召喚されてきた少女たち(5)
「土下座でしょ! 土下座! 土下座して『どうか私たちのために命懸けで戦ってください!』ってお願いしなさいよ! そのキレーなドレス、埃と砂まみれにしておでこ床にこすりつけて願いしなさいよぉー! キャハハハハ!!」
「どげざ……とは、どういったものですか?」
「床に膝ついて座って手ぇついて頭下げるの! 早くやってよ!」
場の空気が、わたくしも感じたことのないものになっている。
ジヴェ様とお弟子さんのお二人は表情がこんなにも冷たいのに、気づかないのが逆にすごい。
まあ、床に座って頭を下げるくらいで溜飲が下がるなら、思っていたよりも彼女のプライドは細く長いだけみたいね。
どうせ立っているから、そのままその場に膝を折って座り、手をついてみる。
「どげざの形はこれで合っておりますか? ……では、聖女様、どうぞそのお力をお貸しくださいませ」
「あ……」
文句はなさそうなので、そのまま頭を床につけるように下げた。
次に甲高い笑い声が響く。
そのあと聞いたことのない、カシャカシャという不思議な音。
「キャハハハハハ! いいじゃんいいじゃん! やればできるじゃーん!」
「や、やめて……やめなよ……! ヒメナ……! や、やめてください! そういうの、やめてください! 顔を上げてください……!」
床に下りてきたハレノ様が私の手と掴む。
顔を上げると、ハレノ様が涙を滲ませて「ごめんなさい……ごめんなさい……」と呟いている。
異世界ではこの“どげざ”というお願いの仕方は泣いて謝られるほどのものなの?
すごい価値のある行動なのね……?
「あ! 電池切れた! サイアクー! ま、いいものは撮れたからセーフかなぁ」
「も、もう大丈夫です。た、立って大丈夫なので」
「ありがとうございます、ハレノ様」
立ち上がったハレノ様がわたくしの手を引く。
まだ痺れているわけではないが、純粋に人の優しさに触れたら嬉しい。
立ち上がるとわたくしよりも十センチは小さい、ハレノ様。
本格的に泣き出した涙には、わたくしへの申し訳なさと自分自身の情けなさを悔いているように見えた。
本当に気にしなくていいのに、と伝えようとした時――バシャ、とわたくしとハレノ様の頭にあたたかい液体がかけられる。
女官とメイドたちから小さな悲鳴が上がった。
液体の色は茶色。
この香りは、紅茶だ。
わたくしの今日のドレスは薄い水色だったので、紅茶の色がとても綺麗に染み込んでいく。
「あーし、やっぱり部屋に戻るからー。オネーサン、次来る時までにスマホの充電器持ってきてよねー。ヨロシクー」
ハレノ様が唇を震わせながら「ごめんなさい」と呟く。
座っていたジヴェ様が立ち上がろうとしたので、これは少し――思い知らせないとダメだな、と反省した。
「まあ、ハレノ様。そのようにお気になさらないで」
「え?」
手をかざし、ハレノ様の体と自分の体にかかった紅茶を浮かせる。
染み込んでいようが、紅茶はしょせん液体。
水魔法ならわたくしそれなりに得意でしてよ。
そのままカップ一つ分の紅茶の水球を作り、宙に浮かせたそれを火魔法で一気に蒸発させる。
天井まで届きそうな炎。
驚いたヒメナ様がソファーに腰を抜かして座り込んだのを横目に見ながら、微笑む。
「この程度の些事、どうということではございませんわ」
ついでに水魔法の応用、[洗浄]の魔法でドレスの膝から下も綺麗にする。
砂で少し汚れていたが、この程度一瞬で綺麗にできるのだ。
召喚されて一日も経っていない少女たちには、驚かれるだろう。
まあ、炎を大きめにしたのはもちろん演出。
脅しには脅しで返さないとね。
「それよりも、火傷などなさっておりませんか? だいぶ冷めていたようですから、大丈夫だとは思いますが……」
「ハ、ハイ……! ダ、ダ、ダ、ダイジョウブ、デス」
あ、まずい。
ハレノ様にまで怯えられてしまったかもしれない。
そうよね、顔の真横でこんな大きな炎を出したらびっくりしますよね。
も、申し訳ないことを!
「なんという、美しい魔法……」
「さ、さすが『国一番の淑女』……魔法もここまでの精度とは……」
立ち上がりかけたジヴェ様とお弟子さんに褒められたのは純粋に嬉しいけれど、ハレノ様に怯えられたのは失敗だったかもしれない。
まあ、話題を変えよう。
「驚かせてしまい申し訳ございません。ですが、この程度の魔法、ハレノ様ならすぐに使えるようになりますわ」
「ま、魔法……」
「ええ。ハレノ様の世界に魔法はありましたか?」
「い、いいえ」
まあ、これだけびっくりしていればそうなんだろうな、とは思った。
異世界の人って魔法を使えるようになるのかしら?
まあ、少なくとも聖女には聖女にしか使えない魔法が使えるはず。
属性の魔法は覚えれば使えるはずだから、ハレノ様が本当に覚える気があるのなら文字から覚えていただかないと。
……それにしても、エルキュール殿下、来ないわね。
公務なんてそんなに早く終わるものでもないから、最悪来なければそれはそれで仕方がないけれど。
「ヒメナ様は魔法に興味はございますか? 覚えたいというのであれば、わたくしがお教えいたしますわ」
「あ、あんな嫌がらせをした相手に対しても、あんな親切な……! 『国一番の淑女』なんてただ王太子の婚約者だからかと思ってましたけれど、これは『国一番の淑女』と呼ばれますね」
「ああ」
「ま、まあ……ありがとうございます」
ジヴェ様のお弟子さん、あまりにも声が大きい。




