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アブソリュート・ソアリアという世界


 この世界――アブソリュート・ソアリアは、女神ソアリアによって創造された世界。

 四つの大陸があり、東部にあるカラダナ大陸中心部に位置する大国ラグランジュ王国に、わたくしは産まれた。

 王太子エルキュール王太子殿下との婚約話が持ち上がる程度には高い爵位であるラクルテル侯爵家は、九年前わたくしの実母が田舎に引っ越したことをいいことに父が平民の愛人を第二夫人として本宅に迎え入れたことで、事情がやや変わる。

 異母弟、異母妹が生まれたことは別にいい。

 わたくしが王太子の妻になれば、異母弟ユシスに公爵家を継がせることができるのだ。

 だが、母が出ていったその年に女神ソアリア様の生まれ変わりがよりにもよってラグランジュ王国に生まれてしまった。

 それはすなわち――この国に聖女が運れる兆候でもある。

 王族とそれに連なる公爵家以上の爵位を持つ貴族は、聖女の生まれがどんな身分であろうと保護を目的とした婚姻をしなければならない。

 そういう法が、世界にはある。

 それは当然、王族が率先して実行しなければならない。

 王太子であるわたくしの婚約者であるエルキュール殿下は、わたくしではなく聖女様と結婚しなければならないということだ。

 もちろん、双方の同意があればわたくしが第二妃に落ち着くこともできる。

 でも、わたくしは別にエルキュール殿下とどうしても結婚したいという願望がない。

 そもそも、わたくしは教師という仕事がしたいのだ。

 王妃にならなくていいのなら、王妃になるであろう聖女様の教育係を任せてもらえないだろうか?

 婚約破棄された“キズモノ”としてまともな結婚が望めないなら、婿を取ってのんびり不労所得余生を……。

 

 

 

「あら? ロゼリア様? 本日の夜会に参加されていたのですか?」

「ええ。婚約破棄の手続きが残っておりますの」

「まあ……そのためにわざわざお一人で?」

「お可哀想に……。幼少期からのご婚約を破棄されただけではなくまだ現れない聖女様にエルキュール殿下をとられてしまうなんて……」

「しかも手続きのためといはいえ、お一人で夜会に来られるなんて……」

「ね」

 

 扇子で口許を隠しているが、声をかけてきたご令嬢たちのくすくすという笑い声がやたらと大きく聞こえる。

 まあ、普通に目が笑っているのよねぇ。

 確かにパートナー必須の夜会に父や弟のエスコートもなく一人できたら笑い者になっても致し方ないかもしれないけれど、侯爵家のわたくしに喧嘩を売るような煽りをしてくるのは大した根性だ。

 わたくしがあなたたちの顔も名前も覚えていないと思っているのかしら?

 そもそも、王家側が『婚約解消』ではなく『婚約破棄』という形を提案してきたのは、『責任は王家側にある』という責任のありどころを明確にしたためである。

 つまりわたくしの側には一切の非はないと、王家側が明確に提示しているということ。

 そのあたりをどうにも理解していない人たちがいるようなのよね。

 彼女たちの家の教育の敗北を感じる。

 やはり教育って大切ね。

 それを再確認させられる。

 この場で溜息を吐かなかった私って偉いと、自分で自分を褒めたくなった。

 

「寂しくなられましたら是非わたくしどもにお声がけくださいね」

「…………ええ、お心使いありがとう」

 

 アリスやフィアナにはこんな残念な令嬢になってほしくないわ。

 無理のない程度に勉強を頑張ってもらいましょう。

 

「あんな馬鹿なことを言ってくる令嬢がまだいるんだねぇ」

「ユリッシュ」

 

 彼女たち反面教師に、と考えながら会場を出て城の方へ続く渡り廊下に出たところ、壁際に薄汚れたフードつきマントを被った男に話しかけられる。

 見るからに不審者なのに、見回りの兵に呼び止められるどころか会釈されるこの男。

 私と二人きりになった瞬間、フードを外す。

 金髪碧眼の端正で優しげな顔立ちの、白い騎士服。

 令嬢がこの男の顔を見れば、こぞって感嘆の溜息を吐く――この国一番の美男子、ユリッシュ・パシュラール次期公爵。

 わたくしと、エルキュール殿下の幼馴染である。

 

「待っていてくれたの? ありがとう」

「むしろ会場まで迎えに行けなくてごめんね。お花さんたちに見つかると絡めとられてしまうからさぁ」

「そうね。あなたは会場に来ない方がスケジュールが狂わなくていいわ」

「ふふ、君ならそう言ってくれると思っていたよ」

 

 口調も性格も穏やかで、騎士団の第三部隊隊長も務めているユリッシュは王都の女性の憧れの存在。

 弱点や欠点を上げるとしたら、妹想いがすぎるところだろうか。

 でも、それもその妹――フィアナが女神の生まれ変わりなのだから無理もない。

 彼が騎士団に入隊したのだって、女神の生まれ変わりを狙う『障兵(しょうへい)』と戦うためだ。

 ユリッシュの“一番”は昔から変わらない。

 それを許容できる女性がいないから、ユリッシュは未だに婚約者もいない。

 ただそれだけの話なのだが、もしも会場にユリッシュがわたくしを迎えに来ていたら――まあ、言わずもがなだろう。

 だからユリッシュが廊下で待っていてくれたのは、わたくしにとっても助かることだ。

 

「しかし、『国一番の淑女』と名高い君がフリーになったのは別な意味でも大変だね。新しい婚約の申し込みが殺到しているんじゃない?」

「知らないわ。でもすぐに別の方との婚約はないんじゃないかしら。お父様と今後のことは相談しなければと思っているし」

「そうだよねぇ。聖女も一向に見つからないし……やはりこのタイミングで君とエルキュールの婚約解消ってことは――」

「詳しくは聞いていないけれど……わたくしも聖女召喚の儀が行われるのではないかと思っているわ」



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