7
次の日の朝、学校に行くと、またクラスメイトに白い目で見られるのではないかと思い足が重かったが、昨日夏目が何気なく言った「また明日」の一言を思い出すと、幾分か心が安らいだ。少なくともぼくには待ってくれている人がいるのだ。
教室の前で大きく息を吸う。気合いを入れて扉を開けて愕然とした。一人で椅子に座り、窓の外を見て考え事をしている斉藤の姿が目に飛び込んできたからだ。クラスメイトの視線が一斉に自分へと注がれることを恐れて、できるだけ早い時間に行こうとしたことが禍した。
斉藤はぼくが入ってきたことに気付いたが、こちらを一瞥しただけで、またすぐに窓の外へと視線を戻した。昨日から無視されているとはいえ、前まで普通に話していた奴に無視されるというのは、きっと何日経とうとも慣れるものではない。
まさか斉藤が一人で教室にいるなんて、思ってもみなかった。今からチャイムが鳴るまでの一時間を想像すると眩暈がする。やはり、誰もいないあいだに、こちらから謝ったほうがいいのだろうか。現実的に考えて、先に殴ったのはぼくからだし、謝るのもぼくが先であって当然だ。だけど、謝ったからといって、斉藤が許してくれるとも限らない。
自分の席で、どうしようかと悶々と考えていると、廊下が騒がしくなった。勢いよく教室の扉が開けられたと思ったら、生徒が続々と中に入ってくる。ぼくと斉藤の姿があることを確認すると、何やらこそこそと小声で話し出す。
言いたいことがあるなら口で言えばいいのだ、と心の内で憤慨するが、それがそのまま自分に当てはまることに気付いた。斉藤に「ごめん」の一言も言えないぼくが、クラスメイトに怒る資格などない。自分の情けなさにため息が出た。
クラスメイト達に見られるのは嫌でたまらなかったが、彼らが次々と登校してくるなか、ようやく斉藤との気まずさから解放されると安堵したときだった。
「夏目が事故に遭ったんだって!」
慌てた様子で教室に駆け込んできた一人の男子が、開口一番に叫んだ。
途端に静まり返る教室。皆が一様に動かないまま、黙って顔を見合わせる。
「それ、本当?」
「何かの間違いじゃないの?」
震える声で女子達が何か言ったのがわかったが、その会話のどれもが耳を通り過ぎていく。
――夏目が事故に遭った?
その一言で心臓が止まった気がしたが、そう思ったのはほんの一瞬で、次の瞬間には心臓が早鐘のように激しく鼓動しだした。
立ち上がり、その男子の元へと詰め寄る。
「どこでだよ!」
言って、目の前にいる男子の肩を揺さ振る。
「すぐそこの……河原の近くで、車に撥ねられたんだ。さっき救急車で運ばれて」
実際にその現場を見たのだろう。顔を真っ青にしながら、必死に言葉を紡ぐそいつの言葉に、全身から血が引いていくのを感じた。
嘘だ。絶対に嘘だ。
脳裏に焼き付いた、昨日の夏目の笑みを思い出す。心配そうにこちらを見る夏目。目を丸くして驚く夏目。どの表情も昨日見たばかりではないか。それに、ぼくは彼女に伝えなければならないことがあるのだ。こうしちゃいられない。
身を翻し、急いで教室を出る。暢気に授業を受けている場合ではなかった。
しかし、廊下に出たところで、運悪く見つかってしまったらしい。
「葉山! どこへ行く」
と大山先生の怒号が飛んだ。このまま無視して行ってしまおうかとも考えたが、先生に追いかけられたら、振り切ることなどできないことはわかっていたので、そのままおとなしく立ち止まる。
先生は急いで教室まで来たらしく、ずかずかとこちらへと近付くと、荒い息遣いのまま言った。
「もうすぐチャイムが鳴る。早く戻りなさい」
「嫌です」
「なんだと?」
「席には着きません。教室にも戻りません」
「大事な話があるから席に着けと言ってるんだ」
「どいてください」
「どくわけがないだろう。夏目が心配なのはわかるが、それは皆も一緒だ。早く席に着け」
有無を言わせない口調で言う先生に怒りをおぼえる。
違う。一緒なんかじゃない。一緒なわけがない。きっと事故のことだって、あとから噂をするに決まっているのだ。今も苦しんでいる夏目のことを、性懲りもなく噂して楽しむのだ。