俺の憧れだったミステリアス先輩がスケベ男子に堕とされたら当然起こること
短編です。
「藤本にもお裾分けしてやるよ」
そう言って下卑た表情を浮かべながら斎藤はスマホの画面を俺に見せてきた。
映っていたのは憧れていた先輩の一糸まとわぬ姿。
顔は映っていないが、声から撮影者は目の前のこいつだとわかる。
スピーカーからは落ち着き払った普段の先輩からは想像もつかないような喘ぎ声。
「めっちゃエロいだろ」
斎藤は俺の反応を楽しむように尋ねた。
その表情は自分のテクで先輩を堕としたという自己肯定感と俺に対する優越感で満ちていた。
一方、俺はと言えば思考が急速に澄み渡っていくのを感じながら、内心でその下手糞な撮り方に減点を重ねていた。
あれでAVってちゃんと見せ方考えて撮ってんだな、と思った。
*****
映像研究会は長らく俺、藤本ユウジと一年上の白峰キョウカ先輩の二人きりで活動していた。
当初、ウチの学校は放送部が自主映画の制作など行っていたものの、俺の求めるような作品のテーマや撮影手法について語り合うような場所はなかった。
入学してからしばらく、図書室のメディア鑑賞ブースでリンチやコーエン兄弟の作品を観て休み時間を潰す日々を続けていた俺はある日、先輩から声をかけられた。
「『トゥルー・グリット』のエンディング、いい曲だよね」
後で聞いたところによると、だいぶ前から俺が一人で映画を観ているのを何度か見かけては声をかけようとしていたらしい。
肩にかかる毛先が少し広がったセミロングの黒髪。少しミステリアスな雰囲気を帯びた目元と相まって大人びた表情を作り出していた。
突然背後から声をかけられた俺は少し困惑したが、相手の不敵な微笑みに試されていることを直感した。
クラスメイトとの他愛のない会話であれば「うん、いいね」で済ませるが、彼女ならもう少し突っ込んだ話をできるかもしれない。
「劇中でのさりげない使い方が締めに響くんだと思います。『狩人の夜』みたいな露骨なのもありだとは思いますが」
こちらの答えに満足したように彼女は目を細め、二年の白峰キョウカだと名乗った。
少し話しただけで映画の趣味が一致していると分かり、意気投合した俺達は司書に注意されるまで盛り上がってしまった。
俳優の演技、演出の意図、音響の妥当性。
「こんな風に映像作品を語ることの出来る部活みたいのがあったら面白いと思わない?」
先輩と一緒に入ったファストフード店で話の続きをしていると、彼女からそんな提案があった。
願ってもない話だった。
先輩は俺と同じくらい、あるいはそれ以上に映画を見込んでいた。
一時間ばかり喋っただけなのに、俺は既に彼女へ尊敬と憧れの両方を抱いていた。
それから紆余曲折を経て映像研究会の設立を学校に申請した俺達は、それから毎日のように視聴覚室のシアタールームで映画を観てはたっぷりとその内容について議論を交わした。
たった二人の部活だったが充実した日々だった。
俺が先輩に向ける気持ちも日に日に膨らんでいった。
*****
映像研究会に斎藤タケルが入ってきたのは俺達が学年を上がってすぐのことだった。
同じ学年の斎藤は俺の隣のクラスに所属していた。
これまで直接の面識はなかったが、体育などの合同授業で目にすることは度々あった。良く言えばクラスのムードメーカー、悪く言えばお調子者という印象だった。
セクハラ紛いの言動で女子からは若干疎まれつつ、スマホでAV動画などを観るスケベ野郎として呆れられながらも男子の中で一定のポジションを確保していた。
有り体に言えば、漫画などに登場するセクハラキャラみたいな奴だ。
そんな斎藤がある日、映像研究会に入りたいと俺に言ってきた。
「あの美人先輩の隣に座って映画観るんだろ?何それうらやまなんだけど」
俺が廊下で先輩と喋っているところでも見かけたのかもしれない。
先輩は三年生の間でも「少し変わっているけど」きれいな人として、異性からそれなりに人気の人物だ。
