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 総合病院はこの町で数少ない、入院施設が整った病院だった。そのため駅に近い場所にある。学校から駅前まで徒歩で約十分。走ってどれくらいの時間がかかるのかはわからないが、一分一秒でも早く着くように、死にもの狂いで足を動かした。

 通りすがりの人が必死に走るぼく達を訝しげに見ていくが、構わず思い切り地面を蹴る。春のあたたかい陽気に、いつもなら気持ちよく昼寝でもしているだろうが、今はそれでさえ鬱陶しい。シャツが汗ばんでいるのは、暑さか冷や汗のどちらが原因なのかわからない。

 通勤ラッシュは終わったはずなのに、駅前は人でごった返していた。


「ちくしょう。田舎のくせにこんなときに限って……」


 と愚痴をこぼす。

 どちらへ行けばいいのかわからなくて、斉藤と一緒に視線をさまよわせていると、周りの喧騒を掻き消すような高い声が響いた。


「こっちよ! 早く」


 見ると、瑞枝が信号の前で手招きしていた。行き方を知っているのか、ぼくと斉藤に着いてくるのに必死だったはずの瑞枝が率先して前を走る。 駅から離れた歩道を走っていると、外壁が一面ガラスの大きな建物が見えてきた。門には病院名が書かれている。ここに間違いない。



 三人で走って病院の中へと入る。ピンクのナース服に紺のカーディガンを羽織った看護師のお姉さんが、駆け込んできたぼく達を見て、何事かと驚いた顔をした。


「面会は午後二時からですが」

「さっき救急車で運ばれた、夏目貴子さんはどこですか?」


 無視して詰め寄るぼくに、看護師さんは圧倒されて数歩後ずさった。


「夏目貴子さんですか? 少々お待ちください」


 慌てた様子で受付へと去っていく看護師さんの背中を見て、気が気ではなかった。最悪な事態が頭を過るが、振り払うように頭を振る。今はただ無事であることを祈るばかりだ。

 無機質な病院内では、息切れをした中学生三人は嫌でも目立つ。ぜえぜえと荒い呼吸を整えるのにしばらくかかった。大丈夫、大丈夫と何度も自分に言い聞かせて大きく息を吸い込む。汗が大きな雫となって滴り落ちた。


「いろいろと悪かったな」


 額の汗を拭っていると、唐突に斉藤が口を開いた。


「え?」


 と思わず聞き返す。自分が謝る立場のはずなのに、斉藤から先に謝ってくるなんて、あまりにも予想外だったのだ。

 いつのまに息を整え終えたのか、斉藤はぼくをまっすぐに見つめると、毅然とした態度で言った。


「殴って悪かった」

「わかってるよ」

「まさか……こんなことになるなんて思ってもみなかったんだ」

「わかってる」


 何度も謝らせるつもりで聞き返したわけではなかったので罪悪感が募る。

 ぼくだって、夏目が事故に遭うだなんて思ってもみなかった。誰も予想なんてできなかったのだ。

 ぼくも謝ろうと口を開きかけたときだった。


「あっ」


 と今まで黙っていた瑞枝が驚いた声を上げた。目を見開いてどこかを見つめている。

 怪訝に思って瑞枝の視線の先を見る。その瞬間、ぼくも斎藤も絶句した。松葉杖を突いている夏目がそこにいたのだ。ベッドで寝ているものだと思っていたので、一瞬誰かと思ったが、本人に間違いない。

 夏目のほうも驚いているようで、目を見張ってこちらを見ていた。ぼく達が茫然とその場に立ち尽くしていると、夏目がほとんど松葉杖を使わずに、こちらへと歩いてきた。


「どうしてここにいるの? 授業は?」


 心底不思議そうに首を傾げている。驚いて固まっているぼくを、斎藤が肘で小突いた。


「抜けてきた」


 ぼくは我に返ると、慌てて口を開いた。本当は〝抜けてきた〟と言うほど人目を忍んだものではなかったが、嘘は言っていない。


「抜けてきて大丈夫なの?」

「大丈夫だよ」


 心配そうに尋ねる夏目に、ぼくは即答していた。ばれたら大変だろうが、担任の大山先生が許してくれたのだ。だけど今、そんなことはどうでもいい。


「それよりも夏目のほうこそ大丈夫なのか?」


 一番気にかかるのはそのことだった。

 ぼくの問いに夏目は瞬時に笑顔になると言った。


「車に轢かれたとはいえ、強く接触したわけじゃないの。ちょっと捻挫しただけ。全治二週間だって。たいしたことないよ」


 にっこりと言う夏目に、全身の力が抜けた。


「はあ……」


 と膝に手を着く。車で轢かれたのに捻挫で済んだなんて、奇跡としか言いようがない。どうしてそんなに平気でいられるのか不思議なくらいだ。


「な、なんだ」


 と同じく安心したのか、瑞枝が息をついた。途端に涙が溢れ出す。


「わたし、夏目さんが事故に遭ったって聞いたとき、どうしようと思って、それで――」


 涙で言葉を詰まらせる瑞枝に、夏目は驚いて言葉を失っているようだった。目を丸くしてただ茫然と瑞枝を見つめていた。


「ご、ごめんなさい!」


 そう言って、瑞枝は嗚咽を漏らしながらその場に崩れ落ちた。

 瑞枝が謝ったのは昨日の件についてなのだと瞬時に悟る。ぼくも斎藤も何も言えなかった。

 夏目は何がなんだかわからないようで、困惑した表情を浮かべていたが、やがて瑞枝の側にしゃがむと、優しい声音で言った。


「ここにいたら迷惑になっちゃうから、とりあえず場所移動しよう」


 夏目の言葉に、瑞枝は静かにうなずいた。


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