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勇者様の忘れ物  作者: 時岡継美


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8/9

ゴブリンの森にて(2)

 順調に森の奥へと進んだところで、遠くからメェーメェ―と動物の鳴き声が聞こえてきた。

 さらに、モォーという鳴き声も。


 この森に、野生のヤギやウシが生息しているとは考えにくい。

 ということは――。


「もしかして、ゴブリンに誘拐された家畜たちかしら?」

 だとすれば、たとえ寄り道することになっても放っておくわけにはいかない。

 

 ローゼリンデは、脇道に入った。

 マーブルが通れそうなルートを選びながら、鳴き声を頼りに進んでいく。

 曲がりくねり、緩やかな上り坂になっている獣道。大人ひとりが通れそうな踏みならした道が続いている。

 

 おそらくゴブリンたちが普段から利用している道なのだろう。

 ローゼリンデは樹上も警戒しつつ、なるべく音を立てないよう気配を殺しながら先を急いだ。

 

 結局ゴブリンには遭遇しないまま、突如視界が開けた。

 森の中に自然とできた広場――であるはずがない。

 手間をかけて木を伐採し、それを利用して粗末な掘っ立て小屋を建てたのだろう。広場の中央には、焚火の跡もある。

 奥の柵に囲われた場所では家畜が繋がれているのも見える。

 ここがゴブリンの集落でまちがいなさそうだ。


 ローゼリンデは立ち止まって辺りをぐるりと見渡した。

 しかし、ゴブリンは一体も見当たらない。

 先ほどのマーブルのいななきで伸びたままの数体で暮らしているには、掘っ立て小屋が何棟もあって規模が大き過ぎる。

 

 これだけの規模だと、知能の高いリーダー格のゴブリンがいてもおかしくないのだが……。

 しばし集落を観察したローゼリンデが、明るい表情でポンと両手を合わせた。

 

「すでに勇者様たちが、ここを制圧したってことですわね!」

 彼女を襲ったのは、その残党だったのだろうと納得する。


「さすがですわ」

 勇者たちの活躍を誇らしく思いながら、ローゼリンデは縄で繋がれている家畜たちのもとへと向かった。


 しかし、縄を切れば済む話だと思ったら大まちがいだった。

 柵の入り口に大きな岩がふたつ置かれている。軽く押してみたが、ビクともしない。

 ゴブリンたちは小柄だから、岩の間を通れば中に出入りできるのだろう。それに、ローゼリンデの肩ほどの高さの柵を飛び越えることだって可能なはずだ。


「困りましたわ。これではウシさんが通れませんわね」

 ローゼリンデが頬に手を当てて考え込む。


 ヤギは柵を飛び越えられるかもしれない。

 でも、体の大きなウシは……?


「柵を壊すか、岩をどけるかのどちらかですわよね」


 迷うだけ時間がもったいない。

 意を決したように小さく頷いたローゼリンデは、手ごろな大きさの石を見つけて岩のすぐ横へ置いた。


 石を支点として、てこの原理で岩を持ち上げる算段だ。

 しかし、肝心の岩の下に差し込めそうな丈夫な長い棒が見当たらない。


 ローゼリンデがキョロキョロしていると、マーブルが彼女の背中を鼻で突っついた。

「え? まさか、聖剣を……?」


 マーブルが鼻を鳴らしながら頷く。

 ローゼリンデはマントを脱いで近くの木の枝に引っかけると、ずっと大事に背負っていた聖剣を下ろした。


 聖剣の鍔に施された竜の彫刻。その鉤爪が握る赤い宝玉が鈍く光る。

 やれと言っているのか、やめてくれと訴えているのかはわからない。

 ローゼリンデは前者であると解釈した。


「名案ですわっ! エクスカリバー様も、やれとおっしゃっていますもの!」


 ローゼリンデがためらうことなく、聖剣を鞘ごと岩の下へ差し込んだ。

 よいしょと体重をかけると、岩が浮いた。そこをすかさずマーブルが後肢で蹴り上げる。

 その先がうまく傾斜になっていたようで、大きな岩がゴロンゴロンと転がり続け、木をなぎ倒しながら落ちていった。


 これでウシが通れる通路は確保できたが、もうひとつの岩をどうしようか。

 こちらも、なかなかの重量がありそうだ。

 残った岩を見つめるローゼリンデの意図を察したのか、聖剣の宝玉がまた点滅した。

 先ほどよりも激しく明滅を繰り返しているようにも見える。


「そうですわね、エクスカリバー様。承知いたしましたわ!」


 これも落とせと言っている――ローゼリンデはそう信じて疑わない。


 支点になる石をもうひとつの岩へとずらし、勢いよく聖剣を差し込むと、また体重を乗せる。

「よいしょっ!」

 明るい掛け声とともに、岩が浮いた。

 マーブルが後肢で蹴飛ばすと、ふたつめの岩も派手に転げ落ちてゆく。


「片付きましたわね」

 額に浮かぶ汗を拭ったローゼリンデが、爽やかな笑顔をみせる。


 柵の中へと入って間近で見ると、家畜たちはやせ細り傷だらけだった。

 餌もろくに与えてもらえなかったのかもしれない。


「もう大丈夫ですわ」

 ローゼリンデは沈痛な面持ちで縄を切り、一頭一頭に声をかけていく。


 助けた家畜たちと獣道を抜け、もとの道へと出た。

 ゴブリンたちはまだ、白目をむいて倒れたままだ。家畜たちが倒れているゴブリンを容赦なく踏んづけていく。

 

 人間に飼われていた動物は自然と帰巣本能が備わると聞いたことがある。

 ここまでくれば、もといた場所に帰れるだろう。


「あなたたちの本当の飼い主さんのもとへお戻りなさい。元気でね」

 

 ローゼリンデは森の入り口まで付き添い、そこで草を食む家畜たちとお別れした。


 時間がかかってしまったことに若干の後悔はあれど、ゴブリン集落に捕まっていた家畜たちを助け出せたことは大満足なローゼリンデだ。


「勇者様のお手伝いができましたわ! さあマーブル、先を急ぎますわよ」


 ローゼリンデは再び愛馬を駆って森を直進した。

 


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