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転位、轢き逃げ、笑い声!

 エンジンによる爆音とともに公道を逆走する黒塗りの高級車。その車に乗る四人が各々、今回の仕事(・・)について語る。



「いやぁ、今日も稼いだなぁ!」

「幾らあんだよ?」

「二千万はあるはずだ!」

「うっひょう! 過去最高じゃねえのかジョニー!?」

「ああ! 間違いねぇ!

 ちなみに、子犬ちゃんも過去最高の数だ!」



 対向車の間を縫うように爆走する高級車の後ろにはパトカーの群れが、けたたましい音を引き摺りながら追従している。

 四人の正体は連続強盗犯だ。今回も銀行を襲い、莫大な金を奪ったところである。


 葉巻を咥えながら向かい来る対向車をギリギリの距離で避ける運転手、メルセ。

 助手席でウィスキーをがぶ飲みする、ジョニー。

 後部座席で札束を抱きしめているのは、マルクス。

 その隣では拳銃に弾を込めている、スミス。



「子犬ちゃんとはいえ、流石にこの数じゃ逃げ切れるか微妙だぜ!?」

「何せ過去最高だからな! これを逃げ切りゃ女で遊び放題だ!」

「カカカッ! そりゃあ良い!」

「良いねぇ! 酒! 女! 煙草にクスリ!

 これだけの金がありゃあ、当分困るこたぁねえ!」



 車内で狂ったように笑う四人。

 そして、一頻(ひとしき)り笑い合った後、(おもむろ)に窓を開け始めるスミス。他の三人は何をするのか分かっているのだろう。ニヤニヤとした笑みを浮かべている。



「吠えてばかりの子犬(パトカー)には、厳しい躾が必要だ! ってね!」



 窓から身を乗り出し、パトカーの一台に発砲しながらスミスが叫ぶ。

 スミスによって放たれた銃弾は、吸い込まれるようにパトカーのタイヤに被弾した。コントロールを失い独楽のようにスピンしたパトカーは、後ろを走る他のパトカーにぶつかり、更にそのパトカーに別の車がぶつかる。

