中
暴走タイムです。
本当に暴走しています。
「何故、異世界のもの、などという得たいの知れないものを平然と、何の不安も無く口に入れるなどという愚行が犯せるのか!」
『発作』を起こした志貴が吠えた。
「これが同じ世界内のことであったとしても、それはただの愚行、自身の命を無下に扱っているとしか思えない事態だ!自分の常識が通用しない、未知なる社会での食事は何よりも慎重に、細心の注意を持って挑まねばならないことだ。だというのに、どうして勇者という輩達はそれを無視することが出来るのか!!」
『発作』の最中の志貴は、常に恐ろしいと口ずさむ。
恐ろしいと口にしながら主張するのは、無駄に張り巡らせ過ぎる知識の羅列、その上でのあり得ないと呆れるような、妄想だった。
「今や普通に世界中の食卓に上るじゃがいもが良き教訓として、存在しているというのに‼」
志貴が吠える内容を途中で口出しして止めようとしてはならない。
これは、天使達が半年で学んだことだった。
自分の主張を止めた言葉を歪曲に歪曲を重ねて、志貴はまた別方面へと捻じ曲がった主張と妄想を展開し始めるのだ。そうなれば、普通に終わる筈だった倍以上の時間、彼の一方的な論議を拝聴させられることになる。
「あまり土壌が豊かではない国々で庶民の飢えを凌ぐ為に栽培が行われ、今やそれを主食として扱うような国も存在しているジャガイモも、南米から欧州へと持ち込まれた当初は、『悪魔の実』として恐れられた。これは種芋から増えるという、それまでには欧州にあった常識から外れた増え方であったことと、その正しい保管方法、調理方法などを知らずして口に運んだことによって、多くの人間が毒を受けて苦しんだせいだった。それだけではない。地球の人間が普通に口に運んでいる食材の中には、間違った食べ方をしてしまうと、知らず知らずの内に毒を摂取することになってしまうものが沢山あるのだ。例えば、さくらんぼや梅。あれらの種には青酸カリが含まれている。種を食べようだとは俺は思わないが、時には噛み砕く奴もいるだろう。あぁ、リンゴもそうだった。梨に杏に枇杷に。桃の種など恐ろしくて触れたくもない。青酸カリの致死量は150mg。桃の種を二つも噛み砕けば死ぬのだ。銀杏も中毒を起こす可能性があって恐ろしい。ウナギの生など触れてものではない。その血の毒で呼吸困難になってしまったら…。バルコニーで育ててはいるが、トマトもナスも毒だ!特に、ナスはジャガイモ以上に悪魔と呼ぶに相応しい存在だ。土を通して他の野菜に毒を移してしまうのだからな。あぁ、青酸カリと言えば、アジサイにもあったな。口に運ぶものだけでなく、未知の生態系では植物全てに注意するべきだろう。ついうっかりと口に入ってしまうなんてこと、有り得るからな。蕨にふきのとう、きのこなど採取に行く人間の気が知れん!!!」
長々と自分が知り得ている知識を口から吐き出している志貴。うんうんと頷きながらのそれは、確認作業ということだろうか。
志貴が一呼吸を置いたのを見て取り、エリーゼが口を開いた。
止めておけばいいのに、と思う天使達だったがエリーゼがその役を買って出てくれなければ、彼の主張に思ったことや疑問を晴らすことが出来ないので、本当に止めたりはしない。
「で、でも、この世界の人達が普通に食べているものだったら、貴方が不安がる可能性も無いじゃないですか。そんな事でウジウジ言ってないで、実際に街に出て、お店で料理を注文すればいいじゃないですか。」
「それこそが、最大の愚行なのだ!!!!」
エリーゼの投げ掛けたその言葉は、志貴に注がれるガソリンとなった。
「人が食べているから大丈夫!味の好みはあるかも知れないけど、異世界でそんな我侭も言っていられない!なんだったら、俺があちらの味を再現すれば食の大革命だ!!!」
志貴の声が少しだけ高めなものになり、演技臭さに溢れる言葉を紡ぐ。
それが、異世界にやってきた地球の人間が行う思考の流れだと、彼が信じているものなのだろう。
