ラクルテル侯爵家の朝(2)
アリスはとても興味津々。
聖女様は世界の憧れ。
瘴兵を消し去る浄化の力を持つ、王子様との熱烈な恋愛物語がいくつも史実として残っている。
故に、特に貴族令嬢にとっては憧れを抱かれる存在。
アリスのキラキラした瞳が『絶対お会いしたい!』と物語っている。
「聖女様って……。エルキュール殿下が姉様と婚約破棄したのは、聖女様のせいじゃなかったのか? なんでその姉様が聖女様を預かるんだよ」
「エルキュール殿下に頼まれたのよ。年が近いわたくしが相談役になった方がいいのでは、と。本当ならもう一人、聖女様と一緒に召喚されてきた少女も世話をしなければいけないのだけれど……その方は城暮らしをご希望だから、また時間をおいて面会に行くつもり。聖女様が安定したらユシスとアリスにも会ってもらいたいわ」
「ふーん」
「やったぁ!」
アリスは両手を上げて喜ぶが、まだ朝早い。
咎めようとしたところ、応接間からは継母のヒステリックな甲高い声。
即座にアリスのテンションが下がる。
「わたくしは別邸に帰るわ。二人とも、今日も学園でのお勉強を頑張ってね」
「はぁい」
「はい……」
ユシスは反抗期真っ盛りね。
継母の叫び声の内容は、やはりわたくしをとっとと家から出してユシスをラクルテル侯爵家当主にすること。
貴族の血にこだわっているユシスにその気があるのかどうかわからないけれど、わたくしもできれば婿を取って侯爵家を継ぎたい。
ユシスとアリスに家の仕事を任せ、二人の生活も守りながらわたくし自身がやりたいことを優先する。
一石二鳥よね。
嫁入りするよりも、その方が確実だから。
まあ、でもお父様が決めることだ。
聖女と女神を崇拝するこの世界で、女が当主になるのは珍しいことではないにしても――我が家の場合は事情が少し違うから。
ユシスが家を継ぐに問題のない知識と教養を身につけ、ユシス自身が家を継ぎたいと望むのならわたくしも家督を譲るのは吝かではないし。
どちらにしても気が早い話ね。
別邸に戻ると、メニが出迎えに来てくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。あ、あの、大丈夫でしたか?」
「特に問題はないわ。聖女様のことではなく、わたくしの婚約の話ね。昨日お会いした紳士が、どうにも急ぎでわたくしとの婚約を進めたがったようで……迷惑をかけてしまったみたい」
「まあ……! いくらお嬢様がお美しいからって、昨日の今日で婚約の話を進めようなんて」
「それなりの地位のある方だから、お父様も無碍にはできないのでしょう。まあ、それはお父様がお決めになることだから。それよりも、ハレノ様は?」
「まだ起きてこられておりません」
時計はそろそろ七時を差す。
わたくしも普段着に着替えてこよう。
「そうだわ。ハレノ様のお世話はエミューナにお願いしようと思うのだけれど、どう思う?」
「ええ……!? エ、エミューナは下町の、孤児院から引き取ったばかりの子ですよ……!? まだ礼儀作法も覚束ないというのに……っ」
「だからよ」
メニにはきょとん、とされる。
まあ、わかりづらいだろう。
メニの言う通り、エミューナは下町の孤児院から引き取ったばかりの下女。
いきなり聖女の侍女などという女官にしか務まらないような立場を任せるのは、無謀。
普通はそう思うだろう。
だがわたくしはそう思わない。
「ハレノ様はかなり内向的な性格なの。けれどとても実直でお優しい方よ。だから、まだ自分に自信のないエミューナと一緒に、自己肯定感を上げていってほしいのよね」
「自己肯定感、ですか?」
「ええ。否定されるのではなく、自分自身の価値を肯定していってほしいの。エミューナならきっとハレノ様を大好きになるわ。そして、その大好きを真っ直ぐに伝えてくれるでしょう。それは城の女官やメイドには無理なことだわ」
わたくしが理由を話すと、メニも「なるほど」と小さく頷いてくれる。
二人の自己肯定感を同時に上げ、互いに高め合う関係になってくれると思うのだ。
もちろん、半人前どころか下女になったばかりのエミューナの補佐は必要不可欠。
「エミューナの補佐と教育はメニにお願いするわ。大変だと思うけれど、わたくしに割く時間は減らしてハレノ様とエミューナに当ててちょうだい」
「え……し、しかし……」
「ある程度なら自分のことは自分でできるわ。あまり過保護にされる年齢でもないし」
「そういう問題ではございません。お嬢様は敵が多いのですから――」
「それ込みで、自分でなんとかできます」
まだ不服そうだが、わたくしの言うことには忠実なメニのこと。
最後は深々とした溜息を吐いて「わかりました」と折れてくれる。
「では、よろしくね」
「かしこまりました」
わたくしは自分の部屋に。
メニはエミューナを連れてハレノ様の部屋に向かう。
部屋着から普段着に着替えて、メニの次にわたくしによく仕えるアラーラに水を持ってきてもらい顔を洗い髪を整えてもらった。
「朝食は聖女様とご一緒なさいますか?」
「ええ。ああ、それと……みんなに徹底してほしのだけれど、聖女様のことはハレノ様、とお名前で呼んで差し上げて。不安定な状態のハレノ様に聖女様のお役目をあまり意識させたくないの」
「かしこまりました」
それと、名前で呼んで差し上げることできっと自己肯定感も上がるだろう。
元の世界ではお名前で呼ばれていたはずだから、少しでも環境を近づけたい。
それで少しでも精神的に安定してくださるといいのだけれど……。




