絶望、(自主規制)、(自主規制)!
女騎士ミズイ・ロコックが閉じ込められている牢が開いた。鍵を開けたのはオークである。
遂に(自主規制)が始まるのか、と気持ちが沈む。
――さっきは変な音が聞こえていたけど、今は聞こえない……
――一瞬、助けが来たのかと思ったのに……
オークが牢の鍵を開けたということは、そういう事 なのだろう。
ミズイを先導するオークは、ズンズンと先へ進む。ミズイの手枷から延びた鎖はオークの手の中にある。
つまりミズイは、ズンドコ進むオークに歩くペースを合わせなくてはならない。二メートルはあるオークの歩幅は広く、小柄なミズイは駆け足気味だ。
「……着いたで」
外の広場まで連行された後、ぶっきらぼうな一言を残してオークは去って行った。
何故かミズイの周りには誰も居ない。手枷の鎖は近くの木に結ばれているとはいえ、あまりにも無用心だ。
――それとも、私が逃げてもすぐに捕まえられるっていう自信の表れ?
武器も無く、鎧も剥ぎ取られ肌着一つ。
確かに、仮にミズイが逃げたとしても、簡単に捕らえられてしまうだろう。
それが、とても悔しかった。
(自主規制)されるのも怖いが、それ以上に侮られている事が許せなかった。
恋もせず鍛練に明け暮れ、ロコック家に相応しい女騎士を目指した結果が、薄汚いオーク共に侮られている現状。
悔しくて、苦しくて、唇を噛み締めても涙が溢れてくる。
――お父さん、お母さん、ごめんなさい……
――私には……
――誇りを持って生きるだけの……
――力はありませんでした……
――私は…………
ミズイは、いつしか叫んでいた。ボサボサになった自慢の髪を振り乱し、凛としていた瞳からボロボロと涙を流し、喉が裂けるほど叫んだ。
ミズイ自身も何故叫んでいるのか分からない。
だが、それでも、叫ばずにはいられなかった。
憐れな少女の叫びは、易々と星の瞬く夜空に呑み込まれてしまった。
※※※
「本当に連れて来たんだろぉなあ?」
「は、はい。
こ、この先ん広場に、つ、繋ぇで、あります……」
ドスの効いた声にビクビクしながらオークは答えた。
そのオークに拳銃をチラつかせながら、強盗四人組は和気藹々と談笑する。
「HAHAHA! 楽しみだなぁ!」
「ああ! 腹も膨れて、その上、美女まで食えるんだ!」
「ま、コイツらの飯は美味くなかったけどな」
「仕方ねぇさ。オークの村に果物が備蓄されていただけでも感謝感謝だ」
「酒はまあまあだったな」
「まあ、オークなんかに味を追求しろなんて酷な話じゃねえか?」
「違ぇねえ!」
「ガハハハ!」
侮辱された事に怒りを覚えるオークだったが、歯を食いしばって我慢する。幸いオークが前を歩いていたため、強盗四人組がその表情を見ることはなかった。
だが仮に見られていたら、迷わず撃ち殺していただろう。
それだけ憎しみや殺意の籠った表情だった。
強盗四人組による突然の襲撃により、村のオークの四割が殺され、五割が負傷した。
怪我を負わなかったのは、戦いに参加せず逃げ回っていた子供のオークだけだ。その数たったの三頭。
その内の一頭が、今四人組を広場へ案内しているオークだ。
「それにしても、オークって魔法使えたんだな」
「ああ、ありゃあビックリしたぜ!」
「不発だったから良かったけど、当たったら死んでたよな!」
「まあ、それだけ俺達は日頃の行いが良いんだろうよ」
「違ぇねえ!」
「HAHAHA!」
彼らの言う通り、オーク達の最終にして最強の魔法は不発だった。いや、正確に言えば強盗四人が乗っていた高級車に触れた瞬間、消滅したのだ。
それを目の当たりにしたオーク達は、十頭以上殺されている事もあって、すぐさま降伏したのだった。
その後はオーク達の備蓄していた食糧を食い漁り、今度はオークの捕らえてきた女騎士に手を出そうとしているわけだ。
外道である。
「ん? なんか聞こえねえか?」
「ああ……女の叫び声だ」
「おい! てめぇら女には手ぇ出してねえだろうなあ!?」
「は、はい! な、何もしてね、ねえです!」
「じゃあ何で女の叫び声が聞こえんだゴラァ!」
「根絶やしにされてぇのか!」
「め、めめめ、滅相もね、ねえです!」
拳銃を突き付け怒声を飛ばすも、オークは知らないの一点張りだった。
結局、広場が近い事もあり、オークの処分は女の状態を見てから、という話にまとまる。
先程まで憎悪に染まっていた表情は何処へやら。
命の危機に直面した後のオークの顔は、涙と鼻水でグシャグシャだった。オークの心が折れた瞬間である。
※※※
叫び続けていたミズイだったが、不意に複数の気配を感じ無理矢理感情を抑え込んだ。
――……いよいよ、か…………
奴らの前では、何をされようとも絶対に声を出さない。それは発狂寸前まで心が折れかけたミズイの、最後の抵抗の意志だった。
――絶対に、絶対に奴らを悦ばせるものか……!
