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勇者の自宅には宝が眠る

「………志貴君、何これ。」


「なんだ。聞いてなかったのか。俺はリビングで生活しているから、三つの部屋のどれでも自分の部屋にしていいぞ。どの部屋にするかは、勝手に見て決めればいい。」


「いや、そうじゃなくてね。」


自宅へと連れ帰った彰人を、志貴が靴を脱ぎ揃えている間に、スタスタとリビングに向かっていった。客をもてなそう、案内しようという考えは一切見えないその姿に、彰人は「らしいなぁ」と笑うしかない。 彰人が「お邪魔します。」と口にしながら、家の奥へと廊下を進めば青空が見える大きなガラス戸を背景に、リビングのソファーに腰掛け寛ぐ志貴がいた。

彰人が欲しいとも思ったことの無いサイズの、大きなテレビ。けれど、志貴の寛いでいる部屋には丁度良い、ぴったりなサイズだと思えた。

空調管理の行き届いている、快適な温度と湿度の部屋。部屋の隅ではコンセントを握り締めて、座布団の上に体操すわりをしている天使の姿さえ覗けば、モデルハウスのような内装だ。

室内に配置されている家具一つ見ても、それが平社員な立場にしかない自分には購入出来ないものだと、彰人にも理解出来てしまった。

部屋は勝手に使え。

そう言われて指し示されたのは、三つの扉。

使えと言われても、このリビングなどにある家具のように、彰人が購入しようなんて絶対に思えないような価値の家具だったらどうしよう、と不安が過る。

弁償?ムリムリ。ただでさえ、此処は異世界なのだ。作り直す事も、買い換える事も出来ない。


彰人の提案が基となり、志貴は己の勇者補正を決めた。

『契約』という名だというその能力の全貌はまだ分からない。

ただ、敷金礼金無しの家具付き、というよくCMで耳にした謳い文句のような条件の賃貸契約を、彰人は志貴と結んだ。彰人が用意した、その場でさらさらと書き上げた割にはしっかりとした契約内容が書き連なっていた契約書に、彰人はちゃんと目を通して署名と捺印をしたのだ。

本物みたいだ、と契約内容に目を通していた彰人が口にすれば、「契約内容など定期的に確認するものであり、大筋の内容は覚えておかなくては何かあった際に恐ろしい事になるだろう」と志貴は軽くではあるが『発作』を起こした。

借りた部屋に中国マフィアが踏み込んで来る。一応、そんな展開までは真面目に聞いていた彰人だったが、契約書を確認するのも終わった事だしと声を掛けてそれを止めたのだった。出なければ、今もまだあの店に留まっている最中だっただろう。


契約には勿論、原状復帰の項目も軽くではあるが盛り込まれていた。今のところ、契約解除する予定は無い為、綺麗、丁寧に使わせて貰えばいいか、と彰人は簡単に考えて判を押した。

家賃代わりである、志貴の目となり耳となって情報を集めてくる、という役割がある以上のだから、彰人のライフワークも合わさって、此処に泊まることは月に数回などという極僅かな回数になる。その間に物を壊さないようにすればいい、と思い決意したのだが、そんな思いはすぐに砕かれてしまった。


「志貴君がリビングで生活している理由が分かったよ。」


指し示された三つの扉を全て見て回った彰人は、口元を引き攣らせながらそう呟いた。

主寝室と二つの洋室、リビングの大きさからも分かる広さを持っているその三つの部屋を、沢山の物という物が占領していたのだ。箱に入っているもの、袋が覆い被さっているもの、棚に一応という呈で並び飾られているもの、何処に何があるかを把握する事は難しいだろうと思える程の荷物が、部屋には詰め込まれていた。足の踏み場がない、ということはない。中に入っていき、物を探そうとする事の出来るスペースは残されている。だが、寝泊りに使えばいいという志貴の言葉に「分かったよ、ありがとう」と素直に言える様子ではなかった。

「寝るスペースくらいはあるだろう。」

食事はキッチンで。テレビを観たりと寛ぐのはリビングですればいい。

個室に必要なのは荷物を置いて寝れる程度のスペースだろう、と志貴は室内を呆然と見回す彰人にそう言い放った。

「いやいやいや。そうだとしても!」

部屋から顔を出して、ソファーの上の志貴に苦情を申し立てる。

「寝てる間にちょっとでも動いたら、荷崩れが起こって押し潰されそうだよ!!?」

「なら、掃除したらいい。」

適当にどうぞ、と言う。

「掃除…」

一つの部屋の中でも、全て綺麗に片付けるとなれば、一日、二日では足りないだろう。そんな荷物が詰まっている室内を光の無い目で見回し、そして暫くの無言の後に目に光を戻した。


