元旦
窓がカタカタと揺れていた。
どうやらまだ風は止まないらしい。
こんな日にくらい風も休めばいいのにな、なんて考えながら顎を机にくっつけたまま目を瞑る。
ああ、あったかいなぁ。
じんわり広がる熱が足の先から無理やり突っ込んだ指先まで包み込む。柑橘類の匂いが鼻先からするけれど、まだ、片付けしなくてもいいよね……。
このまま寝ちゃおうかな。ああでも、風邪ひいちゃうや。東たちとも、約束があるんだった。
でもな、あと少し。それだけでいいからさ……。
小さくあくびをこぼして、ほっぺを机にペったりくっつけた。
あと、すこしだけだから。
ああ、そういえば昔、よく怒られたなぁ。
『炬燵で寝るくらいだったら片付けちゃえば?』
ええ、嫌だよ。
こんなに気持ちいいのに、勿体無い。
『ストーブあるんでしょ?それでいいじゃん』
ストーブと炬燵は全然違うよ。
なんでいつもそんなーー
ええと。
僕、一体誰とそんな話をしたんだっけ……。
いつの話だったかな。
実家だったから、高校とか中学の時なのかな……。
そういえば、その頃は色々あったよなぁ。
前世現世の葛藤だったり、責任だったり夢だったり。
それでも世界は、なんだか綺麗に見えたよなぁ……。
前世はそんなこと、思いもしなかったのにな……。
人が怖くて、毎日が怖くて、怯えて暮らしていたよなぁ。
懐かしいなぁ。
懐かしいなあ……。
僕ももうおじさんだよ。
可愛いお嫁さんをもらって、なんて夢が叶わないことに気づいたよ。
それでも、将来をともにしたい女性はね、居るんだよ。
その人はとても素直な人なんだ。
だからね、心配しなくてもいいんだよ……。
……ねえ、※。
思えば君にはたくさん寄りかかってしまったね。
いつも僕を助けてくれた君だから、今でも君の弱さが思い出せないんだ。
君が泣いたところを僕は見たことがない。
君が怒るところを僕は見たことがない。
あきれるところも。
悲しむところも。
何でかなあ。
いつだって思い出すのは、君が笑って居なくなる最後の日なんだ。
赤い髪をゆらゆら揺らして、まるでいつかの帰りの分かれ道みたいにあっさりと。
君は、綺麗に笑って見せるんだ。
不思議だなぁ。
なんで君は、そんなに強いのだろう。
僕も少しは、君に近づけただろうか……。
「葵さん!!起きて下さいよ!」
「……え?」
うるさいなぁ。誰だろう。
重たいまぶたを少し開けて、顔を傾ける。
「ああ、東馬か……」
「もうお昼ですよ!みんな待ってます」
「……えっ嘘!!」
ああ、結局こうなるのか!
こういうところだけは昔から変わんないんだよなぁ!
「葵さん、その、何かあったんですか?」
「ごめん、何でもないんだ、ほんとごめん!昨日からずっと寝ちゃってたみたいで」
「……あの、寒いので少しあったまってもいいですか?その間、瞼、どうにかした方がいいですよ」
「え?」
ぼろりと、顔を上げた拍子に何かが溢れた。
薄茶色のテーブルに一滴、水滴が広がっている。
あれ、何だこれ。
まるで、いい歳したおじさんなのに、泣いてしまったみたいな。
頬を冷たい雫が伝っていく。
あれ。何なんだよ、これは。
悲しい夢でも、見ていたんだっけ。
いいや、そんなことないような気がする……。
何だったかなあ。
でも、それでも幸せな夢だった気がするんだよなぁ。
『またね、葵』