何度かデートに誘われたこともあるというが、口を開けばディープな映画の話をするのでついていける人が皆無で大抵は諦めて去っていったそうだ。
とてもじゃないが、斎藤が普段から映画を観ているような奴には思えない。
白峰先輩に対する好意、もとい性欲を隠そうともしない彼に対し、俺ははっきりと「そういう場じゃないから」と研究会への入会を拒否した。
ところが後日、斎藤は白峰先輩に直接研究会入りを頼み込んだらしく、最終的に折れた先輩が承諾したと知らされた。
「あいつ、先輩を狙ってるだけですよ。映画のことも全然知らないし」
「わかってるよ。でもこれから勉強するからって言ってくれた以上、断ることも難しい。カジュアルな視点も欲しいとは以前から思っていたの。大丈夫、変なことになったりはしないから」
先輩はそう言ったが、俺は嫌な予感を抱かずにはいられなかった。
*****
斎藤が研究会に当初持ってきた映画はR-15指定のエログロアクションやラノベ原作アニメの映画版などだった。
そういった作品を否定するつもりはない。
実は深いテーマが隠されていたり、実験的な演出が多用されていることもあるからだ。
そうでなくとも世情を反映しているという意味で分析する価値は十分にある。
だが斎藤がこれらの映画を持ってきたのは、シンプルに俺と先輩がどこまでエロを許すかを測るためのように思えて仕様がなかった。
その証拠に斎藤が持ってくる映画は段々と過激さを増していった。
元AV女優が出演する実写映画になり、露骨なエロ売りのB級ホラーになり。
ある日、遂にAVを持ってきた。
斎藤はストーリー性のあるAVだと主張するのに対し、俺は流石に趣旨が違うだろうと批判した。
「同人誌の実写化でめっちゃいい作品なんだって!」
「ポルノとしての作品価値を優先させている以上、他の映像作品と同列に語ることは無理だ!それにそう言ってお前、どうせ浅い感想しか出さないだろうが!」
それまでも斎藤はあの女優が可愛いとかこの濡れ場が興奮するとか、そんな感想しか口にしてこなかった。
その度に白峰先輩は居た堪れない表情を浮かべつつ何とか他の感想を引き出そうとしたが、斎藤はいつまで経ってもそんな下卑た話題しか口にせず、俺はいい加減辟易していた。
「いや、でも……」
「先輩?」
「最近のAVには芸術的な作品も多いって聞くし、こういう作品がストーリーをどう扱うかも気にはなるかも……」
白峰先輩は少し興味があるようだった。
ちょっと顔を紅潮させながら、ちらちらと斎藤が手にするAVのパッケージに目を向けていた。
「そうでしょう、先輩!そうですよね!?」と勢いづいた彼を無視して先輩を問いただす。
「本気ですか、先輩?」
「ほ、ほら、日本映画の巨匠にはピンク映画出身者も少なくないし、”性”をテーマにした名作も多いじゃない?」
「それは否定しませんが…」
俺もエロだからといって頭ごなしに拒否したいわけじゃない。
先輩の言う通り、そっち界隈出身の巨匠は業界に割と多いし、パッケージ化された性にはそれはそれで学ぶことがある。
実際、俺も同じ考えからこっそりAVを入手して観たことがあった。
だが、斎藤がここにAVを持ってきた狙いを考えると、やはり俺達の研究会で観るものではない。
「どちらにしろR-18なので学校内で観たことがバレたら研究会が消えるんで駄目です」
「まあ、そりゃそうだよね…」
なんとかその場は俺が説き伏せ、その日は他の映画を観ることになったが、帰り際に斎藤が先輩と何やら話しているのが見えた。
研究会の予定が突然延期になったり、鑑賞後の話が早々に切り上げられることが増えたのはその頃からだ。
用事があるから、体調が悪いから、予定していた映画が届かなかったから…理由は様々だった。
何度か同じことがあった後、俺は先輩の身に何かあったのか気になって尋ねることもあったが、やれ「大丈夫」だのやれ「ちょっとね」だのとはぐらかされた。
先輩は俺と話す時も徐々によそよそしくなり、その周りに斎藤がいることが増えてきた。
