理由はなくなった。ルイズが何も罪を犯していない以上、拘束することもない。
あとは婚約者のいる王族に擦り寄り、救国の英雄たる公爵家令嬢を自分の不注意で貶めようとした人物として学園生活を送るだけだ。
その生活をどう送るかはルイズ次第。
公平に物事を見ることの出来なかったアンリも同様だ。
ぶつぶつと何事か呟いているルイズと、おろおろするアンリをほっといて、アレクはルドヴィカに向き直る。
「君の事は誰よりも私が信じているよ。ルゥ、いやルドヴィカ・スフィーア。私と結婚してくれませんか」
アレクがルドヴィカの目の前で膝を突いて手を差し出した。
「アレク様」
ルドヴィカが告げる。
「国王さまと議会の承認を得てきてくださいね」
にっこり笑って手を取った。
「では今からいこうか」
アレクはルドヴィカの腰に手を回して会場を後にする。
「ちょっ!隠しキャラのアレク様は私と結婚するのよ!」
周りの人間の呆れた視線に気付くことなくルイズの叫び声が響いていた。