ラクルテル侯爵家の朝(1)
城からハレノ様を連れ出した翌日早朝、本宅に呼び出される。
要件の見当はついていた。
「結婚相手はこっちで決めるわ! あなたは王族から婚約破棄された問題ありの令嬢として知れ渡っているの! 余計なことをするんじゃあないわ!」
「まあ、なにかありましたの? お父様」
「い、いや……」
まあ、お父様に聞いたところでと思っていたけれど案の定。
しどろもどろになって顔を背けられる。
はあ……相も変わらぬ事なかれ主義ね。
「昨夜遅くに筆頭王宮魔法師ブリジット・ジヴェ伯爵から、お前との婚約についての申し込みがあったんだよ……」
「あんな夜遅くに手紙を送って来るなんて、どんな急用かと思ったら! お前みたいな生意気な出来損ない、妻に先立たれた金持ちの耄碌にでも嫁げばいいのよ!」
「はあ……」
ジヴェ様、本当に婚約の申し込みをしてきたのか。
ハレノ様を別邸に連れ帰ったことに関して文句を言われるかと思ったけれど、そっちかぁ。
しかも、翌日にすればいいものを当日に間に合わせるなんて。
そんなに……急いで。
わたくしのなにがそんなにあの方の琴線に触れたのだろうか。
まあ、でも筆頭王宮魔法師のジヴェ様ならばお父様も侯爵家とつり合いが取れるのではないかしら?
貴族として結婚は仕方ない。
わたくしの夢に理解さえしてくれるのなら、貴族として生まれた以上お相手にこだわりはないわ。
「わたくしの結婚相手は、お父様がお家のためになる方をお決めになればよろしいかと。お金持ちがよろしいのでしたら、ジヴェ様も十分当てはまるのでは?」
「ぐっ……そ、それに! なにを勝手に聖女を別邸に連れて帰ってきているの!? 今朝報告を聞いたのよ、私たちは!」
「一昨日エルキュール殿下に聖女様とその友人の少女に関して頼まれておりましたから、お継母様もそのあたりは了承しておられるかと思いましたわ。聖女様をお預かりすることに関して、なにか我が家に不利になることがありまして?」
「そ……それは……!」
「と、とんでもないよ! 聖女様をお招きできるなんて、貴族としては大変な名誉だ!」
さすがに父もこれには口を挟んできた。
頰に手を当てて、溜息を吐く。
継母にはこれだけでも十分に効果がある。
昨日のヒメナ様のように、ギリギリと歯を軋ませる継母。
「そ、それならば本宅の方に連れてくればいいじゃない! というか、連れて帰るのなら、事前に本宅に連絡をするのが礼儀ではないの!?」
「聖女様が城からわたくしの別邸に来た理由は、城よりも狭いからですわ。広く豪華なお部屋は落ち着けないそうですの。質素な場所が落ち着くそうです。わたくしを別邸に住むようにおっしゃったのはお継母様ですから……今はとても感謝しております。ところで、そろそろよろしいですか? 聖女様が起きてこられるので、朝食をご一緒してお話をお聞きしようと思っておりますの。聖女様にお父様、お継母様をご紹介するかどうかは、聖女様にお話を聞いてからにいたします。よろしいですわよね? お父様」
「ま……まあ……そ、そうだね……。お、お目通りいただけるのなら……うん」
ギリ、ギリ……とまたわたくしを睨みつける継母。
朝起きてすぐに呼び出されて、わたくし、まだほとんど寝間着のような姿。
早く着替えてハレノ様をお出迎えしないと。
応接間を出ると、階段の方から「ねえさま」という声。
見上げるとユシスとアリスが寝間着のまま覗き込んでいた。
あらあら。
「おはよう、ユシス、アリス。ちゃんと着替えてからお部屋を出ないとダメよ」
「おはようございます、姉様。あの……こんなに朝早くなにを騒いでいたの? あの人」
「些細なこと……かしら? ユシスとアリスが貴族学園に通うようになったから、きっとお寂しいのでしょう。面倒くさがらずにお話を聞いてあげなさいね」
そう微笑むと、二人は顔を見合わせる。
表情がとても嫌そう。
「お母さまは、ヒステリックだからお話ししていても疲れるの……」
「平民丸出しで恥ずかしいんだよ、あの人。おかげで僕らも貴族学園で陰口を叩かれているんだよ。半分平民のくせにって」
「あら。でも半分はラクルテル侯爵家の血が入っているわ。それに、血などにこだわる必要はないのよ。ユシスはユシス。アリスはアリス。わたくしの弟と、妹。それだけの話よ」
階段を数段上がり、少し冷えた二人の頭を抱き締める。
ユシスは十六歳になってから完全にわたくしの背を超えてしまったから、少し抱き締めるのが大変だったけれど。
可愛い可愛い、わたくしの異母弟妹。
言わせたいやつらには言わせておけばいいのです。
「二人が貴族として高潔なる精神と教養を持つことをわたくしは望んでいる。そこに血は関係ないわ。わたくしの弟と妹であることに誇りを持って。わたくしはあなたたちがわたくしの弟と妹であることを誇りに思っているわ」
「あたくしも! あたくしもお姉さまがお姉さまでいつも誇らしいの! 大好きよ!」
「まあ……姉様がそこまで言うのなら……」
しがみついてくるアリスの頭を撫でる。
十四歳にもなるのに、アリスはまだまだ甘えん坊ね。
しかし二人にもハレノ様のことは教えておいた方がいいだろう。
一応、敷地内に住むのだから。
「そうだわ。昨日、別邸に召喚されたばかりの聖女様をお招きしたの。まだ精神的に不安定なようだから、落ち着くまでね。別邸にいらっしゃるから、お会いする機会はないかもしれないけれど……もしもお見かけしたらお話をきて優しくして差し上げて」
「え! 聖女様!?」
「ええ。まだとても不安定でいらっしゃるの。お継母様とお父様には、一応ご挨拶は、と思っているのだけれど」