ある日、先輩が学校を休んだ際に斎藤もクラスにいないことがあった。
心配して先輩にメッセージを送ると「今立て込んでるから」と短いメッセージが返ってくるだけで、その後は既読マークもつかなかった。
*****
久しぶりに鑑賞会をやることになったある日の昼休み、先に映像ブースに来ていた斎藤が俺に言ってきた。
「俺、実は先輩と付き合ってるんだよね」
「……あ、そう」
ショックでないと言えば嘘になるが、その頃になると俺もある程度察してはいたのでさほど驚かなかった。
「ほら、前にAV持ってきた時あっただろ?あの時お前に拒否られたけど先輩は興味ありそうだから、『今度俺の家で一緒に観てみませんか』って誘ってさ。そんでやっちゃったってわけ」
ふーん、という俺の淡白な反応が気に入らなかったのか、斎藤はスマホの画面を俺の方に差し出して言った。
「折角だから藤本にもお裾分けしてやるよ」
そうして見せられたのが、例の動画だった。
憧れだった先輩が痴態に興じるのをしばし呆然と観ていた俺は、だがやがて怒りや劣等感や哀しみでぐちゃぐちゃになった頭が突然クリアになったような錯覚に陥った。
俺はこの人の何に惹かれていたのだろう。
画面の中にいる先輩は間違いなく、俺が憧れていた白峰キョウカだ。
だが、ミステリアスな美人と思っていた人物もこうして見ると期待外れというか思い違いをしていたような気になる。
俺はこの人の何に憧れていたのだろう。
自分の中で先輩に対する呆れとこの場にいることへの気怠さが広がっていくのがわかった。
隣の斎藤は鼻息荒くしているが、俺の方はといえばまるで性欲を催さない。
俺はこの人の何に好意を抱いていたのだろう。
そこではたと気が付いた。
「…演出か」
「は?」
俺が小さく呟くと斎藤は怪訝な表情で尋ね返すがガン無視。
俺は改めて目の前の映像を観ながら、その演出の乏しさや構成の拙さを減点していく。
素人映像と比べると改めてAVがいかに性的興奮を考え尽くして作られているか実感する。
間抜けそうによがる先輩の姿を観て、俺はAVに対する認識を改めた。
さて。
これが大概のAVなら物語はここで悔しがって終わるのだろう。
だがもしこの後もストーリーが続くとしたらどんな風になるだろう。
*****
その日の放課後、俺は職員室へ向かった。
研究会を設立した際に顧問として名を貸してくれた自分の担任に退会する旨を伝えるためだ。
「そうか、折角自分で作り上げた研究会なのに残念だな」
中年の担任は俺と受け取った退会届を見比べながら頭を掻いた。
「ちなみに理由を聞いてもいいか?」
当然聞かれることだ。
放課後だったので周囲には教員や何かしら用事があって訪れていた生徒も多数いたが、俺は気にせずはっきり言った。
「白峰先輩と斎藤がセックスするのに忙しくて研究会としてマトモな活動が成立しなくなったからです」
周囲が一瞬しん、と静まり返るのがわかった。
俺と背中合わせに別の教師と会話していた三年生の背中がびくりと震えた。
目が点になった担任は小さく咳払いすると。
「…く、詳しい話を聞かせてくれるか?」
俺は知っていることをあらいざらい喋った。
*****
次の日、教室に足を踏み入れた白峰先輩は一斉にクラスの注目が自分に向けられるのを感じ、扉の前で立ち止まってしまったという。
汚物を見るような目、嘲笑と好奇の入り混じった目、滾る性欲を隠そうともしない目。
嫌悪と侮蔑と劣情を一身に浴びて困惑する彼女の背後から、生徒指導の教員が肩を叩く。
職員室に連れて行かれ、そこで昨日も共に過ごしていた後輩男子の姿を見つける。
二年の学年主任に睨まれて萎縮する彼の横を通り過ぎる際、机の上に置かれたスマホに映っていたものを目にした彼女は小さな悲鳴を上げた。
それは自らのあられもない姿だった。
うちの学校は進学校でもなければそれほど校則に厳しいわけでもない。
だが二人が淫行を理由に学校をサボったという事実を、教員側は重く受け止めざるを得なかった。
