てへぺろ、イメクラ、襲撃!
異世界、インテー・トウゴ。
魔族領と呼ばれる領土の中を爆走する黒塗りの高級車が一台。中には当然、強盗四人組。
「HAHAHA!
何だココは! まるでゲームの中の世界じゃねえか!」
「ああ! 化け物ばっかりだ!」
「走るサボテンに、燃えながら飛ぶ鳥、氷の巨人」
「お、見ろ! あっちにモアイ像みたいな奴がいんぞ!」
助手席でウィスキーボトルを傾けながら笑うジョニーの言葉に、メルセが巧みにハンドル操作を行いながら相槌を打つ。
後部座席のスミスとマルクスは、外を見ながら歓声を上げていた。
彼ら四人を乗せた車に、横から雷が、上から炎が、前から氷弾が迫る。
だが、それらを器用に躱しながら車は前へ前へと爆走する。
「まるで魔法だな!」
「ああ!」
「俺達にも使えるかな?」
「やってみろよ!」
「OK!
……んはぁぁぁあああ…………」
「ガハハハ!
頑張れジョニー! ウハハハ!」
「ぅぅぅうううぉぉぉおおお…………
ハァッ!」
ジョニーの威勢の良い掛け声と共に、彼の肛門からオナラが飛び出た。
車内に芳醇な臭いが広がる。
「臭ぇ! 臭ぇぞジョニー!」
「HAHAHA!」
「おい! 窓開けろ! 換気だ!」
メルセが窓を開けた瞬間、車に迫る氷の杭が見えた。
それを急ブレーキで躱す。
標的を失った氷の杭は、車と並走する魔物の一匹に突き刺さった。断末魔の悲鳴を上げる魔物だが、その声も他の魔物の魔法や足音によって掻き消されてしまう。
彼らの乗った高級車の周りには、数え切れない程の魔物がいた。それぞれが魔法を車に向けて放つが、傷付ける事さえも未だ叶わない。
しかし、車内ではそんな危機的状況を微塵も感じさせない談笑が続く。
「ふざけんなよジョニー!
俺たちを毒殺するつもりか!?」
「だから謝っただろ?」
「足りない! 金だ! 慰謝料を要求する!」
「うるせぇ! 耳元で叫ぶなマルクス!」
「……ったく、わかったわかった。
日本式最上級の謝罪をしてやるよ。
……てへぺろ☆」
片目をバチりと閉じ、チョロりと舌を出すジョニー。
刹那、車内は水を打ったように静まりかえった。
「……な、なんだよ?
これだけ謝ってんだぞ?」
不安げなジョニー。
彼に悪気は無いのだ。本当に“てへぺろ☆”が日本で最上級の謝罪だと信じていたのだ。
「な、何とか言えよ……」
「……」
「…………」
「………………ぷっ!」
「プハハハハハハ!」
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
「クレイジー! クレイジー! クレイジー!
日本はやっぱりクレイジーだ!」
「ああ! 自ら羞恥心を煽る謝罪をするなんてな!
見ろよジョニーの顔を!」
「ブヒヒヒヒ! 顔真っ赤じゃねえか!」
「ジャパン……恐ろしい国だ……
発想のベクトルが狂ってやがる……!」
「HAHAHA!」
爆発的な笑いが車内に巻き起こる。
車外で魔法が嵐のように放たれているのが、まるで嘘のようだ。
「それにしても、そろそろウザったいな!」
「ああ、同感だ!」
「メルセ、逃げ切れるか?」
「当然!」
メルセがハンドルに備え付けられているボタンを押す。その瞬間、マフラーから炎を吹き出し、車が急加速した。
一際大きな音で加速した車を追いかけられず、魔物の大多数が脱落した。
残った魔物たちも逃がすまいと魔法を発動し続けるが、車とは違い体力的な問題もある。徐々に車との距離は開き、やがて一匹また一匹と、諦めたように足を止めた。
「流石メルセだ!」
「で、どこへ行く?」
「町だな! こんな荒野に女はいねえ! 酒も無ぇ!」
「町ってどっちの方角だ?」
「知らねえよ! だが、きっと左だ!」
「なんで分かる?」
「俺の(自主規制)が左曲がりだからだ!」
「HAHAHA!」
「俺の(パオ~ン)も左曲がりだぜ!」
「あ、俺の(キノコ)は右だわ」
「うぇはははは!」
「ギャハハハ!」
・
・
・
※※※
車のガソリン残量が四分の一を下回った頃、ようやく村のような場所を見つけた。辺りは薄暗く、夜が近いことを示している。
村の建物は岩や巨木を乱雑に積み上げたような、およそ建物と呼べない代物だ。しかし、そこに人型の魔物が出入りしているのを見るに、やはり建物なのだろう。
人型とはいえ魔物の大きさは数メートルあり、建物が岩や巨木で作られていることから、かなりの筋力を持っていると考えられる。
「……おい、あれってオークか?」
「いや、トロールじゃね?」
「俺はオーク説を信じたいね。
日本神話じゃ、オークが殺してくれと泣き叫ぶ女騎士に(自主規制)するんだぜ?」
「クレイジー……」
「……まあ、何にせよ、相手は化け物だ。
もう少し様子を観察しよう」
「おう」
彼ら強盗四人組は、村近くの木々に隠れていた。
荒野を宛もなく彷徨っていると、遠くの方に森らしき場所が見え、その森の中を更に進んだ結果、この村を発見した次第だ。
