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聖女の生まれ変わりの事情


 翌週、正式に聖女召喚の儀が行われることが発表され、翌月には実際に聖女召喚の儀が実行された――らしい。

 らしいというのは、わたくしがそれにまったくかかわっていないからだ。

 しかし、フィアナにとってはそうではない。

 今日は教科書を開いたまま、まったく集中ができない様子。

 

「フィアナ、今日はこのくらいにしましょうか」

「あ、ご、ごめんなさい」

「いいのよ。体調は?」

「だ、大丈夫です」


 可憐な声で辿々しく話す九歳の金髪碧眼の少女が、今世の女神の生まれ変わりでありこのパシュラール公爵家のご令嬢――フィアナ。

 体が弱く、すぐ熱を出すのでそのあたりの配慮ができないと家庭教師は大変。

 ついでに言うと、わたくしにフィアナの家庭教師の話が来たのは公爵家との繋がりを欲した者や、ユリッシュとの婚約を目的としていてフィアナの教育そっちのけの者などばかりで話にならなかったからだ。

 まあ、わたくしとしてはフィアナへの家庭教師の仕事のおかげで、教師という仕事の楽しさを教えてもらった。

 今のわたくしの夢は、婿を取って侯爵家を継ぎ、教師としての仕事をして多くの子どもたちに学ぶ楽しさを知ってほしい――というもの。

 その夢に至ったのもフィアナのおかげ。

 申し訳なさそうに目を伏せるフィアナに「こら、淑女たるもの胸を張りなさい! いつも言っているでしょう」と言う。

 わたくしにそれを言われてフィアナはハッとしたように背を正す。


「そうよ。淑女は俯いたりはしないもの。あなたはパシュラール公爵家の令嬢なのだから、正々堂々としていなければ。あなたのお父様もお母様もお兄様も素晴らしい人たちばかりなの。あなたが俯くということは、ご家族の顔を見られないことなのよ」

「は、はいっ! き、気をつけます……!」

「それでいいわ。それに……今日は聖女様がいらっしゃる日だもの。気になるのは仕方のないことだわ。召喚された聖女様には後日必ず会う機会があるはずだから、今はあまり気にしなくてもいいと思うわよ」

「は……はい。……でも……」


 背を正して、顔を上げていたフィアナがまた俯いてしまう。

 頰に手を当てて「なにがそんなに気になるの?」と聞くと、目に涙を浮かべるフィアナ。


「わ、わたくしのせいで……聖女様は……お兄様のように、瘴兵と戦うことになってしまうのですよね……? わたくし……それが申し訳なくて……」

「それは――」

「そ、それに! 昔の国の王様は聖女様とわたくしのような女神様の生まれ変わりをバビオニオスと瘴兵に差し出したこともあるというではありませんか……! わ、わたくし、それも怖くて……!」

「フィアナ、さすがにそれはないわ」


 先日の歴史の授業で教えたことを言っているのだとすぐにわかったが、それは本当にありえない。

 まず、フィアナは現国王の姪にあたる。

 国王陛下は婚約破棄されたわたくしに対しても配慮してくださる方。

 姪に対してそんなことをするような方ではないのだ。

 それに聖女様と女神の生まれ変わりを瘴兵に差し出した国の末路も教えた。


「ちゃんと教えたでしょう? フィアナ。聖女様と女神の生まれ変わりを瘴兵と、バミニオスへ捧げた愚かな国の末路は」

「は、はい。でも、やっぱり怖くて……」

「そうね。それでなくとも我が国は『バミニオスの亡国』の隣にある国。恐ろしいと思うのは当たり前だわ。でも、だからこそバミニオスの亡国の領土を広げないように、同じ過ちを繰り返すことはありえない」


 はっきりとそう言うと、フィアナはようく安心した表情。

 我が国の隣には、(いにしえ)に聖女と女神の生まれ変わりを瘴兵に捧げた愚かな国家が存在した。

 しかし、聖女は瘴兵に八つ裂きの肉塊にされた挙句女神の生まれ変わりは瘴気の渦の中に呑まれた瞬間血の霧になって消えたという。

 女神の魂が、バミニオスを拒絶したためだという言い伝えだ。

 そして女神の生まれ変わりも、守りのはずの聖女も捧げた国は瘴気に呑まれて今は瘴気が常に漂う腐敗した森になった。

 現在そこは『バミニオスの亡国』と呼ばれるようになり、人は住めない場所となっている。


「先人の悪き行いを学び、二度と繰り返さないために歴史は記されて後世に伝えられているのです。聖女様と女神の生まれ変わりを捧げた彼の国は、今なお愚かな国であったと伝えられている。どうなったのかは、隣国の我らが常に瘴兵と瘴気に悩まされるという形で知っているでしょう? 同じことをすることは、ありえない!」

「は、はい。はい……そ、そうですよね。……で、ですが……」

「まだなにか不安なことがあるの?」


 仲良くなれるかな、とかそういうことを心配しているのかしら?

 それなら、フィアナのよう優しくて気遣いのできる子が嫌われることなどありえないと思うのだが。


「聖女様は命懸けで戦うことになるのですよね。……わたくしに、聖女様やお兄様が命を賭して守っていただく価値など……あるのでしょうか……」

「フィアナ」

「ご……ごめんなさい……。でも、考えてしまうのです……っ」


 咎めるように名前を呼ぶ。

 そんなこと、あなたのお兄様の今の今までの人生を否定するような言い方。

 それはよくないことだ。


「ユリッシュはあなたが世界一大切だから戦っているのよ。それなのに、あなたがユリッシュを否定するの?」

「そ、そんなつもり――」

「そういう意味なのよ。聖女様にも……それをお願いするのが心苦しいのはわかる。でも、ユリッシュがあなたを守るために戦っているのはあなたが大切だから。そして彼は、あなたの兄であると同時にこの国の騎士でもある。騎士が国民のために戦うのは当然の責務です。もちろん――聖女様にはその責任がないのもわかっている。だから真摯にお願いせねばなりません」

「はい」



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