間もなく、白峰先輩と斎藤は共に停学処分及び指導を受けた。
言うまでもなく研究会は瓦解。
俺は図書室のメディアブースで映画を見漁る日々に戻った。
セックスの際に撮影行為に及んだりそれを周囲に見せびらかしている連中はそれなりにいたようで、今回の件を機に一部の生徒から告発や訴えが続出し、学校は本格的な調査に乗り出すことになった。
女子からは蛇蝎のごとく嫌われ、男子からも”性犯罪者”と渾名されグループから弾き出されていた斎藤は、この調査でチャラ男や素行の悪い連中から逆恨みを受けてサンドバッグにされた。
*****
「……ひどいよ、藤本君」
ある日、廊下で俺と鉢合わせた白峰先輩は顔を合わせるなりそんな言葉を浴びせかけてきた。
それまで学内で「ちょっとミステリアスなお姉さん系」というイメージだった先輩は最早過去の存在で、今は「ただのムッツリ」「尻軽」「チョロ過ぎ中古」などと揶揄されていた。
噂によると登下校も親に車で送り迎えされており、映画の話などまったくしなくなったという。
ただ、そういうのを俺のせいにされても困る。
「俺、何かしましたっけ?」
俺は先輩たちの素行の悪さに嫌気がさして退会する際、理由を聞かれたから答えただけだ。
全部、起こるべくして起こったことだ。
文句を言われる筋合いはない。
「先輩たちのサボりを庇わなかっただけなんですけど。庇う義理もないですし」
そんな風に言われると先輩も言い返せないのか、ただ俯いて歯噛みするだけだった。
もうこの人に憧れなど微塵も感じない。
俺は下を向く彼女の横を通り過ぎて帰路に着いた。
*****
「その後、先輩は地元の大学で推薦を得られず一般受験にも失敗、一年浪人した後どこぞの大学に入ったもののそれも中退して……その後は知らん」
「ふーん」
俺は同居する彼女と共にパソコンの映像を観ながら、十年近く前の昔話を終えた。
「それがこの先輩なの?」
モニターに映し出されているのは海外の裏動画サイト。
大学院の論文で国内AVの演出手法を研究テーマにした彼女に、比較対象となる海外ポルノの資料集めを手伝わされていた俺は、一本の動画を目にして手を止めていた。
一切モザイクのない映像に映っているのは、体のあちこちに入れ墨が入った、くたびれた表情の女性。
見覚えがあった。
「多分な」
間違いなく白峰キョウカ先輩だった。
だが、初めて出会った日のミステリアスな雰囲気はどこにもない。
「男の方はその後どうなったの?」
「ん?確か……ボコられた後はしばらく体の良いパシリやらされてたけど、三年に上がる頃には学校に来なくなって卒業式にはいなかったな。こっちも今は何してるんだかわかんね。一度だけ地元に戻った時、めちゃめちゃ太ってニートみたいな格好しているのは見かけたけど」
彼女は映像に再び目を遣りながら。
「挫折、コンプレックス、自己実現、没頭、転落……ストーリーとしては凡庸だね」
現実とフィクションを一緒くたにしたような言い方に俺が眉をひそめると、彼女は目をつい、と逸らして言った。
「ごめん、知り合いなのに不躾なこと言って」
「いや、間違っちゃいない」
実際、斎藤に例の動画を見せられた際に自分で想像したストーリーも大体こんな感じだった。
「知り合いにこういう人の支援活動してる人いるから今度頼んでみようか?」
「うん」
俺は今、大学の頃に監督した映画が評価された繋がりで映像制作会社に勤めている。
CMやテレビの演出に携わりつつ、動画投稿サイトに自主制作映像を投稿し続けているが、そちらの収益もそれなりの額になってきたのでそろそろ退社して一本化しようか考えているところだ。
あるいは、今俺の隣にいる人物が白峰先輩だった可能性もあったのかもしれない。
俺はパソコンの画面を閉じて、目の前の女性を見つめた。
「……ん、何?」
「いや、何でもない」
彼女の髪をかき分け、口づけをした。
でもそうはならなかった。
当然、なるわけなかった。
最後、先輩をもう少し救済したかったんですがうまくいかんかった。反省。




