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 小学生の頃、友達のあいだでクラスの女子の誰が好きかを言い合うことがよくあった。たとえば林間学校や修学旅行の夜。滅多とない、学校の皆と一つ屋根の下で過ごす期間である。皆が皆一様にはしゃぎ、勢いのままクラスの女子の話に移るのだが、ぼく一人だけがその話に加わることができなかった。いまいち女子を好きになるということがわからなかったのだ。

 さすがに中学生ともなれば、恋や告白やらで浮かれる時期であるということは、それらとはまったくと言っていいほどに縁のないぼくでもわかっていることだった。誰と誰が付き合っているという噂が、嫌でも耳に飛び込んでくると、ぼくも早く恋をしなければという、心が急くような、もどかしいような気持ちにさせられるのだ。

 しかし、いかにも縁のなさそうな夏目までもが、他の生徒と同じように恋に浮かされているとは、予想外の事実だった。


 放課後、教室で一緒に宿題を済ましていたはずの斉藤がいないので、捜しに行くことにしたのだが、そこでたまたま通りかかった駐輪所に、二人の男女の影を見た。男女が二人きりなのだから、すぐに察してその場から去ればよかったのだが、運悪くぼくは影の正体に気づいてしまった。咄嗟に壁の後ろへと身を隠す。

 その場にいたのは夏目と斉藤だった。

 話を聞くつもりなど毛頭なかった。今すぐ引き返そうとしたが、足がそこから一歩も進まない。自分の足がコンクリートから生えてきているのではないかと疑ってしまうほど、深く根を張ったようにその場へしっかりと定着していた。

 そうこうしているうちに、夏目が微かに息を吸う音が聞こえた。


「好きです」


 消え入りそうな夏目の声が耳に届いて、ぼくは耳を塞ぎたくなった。夏目に好きな人がいたからでも、その相手が斉藤だったからでもない。彼女の告白が、残念な結果に終わるとわかっていたからだ。もし、今日夏目が斉藤に告白するとわかっていたなら、間違いなくぼくは彼女を引き留めていたことだろう。

 一瞬の間のあと、斉藤が静かに口を開いた。


「ごめん。おれ、今は恋愛に興味ないんだ」


 無情にも斉藤からの返事は、前から用意していたかのようなあっさりとしたものだった。

 瞬時にぼくは斉藤の言ったことが嘘だとわかった。普段はクラスの女子やアイドルの話を腐るほどしているくせに。

 夏目も結果がわかっていたらしい。


「そうだよね。ごめんね」


 そう言って気丈にも笑っていた。夏目の一つに結った長い髪が、夕陽に照らされて茶色に染まる。

 ぼくは居た堪れなくなって、静かにその場を去った。

 どうしてあの二人の告白の現場を目撃してしまったのだろう。運が悪いにもほどがある。

 夏目を振った斉藤に言いようのない苛立ちをおぼえると同時に、夏目のことを考えると胸が締め付けられる思いがするのだった。


『知ってるぞ。お前、夏目貴子のことが好きなんだろう』


 ふいに、斉藤の言葉が思い起こされた。


「まさか」


 一人、そう呟くと、ぼくは普段使わない裏門を通り抜けた。斉藤と顔を合わすことが気まずくて、結局その日の放課後は斉藤と話すことなく一人で帰った。

 夏目が振られたのは、ぼくのせいのような気がしてならない。なぜなら、斉藤に夏目のことが好きなのかと問われたとき、ぼくは「夏目なんか好きになるはずがない」というようなことを言ってしまったからだ。斉藤はプライドが高いから、少しでも悪く言われている女子とは付き合わないだろう。

 あのとき、ぼくが夏目を立てるようなことを言っていたら、斉藤は気まぐれで彼女と付き合っただろうか。わからないけど、いくら考えても答えなど出るはずなかった。これは二人の問題なのだから。


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