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少女と少女の約束

 華恋が目を覚ましてから一時間くらい経ったころ、美由は定期健診で病室を離れていたため、華恋は一人ぼっちになっていた。この病室にはベッドが六つあるが、使っているのは美由と華恋しかいないらしい。


 華恋はテレビを見るのも飽きたので窓の外を眺めている。まだ面会時間ということもあり、病院の出入りはよく見られる。彼女は点滴をつけている小さい女の子がお母さんと楽しそうに話している光景を特に見つめていた。


「私にも、こういう光景が、あったんだよね」


 死んでしまった過去に希望を抱いていた。自分がどういう子供なのか、どういうわけで記憶を殺されたのか、すべてを思い出したかった。


 少しでも早く、ある時点から前の自分を知らないという恐怖から逃れたいのだ。

 そして一人ぼっちはとても寂しいのである。


「具合はどうですか?」


 病室にさっき華恋の目が覚めたときにいた看護婦が入ってきた。そのまま彼女は華恋のベッドの隣のいすに静かに座った。そして華恋と同じく窓の外の小さな女の子を眺めた。


「あれは603号室の沙希ちゃんだね。一週間前に喘息で入院してきた五歳の子よ。体調もだいぶ良くなってきてもうすぐ退院できると思うわ。とってもきちんとした子なのよ。お見舞いでもらったリンゴをわざわざ私にくれたのよ」


 華恋は少しうなずくだけで声は発さない。看護婦は華恋から返事が来なくても、楽しそうに話を続ける。


「美由ちゃんとお友達になったのかな? あの子はちょっと喋るのが好きすぎてうるさい時もあるけど、とっても優しい子なのよ。あなたも気軽に声をかけてもらったんじゃないの?」


 看護婦の言うとおり、美由は気軽に華恋に声をかけた。そして素敵な名前までつけてくれた。彼女の中では友達ではない、もっと大切な何かなんだと思っていた。


「あら、そのヘアピンって美由ちゃんのじゃない。プレゼントしてくれたんだ。良かったね、こんな可愛いヘアピンもらえて。とっても似合ってるよ」


 華恋はそう褒められて少し頬を赤く染めた。そのあとも美由の馬鹿なエピソードなどで盛り上がっていた。そして華恋も自然と笑顔を浮かべれるようになっていた。


 話も途切れてきて沈黙が少し続いてから、看護婦がさっきとは違う口調で話し始めた。


「美由ちゃんはね、二週間前にこの病院に来たんだ」


 華恋はまた楽しい話をしてくれるのかな、とわくわくしながら聞いていた。しかしそんな楽しい話なんかではなかった。


「あなたと同じ……記憶が、なかったんだよね。あなたみたいにたくさん泣いていたのよ」

「……」


 華恋はどう反応していいか分からなかったのか、美由がさっきまでいたベッドを一回見つめた。そこには真っ白なベッドしか存在していない。

 美由もそのベッドを涙で汚していたのだろう。そんな光景を華恋は想像したくもなかった。


「まぁ今はけっこう記憶が戻って来ているんだけどね。だから、がんばろう」

「……うん」


 華恋は美由が病室に帰ってきてからどんな顔して彼女と接すればいいのか分からなくて混乱していた。


「あっ愛美ちゃんだ。やっほ」


 華恋が美由のことを聞かされて間もないとき、美由はいつものテンションで帰ってきた。


「年上の人をちゃん付けで呼ばないの!」

「だって愛美ちゃん可愛いんだもん」


 言うことを聞かないというのはこういうことか、と華恋は実感していた。そしてこんなやり取りを見ていると姉妹みたいだなと思い、なんだか嬉しそうな華恋だった。


 もしかしたら華恋にも姉妹がいて、こんな幸せなやり取りを毎日していたかもしれないと思っていたのだろう。しかし華恋は想像しかできない。想像の世界しか彼女は構築できない。


「愛美ちゃんも華恋ちゃんと仲良くなったの?」

「ついさっきね。君、華恋ちゃんって言うんだ」


 本当の名前じゃないんだけどねと美由が付け加える。看護婦の反応から見ると華恋の本当の名前を知らないのだろう。


「華恋ちゃんに私のヘアピンをプレゼントしたの。すごい似合ってるでしょ」

「うん、とっても可愛いよ。でもプレゼントして大丈夫なの? それってずっと大切にしていたヘアピンなんだよね?」

「大丈夫だよ。一番大切なのは友達なの。ヘアピンは友達の証なんだから」


 華恋は泣き出しそうになるくらい嬉しかった。おそらく美由が話しかけてくれなかったら、自分を見失っていただろう。さっきみたいにずっと取り乱していただろう。


 彼女はヘアピンを一回はずし手で強く握り締めて、本当にありがとう、と心の中でつぶやいた。


「はぁ若いって良いわねぇ」

「愛美ちゃんは永遠の二十六歳なんでしょ?」

「普通に二十六歳です! どうせなら永遠の十八歳とかみたいに若くしなさいよ!」

「愛美ちゃんは大人の魅力が武器なんでしょ?」

「完全に馬鹿にしてるでしょ!」


 華恋は二人のやり取りにずっと笑っていた。そのあとも話が盛り上がりすぎて、愛美が婦長に怒られて病室から強制ログアウトするまで華恋はずっと笑い続けていた。


「はぁ喋り疲れたなぁ」

「私も笑い疲れたよ。本当にあの人は面白いね」


 本当に疲れてしまったのか少しの間二人とも黙ってしまった。しかし華恋には一つ美由に聞きたいことがあった。


「なんでこのヘアピンを大切にしてるの?」


 華恋はヘアピンを指して尋ねた。さっきの会話でとても大切にしていると聞いたので何か気になったらしい。


 すると美由は少し困った表情をした。


「よく覚えてないんだよね。あんまり記憶は戻ってないから」


 言っていることは美由にとって辛いことだが、いつもの口調といつもの笑顔で話してくれた。そのことが華恋を少し勇気づけていた。


「そうなんだ。ごめんね、辛い思いさせちゃって」

「別に大丈夫だよ。華恋ちゃんも、記憶失くしちゃったの?」

「うん。失くなっちゃったんだ」


 彼女の言葉はとても軽くなっていた。華恋の中にあった孤独の恐怖はもう消えかかっていた。美由という大切な友達が傍にいるだけで恐怖は消えていくのだ。


「記憶が戻ったら、一番最初に何がしたい?」

「な、何しようかな? まだ決まってないかな」

「私は早くお父さんと会いたいな。お父さんは北海道で働いててね。私が病院に運ばれたときに一回帰ってきたんだけど、仕事があるって言ってすぐに戻っちゃったの」


 楽しそうだった。早く会わせてあげたいな、と華恋は願っていた。


「いつか二人で記憶を取り戻そうね」

「うん、約束」


 二人の間に大切な約束が生まれた。きっとこの約束は奇跡をもたらすと二人で信じながら。


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