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戻りつつある日常


 お父様が縋るような顔でこちらを見てくるが、なにも思わない。

 みっともないおじ様がいるな、くらいなもの。

 我ながら、父という認識まで薄れてきていて驚く。

 わたくしの顔を見て、諦めたように首を横に振る。

 最終通告として、もう一度はっきり「よろしいですわね?」と聞くと頷く。

 頑なに声出の返答を拒むあたり、往生際が悪い。


「では、後ほど書面に書き起こしてサインをいただきます。それまでに心の準備をしておいてくださいませ。引っ越しと連れて行く使用人についても、検討を始めておいてくださいね。使用人については本人の希望も優先してあげでください。もし規定の人数が集まらなかった場合は、引っ越し先の地域で雇わなければなりませんもの。これまでと同じような生活はできませんので、お覚悟くださいませ。それでは」


 お父様のことはもう信用できない。

 書面でのサインを確保できないなら、お祖父様を呼び出して書かせるしかないわね。

 もしもそれでも抵抗するようなら、お可哀想だけれど陛下の御前に連れ出してでも確約をいただくしかない。

 そこまでいくと家の恥。

 できれば避けたいのだけれど……。


「あ、あの、お嬢様……」

「なにかしら?」


 声をかけてきたのは本宅の使用人たち。

 全員不安気な表情。

 先程食堂にいた者たちだけではなく、おそらく廊下で聞き耳を立てていた者たちだろう。

 いやだわ、盗み聞きなんてはしたない。

 とはいえ、雇い主があんな話をしていれば気になるのが道理だろう。


「わ、私たちは旦那様たちについていかなけらば、ならないのでしょうか……?」

「それはあなたたちの希望にもよるでしょう。お父様とお継母(かあ)様について行きたい者だけついていけばいいのではないかしら? 今のところ希望者を募る方向で考えているわ。今すぐではないから、考える時間はあってよ?」


 そう、今すぐではない。

 お父様に念書は書いていただくけれど、使用人たちのことは追々だ。

 そもそも、わたくしハレノ様が帰られる頃まではハレノ様に時間を多く割きたいと考えている。

 残りわずかな時間、ハレノ様に一つでも楽しい思い出とともにお帰りいただきたいもの。


「本格的にわたくしがお父様の跡を継ぐのは、手続きもあるし来年以降ではないかしら。ブリジット様の婿入りの準備も同時に行わなければならないもの。ただ、本当に忙しくなるので当分はわたくしのお手伝いにも駆け回ってもらわなければならないから、人は増やすつもりよ」

「増員の予定なのですか?」

「ええ」


 そして落ち着いてから、父と継母の引っ越し先に増えた分の人間をつけるつもりだ。

 その方が無駄がないものね。


「だからそれほど心配せずに、自分の身の振り方はゆっくり考えておくといいわ。では、わたくしは別邸に戻ります」

「か、かしこまりました」

「お見送りいたします」


 あらまあ、今の今までお見送りなんてされたことがないのだけれど。

 まあ、いいでしょう。

 今から点数稼ぎをしようという貪欲さは、意外と嫌いではない。

 さて、それはそれとして王都に戻ってきた以上さらに情報を集めておかなければならないわね。

 先程お父様が婚約初披露パーティーは予定通り遠征部隊が戻ってから行うので、わたくしが戻ったら改めて招待状を送るとおっしゃっていたもの。

 ヒメナ様はエルキュール殿下との結婚を、本当にするつもり――なのかもしれないわね。

 ハレノ様のように元の世界に帰る選択肢はないのかしら?

 まあ、ここで帰ると選択されたなら、エルキュール殿下がよい笑いものになってしまうのだけれど……それは仕方ない。

 それに、聖女様ですらないヒメナ様を正妃に、と言い出している時点でもう笑いものになっている。

 ……人は本当に、面白いほど簡単に悪い方向に変わってしまうらしい。

 殿下だけでなく、お父様も。

 側にいる女性一人の影響で、あんなにも、簡単に。


「はあ……」


 女性の教育って、本当に大事ね。



 ◇◆◇◆◇



「お姉さま! 見てください!」

「まあ! よく似合っているわ」

「「「えへへへへ」」」


 帰還から三日後、わたくしはアリスとともにパシュラール公爵家を訪れていた。

 旅の途中で注文しておいたワンピースドレスをアリュードネル被服店に取りに行ってもらったのだが、わたくしが思っていた以上に――可愛らしい。

 なにが可愛いらしいって、アリスとハレノ様とフィアナの三人がお揃いのワンピースドレスを着ているこの光景がだ!


「ねえ、ロゼリア」

「なにかしら、ユリッシュ」

「僕は今日、今、死んでも悔いはない」

「ハレノ様の世界にある“しゃしん”というものがあれば永遠に残しておけるのに、なにかこの素晴らしい光景を残しておく手段はないものかしらね」

「そうだね」


 死ぬ気はまったくないようで安心した。

 ただまあ、実際砂のようになって一瞬消えていた気がしないでもないからユリッシュの感度が天元突破していたのはまず間違いないだろう。

 ……そういえば……。


「ハレノ様は、ヒメナ様がお持ちだった“すまほ”をお持ちではありませんの? 確か、それで“しゃしん”が撮れるとおっしゃっておりませんでしたか?」

「あるにはあるんですけど……もうとっくに充電が切れていて」


 と、言って手渡された薄くツルツルした手のひらに収まる小箱を手渡される。

 充電……電気があればいいということかしら?

 集中して、すまほに必要な電気の量を測定する。

 たいして必要ではないのね?


「――――これでいかがかしら」

「え? え?」



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