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そして勇者達が起こしたこと。

稲刈りの季節になったので、それに関わる話。

収穫につきものな…前話の最後に触れたものです。

「うん。美味い。やっぱり、お米に味噌汁、煮物、漬物は日本人の基本だね」

彰人はリビングのテーブルを前にして座り、上機嫌に箸をとった。

慣れない正座を無意識の内にしてしまうのは、目の前のテーブルの上に並んでいる、待ちに待った食事の数々に対する、そしてそれを努力の末に作ってくれた人々に対する感謝の念が溢れ出てのことだった。

米を食べることが出来て三年目、慣れ親しんだ米の味を堪能出来るようになって二年目、それでもまだ心底感動出来るのだから、やっぱり自分は日本人なのだと彰人は納得する。


託した米籾から育まれて収穫されて二年目の米は、うん万円という彰人には信じられない値段だったという炊飯器で炊かれて、つやつやと輝き、ふっくらと湯気をあげている。

米と同じく村に託され栽培させた大豆から志貴が作った味噌に醤油、味醂が惜しみ無く使われた、味噌汁に野菜の煮物、沢庵。

味噌や醤油が自家製というだけでも驚いたのに、味醂までも手作りしてしまえる志貴に、彰人はもう驚くことも忘れて、ただ感動した。いわく、そのどれも米麹を使えば作れる。そう志貴は平然と言ってのけたのだが、物置と化している部屋の中から発掘した米麹に頼っては長く続けることが出来ない、と米麹まで村に指示を出して、天使達にまで協力させて作らせ、試行錯誤をしながら完成させたそれは格段に美味しく感じられる。また、米作りが二年目となり、米文化が定着し始めている村でも志貴に作り方を教わり、味噌や醤油、味醂を使うようになってきた。

彰人もこれらの味を再現する為に何もしていない訳ではない。

海まで出て行き魚を得て、志貴の暴走をなんとか乗り越えて指示を出してもらいながら、鰹節などの出汁をとることの出来るものを手に入れてきた。

彰人の目の前に広がる食卓は、志貴と彰人と、五人目の勇者、村人、そして天使達の、二年に及ぶ努力と協力の下に出来たものなのだ。

二年目、それが早いのか遅いのかは分からない。だが、あの時、志貴と契約して良かったと彰人は思う。


そして、種籾を託しに行けと志貴に命じられた当時を、彰人はシミジミと思い出しながら、箸を進めた。





日本ほどとはいかないまでも、穏やかな温かさの春らしき季節から、雨が大目に振る時期、しっかりと太陽が照る夏らしき季節を過ぎて、と日本の米作りとほぼ同じといえる季節がしっかりと五人目の仮・勇者が降り立った村一帯には巡っていた。

一度目の収穫は、まだまだ慣れない作業や与えられて農機具などに村人達が戸惑っていることもあり、五人目の仮・勇者や彰人が期待したほどの収穫にはならなかった。だが、志貴が手を貸す以前の、現地で見つけ出した原種である米を用いた前年の収穫などよりは、収穫量は多く、そして味も彼等に馴染み深いものとなった。

これには、村人達も大いに喜んだ。

志貴達地球から来た勇者達と姿形、考え方も似ている彼等は味覚も確かに似ていたのだ。

原種には無い甘みなどの、日本人が品種改良を繰り返して追求した旨みというものに、彼等も美味いと感じたのだろう。旨みを発見し、世界中の料理を追求してしまう味に五月蝿い国民が満足するまで追求してきた米の味に、味覚の似ていた彼等が魅了されないわけがない。しかも、それまでの麦などよりも収穫が多く、麦ほど食するまでに手間と行程を必要としない、水があれば食べれるようになる米に、彼等は満足の声を上げた。

志貴が与えた米籾は、コシヒカリにあきたこまち、ささにしき、命の一、などなどの多種多様な、味や性質、生育環境への強みなどを持つ何種類にも渡った。中には、餅米を始めとする黒米や赤米などもあった。村人達はそれぞれの田んぼで育てられ収穫されたそれらを食べ比べ、自分達の好みにあうものを来年作ろうと意気揚々と語り合う。なら、来年アンタはあっちの区画の田んぼな、などとすでに来年の計画が立てられていった。

稲は交配しやすい。隣り合う田んぼで違う品種を育ててしまえば、数年もすればそれぞれの性質が混ざり合った米が出来るようになってしまう。品種ごとに距離を開けて田んぼを作れ、これは今や『天に住まう方』『天の御方』と呼ばれ始めた志貴からの指示だった。


ある日突然、この村に降り立った穏やかで働き者な一人の男を、自分達が日々食べるものも工面しながらやっと一年持たせるという暮らしをしてきた貧しい村の住人達は、少しだけ警戒しながらも快く受け入れた。

後々、世界中に余すことなく広まった神に仕える天使による神託によって、その男が神が世界の為に遣わした勇者の一人であることが判明しても、村人達はそれまでと同じ様に、善き隣人として彼に接し続けた。それは、その穏やかな男が大騒ぎされることを嫌がったこと、貴族や王族などの前に連れ出されてやいやい言われながら何かをさせられるよりは、この素朴な村で穏やかに暮らしたいと漏らしたからだった。

栄誉や贅沢な暮らしが出来る筈なのに、それを望まず村に残りたい。この村に生まれ育った若者でさえも半数以上は飛び出していくこの村に、そんな言葉を落としてくれる存在を好ましく思わずにいられようか。


