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勇者様の忘れ物  作者: 時岡継美


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サナリャの港にて(3)

 黄色いシトラスの身を頭に載せ、微動だにせず温泉に浸かるカピバラ。

 ローゼリンデは最初、それを置物だと思い込んでいた。

 なんとのんびりほんわかした装飾なのかと感心しながら温泉を堪能していたのだが――。

 よく見れば、稀に気持ちよさげに目を細めたり、小さな丸い耳をフルッと動かしていることに気づいたのだ。


「あの生き物は……?」

 おそるおそる一緒に浸かる老婆に尋ねた。

「カピバラを見るのは初めてかね?」

「はい。彼らはカピバラという名前の動物なのですね?」


 老婆は皺を深くして笑う。

「カピバラは世界最大のネズミの仲間さ」

「世界最大の……ネズミ!?」

 世界はまだまだ知らないことばかりだと、ローゼリンデは目を丸くする。


「あんた、海を渡ってきなさった冒険者なんだろう? カピバラが浸かっている湯は動物が入れる風呂だから、あんたの愛馬も入れておやり」

「はいっ! そうします!」


 ローゼリンデはさっそく馬宿からマーブルを連れ出し、再び温泉に戻った。

 満面の笑みの彼女に対し、マーブルはどこか遠い目をしている。

 しかし、ひとたびお湯に浸かると緊張を解きうっとりした表情に変わったのを、ローゼリンデは見逃さなかった。


 そんなマーブルのそばに、2頭のカピバラが近寄ってきた。

「キュルル」

「キュルキュルルル」

 カピバラたちはマーブルになにかを訴えているようにも見える。

 マーブルも、こくこく頷いてそれに答えているではないか。


「なんてことですの! マーブルがカピバラさんたちと会話しているなんて!」

 ひたすら羨ましいローゼリンデは、どんなやり取りをしているのかわからないまま両者へ向かってコクコク頷いている。

 

 おもむろに湯から上がったマーブルが、ブルッと体を震わせて水気を払った。

 それにカピバラたちも続く。

 体勢を低くして2頭のカピバラを背に乗せたマーブルは、ローゼリンデを振り返ると「ついてきて」とでも言いたげに顎をくいっと上げた。


「なにが始まりますの!?」

 すでに夜の帳が下りようとしている。

 しかしローゼリンデは期待に胸を膨らませた。

(念のためエクスカリバー様を持ってきていて正解でしたわね!)


 

「キュルッ!」

 カピバラの道案内を頼りに到着したのは、港の外れにある小屋だった。

 その小屋の前で、男性がふたり難しい顔で話し合っている。


「困ったなぁ。いまのところ夜行性のようだが、数が増えてくるとどうなるか……」

「どかそうとすれば反撃してくるし。あいつら意外と凶暴だよなぁ」

 なにやら困りごとがありそうだ。

「どうされました? わたくし、ゴロツキの退治なら得意ですわよ?」

 ローゼリンデが尋ねると、半信半疑の顔をしながらも男たちが答えた。


「ここは温泉の源泉を管理している小屋なんだ。最近、岩石亀が増えて源泉の吹き出し口を塞ぐものだから、湯量が安定しなくて困っているんだ」

「あいつらは湯の花が大好物なんだよ」


 なるほど、とローゼリンデは頷いた。

 岩石系の魔物に迷惑しているらしい。

 見守る分にはおとなしいが、追い払おうとすると反撃してくるため危険極まりないという。

 今後、数がますます増えて完全に源泉が塞がれたら、港の人たちやカピバラが温泉に浸かれなくなる。

 

「承知しましたわ。現場を見せていただいても?」

「お嬢ちゃんひとりでどうにかできるもんじゃないぜ?」

 最初は鼻で笑っていた男たちだったが、ローゼリンデがエクスカリバーを見せると表情が変わった。


「随分立派な剣を持っているんだな。岩の魔物も斬れるのか?」

「もちろんですとも!」

 ふんすと胸を張るローゼリンデを見て、男たちの顔に期待の色が浮かぶ。


 案内された小屋の中は蒸気に満ちていた。

 その奥、太いパイプの周辺に、亀の形をした岩石系の魔物が群がっている。

 かなり高温と思われるお湯をかぶってもまったく平気そうに、白い湯の花を夢中で舐めていた。


「お食事中のところ失礼いたしますわ。ここはあなたがたのエサ場ではありませんことよ」

 ローゼリンデが甲羅にエクスカリバーを突き立てると、岩石亀は途端にサラサラの粉になっていく。

 粉になるということは、やはりこの亀たちは魔王のしもべだ。

 一見、可愛くみえるからといってほだされてはならない。


 ローゼリンデは心を鬼にして、岩石亀を次々に粉砕していく。

 一掃するにはたいした時間はかからなかった。

 むしろ問題なのは……岩石亀の灰色の粉がどんどんパイプに吸い込まれていくことだ。


「どうしましょう!? みなさんの温泉のお湯が灰色に濁ってしまいますわ!」

 とんでもないことをしてしまったと焦りまくるローゼリンデに、粉を触って確かめた男たちはホクホク顔を向ける。

「いやあ、ありがとうございます! これは良質な泥温泉になりますよ!」

「泥……温泉?」


 男たちによれば、泥温泉はすさまじい美肌効果があるという。

 それはよかったと胸を撫でおろすローゼリンデだったが、問題はもうひとつある。

 今回はエクスカリバーで岩石亀を一掃できたが、これは一時的なものだ。

 ローゼリンデがずっとここへ張り付いているわけにもいかないし、エクスカリバーを譲ることもできない。

 となれば――。


「さっきの岩石亀たちは、どこから湧いてきますの?」

「この先にあるエトフォ鍾乳洞からです」


 エトフォ鍾乳洞。

 その名を聞いたローゼリンデが、目を大きく見開いた。

 まさにそこが、次の目的地だったのだ。


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