明日がなくとも
ライファート地区はレンガ作りの街並みが広がっていて、政治の印象とは遠く、可愛いらしい色彩が観光名所ともなっている。
実際は警察署や裁判所、大手企業に大使館。少しも可愛らしい要素などない建物ばかりなのだが。
ちょうど中心に建っているこの街で一番高い塔がライファート礼拝堂と呼ばれる建物で、政治拠点として各国政府の会議場になっている。礼拝堂が政治会議の場に頻繁につかわれるのは、その昔に宗教国家といわれていた頃の名残であり、現在は政教分離となっている。
その昔、暴君ダビドは民衆の手でこの礼拝堂につれてこられ、革命の果てに処刑されたという。
「よく考えれば、ライファートに来るのは初めてだな。」ルータは言った。
「そうか。観光名所だし観光しとくか?」抑揚のない低い声でノエルは言った。
うつろな瞳で行きかう人々の群れ。
自分も、少し違う運命であれば、ここの人々のように過ぎていく日々に埋没した中で、毎日を設計し、壊れぬように願いつつ歩幅を気にしつつ生きていたのだろうか?それはそれで大変だしつまらないようにも思えた。日々の生活において守りたいものはあるのか?きっとみんなあるだろう。俺にだってあるさ。今日限定の護衛任務だ。守りたいものには変わらないだろう?ルータは思った。
ちょっと待ってろ。とノエルは言い残し、礼拝堂に入り、責任者らしい人間と話をしている。
暗い空と陰気な礼拝堂。暗い俺と黒い殺し屋風の男。なかなかにミスマッチだし暗殺者がいるとしたらこれ以上ないくらい俺達のことではないか。ルータは少し笑った。
「何ニヤニヤしてるんだ?行くぞ。」
「ああ、ごめんなんでもないさ。」
「俺達の立ち位置は三階の中央階段前だ。」
「どこでもいい。」
「一応言っとくが・・・。ここに来る予定だった人間がもう二人やられているそうだ。」ノエルは面倒そうに言った。
「それはそれは。御愁傷さま。」
「護衛が5人殺されている。」
「殉職ってやつだね。」悪びれる様子もなくルータは言った。
「職に殉じるか。俺はそんなのごめんだね。」相変わらず抑揚のない声でノエルは言う。
「他の護衛には話しかけるな。撃たれるかもしれん。ピリピリしているからな」
「了解でーす。」
「俺らの仕事は・・・。」
分かっているよノエル。魔道師の殲滅だろう?護衛ではないんだ。こんな俺らにはぴったりの仕事だ。
悲しさは空から降り注ぎ、喜びが生まれたとするならば、星の声は悲鳴なのかもしれない。ただ信じることよりも ただ待つことよりも、
目を見開いて空を見るんだ。
私は宇宙の一部、私は太陽の一部。
感じることは
悲しさからの贈り物。
ああ暗き夜よ。
ああさみしき夜よ。
おい・・・。おい。
ルータ、ルータ。
ルータ。
「んっ・・・。ああ」
「大丈夫かお前。完全にいっちゃってたぞ。」ノエルは覗き込みながら言う。
「だい・・じょうぶ。」目をこすりルータは答えた。
「しっかりしてくれよ。そんなだと死ぬぞ。」溜息と同時にノエルは言った。
頭に詩が勝手に浮かぶのは、今に始まったことじゃないのでノエルは別段驚かない。
「こんな状況でロマンチックな事で。」ノエルは言った。
「うるせーな。仕方ないだろうが。」俺だって原因分かんないんだから。ルータは思った。
「多分そろそろパーティー始まるぞ。」
「へえ。感じる?」
「ああ、多分な。」
これまでの、魔道師によるテロには特徴があった。正面からやってくるのだ。友達の家に遊びに来るように。
「毎回思うんだけどさ。」
「ああ。」
「もっと警備強化しないのか?」
「軍隊一個でも足りないな。」ノエルは言った。
「それなら、なおさら・・・。」ルータは言った
「だから使いっぱしりと影武者ばかりじゃないか。」
「そいつらは、死んでもいいと?」
「そういうことだ。」ノエルは投げやりに言った。
「ほら来るぞ。」
ドーンという爆発音。舞い上がる黒煙が、窓から見えた。
「結構派手な魔法をお持ちのお客様らしいな。」ノエルは上着から小型のリボルバー銃を取り出した。
「あぁ厄介そうで面倒だ・・・。やだやだ。」ルータもポケットから銀色の筒状のものを取り出す。
ルータが筒を空中で弄び一回転、二回転させると、レーザー光のような緑色のエネルギーが小刀のようになる。
「相変わらず、かっこ悪い武器だ。」ノエルは笑う。
「結構気に入ってるんだけど。」ルータは言った。
「窓から来たりしないかな?」
「多分ゆっくりと階段でいらっしゃるよ。」そういうやつらだ。ノエルは言った
「要人の逃走経路は?」
「知らねえ。俺らの役目はそんなんじゃないからな。」
「さて今日は生きてられるかな。」
「さあな。」ノエルは笑う。
ルータ達が魔道師と戦うのは初めてではない。生きているのが不思議なのだが、ルータ達は魔道師に勝ったことがない。死んでない分だけ、普通の人間よりも魔道師に通用しているという事ではあるのだが。
「遺言状は書いてきたか?」
「俺に知り合いはいない。」
「地獄に金は持ってけないぞ。」ノエルは言った。
「地獄の沙汰も金次第ってな。」
下の階から
たくさんの銃声。
悲鳴、悲鳴
護衛諸君は次から次にやられているようだ。
数々のドラマが生まれ
今日また沢山の人々のドラマが終わっていく。
殺人であれ
寿命であれ
死後
誰かが思いを巡らすなら素敵なことだ。
そんなことをルータは考えていた。
「初めましてかな。傭兵君達。」
気がつくと階段の踊り場から魔道師が声を発した。
ジプシーのようなターバンをしている。全身赤でコーディネートしてこれ以上ないくらい目立つ格好だ。登ってきたというより突然現れたという雰囲気だった。
「ずいぶんとおしゃれセンスがおありだな。魔道師ってのは。」ノエルは言った。
「前に戦った魔道師は緑色だったっけ。」ルータは言った。
「恥ずかしがりなのか、目立ちたがりなのか。わからんな。」ノエルは相手を見据えて銃を構えた。
「名前教えてもらっていい?」ルータは言った。
紅蓮の魔術師とでも呼んでくれればいい。魔道師は笑みを浮かべながら言った。
「じゃあ最後に一つだけ。」
「赤い格好で紅蓮の魔術師、もしかしたら、火を使う魔法が得意だったりするんだろう?」
だったら?紅蓮の魔術師は言う。
「ひねりもねえし。」ノエルは言った。
「ベタだし。」ルータは言った。
「センスわりーよ。もっと期待を裏切ってくれないと。」ノエルは言った。
ノエルは薄笑いでルータを一瞬見た
ルータはうなずいた。
くたばりやがれ、同時に二人は言った。
ノエルのリボルバー拳銃が火を吹き
ルータは一気に間合いを詰めるため突進した。
刹那、紅蓮の魔術師は笑った。