天使たちは、まぁ間違ってはいないな、と少しだけ納得の表情となっている。確かに、彼らが見守っている勇者達の行動を見ていると、多くの人々がそういった行動の経緯を辿っていると思われた。
だが、それの何か志貴を恐れさせているのか、分からない。エリーゼも言ったが、現地人が普通に食材にしているものならば彼らにも毒ではない。天使たちも口には出さないまでも、エリーゼの意見に同意だった。
「馬鹿か!!!人が食べている?あぁ、食べているだろう。」
天使たちは、何とか志貴を外で行動させようと、異世界の食事というものをこの部屋に届けにきたこともあった。だが、志貴は絶対に手をつけることはなく。この広い自宅に溜め込んでいた、備蓄食料を細々と食べながら半年、生きていた。元々、大きな運動などもしない、自宅に篭っている志貴は食が細い。だからこそ、半年も持った。
「だが!それは本当に俺達と同じ人と思っていいものなのか!!?」
「えっ?」
何を言い出したのか、と天使たちは目を見張る。
人は人だろう。
悠久の時を地上を見守り、時には導く役目を天使達は担ってきた。だからこそ、彼ら勇者とこの世界の人間に何の違いもないと思っている。
だが、それは違う、と志貴は吠える。
「そもそも、同じ地球の人間の間でも、人種や住む地域によって食の在り方は違うではないか。肉をメインに食べる文化もあれば、ベジタリアンを貫くものもいる。それは、別に人それぞれだ。だが、それを先祖代々続けていたのなら、それは人の身体構造に大きな影響を与える。植物や海藻を食べるに相応しい体に、日本人の体はなっている。消化の為に、肉食文化の外人よりも長い腸がそれだ。その為、日本人が肉を食べると他人種よりもリスクがあると言われている。そして、大きく有名なものに乳糖不耐症というものがある。これは別に大きく体を害するものではないが、日本人の多くが持っていないのは有名だ。アルコールもそうだ。日本人はその半数がアルコールを分解するものが弱い、または無い。同じ地球の、同じ人間という存在でも、人種によってそれだけの違いがあるのだ。個々になれば、もっと違いは多彩に現れるだろう。例えば、多数が毒と思うものを毒とは思わずに食する者達もいるだろう。鉄を食べるという人間も取り沙汰されていたくらいだ。俺の知りえない存在という人間も居た筈だ。」
「は、はぁ。」
「それなのに、どうして異世界の人間の食生活を自分と同じに当てはめて安心出来るのだ!世界が違うのだ。歴史も文化も、進化するに必要だった環境も何もかも、全くもって違い過ぎる世界の生命体など、見た目や知能が同じであろうと、その体の構造が同じとは限らないではないか!!もしも、その口に入れるものが、地球人、日本人にとって毒である成分が含まれていたら?毒といわずとも、その体に吸収されないものだったら?あぁ恐ろしい!!そもそも、日本人などというのは、恵まれた環境下で発芽以前から口に入るまでの間、徹底的に管理され尽くしたものしか口に入れない人種だ。卵など、最たるものだろう。雑菌の入り込む可能性を極限までに弱め、世界でも唯一と言ってよい程の衛生的な卵を使って生食をする国民だ。そんな場所で安然と暮らしていた日本人共が、突然送り込まれた世界の、衛生管理などという言葉があるとは思えない文化レベルの場所の食生活で、体を崩さずに居られると!?冷蔵庫などの保管道具もないのだぞ!それを、それに適応して生きている人間ならいざ知らず、日本人が?花粉症やアレルギーなどという病気は先進国に多く見られるものだ。これは衛生仮説によると、細菌から隔離された環境で育つことで起こっているとも言われている。そんな過保護な環境の最たるに置かれ育った人間が、中世レベルの衛生管理の世界で無事で居られるわけがない!!酒を始めとする発酵食品があるのだ。細菌や微生物は存在しているのは確かな筈だ。なのに、それを知識として知るものがいない。その程度の文化レベルで、日本のレベルに慣れた俺たちが‼」
恐ろしい、恐ろしい、と志貴は食中毒の恐怖に着いても語りだす。
