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目を覚ました少女と爽やかな朝

「なんで、こんなところに、いるの?」


 ベッドの上で寝ている少女は目を覚ましてから小さく途切れ途切れに呟いた。すると看護婦らしき人が彼女が目を覚ましている事に驚いて近づいてきた。そしていろいろと少女の体を確認したあと、慌てて病室から出て行った。なんでそんな行動をとっているのかは少女にはまったく分からなかった。


 そしてすぐに看護婦は医者と共に病室に戻ってきた。


「具合はどうかな? 吐き気とかしないかな?」

「えぇと……だ、だい、大丈夫、です」


 少女はなんでこんなことを聞かれてるのかわからないまま物事は進んでいった。看護婦の口調は柔らかかったが少女にはとてつもなく怖いものにしか見えていなかった。


「あなたの名前を教えてくれるかな?」

「……え? わ、わか……わから、ない」


 思い出せない。


 少女は自分の名前を思い出せなかった。

 名前だけじゃない。思い出そうとしても、自分について知っていることがない。


 なぜ?


 理由は一つしかない、記憶喪失だ。

 少女は恐怖や不安で泣き出してしまった。


「なんで……なんで思い出せないの……なんで?」


 少女は医者に訴えかける。医者ならなんでも助けてくれる、そんな存在だと思った。しかし医者は大丈夫だよ、と優しく励ましただけで答えは教えてくれなかった。

 少女は落ち着いてられなくて布団にもぐりこんで泣き続けた。


 記憶を失ったということは過去の自分が死んだことと同じ。

 医者は少女を泣き止ませていろいろと質問したあと、具合とか悪くなったらこのボタンを押してね、そうしたらすぐに僕は来るから、とだけ言い残して病室から出て行った。


 少女はなんとなくテレビをつけた。記憶は失っていてもテレビの点け方くらいはわかった。

 テレビの左上部分には10:24と表示されていた。まだ太陽が昇っているので午前十時なのだろう。それくらいは彼女にもわかる。そんな彼女は一人も名前がわからない人が出ているドラマの再放送をただ意味もなく見つめていた。


 なんとなくチャンネルを変えてみると、知らないお姉さんがカワイイ格好で天気予報を伝えていた。それによると明日の夕方に激しい雨が降るらしい。


 雨は覚えている。だけど雨の思い出は覚えていない。小さいころだったらてるてる坊主でも作っていただろうか。


「ねぇ、クッキー食べる?」


 少女は突然誰かに声をかけられた。明るい声だった。恐怖を感じさせない優しい声だった。幼い女の子らしい純粋な声だった。


 少女は声のしたほうに顔を向ける。そこには同じくベッドで寝ている彼女と同じくらいの歳の女の子がクッキー片手に笑っていた。さっきまで泣きすぎていてこの少女の存在に気づいていなかったらしい。


「あ、ありがとう」


 少女は恐る恐るクッキーを受け取った。そして口に含むと少女の表情が少し変わった。


「お、おいしい」


 クッキーの味はなんとなく覚えている。もしかしたら小さいころにお母さんと一緒に作っていたかもしれない、バレンタインデーにクッキーを友達に、あるいは好きな男の子にプレゼントしていたかもしれない。


 でも想像しかできない。事実なんて一つもない。そう思うと少女はまた泣きたくなってきた。

 

「良かった、喜んでくれて。さっきすごい泣いてたから大丈夫かなって心配してたんだ。私の名前は戸塚美由って言うの。よろしくね」


 美由は少女の名前を尋ねなかった。それはさっきの医者と看護婦とのやり取りを見ていたからであろうか。


「それで私はあなたのことをなんて呼べばいいかな?」

「え?」


 なんて呼べばいいといわれても彼女は自分の名前を知らないのに答えられるわけがない。だから少女は何も答えることも出来ずに戸惑っていた。

 そんな姿を見て、美由はいたずらした男の子のように少し笑ってからポケットに手を入れて何かを取り出した。


「このヘアピン、あなたにあげる」


 ちょっとじっとしててね、と言いながら美由はヘアピンを少女につけてあげた。


「わぁ可愛い。似合ってるよ」

「そ、そう?」


 少女はどちらかというとショートカットなのであまりヘアピンはつけないはずだ。しかし美由の笑顔を見てると彼女もなぜかうれしかった。


「その花のヘアピンには恋愛成就のおまじないがかかってるの。あなたとってもそのヘアピンが似合うから華の恋って書いて華恋ちゃんってのはどう?」

「か、かれん?」


 急に新しい名前を提案されたので少女はまた困った。別にこの名前に不満があるわけではないが、承諾するのも何かおかしいような気がしていた。


「じゃああなたは今から華恋ちゃんね。よろしく!」


 少女に決定権は特になかった。しかしその名前で呼ばれると困る理由もなかった。


「う、うん。よろしくね、美由ちゃん」


 こうして少女は華恋として過ごすことになった。



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