「冒険資金稼ぎの為に、大学時代に遺品整理のバイトをした事を思い出したよ。」


あの時の経験を思えば、こんなの何て事もないのだ。

短い期間だったが、何件もの掃除に関わった。その中でも、一人暮らしの老人宅は最凶だった。死臭さえも漂う状態の、掃除の行き届いてはいない一軒家の掃除は、本当に骨が折れた。正社員の男や同じバイト仲間達と、終わった後に分かち合った喜びと達成感は忘れられない。

それに比べれば、荷物の量は多いが、埃も少ない状態の室内は簡単だと思えた。

そう、自分に言い聞かせるように口にして、彰人は部屋の中に姿を消していった。






「志貴君!!!何、これ!!!?」


ガタガタと、防音は行き届いている筈の室内から掃除をしていると分かる小さな音が漏れる。時折、「何で?」や「懐かしい!」などという声も聞こえてきた。だが、色々と多趣味な志貴が集めた道具やコレクションの詰まっている室内を漁って、そういう声を上げる人間は珍しくはない。家に出入りする人間は両親を含めても少ない。幼馴染の、一応友人だと言える男や、従兄妹達くらいだが、彼らもよく呆れるように三つの部屋の中を漁っていく。


数十分後、慌てた様子で彰人が出て来た。

彰人は青褪めた顔で、一丁の銃を持っていた。彰人の体の横幅よりも長い銃身に、恐る恐る手が添えて持って、リビングで寛ぐ志貴に悲鳴のように問い掛けた。


「何とは?見た分かるだろう。猟で使う散弾銃だ。安心しろ。ちゃんと免許は持っている。二十歳になった時に、父親の付き合いで狩猟免許を取得した。」

「引き篭もりなのに!?」

「引き篭もりだが、ある程度の運動は必要だと言われた。狩猟ならば、そう人口も多くないから知り合い以外に会う必要はないからな。」

そんな理由、と彰人は言葉もない。

「じゃ、じゃあ、こっちは?」

ドラマとかでよく見る感じの…。と彰人がもう一丁、部屋の中からリボルバーを持ち出す。

「…無可動実銃だ。よく見ろ。薬室内を溶接しで塞いであるのが分かるだろ。」

親戚に居た好事家な老人の遺品として、受け継いだものだ。アメリカから取り寄せたらしい。

あっ、本当だ。と志貴の指摘に、彰人が銃にじっくりとした目を向けて納得の声を上げた。慌てていた為に確認しなかったが、世界中の危険地帯にも足を踏み入れている彰人は、実を言えば一度二度は撃つという経験もあった。勿論、人に向けて実際に撃ったことはないが。

だから、日本で普通の生活だけを送っている人間に比べれば、驚きと焦りが治まるのも早かった。

「あぁ、日本の一般家庭から銃を発掘することになるなんて思ってもみなかったから、本当に驚いたよ。」

説明を受ければ納得も出来た。

彰人はもう一度、部屋の中に戻っていった。


「志貴君~、今度は日本刀が何本も出てきたんだけど?」

焦っても驚いても無い。だが一応という呈で、口元を引き攣らせて彰人が部屋から顔を覗かせたのは、銃の一件から再び数十分後のことだった。

その腕の中には、長短様々、時代にも大きな違いがあるのだろう日本刀が7本も抱えられていた。

「それも好事家の老人の遺品だ。ちゃんと、銃砲刀剣類登録書もついているし、所有者変更届出書も出してある。確か、鑑定してもらったら、どれかはそれなりの値段がついたな。」

「金持ちのそれなりの値段って、本当に怖いよね。」

無造作にダンボールの中に放り込まれていたそれに、内装を見ただけで資産家だと分かった志貴が"それなり”なんて答える値段がついているなんて、思いもしなかった。興味が無かったとしても、ケースに入れて飾ったりすればいいのに。せめて、ダンボールはやめようと、と彰人は呆れ切った声を出した。