――もし抵抗して殺されるのなら、それは本望だ……!
長年騎士として鍛え上げた感覚が、もうすぐ気配の主たちがミズイの前に姿を現すことを告げている。
ミズイは気配の方へ顔を向け、抵抗の意志を示すように、眼に力を込める。
「……え?」
睨み付けた、その視線の先に現れたのは、顔を涙と鼻水で汚したオークと下卑た笑みを浮かべる四人の人間だった。
「お、良かった良かった!
発狂してるのかと思ったぜ!」
「カカカカカッ!
良い(自主規制)だなぁ! Dくらいか?」
「いや、俺は案外Cだと思うね!」
「ま、(自主規制)出来るだけの(自主規制)があるんだ!
まずはそれを喜ぼう!」
「HAHAHA!」
下卑た顔で、ミズイの身体を舐め回すように品定めする四人は、皆それぞれ奇妙な服装だ。真っ黒な眼鏡をした者やトサカのような髪型の者も含め、差違こそあるが、四人とも仕立ての良いシンプルな黒装束に身を包んでいる。
この異世界には、サングラスもモヒカンもスーツも無いので、ミズイの目には殊更奇妙に見えた事だろう。
少なくとも、眉間に寄っていた皺が薄まり、睨み付けるというよりも怪訝な表情と言った方が適当な顔になっていた。
――何なの……この人達……
ミズイは、一瞬この四人組は冒険者で自分を助けに来たのかと考えたが、それは違うだろう。防具も武器も持っておらず、魔力すらも感じられない。オークが戦意を喪失しているとはいえ、冒険者としては愚行過ぎる。
そもそも、ミズイがオークに捕らえられてから一日も経っていないのだ。よく考えてみれば、助けが来る事の方がおかしい。
そして何よりも、先程から不躾なまでに身体中を舐める視線。ニヤついた顔。飛び交う(自主規制)という単語……
「……あの……あなた達は……?」
ある種の確信を否定したくて、ミズイは意を決して四人組に訊ねかける。
だが返ってきた言葉は、残念ながら予想通りのものだった。
「俺達か?
俺達はお前と(自主規制)しに来たんだよ!」
「嫌とは言わせねぇぜ?」
「ヒャハハハハ!」
・
・
・
その夜、ミズイの花弁が赤く色付いた。
※※※
夜空の端が白み始めた頃。
ミズイは失っていた意識を取り戻した。辺りを見回すと、どうやら建物の中のようだ。
そしてミズイの傍らには、小さくなった(自主規制)を丸出しのまま雑魚寝している四人の男。
ミズイの魔力を封じていた手枷は外されている。(自主規制)の最中に邪魔だからという理由で外されたのだ。
――今なら、殺せる……
魔力を掌に集め、氷のナイフを形成する。
氷のナイフを握りしめたミズイの視線の先には、(自主規制)や(自主規制)をした挙げ句、(自主規制)までやった男達。
――本当に……なんて無防備なの……
思わず溜め息が出てしまう。
オークの村で、(自主規制)し、そのまま全裸で爆睡するなんて常識外れも甚だしい。
――生き残ったオークや(自主規制)した私に、殺されるとは考えてないの……?
長く伸びた水色の髪を片手で掬い上げ、じっと見つめる。
やがてミズイの表情は、何かを決意したものになった。
「……これが最後か…………
さようなら……」
その一言と共に、ミズイの身体は動き、流れるように氷のナイフが振るわれた。