 そして数瞬後には大きな爆発音と共に、炎が吹き上げた。

 その爆発に周囲の車も巻き込まれ、更に後続のパトカーは慌てて急ブレーキをかける。



「……わりぃな。過去最高の台数だったのを、ゼロにしちまった」



 車内に上半身を戻しながら、何事も無かったかのように謝るスミス。

 その一言で、車内に笑い声が響き渡った。



「カカカッ! 流石スミスだ!」

「だろ? もっと褒めろよ」

「ああ、ホントすげぇぜ! 今夜はスミスと俺達の仕事の成功を祝って飲み明かすぞぉぉぉおおお!」

「ウヒャヒャヒャヒャヒャ!」

「女だ! 女も両手じゃ抱ききれねぇほど呼ぶぞ!」

「フゥーーーーーー!」

「ハッハァーーーーーー!」



 パトカーの群れを潰し、馬鹿笑いをする四人。彼らの頭の中は、すでに今夜のパーティーの事でいっぱいだ。


 だが、そのせいで気付くのが遅れてしまった。

 彼らの乗る高級車の前方に、禍々しい色をした穴が突如として出現した事に。



「イヤッフゥゥゥウウウ!」

「ヒューーーー……

 …………ん? 何だアレ?」



 最初に気付いたのは助手席のジョニーだ。

 猛スピードで走る高級車は、穴との距離をグングンと縮めていく。



「おいっ! メルセッ!」



 空間にぽっかりと存在する穴を見たジョニーは、咄嗟に車を走らせるメルセの名を叫んだ。

 その声で、ジョニー以外の三人も穴の存在を視認する。



「ぐっ!」



 慌ててブレーキを踏みながらハンドルを回すが、全速力で走っていた車は止まらない。後輪が滑り、そのまま白煙を噴き出しながらスピンしてしまった。

 先程、スミスの銃弾によってコントロールを失ったパトカーを彷彿させる光景だ。


 だが車内の彼らには、そんな皮肉めいた事を考える余裕も無い。



「メルセッ! 何してんだ! 早く車を!」

「やってる!」

「ああ、もうダメだ」

「クソがぁぁぁあああ!!」

「あああああああああああああああああ!!」



 口々に悲鳴とも雄叫びとも分からない声で絶叫する。

 だが車は止まらない。

 大口を開けて待ち構える謎の穴。


 そして遂に強盗四人を乗せた高級車が穴へと突っ込んだ。



 やがて穴は萎むように消え、残されたのは中途半端に途切れた、スリップした際のタイヤ痕だけだった。

 後日、各新聞の一面記事は皆一様にその出来事を報じた。


【強盗、失踪!?】

【逃走中の強盗、こつ然と消える】

【神の裁きか? 警察とのカーチェイスの果てに、消滅した犯罪者たち】

【ジャパニーズ KAMI KAKUSHI】

  ・

  ・

  ・



 強盗の行方は、彼らのみぞ知る。

 一つだけ確かな事は、消えた強盗四人組が発見される事は無く、事件は迷宮入りしてしまったという事だけである。




 ※※※




 荒れ果てた、地球では考えられない程に広大な大地。

 そこで二人の男が死闘を繰り広げていた。この世界に於いて“勇者”“魔王”と呼ばれる二人だ。


 この世界の名は、インテー・トウゴ。異世界である。


 視界を潰される程に光り輝く白と、意識を呑み込まれる程に暗く沈んだ黒が、目にも止まらぬ速さで肉薄しては弾かれたように離れる。勇者の光と魔王の闇だ。

 勇者が聖剣を振るえば、魔王が魔剣で受け止める。ただそれだけで、衝撃波が大地にクレーターを作り上げた。

 魔王が魔法を行使すれば、勇者も魔法を放って相殺する。ただそれだけで、大気が震え、雲が裂ける。


 歴代最強として崇められる勇者と、歴代最強として畏れられる魔王の死闘だ。実力は、ほぼ互角。

 両者は既に満身創痍なのだが、宿敵への攻撃を緩めることは無い。



「……存外、頑丈なのだな。人族はもっと脆いと思っていたぞ」

「俺は、魔族がこんなにも弱いものかと驚いたぜ」

「ぬかしおるわ」



 壮絶な剣戟、束の間の鍔迫り合いの中で、言葉を交し合う勇者と魔王。

 彼らはお互い、決着が近いことに気付いていた。


 大地を抉るほどの余波を撒き散らしながら、勇者と魔王がお互いに距離をとる。



「これで最後だ! 魔王!」

「打ち砕いてくれるわ! 勇者よ!」



 最上段に構えた聖剣から、今まで以上の輝きが発せられる。

 居合いのように腰の横に置いた魔剣から、空間を塗り潰すかのような闇が溢れ出す。


 そして次の瞬間、聖剣は振り下ろされ、魔剣は横薙ぎに払われた。

 その両剣先から放たれた魔力の塊が、真正面から衝突し、互いを突き破ろうと拮抗する。