彰人の驚きはこれに留まることはなかった。

次から次へと、無造作に放り込まれていたダンボールなどを開けて中身を確認する度に、彰人の心臓は大きく跳ねることになったのだ。

ミネラルウォーターの箱を開けて、金の延べ棒がぎっしりと詰まっていた。それが7箱程続いた時にはもう、驚くことにも疲れて、力ない笑い声をあげるしか出来なかった。

志貴曰く、タンス貯金は必要だろう、ということらしい。

それは分かるには分かるが、せめてダンボールは止めて欲しいと彰人は呆れた。


宝石に、彰人でも知っている高級ブランドの服やバック、靴-しかも女性ものも多かった。

それらの明らかに、無造作に置いていていいものではないものの他に、様々なジャンルの本や、こんなものにまで手を出したの、と呆れるような趣味の道具が多種多様に揃っていた。

キルティングに刺繍、料理にも凝ったことがあったのか用途別に細かく分かれた包丁の数々に調理用具、銀細工、皮細工、明らかに通信教育だとうと分かる資格取得の証明書も大量に発掘された。

よく、これだけが一室に治まっていたものだと、思える量と質。

これが後二部屋あるのだと思うと、少し恐ろしい気もするが、見てみたいという好奇心に襲われる。これは、ジャングルにも挑んでいくくらいの冒険心溢れる彰人ならば、湧き上がってくるのが当然だと言える気持ちだった。


「あ、あと、こんなのも出てきたんだけど、これは?」


それは、他のものとは何処か違う扱いだった。

無造作にダンボールの箱に放り込まれてはいなかった。頑丈な、ある程度の衝撃ならばビクともしないだろうスーツケース。鍵は掛かっていなかったその中には、小さな袋が大量に敷き詰められていた。そして、その小さな袋の中には、色々な色や形の種が入っていた。


「こんなに大量の種、何の為に?」


「馬鹿か?備蓄食料に決まっているだろう。」


あっ、『発作』が始まるかも。

リビングで気配を殺して待機していた天使達はそう思った。


「勿論、水にカンパン、俺一人ならば数ヶ月は大丈夫なようにレーションなども用意してあった。まぁそれも、この半年の内に残り僅かになってしまったが。水に関しては、浄水の為の浄水器を様々用意してある。備蓄の水は無くなってしまったが、一応異世界のものでも何とかやっていけるような気はしている。」

設置型から持ち運び用まで、水質検査のキットまで用意はある。

志貴は何処か誇らしげに言った。

それを聞いた彰人は、貸して欲しいと申し出た。

あまり水道設備の整っていない、ほんの僅かな地域を見ただけだが、人々の話を聞いた限りでは彰人もそう思っていた。普通の日本人よりは海外の不安にあふれる水にも慣れている彰人だったが、それを事前に調べて浄水出来る術があるなら無いよりはいい。

この家の中にあるものは好きに使えばいいと、志貴は許可を出す。ちゃんと返すか、それ以上の価値のあるもので返せ、という辺りはしっかりしているが、素っ気無いその物言いには興味が無さそうという印象も見受けられた。


「で、話を遮ったのは俺なんだけど、備蓄食料っている言葉の正否は別にしても、つまりは食料が無くなったら収穫すればいいってこと?」


天使達は彰人が口を挟んだことで強制的に『発作』は終わったと思っていた。

だというのに、終わらせた彰人本人が、その続きを促した。しかも、どこか興味津々に。それには彼女達は驚いた。


「そうだ。だが、それは日本での事態を想定した蓄えだった。こんな異世界では、それをする勇気など俺にはない。」

恐ろしいことが起こる、と志貴は再び『発作』と起こし始めた。

「まぁ、外に出たくないから、地上の土地で農業なんて無理だろうけど。」

俺がやってみようか、と彰人は申し出た。農業の経験は殆ど無いが、知識としては少しだけ。この世界の農民などの力を借りれば何とかなるかもしれない。それに、懐かしい日本の味を再現出来るのなら、頑張ろうという気になる。

「恐ろしい事を言うな。」

「なんで?他はいまいち分からないけど、これとかって米だよね。あんまり詳しくないけど、漫画とかでもよくある展開だったんじゃなかったっけ?」

「あぁ、よくあった。本当に、何とも恐ろしいことだ。」


異世界に自生していた、人々に目も向けられていなかった稲を見い出して、栽培する。

そして、パン食文化の中に米を放り込み、懐かしい日本の味に感動する。そういう話は、漫画に小説で志貴もよく目にしていた。その度に、恐ろしい、恐ろしいと恐怖に震えたものだった。



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