実のところ、ここは魔族領と人間の生活圏の境目辺りなのだが、彼らの知るところではない。
「もうすぐ夜になるな……
夜襲をかけるか?」
「まてまて、こんな貧乏臭い人外の村を襲ってどうするんだよ。金も女も手に入らないんだぞ?」
「確かにな。
でも、車のガソリンも残り少ないんだ。移動も出来ない」
「だったら野宿するよりは、村を襲って食糧でも奪った方が良くないか?」
「……あいつら、何を食べるんだろうな?」
「さあ?」
彼らがコソコソと相談していると、突然その耳に甘美な声が届いた。すなわち、若い女性の声である。
「……くっ! 殺せ!」
「ぶひひひ! 死ぬのはオデたちを楽しませてからだろぉ?」
「んだんだ!」
「こんなオークに(自主規制)されるくらいなら死んだ方がマシだっ!」
人型の魔物は、オークだったようだ。
そしてオークに担がれながらも気丈な声を出してジタバタと暴れる、鎧を身に付けた人間の女性。水色の長髪と整った顔立ち、白磁のような肌。かなりの美人である。
強盗達には気付かず、そのまま彼らの前を通り過ぎ、村へと入っていくオーク。
オークが村に入ったのを確認した後、またコソコソと話しだした。
「……女?」
「ああ、間違いねぇ。俺の(自主規制)が反応しているからな」
「水色の髪なんて初めて見たぞ」
「俺は見たことあるぜ?」
「ジョニー、嘘を吐くなよ」
「マジだって。まあ、俺が見たのはイメクラだけどな。
ちなみに、イメクラっていうのは日本の仮装文化だ」
「流石は日本かぶれのジョニーだ。何でも知ってるんだな」
ジョニーはきっとコスプレとイメクラを間違えて覚えたのだろう。
まあ、何にせよ彼らの目的は決まった。
目の前で、美女が化け物に(自主規制)されそうになっているのである。
「……村を襲う準備をしよう」
「ああ……」
「フハハ、腕が鳴るぜぇ……」
「HAHAHA!」
相手はオークの群れ。
だが、そこには美女がいる。
躊躇う事は無い。
彼ら四人は、強盗なのだから。
※※※
彼女の名は、ミズイ・ロコック。誇り高き女騎士だ。水色の美しく腰まで伸びた長い髪は、彼女の強さの証明であり、彼女の人生の道標でもある。
騎士の家系であるロコック家に生を受けて早十七年。
幼少の頃より騎士としての鍛練に明け暮れ、年頃の娘に育ってもその生活が変わる事はなかった。
もちろん漠然と将来、恋をして、結婚し、子供を授かりたいとは考えている。だが、それは先の話。ロコック家の名に恥じぬ騎士となった後の話だ。
それ故に、未だ(自主規制)の経験は無い。
――それが、こんなオークなんかに……
武器を取り上げられ、魔力を封じる魔封じの手枷を施され、牢に閉じ込められた。
生理的な嫌悪感を感じさせるニヤニヤとした笑みを浮かべるオークが去った後、ひっそりとミズイは涙を流した。
自慢の水色の髪はボサボサだ。
圧倒的な強さから、誰も傷付ける事が出来なかったはずの彼女の髪。
――もう……嫌だ……
――死にたい……
止めどなく頬を伝い落ちる涙。
――……?
そんな彼女の耳に、聞いたことの無い音が届いた。大地を震えさせるような低音の轟きが牢の外から微かに聞こえる。
それに混じってオークの言葉にならない怒声や叫び声も……
「…………何が、起きてるの……?」
彼女の呟きは、オークの声と同様に外から聞こえてくる音に呑まれてしまった。
※※※
オークの村は突如現れた謎の乗物に蹂躙されていた。
拳を振るうも躱される。踏み潰そうにも、やはり躱される。
そして、その乗物に乗った四人の人間は未知の魔法を使うのだ。
L字状の小さな物体が一瞬火が灯ったような光を発すると、仲間のオークが血を噴き出しながら倒れる。魔法に疎いオークとはいえ、こんな魔法は噂にすら聞いたことがない。
「HAHAHA!」
「フゥーーーーーー!」
「ヒャヒャヒャヒャヒャ!」
「ギャハハハハハハハハハハ!」
小さく力の弱い人族でありながら、謎の乗物や魔法でオーク達を圧倒する。
しかも、狂ったように笑いながらだ。
オークたちの顔に汗が滲み出る。拳や足を振るった疲労と、未知への恐怖、狂人を相手にする緊張。
だが、狂人四人は止まらない。
普通は魔法を使えば疲弊するはずだが、彼ら四人は汗一つかいていないのだ。
……だが、その四人組は気付いていなかった。
彼らと戦うオークの他に、ブツブツと何やら詠唱をしているオークの一団に。
また一つ、強盗の持つ物体が火を吹いた。
血を流し、倒れるオーク。
その倒れゆく巨体の奥に、彼ら強盗四人は見た。
迫り来る巨大な土の砲弾を……
魔法を不得手とする種族、オーク。
しかし彼らが時間を掛けて詠唱すれば、土魔法の中級程度なら発動することが出来る。
村の建物や仲間のオークすら薙ぎ倒しながら接近する巨大な砲弾は、オークたちにとって最終にして最強の攻撃だった。
その砲弾は遂に、強盗四人を乗せた乗物に着弾した。
【改稿】9月29日、車にニトロ描写を追加。