いわく何の菌でどれだけ死んだ例がある、などと語りだし、その症状と苦しみをまるで自分が経験したかのように口にする。
といっても、志貴がそれになったことがある訳ではない。半年の生活の中で、自分でも豪語していることだが、志貴は裕福な家庭の子供として生まれ育った。家は何時も綺麗に整えられ、食事も些細な可能性も見逃さないという注意が行き届いたものだった。
少し変わり者で、志貴が義務教育を終えると放任気味になった両親は、自分で自分のことを最低限どうにか出来るのならと、志貴が何をするのも許している。学校に行かないのも気にせず、株の運用で生活費を稼ぎながら家から滅多に出ない生活を送っていても、何も言わない。ただ、運動不足はいけないと、時折サバイバルなどに放り込まれることはあったが、両親が口出すのはその程度のことで、あとは志貴の好きにさせてくれた。ある意味で、志貴のこの『発作』を悪化の一途に辿らせたのは、両親だったと言える、と志貴は他人事のように思っていた。
止せばいいのに、細菌などについて調べた時もそうだった。
その恐怖が止まることを知らずに積もり積もった志貴。食中毒が起こりやすいというイベント事や外食などに出ることは、それが様々な付き合い上での事でも絶対に参加しようとしなかった。そして、 それも別に何も言われず、笑って許されたのだ。
自分で今語った通りの、衛生的に過保護な程に守られている人間の一人が自分なのだと、志貴は自覚している。
だからこそ、恐ろしいのだ。
自分が、ほかの勇者達以上に環境に対して脆弱であろうと知っているから。
他の勇者達が半年の間に適応出来た―まだ症状が出ていないだけ、奇跡的に当たって無いだけという可能性が無いでもないが―この異世界という環境に、果たして自分は適応出来るだろうか。いや、適応する前に倒れる可能性が高い。そうなれば、この世界の文明レベルからして医療に信用が置けるのか。治療術という魔法があるらしいが、それが何処まで効果を持っているのか。
知らないからこそ、志貴は恐ろしいと思い、動くことが出来ない。
「この世界で、食べ慣れた味を再現するというのも、そう言った意味では恐ろしい行為だ。その地で食べられていなかった食材を使う。もし、それが、人々も忘れるような過去に何か事を犯していたら。こちらの人間には、何か害のある成分が含まれているかも知れない。動物は食べている?遠い異国では食べている?その動物には毒への耐性があるかも知れないではないか。その異国では、正しい食べ方というもので、毒を無効化しているかも知れない!使われている食材を使ったとしても、もし再現された料理にしてはいけない組み合わせ、調理法というものが成されていたら?」
あっ、と天使達が気づいた。
そろそろ、彼の持論ではないものが始まると、この半年の経験によって気づいた。
「もしも、もしも、それが一部の人間の体質に合わないものであったら。確かに日本は食の宝庫だ。世界中から料理が集まり、様々なアレンジが成されて進化を遂げる国だからな。だから、再現された料理もこの世界の人間の口に合うかも知れない。何よりも、目新しいものには誰もが食い付くものだ。しかも、それが勇者などと呼ばれる人間が作ったものなら、尚のこと。王公貴族の耳に届いて、料理を提供することになるだろう。もし、その人物こそがそれに合わない体質の持ち主だったのなら。それが、口にいれてすぐに症状が出るものだったのなら。口にいれた瞬間に倒れる王公貴族。騒然とする、その人物を守る兵士達。すわ毒を盛ったのか、と捕まるだろう。そして、牢に繋がれ、最期に待っているのは処刑。いや、勇者たる力を利用する為に飼い殺しにされるやも…」
勇者同士で戦い合うことにもなるだろうな。魔法がある世界だ。個の意思を奪って自由に操ってしまう術もあるだろう。…あぁきっと…。
志貴の妄想は長々と続く。
天使達はテレビを観たりなど、それぞれの方法や道具で暇潰しをしながら、それが終わるのを何時までも待っていた。
次話、解決策。