 その衝撃は凄まじく、勇者と魔王を残して、他の物は全て後方へと吹き飛ばされてしまった。ビリビリと悲鳴を上げる大気に、呼吸すらもままならない。


 ありったけの魔力を込めて放った最後の一撃。

 土埃を舞い上げ、砂嵐を巻き起こす。そのため、勇者と魔王がお互いの姿を確認することは出来ない。


 砂嵐が収まった後、立っていた方が勝者だ。




 異世界、インテー・トウゴ。

 この世界では数百年に一度、魔族を統べ人間を脅かす脅威たる魔王が生まれる。そしてまた、人類の希望たる勇者も同時期に生を受ける。

 勇者と魔王は代々死闘を繰り広げ、時には勇者が、時には魔王が軍配を上げる。


 また、広大な大地には点々とダンジョンや未開の地が存在し、インテー・トウゴという世界を全て書き記した地図は存在しない。

 数百年ごとに巻き起こる、勇者と魔王の常軌を逸脱した死闘によって地形が一部変形してしまう事も原因の一つだ。


 魔族と人族をはじめ、この世界の動植物や大気、果ては先述したダンジョンなど、全てのものには“魔力”が備わっている。

 逆に言えば、魔力の無いものは無いのである。




 最後の一撃により巻き起こっていた砂嵐がやんだ。

 立っていたのは、魔王だ。

 だが、その顔は唖然としていた。紙一重の実力差で勝ったから、ではない。


 魔王の眼前、先程まで勇者が立っていた場所には、見たことの無い物体が鎮座していたからだ。

 黒塗りのボディーに、四つの車輪。四方の上半分を硝子で覆われた、未知なる物体。中には奇怪な風体の人間が四人乗っている。

 そしてその傍らには、勇者の死体が転がっていた。



「やっべー、人轢いちまったよ」

「つうか、ここ、どこだよ?

 さっきまでカーチェイスしてたんだぜ?」

「知るか。それよか早く逃げようぜ。

 幸い、目撃者はいねぇんだからよぉ」

「ああ」

「どこかは知らねぇが、金はあるんだ!

 パーティーの予定は変わらねえ!」

「フゥーーーーーー!」

「カカカカカッ!」



 未知なる乗物から、人間たちが口々に話しながら降りてくる。

 彼らの視線の先には、勇者の死体。彼らの口ぶりから察するに、彼らが(・・・)勇者を殺したようだ。

 それを裏付けるように、乗物の頭が凹み、硝子は血濡れている。



「……なんじゃ……あれは…………」



 呆然としたままの魔王の口から、無意識的に言葉が零れる。

 そんな魔王の存在に、人間の一人が気付いた。



「ん?

 あ! おい、目撃者がいんぞ!」

「こんな荒野に人がいるってか?」

「うわ……マジでいるじゃん。こっち見てんぞ」

「女か?」

「残念ながら男だ」

「OK! サヨナラしよう!」

「ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」



 人間たちは再び乗物に乗り込むと、その乗物が唸り声を上げながら顔を魔王の方へ向けた。

 悪い予感から、魔王の背中に冷や汗が流れる。


 一際大きな唸り声を轟かせ、猛スピードで魔王に接近する乗物。

 魔王はハッと正気を取り戻し、なけなしの魔力から上級魔法を放った。

 地を這う蛇のようにうねる巨大な雷が一条、大地を削りながら魔王の掌から乗物へと迫る。

 そして、そのまま魔法に呑み込まれる乗物。



「やった、か……?」



 再び巻き上がった土煙の中、死亡フラグを立てる魔王。

 そしてそれを証明するかのように、魔王の身体に強い衝撃が走った。


 無論、乗物が魔王を轢いたのだ。


 ――なっ……!?

 ――手応えは、あった、は、ず……なの、に……


 魔王は薄れゆく意識の中、魔王を撥ねたまま走り去って行く乗物を見送り、やがて息絶えた。



 その日、歴史的な勇者と魔王の死闘は、意外な形で幕を下ろした。

 しかし、その死闘の終始を見ていた者はおらず、不可解な点があるものの、とりあえず今代の勇者と魔王は相討ちにより死亡した、と歴史書に記される。


 その歴史書に奇っ怪な四人組が記されるのは、もう少し先の話。




 ※※※




 広大な大地を、エンジン音を轟かせながら走る高級車。

 中の四人は、ここが元居た世界とは別の世界だと薄々気づき始めていた。


 だが、異世界転移なんて彼らにとっては些細な事である。

 だからこそ、笑い続ける。


 何故なら、この世界にも金があり、女がおり、煙草らしき物まで存在するのだ。

 彼らの強盗生活は、何も変わらない。

 奪って、逃げて、遊ぶ。

 ただ、それだけだ。

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