その頃王城では
ローゼリンデ姫が地下の礼拝堂から忽然と姿を消した――。
その一報を国王一家が内々に聞いたのは、朝食後の席でのことだった。
報告をしたのは、遅れてこの場にやってきたローゼリンデの兄であるエドガー王太子。
あまりに祈りの時間が長すぎるため、礼拝堂で倒れているのではないかと心配したメイドから相談され地下へと赴いた。
王族以外の立ち入りが禁じられた聖なる場所。
しかもここ数日は、とある事情から掃除で入ることすら許さず厳重な警備を敷いている。
毎朝、信心深いローゼリンデが女神像に祈りを捧げているのは、エドガーも知っていた。
しかしその姿は、今日はどこにも見当たらない。
まず思い浮かべたのは、誘拐の可能性だった。
ローゼリンデは大事に育てられているせいか、十七にしては幼く素直な性格だ。
見知らぬ者に「困っているので助けてください」と懇願されれば、その真偽を確かめることなくホイホイついていくかもしれない。
ところがエドガーは、一通りの状況を確認してそれはないと判断した。
「隠し通路を使用した形跡がありました」
エドガーは淡々と報告を続ける。
それだけではない。あとふたつ、消えていたものがある。
「さらには女神像の後ろに置いていた聖剣がなくなっていました。厩のマーブルもいません」
エドガーの報告に、国王の太い眉毛がピクリと動く。
「つまり、どういうことだ?」
国王の重苦しい声にその場が静まり返った。
礼拝堂の隠し通路は中から外へ出ることはできても、外から中へは侵入できない構造になっている。
入り口の扉は厳重に警備されていた。窓もない。
となれば答えは簡単――侵入者などいなかったのだ。
おまけにマーブルは、散歩に行くと言ってローゼリンデ自身が乗っていったと厩番が証言している。
エドガーは双子の弟ロバートをチラリと見やった。
ロバートは、剣の腕前では国内屈指と謳われている自慢の弟だ。
おまえが言え。なに言ってんだ、おまえが言え。いやだ、おまえが……。
双子ならではのアイコンタクトでやりあっていると、母親である王妃がこめかみを押さえながら小さくため息をついた。
「つまりロージィが聖剣を抜いて、マーブルに乗って持っていったのでしょう?」
繊細な金糸のような金髪に、高貴なサファイヤの瞳。
兄王子たちは、同じ顔、同じタイミング、同じ角度でコクコク頷いた。
「なんと……!」
国王の目が大きく見開かれた。
◇◇◇
一方、同時刻に王城警備兵ガーラントは失意のどん底にいた。
彼は今朝、礼拝堂の入り口に立っていた警備兵のひとりだ。
姫の祈りの時間が長すぎるとメイドがオロオロしはじめ、エドガー王太子が駆けつけて大騒ぎになる中、彼はただドアの前に立ち続けるほかなかった。
「ロージィ以外、誰も中に入っていない。まちがいないね?」
王太子に何度も確認されたが、まちがいない。
蟻の子一匹たりとも侵入を許していないと断言できる。
それなのに、ローゼリンデは消えてしまった。
さらには緘口令が敷かれ、このことを漏らしてはならないと厳命された。
ノーランド王国に忠誠を誓った誇り高き騎士として、ガーラントはもちろんその命令に従っている。
しかし、そうではない。そういうことではないのだ。
「なんという失態。姫様をお守りできなかった……!」
赤毛をグシャグシャに掻きむしり、茶褐色の目に悔しさをにじませて、ガーラントはひとり嘆き続けた。
詳細がわからないまま大っぴらに捜索できない事情は理解できる。
しかし、諜報部隊が動き出したとの情報はない。
事態は一刻の猶予を争うというのに、何をやっているのか。
こうなったら仕方あるまい――。
ガーラントは顔を上げた。
その目にはもう、迷いはない。
「姫様、このガーラントが必ずや、あなたを救出いたします!」
この日、王城警備兵ガーラントは母の急病を理由に休暇届を出し、ローゼリンデよりも半日遅れで王都を旅立ったのだった。