そんな彼、ケンイチという耳慣れない名前の新しい村の仲間が、米という食物を育てたいと言った時は半信半疑ながら、村人達はそれを手伝った。神から遣わされた勇者、という神託の通り、ケンイチは様々なことを知っていて、村の子供達に勉強を教えてくれた。村人が困っていると、村人が知らない知識などを使って助けてくれた。それに対する返しだと思えば、手伝うくらい何ということも無かった。

それで収穫された米というものは、水はけが悪くぬかるんだ場所の多い村の近くで麦以上によく育ち、村人達が例年通りに作った麦よりも多くの量が取れた。しかも、水を入れて火にくべるだけで、ほかほかと温かい食べ物になったのだ。

相性が悪いらしく麦が充分に収穫出来ないこの村では、毎年春過ぎの収穫後へ領主に納めてしまうと、一年持つ訳がない分しか各家庭に残らなかった。森の中で魔物などの脅威に怯えながら木の実や山菜、小さな動物などを狩り、野菜を育てて冬に向けて蓄え、何とか一年を食い繋ぐ程度。暮らしは毎年、ギリギリなところで潜り抜けていた。

米は、寒さで実りの全てが枯れ果てる冬を迎える前の時期に取ることの出来る、不安に駆られずとも冬を乗り越えることの出来る、そう思えるものだった。神が遣わした勇者は、この村を助ける為に来てくれたのだと、ケンイチがそうであるなんてすっかりと忘れていた村人達に感動をもたらした。


その上、感動はそれに終わらなかった。


米の収穫が終わった後。来年はもっと米を作ろうと村人達全員が乗り気になり、何時もなら憂鬱な面持ちで出立する、麦を領主へと納める為の荷馬車の一団達が笑顔さえ浮かべている中、その人間はやってきた。

ケンイチと同じ、勇者の一人だというアキトという青年。

彼は素晴らしい贈り物を村に持ってきた。

神託が下ったと同じ頃に時折、村の上空を通過していく謎の物体に住んでいるという存在から預かってきたと、米籾という彼等が感動を覚えた米よりも優れているという米の種に、これまでなかった便利な道具、知識をアキトはケンイチに差し出した。

それだけじゃない、彼は野菜の種も村に与えてくれた。

米が採れる頃に種を植え、寒さの厳しい中で収穫出来るという、村人達にとっては初めて聞く名前の野菜の種を何種類も。

タアサイ、ハクサイ、カブ、ホウレンソウ、コマツナ、ジャガイモ、ニンジン、アイスプラント、ミズナ…。

もしかしたら、こちらの世界にもあるかも知れないけど。

そう口にしながら、幾つもの小さな袋に収まっている種を何種類も、代価を請求する様子もなくニコニコと笑顔でアキトは、村人達に手渡ししていった。


アキトやケンイチの指示通りに植えた種はしっかりと芽吹き、寒さに震える冬に畑を覆い尽くしてみせた。全てを採りきることなく来年用の種を取る為に残し、これまたアキトやケンイチの指示通りに調理して食してみると、それは米によくあうおかずとなり、村始まって以来といって嘘ではないくらいに、各家庭の食卓を彩った。


奇跡が起きた、と村人達は誰もが一度は呟いた。

ケンイチが、アキトが、そして天空に住んでいる人が、この村に救いという奇跡を起こしてくれた、と。

それから村では、上空に謎の物体が通りかかる度に、手を合わせて拝む村人達の姿が見られるようになった。

村の畑で何かの作物が収穫される度に、アキトが訪れてそれらの一部を持ち帰っていくのだが、誰もそれに疑問を覚えることはない。彼と、天空に住んでいる人のおかげで得た恵みだ。あれ以降も、何かと村に恩恵をもたらしてくれる彼らが、それによって出来た恵みを手に入れても納得しか生まれない。むしろ、当たり前のことだと村人達はアキトにあれやこれやと手渡して、持ち帰って貰う荷物を増やすほどだった。


村人達は、姿も見た事もなく声も聞いた事のない、名前さえも知らない、ただ住居であるという空を浮遊するそれを目にするだけの志貴を、『天に住まう方』『天の御方』と呼ぶようになった。

そして、そんな志貴の伝言や贈り物を村に持ち込む好青年なアキトを、『地の御方』と呼んだ。また軽口の中で世界中のあちらこちらに行っているのだという事を聞いた若者が面白半分に、『放浪の賢者』などと呼ぶようにもなり、それは止めて欲しいとアキトが頼むのだが、それは段々と呼ぶ者を増やしていった。




「おい、放浪の賢者。ケンイチが呼んでいるみたいだぞ?」


あの呼び方をどうやったら止めてもらえるのか、とご飯を口に運びながら顔を顰め考えている彰人に、志貴が声をかけた。まるで彰人の心を読んで嫌がらせをしたようなタイミングで、その名称を口にする。

志貴は、彰人が『放浪の賢者』と呼ばれることを知った時、それを大変喜んだ。

その名が広まれば、これまでの行いの多くを成したのが彰人であると、勘違いする人間が増えていくだろう、と。名も知れず姿も見せない自分に恐ろしい危険が迫る可能性よりも、地上を動き回っている『放浪の賢者』こそを注目し狙うだろう、と。

天使達にも、率先してその名を口にするように、と推奨していた。


米作り。地理表現が米作りに適してないようなものを見ると、…ってなったり。乾燥してて地力に乏しいとか。まぁ、異世界なので何でもあり、と言われればそれまでなんですが。

最近、そんなことを考えながら稲かりしてました。



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