踏み出し始める少女たち
ハレノ様はそういう、文字で覚えるタイプ。
というわけで、文字を読みながら文字を書いて覚えていただく。
最初は絵本の文字を模写。
わたくしが読み上げ、一文字一文字をどう読むのかを教えていく。
「なんか……自然に話していましけど……わ、私、異世界の言葉を、話しているんですね……」
「召喚魔法の中に翻訳の効果が含まれているのでしょうね」
「そ、そうか……」
「難しいですか?」
「は、はい。でも……頑張ります。ま、魔法も……ちょっと使ってみたい、ですし……」
「素晴らしい志ですわ」
手を叩いて、にっこりと微笑む。
俯いて照れ照れしているのが可愛らしい。
というよりも、アリュードルネ被服店はよくハレノ様が着られる服を用意できたわね。
失礼ながらここまでふくよかな方向けの服は、滅多に出ないだろうに。
朝にそれとなく思い出していたけれど、我が国は今、食糧の生産力がゆるやかに低下している。
それに伴い、貴族もあまり贅沢ができない状況。
貴族の中でもハレノ様のような体型の方は、非常に少ない。
ふくよかな方は、富を持つ。
太っている者はお金を持っているという証。
ただ、人の好みは人それぞれ。
女性はくびれが美しい女性、ドレスを着こなせる女性が美しいといわれ、殿方には好まれる。
痩せている女性を、結婚してからふっくらさせることが“男の甲斐性”なのだ。
最初からふくよかな女性は、家が裕福。
逆にお金目当ての殿方からは……まあ、モテる。
なので、ハレノ様の容姿は一部の殿方からは……好まれるだろう。
「……あの……」
「はい? なんでしょうか?」
「姫菜は……どうしているんでしょうか……? あの……お城に迷惑をかけているんじゃないか……」
「そうですわねぇ……?」
一応、わたくしが後ろ盾になっているというのは女官やメイドたちのいる前で伝えている。
だから、ヒメナ様がなにかしらの問題を起こせば、わたくしの方に連絡や報告がなにかしらの形で来るはずなのだ。
今のところ、それはない。
ので、もしかしたら城の女官やメイドの忍耐力が高すぎたり、あるいは限界を超えてどんどん辞めていっている可能性は……なきにしもあらず。
当然辞めた責任はわたくしに問われても不思議ではないのだが――それならそうなる前にわたくしに相談なり苦情なりが来るはずだ。
来ないとおかしい。
もしもそれらの相談や報告、苦情を怠るようならそれは自己責任。
わたくしに責任はない。
逆にそういう相談や苦情があれば、その都度対応するつもりだ。
そうしてやってはいけないことを、ヒメナ様に少しずつ教えていく。
彼女のような人間は、多分わたくしのような人間とは根本的に合わない。
だからこそ、距離を持って少しずつ。
反省はしないだろうが、知能があるのだから学習はするだろう。
悪いことをしたら、ちゃんと優しく叱って、ダメなこと悪いことだと教えてあげればいいのだ。
その過程でプライドがへし折られても仕方ないが、彼女のような人間のプライドは簡単に折れないから大丈夫。
「今のところわたくしに連絡は来ておりませんから、大丈夫なのではありませんか?」
「え、ええ……?」
◇◆◇◆◇
聖女――のおまけとして召喚されて三日。
スマホの充電はすでに切れ、タップしてもなんの反応もない。
舌打ちしてベッドに放り投げ、テーブルの上のフルーツに手を伸ばして扉の横に佇むメイドに投げつける。
「なにボーっと見てんのよ!! あーしがいつでも食べられるように、事前に剥いておきなさいよ! 使えねー!」
「も、申し訳ございません……」
「すぐにご用意します」
「あと王子様は!? いつ充電器持ってきてくれるワケェ!? 早くしてよ!」
「そ、そう言われましても……この“すまほ”と“じゅうでんき”というものはこの世界にはないものでして……じゅうでんきは現在魔法師施設に分析に出しておりますのでそれが終わらないことには……」
「使えねー!」
どいつもこいつ使えない。
椅子を蹴り飛ばすと、最近スンとして姫菜を見ていたメイドも肩を跳ねさせる。
でも、睨みつけても怯えた様子はない。
腹が立つ。
あの女――銀髪の女、ロゼリアと名乗った女が馬鹿にしてきたあの日以来、明確にメイドたちがこっちを舐めている。
まったく怖がらない。
怒鳴っても詰っても、モノを投げつけても、まるで『ああ、また始まった』というような目で見てくる。
すべて、すべてあのロザリアという女が魔法を使って姫菜を脅かせてからだ。
(ムカつくムカつくムカつく! あんなの漫画に出てくる悪役令嬢ってやつじゃん! っていうか、それでなんで姫菜が主人公じゃなくて聖女のおまけの方なの!? 普通に考えて逆じゃん!! 姫菜の方がどう見たって美少女なんだからさぁ!! まるで悪役みたいな扱いされて腹立つんだけどーーーーー!!)
漫画の中で、主人公に意地悪する友達役のようだ。
あまりにも自分が可哀想すぎる。
母子家庭で貧乏な生活を強いられて。
母は男遊びに父からの養育費をつぎ込み、自分はキモイおっさんとご飯に行くしかまともに食事も食べられない。
同じ母子家庭で貧乏な幼馴染、晴乃を引き立て役にして太らせて、キモイおっさんから守ってやっているのに感謝もしない。
それどころか、晴乃が聖女。
(絶対おかしいだろーがぁぁぁ!)
椅子を蹴る。
その時、扉を誰かがノックした。
メイドが対応し、姫菜に向き直って「エルキュール殿下がお越しです。面会されたいとのことです」と告げる。
エルキュール――王子。
口の端が歪につり上がり、心に一つ、決めた。
(絶対に幸せになってやるんだ。あーしにはその権利がある。利用してやる、なにもかもを。聖女の地位も姫菜の方が相応しいんだから、あんなデブス……思い知らせてやる……)




